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第723話

Author: 夜月 アヤメ
「修......私はあなたを恨んだこともあるし、あなたに失望したこともある。でも、今はただ、あなたに会いたい。それだけでいいの。お願い、少しだけでも会って。せめて......この子に触れてほしいの」

若子は必死に訴えた。

しかし―

病室の中は、静まり返ったままだった。

若子の声が届いているはずなのに、修は何の反応も示さない。

その沈黙に、若子は焦りを覚えた。

彼女は思わず立ち上がろうとする。

「待って」

花がすぐに肩を押さえ、小さな声で制止した。

「座って。どんな話でも、座ったままでできるでしょう?」

若子は、花と約束していた―感情的にならず、彼女の言うことを聞くと。

仕方なく、彼女は再び車椅子に座り直した。

「修......お願い。会いたくないなら、それでもいい。だけど、一言だけでも返事をして。あなたはもう、お父さんなのよ。

あなたが今、これを知ってどれだけ怒っているか、想像できるよ。だって、あなたの子なのに、私はずっと隠してきたんだから......でも、今なら分かる。私は間違ってた。

修......お願い、声を聞かせて。どんなに私を恨んでもいい。でも、子どもには罪はないわ。

本当にごめんなさい。もっと早く言うべきだった。でも、約束する。子どもが生まれたら、最初にあなたが受け取るのよ。あなたはずっと、この子の父親よ。この事実は、誰にも変えられない。

私たちが離婚しても、子どもは二人で育てるわ。この子が『パパ』と呼ぶのは、あなたしかいない」

若子の涙が次々とこぼれ落ちる。

それを見た花は、すぐにバッグからティッシュを取り出し、そっと彼女の涙を拭った。

「若子、落ち着いて。約束したでしょ?深呼吸して」

花は彼女が泣き崩れることを心配していた。

このままでは、お腹の子にも影響が出てしまう。

それに、明日は手術だ。

花は、自分の判断で若子をここへ連れてきた。

もし彼女の体調が悪くなれば、その責任は自分にある。

若子はティッシュを受け取り、何度か深呼吸を繰り返した。

「......花、修はどうして何も言わないの?」

「たぶん......考えてるのよ。どう答えればいいのか、分からないのかもしれない」

「......」

「若子、今日は帰ろう?」

花は静かに提案
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Comments (3)
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千恵
退院してたら、面会許可の際に病院には居ないって看護師さん言うよね。 自分の思いを顔を見ないでドアの前で告白しても、部屋の中にいるか確認しない行動は呆れる。 ドアの前で話す内容ではない!! 若子は頭足りないけど、花もだな。
goodnovel comment avatar
酒井妙子
こんな終わり方しないで...️
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
修退院してるし なぜ?誰も教えないの? 若子もさドア開けてみたらいいじゃん それより今さら妊娠言うなよ 戸籍上子供の父親は西也になるんだよ ふざけたことばかり言って 修せめて追い詰めてるけど 若子と西也にも責任あるでしょが 墓場まで黙って持っていけよ
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