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過去に失った愛にもう一度出会った~それが運命の始まりだった
過去に失った愛にもう一度出会った~それが運命の始まりだった
Author: 吉乃椿

彼の裏切り

Author: 吉乃椿
last update Last Updated: 2025-06-01 19:17:03

「……ごめん、好きな人ができた」

その瞬間、時間が止まったようだった。

耳鳴りがして、彼の声だけが、空気を切り裂くように響いた。

隣に立っていたのは、私の――親友だった。

仕事の愚痴を聞いてくれた。恋の悩みを相談していた。

何でも言い合えた、たったひとりの、信じていた人。

「……冗談、でしょ?」

喉が詰まり、声がうまく出なかった。

視界がにじむ。足元がふらつく。

けれど彼女は、彼の腕にそっと手を添え、微笑んでいた。

あの日、彼に初めて「好き」と言えた場所。

何度も一緒に笑ったあの場所で、

そのふたりは手を繋いでいた。

「ねえ……私の、何がいけなかったの?」

かすれた声がやっと出た。

情けなくて、みっともなくて、それでも聞かずにはいられなかった。

「梨央は……強すぎるんだよ」

その一言は、胸の奥に突き刺さる刃だった。

“強い女は、愛されない”

“弱さを見せない女は、可愛げがない”

そんな言葉に、いつの間に私は縛られていたのだろう。

泣きたかった。叫びたかった。

「行かないで」「私だけを見ていて」

「私を、捨てないで」

――本当は、そう言いたかった。

けれどその時、親友――美里が口を開いた。

「ごめんね、梨央。私たち……ずっと愛し合ってたの。

私、彼のこと大好きになっちゃって……」

頭が真っ白になった。思わず顔を上げた。

「……いつから?」

「三年前、くらいからかな」

「私の方が可愛いって。彼、よくぎゅって抱きしめてくれるの」

「梨央に、いつ言おうか迷ってたけど……結局、言えなかった。ごめんね?」

あまりにも軽く、悪びれもなく笑いながら話すその姿に、背筋が冷たくなった。

信じていたふたりに、思い切り裏切られた。

「梨央も、知的で綺麗だし、美人だよ。

でも……やっぱり、美里の方に惹かれてしまったんだ。ごめん」

その言葉で、心臓をえぐられたような気がした。

――私は可愛くない。そう言われた気がした。

「……そっか。お幸せに」

口が勝手に動いた。そう言ってしまった。

それだけを言って、私は背を向けた。

雨が降っていた。

誰も、傘を差し出してはくれなかった。

それだけを言って、私は背を向けた。

雨が降っていた。冷たく、静かに、容赦なく降り続いていた。

ふらつく足取りで数歩だけ歩いて、思わず足を止めた。

怖かったけれど……ほんの少しだけ、希望が残っていたのかもしれない。

……もしかしたら、彼が呼び止めてくれるかもしれない。

罪悪感を抱えた顔で、こっちを振り返ってくれるかもしれない。

それだけでも――きっと救われた。

私は、ふっと後ろを振り返った。

でも。

彼らは振り返らなかった。

肩を寄せ合い、笑い合いながら、何事もなかったように歩き去っていった。

まるで私なんて、最初からいなかったかのように。

遠ざかるその背中が、ぼやけていく。

雨か、涙か、もうわからなかった。

胸が締めつけられて、呼吸がうまくできなかった。

嗚咽を堪えながら、唇を強く噛みしめた。

雨に打たれて散ったのは、五年間育てた愛だった。

まるで、一輪の花のように。

私の手のひらの中で、音もなく崩れていった。

私は一歩も動けず、その場に立ち尽くしていた。

壊れたのは、恋じゃない。

失ったのは、人じゃない。

自分自身だった。

胸が、張り裂けそうに痛んだ。

だけど、泣くことすらできなかった。

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