第170話

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• クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚！   第486話

  この部分への注射跡は、最も見つかりにくい場所だった。注射を終えた健一郎は、すべてを手早く片付け、その場を素早く立ち去った。そして、紗雪がそれまできつく寄せていた眉間は、すっと緩み、まるで夢の中に落ちていくかのような安らかな表情を見せた。健一郎は当直室に戻ると、緊張していた体をようやくリラックスさせた。彼が紗雪に打ったのは、特別に量を増やした鎮静剤だった。2～3日程度は絶対に目を覚まさない強力なものだ。しかもそれは、彼が海外から密かに持ち込んだ違法な薬だった。この薬の成分は、機械でも検出することができず、加えて紗雪にはすでに別の睡眠薬成分が投与されていたため、なおさら発見される可能性は低かった。すべてを終えた健一郎は、緒莉にメッセージを送った。【注射は済ませました。この量なら、3〜4日は目を覚まさないでしょう】そのメッセージを見て、緒莉の胸のつかえがようやく下りた。だが、「3〜4日」という言葉を目にした瞬間、彼女の顔に不満の色が浮かんだ。【短すぎる。もっと強い薬はないの？】そのメッセージに、健一郎は思わず苦笑を漏らした。やはり言われたか。そう思いつつも、今の彼にはどうしようもない。【今のところ国内にはこれ以上の薬はありません。彼女が目を覚ます前日に、もう一度注射する予定です。その間に他の薬も探してみますが、二川さんは彼女が絶対に転院しないようにしてください。そうでなければ、後の処置が難しくなります】緒莉はその返事を読み、納得したように頷いた。確かに言っていることには理がある。彼はただの一介の医者でしかないのだから、これ以上の期待をしても仕方ない。だが、紗雪を本気で潰すと決めた以上、自分ひとりだけで戦うつもりはなかった。緒莉の脳裏には、ある「適任者」の顔が浮かんでいた。翌朝。緒莉は上機嫌で階段を下りてきた。口ずさむ歌声すら聞こえてくる。その様子を見た美月は、眉を軽く上げて声をかけた。「どうしたの？緒莉。今日はご機嫌ね」緒莉は足を止め、にっこりと笑って美月を見つめた。「今日は辰琉とデートなんだもん。誤解も解けたし、気分も晴れやかになったの。この幸せを、お母さんにも分けて欲しいくらいだよ」そう言いながら美月の腕にぴったりと寄り添い、甘えるように抱きついた。その

• クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚！   第485話

  板挟みの末、医者はついに緒莉の要求を飲むしかなかった。【あなたの頼みは聞くも今回が最後です】その返信を見て、緒莉の口元がゆるやかに上がった。やはり、思ったとおりだ。医者はどうせ断れないと分かっていた。何しろ、彼自身も清廉潔白な人間ではないのだから。手はもう汚しているなら、今さら拒む必要がない。【安心して。『あの件』は私がきちんと隠してあげる。誰にもバレないように......ただし、おとなしく従うっていう前提でね】医者、梶原健一郎（かじはら けんいちろう）は緒莉からのメッセージを見つめ、眼鏡を押し上げながら、震える右手をじっと見つめた。どうしようもない。こうするしか、彼にはもう道が残されていなかった。こうした名門の人間同士の争いは、最初から汚れているものなのだ。本来なら巻き込まれるつもりはなかった、だが、ここまで来てしまった以上、もはや後戻りなどできない。「二川紗雪......恨むなよ。恨むなら、君の姉を恨むんだ。これは俺の意思じゃない......」「俺だって最初は断った。なのに、あっちは本気でお前の命を奪う気なんだ」健一郎の目には、一瞬、冷たい光が宿った。彼は立ち上がり、紗雪がどの病室にいるのかを確認しに向かった。健一郎はこの市の中心病院に勤める整形外科の主任医師だ。ちょうどこの日は彼の当直の日で、十階の病棟には数名の看護師しかいなかった。彼の姿を見た看護師たちは、皆恭しく挨拶した。「主任、今日は当直なんですか？」「ああ、ちょっと巡回に来た」「お疲れさまです」健一郎は軽く笑い、深く多くは語らなかった。あの日以来、彼は病院内でかなり「信頼できる医師」としてのイメージを築いていた。同僚たちも、何かあればまず彼に相談しようとするほどで、本人もそれに応えてきた。だからこそ、今では彼の過去を覚えている者など、ほとんどいなくなっていた。やがて健一郎は、ついに紗雪の病室を見つけ出した。彼女がただの急性胃腸炎で入院していることを確認し、内心でため息をついた。実の姉が、妹を目覚めさせたくないと望んでいる。そんな現実に、軽くショックを受けた。こういうのを見ると、自分がかつてしたことなんて、大したことではなかったと思えてくる。比べものにもならない、ほんの些細

• クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚！   第484話

  「わかったわ。騙してないことを祈るよ。もし嘘だったら......その時は、自分の末路がどうなるか、わかってるでしょうね」秘書の目が一瞬鋭く光ったが、最終的に自分の主張を貫いた。「私にはお嬢様を騙す理由がありません。それに、あなたの手段もよく存じております」「それなら結構」そう言って、緒莉はそのまま電話を切った。彼女は窓の外の夜空を見つめながら、どこか陰のある表情を浮かべた。紗雪、一生戻ってこない方がいい。そうすれば、二川家の後継者は自分一人になる。紗雪なんて、その時はもう過去の存在。自分はすぐに代わりになる。もし消えていないなら、この手で消してやる。緒莉の目に鋭い光が宿り、窓枠をぎゅっと握る。彼女の全身からは、暗く重たい気配が漂っていた。いなくなった？信じられない。たとえ地面を掘ってでも、必ず見つけ出してやる！緒莉は会社のフロントの電話番号を持っていたため、電話をかけて確認した。その結果、紗雪がなんと救急車で病院に運ばれていたことを知る。フロントの受付は末端の社員に過ぎず、緒莉の指示に逆らえる立場ではなかった。何より、彼女は会社に居続けたいという思いもあった。給料をもらって働く以上、上の命令には逆らえない。それに、相手は会長の長女であり、妹の情報を知りたがるのもおかしなことではない。そう考えた受付は肩の力を抜き、緊張も少し和らいだ。電話を切った緒莉は、すぐさまその病院に連絡を取った。ちょうどその病院の主任医師とは少し面識があった。電話で確認すると、紗雪は急性胃腸炎だったことが判明した。その知らせに、緒莉はあからさまに落胆した様子を見せた。そして、低い声でこう告げた。「彼女をずっと昏睡状態にできる方法って、ある？」医師はぎょっとして声を上げた。「二川さん？それは違法です！それに、彼女はあなたの実の妹なんですよ......！」「そういうことはいいの。できるかできないか、それだけを答えて。くだらない説教なんか聞きたくない。私が求めてるのは、結果だけよ」緒莉の口調には怒りがにじみ、瞳には赤い光が宿っていた。まるで長く閉じ込められた猛獣のようだった。医師はその気迫にたじろいだが、自分の将来を思えば、はっきりと拒否するしかなかった。「申し訳あり

• クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚！   第483話

  やはり紗雪様の安否のほうが重要だ。「さっき、椎名様が来られて、紗雪様が家にいるかどうかを聞かれました」美月は眉をひそめた。「あの子を任せたはずなのに、今さらうちに？」執事はさらに京弥の発言を伝えた。「でも椎名様は『ちょうどここ数日出張ですれ違って、もう家にいるかもしれません』と仰ってました」「最初は奥様に報告しないつもりでしたが、私は二川家の執事ですし、紗雪様の安全のほうが大事です。もし椎名様が嘘をついていたら......と思いまして」美月はその言葉に満足げな視線を向けた。「よくやったわ」「私の見るところ、紗雪があの家にいないわ。京弥が私たちを騙してるからよ」美月は指示を出した。「紗雪の秘書に電話して、彼女が今どこにいるのか知ってるか確認してちょうだい」執事は美月の落ち着いた様子に安心し、胸をなでおろした。自分の判断は正しかったのだと確信した。自分は常に二川家の側に立つべきなのだ。それが正しい選択だ。そのやり取りを、緒莉は上の階からすべて見ていた。彼女の瞳には複雑な光がよぎった。紗雪がいなくなった？どこに？緒莉は紗雪の秘書の連絡先を持っていたため、そのまま自分の部屋へ戻り、電話をかけてみることにした。彼ならいつも紗雪のそばにいるから、多少は事情を知っているはずだ。電話をかけたとき、秘書の吉岡（よしおか）はまだ寝入ったばかりで、完全に熟睡していた。緒莉は相手に出る気配がないのを感じて、もう一度電話をかけた。彼女は今の状況など一切気にしておらず、秘書の都合など考慮するつもりもなかった。二回目の着信音で、吉岡はうっすらと目を覚まし、電話を手に取って画面を見て、驚いて目を見開いた。緒莉様からの電話！？吉岡は一気に眠気が吹き飛び、身を起こしてしばらく躊躇ったあと、結局電話に出た。「もしもし、お嬢様、どうされました？」これが社畜の哀れというやつだ。どんなことであれ、上司には常におどおどと応対しなければならない。どんな時間帯でも、すぐに電話に出なければいけない。そう考えると、吉岡はため息をつきたくなった。彼が緒莉の専属秘書ではなくても、この状況は避けられない。緒莉は上から目線で言い放った。「今、家にいる？電話に出るのが遅すぎる」その言葉を

• クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚！   第482話

  この知らせを聞いた京弥の目の奥には、さらに濃い陰りが差した。「探せ。見つけられなかったら、明日F国に飛ばすぞ」匠は一瞬頭が真っ白になり、何かを言う間もなく電話は京弥によって一方的に切られた。匠は腹立ちまぎれに空気に向かって何度も拳を振るった。こいつ、狂ってる。紗雪も同類だ。この二人、夜中に一体何をするつもりなんだ！匠は大きく息を吸い込み、最後の苛立ちを京弥の連絡先の名前を「社長」から「狂人」に変更することで発散した。とはいえ、その他の仕事、特に京弥に頼まれたことは、結局素直に従うしかない。金をもらって仕事をする。この理屈は匠にもちゃんとわかっている。たとえ京弥が狂っていたとしても、本当に金はあるし、給料も一度もケチったことがない。そうでなければ、匠もずっと彼の後に付き従っているはずがない。だが、紗雪を探すにしても、今のところ本当に手がかりがない。紗雪の秘書のことを思い出したが、こんな夜更けにどこに住んでいるのかもわからないし、どうしたものか。一方、京弥は二川家の別荘までやって来ていた。彼は屋敷の門前に立ち、美月にどう切り出すべきか迷っていた。長く迷った末、結局そのまま中に入ることにした。紗雪の安否に関わることだ。彼のプライドなど、それに比べればどうでもいいことだった。京弥は大股で中に入り、インターホンを押した。この時間帯では、ただ一人、執事が出てきただけだった。京弥の姿を見て、少し驚いた様子で言った。「椎名様、どうしてこちらへ？」京弥は唇を固く結び、顔色は良くなかったが、できるだけ穏やかに声を出した。「紗雪に会いに来ました。家にいますか？」執事は意外そうに首を傾げた。「紗雪様は戻っていませんよ。奥様はご自宅で療養中ですが、紗雪様は会社で残業していると聞いています」その言葉を聞いて、京弥はすぐに踵を返した。「そうですか」心臓が早鐘のように打つ。執事の言葉を聞いてから、もう一秒も無駄にする気にはなれなかった。紗雪を見つけるまでは、今日という日は終われない。執事は思わず問いかけた。「どうなさったんですか？まさか、紗雪様は椎名様のところにいらっしゃらなかったんですか？」その声には不安も混じっていた。紗雪のことは彼が小さい頃から見てき

• クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚！   第481話

  点滴の瓶に睡眠薬でも混ぜられていたのかはわからないが、紗雪は意外とすぐに眠りについた。彼女はこちらで安らかに眠ることができたが、京弥の方は心配でたまらなかった。彼は電話をかけるも「電源が入っていないか」と表示されるばかり。さらに送った二通のメッセージも、まるで海に沈んだ石のように返事はなかった。部屋を何度も歩き回りながら、彼の表情には明らかに焦りがあった。彼はすぐに匠に電話し、紗雪の現在の居場所を調査するよう命じた。一体どうなっている？自分の思っている通りじゃないといいが......匠はすでに自宅で休んでいたが、電話を受けたとたん真っ暗になった。なぜいつも自分の休んでるときにトラブルが起きるんだ、と思いながら頭を揉みつつ、無理やり電話に出た。「社長？何かご用件でしょうか？」ふだん不満を抱くことが多い匠だが、京弥と話す時はいつも丁寧だ。「今すぐ紗雪の居場所を調べろ」電話越しにその指示を聞いた匠は混乱しつつも、すぐに行動を開始した。「夫人が帰宅していないということですか？」匠も呆れ顔だったが、京弥は眉間に皺を寄せて答えた。「帰っているなら、今頃こんな連絡はしない」「今夜中に結果を出せ」そう言うと電話は切れ、匠はベッドに座ったまま呆然としたが、結局は「一応給料をもらってるからな......」と自分に言い聞かせて行動を開始した。一方京弥は会社に急行するも、二川グループは既に閉業しており、警備員も帰宅し、全社が真っ暗だった。彼は汗をにじませながらハンドルを握りしめ、その場で身動きできずにいた。その頃、伊澄は家で京弥のエンジン音を聞いた。彼が外出すると、彼女は静かに顔を出して思う。「紗雪に何かあった方がいいわ。あの女が消えれば、京弥兄は私だけ見てくれる......」匠がもし伊澄の考えを知ったら、きっと腹を抱えて笑うだろう。たとえ紗雪が戻ってこなかったとしても、その席が伊澄に回ってくるなんて絶対にありえない。何の取り柄もないくせに、やたらと自信満々で、トラブルばかり起こすような女。そんな女を嫁にもらって何になる？飾りとして部屋に置いておくつもりか？それに、たとえ「飾り」になりたくても、彼女より綺麗な女なんて世の中にいくらでもいる。まさか兄と社長の関係を盾にして、