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文月 澪
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Novels by 文月 澪

王子様じゃなくてもいいですか?

王子様じゃなくてもいいですか?

高身長でスレンダーな女子高生.・新堂 凛。彼女はその見た目から"王子様"と呼ばれ、誰からも憧れられていた。 しかしそれは周囲の期待に応えるための仮面で、本当の自分を知る者は誰もいない。 そんな彼女の前に、ある日突然現れたのは、謎めいた先輩・瀬戸夕貴。天然で小動物のように無邪気な夕貴に、凛は庇護欲から世話を焼くようになる。 しかし、夕貴にはとある意図があった――。 「王子様」であることに縛られてきた凛と、そんな彼女を面白がる夕貴。 ある出来事をきっかけに、二人の関係は大きく変わっていく。 それは友情か、それとも恋か。 "追いかける側"と"追われる側"が、今、逆転する——!
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Chapter: 第15話 落雷
 アイツを笑顔のセンパイで見送って、なんかどっと疲れた。 俺に水をぶっかけたのは、三久工業の奴らだ。ウチの後輩をカツアゲしてたから、追い返した事がある。俺の見てくれで見下してきたから、思いっきり殴ってやったけど、逆恨みもいいとこだろ。「はぁ、教室行くしかねぇか……」 暖かくなってきたとはいえ、濡れたままじゃ風邪をひくのは目に見えてる。学校に来るのは面倒くさいが、布団にこもるのも面倒だ。 それに……多分アイツは自分のせいだと思い込むんだろうし、そうなったら更に面倒くさい事になる。自称ファンが押し寄せてきて、ギャーギャー騒がれるのはごめんだ。 溜息を吐きながらどっこいせ、と立ち上がると、校舎の方が騒々しい事に気付いた。野次馬根性で覗いてみると、なにやら人だかりができている。その中心に、アイツの後頭部がちらりと見えた。 なんとか爪先立ちで覗き込もうとするが、前の男がデカすぎる。その背中に阻まれて、俺は飛び跳ねる羽目になった。 なんだ? なにやって……。「先輩はそんなんじゃない!」 いきなり叫んだアイツは、誰かに嫌味たっぷりな言葉を投げつけ始める。今まで聞いた噂にはひとつもなかった、攻撃的な口調で。「誰彼構わず、他人の彼氏に手を出しているんだってね。その度に堕胎して、もう子供は絶望的だって聞いたよ? しかもそれを口実に、相手を脅してるって。その中には先生もいるとか……あれ? さっきのって、眞鍋さんの事だったのかな?」 なんだ、なんの話をしている? くそっ、前の奴でけぇんだよ! とうとう我慢できなくなって、膝裏に蹴りを入れると呆気なく沈んだ男の背中に乗り、顔を出した
Last Updated: 2025-06-20
Chapter: 第14話 わがまま
 私の問いに、眞鍋さんは可愛らしく首を傾げた。巻いた髪をいじりながら、小動物感をアピールするのも忘れない。きっと、自分の中では当たり前の事であって、私が尋ねる意味さえ分からないのだろう。 そんな眞鍋さんを見て、私はつい吹き出してしまった。「眞鍋さん、自分が周りになんて言われているか知ってる?」 眞鍋さんは恥ずかしそうにして、身を捩りながら答える。「え~、やっぱり凜くんのお嫁さんとか、お姫様とかかなぁ」 どうすればそんな自信が湧いてくるのか、本当に分からない。だから苦笑しながら口を開いた。「ビッチ、だよ」 言うや否や、眞鍋さんがさっと青ざめる。私の口からそんな言葉が出てくるなんて、思ってもいない顔だ。眞鍋さん自身が、その噂を聞かせまいとしていた事も、私に注意を促してくれた子に逆恨みしていた事も、全部知っているのに。「誰彼構わず、他人の彼氏に手を出しているんだってね。その度に堕胎して、もう子供は絶望的だって聞いたよ? しかもそれを口実に、相手を脅してるって。その中には先生もいるとか……あれ? さっきのって、眞鍋さんの事だったのかな?」 意地悪だと自分でも思う。だけど、先輩を悪く言われるのが絶えられない。私は周囲に聞こえるような声で、眞鍋さんの真実をさらけ出す。 あちこちで頷く姿が見えるから、被害者も、この場に相当数いるはず。私が知っているだけでも、眞鍋さんが略奪したのは5人。みんな体で釣られたと言っているらしい。 自分が優位に立つためならなんだってやる。それが眞鍋さんの本性。私が今まで何も言わなかったのは、周囲の期待を裏切れなかったから。『凜くんが押さえてくれるなら、私達も安心だよ~』 眞鍋
Last Updated: 2025-06-17
Chapter: 第13話 裏の顔
 先輩との時間は何故か心地よくて、このままずっとこの時間が続けばと思ってしまう。 それも徐々に生徒が増えてきて、あっけなく終わってしまうのだけど。「凛くーん! おはよ……って、何してるの!?」 眞鍋さんが私を見つけるやいなや、血相を変えて腕を引く。細い体のどこにそんな力があるのか、連れ去られるようにして背後を振り返り、先輩に手を振る。「せ、先輩! また後で!」 先輩は笑顔で見送ってくれて、ほっと胸を撫で下ろした。校舎に入ると、眞鍋さんは怒ったように私を見上げる。「もう! 凛くん、あの人は危ないって言ったでしょ!? 気を許しちゃダメ!」 先輩を悪く言う眞鍋さんに、妙に心がザワついてしまう。(何、言ってるの? あなたが、先輩の何を知っているの? 先輩との時間を邪魔しないで) 私の変化に気付いていないのか、眞鍋さんは弾丸のように先輩の悪口を捲し立てる。 先生に手を上げた。 生徒を恐喝していた。 いじめて、不登校に追いやった。 止まらない蔑みに言い難い怒りと、焦燥感が渦巻き唇が震えてしまう。そして最後の言葉に、私は我慢の限界を迎えた。「それにあの人、女子を妊娠させたのに堕胎させたって……」「先輩はそんなんじゃない!」 つい張り上げてしまった自分の声にハッとして我に返ると、周囲の視線が集まっている事に気付く。驚きに目を見開く眞鍋さんは、次第に目を潤ませていった。「なんで……? 私、私は凛くんのためを思って……」 それすらもイラついてしまい、自分を抑えきれない。「私のため? 他の子を牽制するのも、私のためだって言うの? 眞鍋さん、私が一年の頃から仲が良かった子に、嫌がらせしてたんでしょう? 知らないとでも思ってた?」 どの口で先輩の悪口を言うんだ。それは自分がやっていた事じゃないか。 そもそもこの高校は、同じ中学から受験する人がいないと聞いて受けたんだ。家からは少し遠いけど、静かに学生生活を送りたかったから。 それでも、わざわざやってくる子達は、私の想像を超えていた。校門で度々待ち伏せられる事も少なくなくて、女子に人気のある女子として噂が広まってしまった。 そんな中でも、できるだけ目立たないように過ごしていたのに、あの体育の日に事件が起きる。 ぼーっとしながらバスケの試合を見学していた眞鍋さんに、ボールが飛んで行ってしまって、私は
Last Updated: 2025-06-10
Chapter: 第12話 鼓動
 泣いてる……私が? 先輩の言葉が理解できなくて、軽いパニックを起こす。どうにか思考を戻そうとしても、上手くまとまらない。「んー……なんていうのかな、無理してるって感じがするんだよね。本当の凜ちゃんは他にいて、心の隅っこで泣いてるの。昨日今日の仲で何言ってるんだって思うかもだけど、今の凜ちゃんってお人形みたい」 確かに、私は母の影響もあって、王子様を演じている部分はある。だけど、そんな風に言われたのは初めてだった。「人形……」 その例えが重くのしかかる。 周囲の期待に応えるのは、辛いと思う事もある。でも、誰にも嫌われない『王子様』は楽でもあった。だって演じていれば、みんなが私を構ってくれるんだから。 一度だけ、母にスカートが穿きたいと言った事がある。その時の反応は想像以上で、ヒステリックに喚き、物に当たり続ける母の姿は忘れられない。『あなたは王子様なの! 王子様じゃなきゃいけないの! そうじゃなきゃ、あんたに価値なんてないんだよ!』 なぜそんなに『王子様』にこだわるのか、私には分からない。教えてもくれないし、ただ『王子様』を求めてくるのだ。 だから。「や、やだな先輩。そんな事ないですよ。私は私です。無理なんてしていません」  そう言ってみても、先輩は大きな瞳で私を見透かすように見つめてくる。ぎこちなさを隠して笑って見せると、うなりながらも一応理解してくれた。「そっか……凜ちゃんがそういうなら、そうなのかな。ごめんね、変な事言って。気にしないで」 その後はもう、いつも通りの先輩だった。ガシガシと髪を拭きながら、あれこれとにこやかに笑っている。私はほっと胸を撫でおろし、相
Last Updated: 2025-05-30
Chapter: 第11話 役目
 促されるままベンチに座ると、先輩はプリプリしながら身振り手振りを交えて話し始めた「なんか2人組の変な人達が原付で走ってきてさ、いきなり水ぶっかけられたの! 追いかけようとしたけど、さすがに無理でしょ? それで泣く泣くここに来たって訳。もー、ほんっと信じらんない!」 先輩は心底怒っているみたいだけど、可愛くてつい笑みが零れてしまう。それに気を悪くしたのか、口を尖らせてそっぽを向いてしまった。「凜ちゃん、笑うなんてひどい! そいつらご丁寧に氷まで入れてたんだよ!? 原付のスピードでぶつかってきたから痛いのなんのって!」 その言葉で、私の笑顔は一気に引いた。慌てて先輩の両頬を包み、こちらを向かせる。濡れているのは、頭を中心とした上半身だ。氷が当たったなら、顔を怪我している可能性が高い。「え、ちょっと!? 凜ちゃん!?」 あまりに勢いよく頭を振ったせいで、先輩は面食らっている。それにも構わず、私はぺたぺたと顔面を隅々まで調べた。「氷って意外と鋭いんですよ!? 推理モノでもよく使われてるじゃないですか! どこか切っているかも……あ、ほらやっぱり!」 濡れて張り付いた髪を退けると、額に小さな裂傷ができている。「よりにもよって、この間擦りむいた所じゃないですか! せっかく治りかけていたのに、傷が開いてる……絆創膏貼りますから、じっとしててください」 そう言ってブレザーのポケットに手を突っ込むと、不意に先輩が吹き出した。私はきょとんとしてしまって、動きが止まる。それも面白かったのか、先輩はとうとう盛大に声を上げて笑いだした。「凜ちゃんって、ホント面白いね! さっきはカイロって言ってたし、まるで救急箱みたい。いつもそうなの?」 思いがけない問いに、私は考え込んでしまう。そういえば、いつからこんなに持ち物が増えたんだろうか。記憶を遡るけど、はっきりしない。中学の頃には既にこうだった。何かあれば、みんな私に聞いてくる。『怪我しちゃった、凜くん絆創膏持ってない?』『シャーペンの芯が無くなっちゃったの、分けてもらえないかな?』『急に雨降ってきた! 新堂、タオル貸して!』『ボタン取れた~、新堂おねがい~』 だから、私はそれに応えようと……。「凜ちゃん? どうしたの? ボク、変な事言っちゃった?」 眉を垂れる先輩に、ハッと我に返り、慌てて否定した。「ち、
Last Updated: 2025-05-27
Chapter: 第10話 優等生
 翌朝、私は日直のために、早めの登校をしていた。いつもと違う空気感と、静かな校舎は心が休まる。まだ誰もいない教室で、花瓶の水替えや日誌の確認を行う。日直はもうひとり男子がいるけど、サッカー部の朝練のために今はいない。 私の剣道部は柔道部と練習場所が被っているため、朝練ではなく放課後に重点を置いていた。この高校の柔道部は強豪だから、そちらが優先されてしまうのは仕方がない。 一通りの仕事を終えると、黒板の端に消し忘れを発見する。(確か、昨日の日直は兼崎くんと櫛原さんだったけ。2人共小柄だから、手が届かったんだな。先生も、その辺りを考えてくれるとありがたいんだけど) そう思いつつも、黒板消しを手に取りキレイにしていく。その後、汚れた黒板消しもクリーナーで整えた。(うん、今日もいい日になりそう) 窓を開けて空気を取り込むと、小春日和の柔らかな光が差し込んでくる。まだ早い事もあって、少し冷たい風が気持ちいい。(あれ……瀬戸先輩? こんなに早く、どうしたんだろう) 私が所属する2年4組の教室は中庭に面していて、花壇の合間に置かれたベンチがよく見える。そこに俯くような態勢で、ひとりの男子生徒が座っていた。顔は見えないけど、あのふわふわな髪は瀬戸先輩に違いない。 黒板の上の時計を確認すると、7時40分を指していた。まだ朝のホームルームには早く、中庭の人影もまばらだ。(具合悪いのかな……行ってみよう) 私はそのまま、教室を後にした。 中庭まで走ってくると、そこにはまだ先輩の姿がある。息を整えて、ゆっくりと近付いていった。「瀬戸先輩、おはようございます。どうかされましたか?」
Last Updated: 2025-05-23
推し似の陽キャ王子は腹黒でした

推し似の陽キャ王子は腹黒でした

私はオタク陰キャのカースト底辺女子。 ある日、同人誌即売会で思わぬ人物に遭遇! その人はクラスの人気者、陽キャ王子の岬君だった。 陽キャ王子の裏の顔は溺愛オタク!?
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Chapter: アニメじゃない
 悔しい。 昨日から岬くんに振り回されっぱなしだ。 今日なんていきなり家まで来て、結婚!? 私達まだ高校生でしょ!? お母さん達までまきこんで、一体何を考えてえんだろう。 私はこの年まで、恋愛の経験がない。告白されたこともないし、告白したこともないのに。 憧れはある。少女漫画のように、熱烈に好意を寄せられ、強引だけど甘く求められるような……あれ? 今、まさにその状態なのでは?「なってくれるよね? 岬 美希に」 髪にするりと指を絡め、囁く岬くんの声に、胸がキュッと鳴る。横で奇声を上げるお母さんのお陰で、流されずに済んだのは不幸中の幸いかもしれない。「あ、あのねぇ!」 私がなんとかこの状況を抜け出そうと試みると、さっきまでの色気はどこへやら。岬くんがにこりと年相応の笑顔で言う。「そろそろ準備した方がいいんじゃない? もう8時過ぎたよ。参戦服なら時間かかるでしょ?」 ハッとして時計に目をやると、もう8時10分を回ろうとしている。会場は家からバスで20分ほどかかるから、8時30分には出ないと、本当に時間がない。 サークル入場は一般開場から余裕があるけど、スペースの設営には意外と時間がかかる。お隣さんへの挨拶もるし、仲のいいサークルに差し入れもしたい。 でも、この場に岬くんだけ置いていくのは危険なのでは!? 時計と岬くんを交互に見ながら若干パニックに陥っていると、岬くんが更に急かしてきた。「ほらほら早く。僕も設営手伝うし、売り子もするか
Last Updated: 2025-06-20
Chapter: 妻問い
 叫び声を上げながら固まったお義父さんと、頬を染めキャーキャー騒ぐお義母さん。 どっちも笹塚さんに似ていて面白い。俺にとっては笹塚さんが最優先であり、物事の基準だ。笹塚さんがご両親に似ているという感情は湧かない。 それを眺めていたら、ドタバタと音を立てて笹塚さんがリビングに飛び込んできた。その姿を見て、俺は目を細める。(はい、アウト) その姿は、さっきのキャミソールとホットパンツの上からロンTを被っただけのもので、まるでそれしか着ていないような錯覚を起こす。普段はデフォルトの制服で隠されている素足は程よく肉付き、劣情を抱かせるには十分だ。「ねぇねぇ、美希。今から式場押さえちゃう? 和装もいいけど、やっぱりドレスよね~、岬くんはどうかしら?」 疼く下腹部から意識を逸らし、お義母さんに相槌を打つ。「そうですね、美希さんならどちらも似合うと思います。素敵な式にしたいですね」 実の所、既に貯金を始めている。中学の時に笹塚さんを知ってから、毎年のお年玉は全額貯金。高校に入ってからはバイトも始めた。それも全ては笹塚さんを手に入れるため。 笹塚さんが望む式を挙げたいし、家も準備したい。そして創作を楽しめる時間を作れるよう、専業主婦にしてあげたい。家事なんてそれなりでいいし、なんなら俺が全部やる。 俺は笹塚さんと生涯を共にできれば、それだけで満足だ。 それにはまだまだ足りないんだから、もっと頑張らねば。大学も、もう決めている。ゆくゆくは起業も考えているから、経済学部を選んだ。起業すれば、笹塚さんとの時間も捻出しやすくなるし、何より楽をさせてあげられる。  そのためには、成功できるだけの実力が必要だ。笹塚さんとの生活をより良くするため、俺はどんな努力も厭わなかった。 お母さんから結婚の話しを聞いた笹塚さんは、赤くなったり青くなったり、表情をクルクルと変えている。そういう所も可愛いと思えるのだから、本当に厄介だ。「ちょ、ちょっと岬くん!? お母さん達に何に言って……け、結婚て、気が早すぎるでしょ!?」 俺に文句を投げつけるその表情も、可愛くて、愛おしくて、そして美味そうだ。「え~、俺、昨日言ったよ? 幸せなお嫁さんにするって。聞いてなかったの?」 少しむくれて言えば、笹塚さんは面白いように慌てている。「なってくれるよね? 岬 美希に」 長い黒髪
Last Updated: 2025-05-21
Chapter: 先ず馬を射よ
 階下から聞こえてきた叫び声に、びくりと肩が跳ねた。(な、なに!?) お父さんの怒号にも似た叫びと、お母さんの黄色い声に困惑しながらも、手近にあったロンTを被りリビングに向かう。(まさか、岬くん変な事言ってないよね!?) 同人誌即売会での奇行は、私に危機感を持たせるのに十分だった。たぶん、私や家族に危害を加える事はしないと思う。でも、どういった行動に出るのかが読めない。 昨日はオタク全開の服装だったのに、今日はしっかりキメて来ているし、それにあの言葉。 ――それとも、誘ってる? 思い出すだけで顔が熱くなる。 もしそんな事をお父さん達に言っていたら、恥ずかしくて死ねる。その点については、岬くんの信用はゼロに近かった。 学校ではそんな素振りした事もないのに、あの公開告白の後からは攻めの姿勢を崩さない。実を言えば、ブースに居座った岬くんはずっと私の手を握っていたのだ。机の下で指を絡め、お客さんが途切れたらじっと見つめてくる。 そして何度も呟くのだ。「はぁ……笹塚さん、可愛い。もう1回キスしいい?」 私はその度に冷や汗を流していた。陰キャのカースト底辺として生きてきたのに、そんな経験ある訳ないじゃい。なのに岬くんは手を緩めない。 帰り際にバス停で別れた時も、隙をついて額にキスされてしまった。真っ赤になって怒る私にも、岬くんは喜ぶ始末。 だからこそ、今両親に対して何を事を口走っているのか、考えるだけでも恐ろしくなってしまう。 バタバタと階段を下りて、リビングのドアを開く。 そこには立ち上がった姿勢のまま固まるお父さんと、頬を染めキャーキャーとはしゃぐお母さんがいた。その正面には岬くんが笑顔をたたえ、静かに座っている。「何、どうしたの!? さっきの叫び声って何!?」 そこでやっと私に気付いたお母さんが、こちらを見ながらにこやかに言った。「あ、美希ったら、こんなにカッコいい彼氏がいるなんて聞いてないわよ~? こんな子が息子になってくれるなんて、お母さん嬉しい!」 今、なんて言った……? 彼氏は分かる。だって実際に岬くんに告白されて、流されるようにではあるけど、彼氏彼女になったから。 でも、息子って? ゆっくり視線を向けると、岬くんはにんまりと笑う。「そういう事だから、今後ともよろしくね。美希さん」 その一言でハッとした。(外堀
Last Updated: 2025-05-06
Chapter: 将を射んと欲すれば
 バタバタと階段を駆けあがる笹塚さんの後姿は可愛らしく、緩む頬を何とか押しとどめて冷静を装った。『白い何か』がチラリと見えたからだ。「美希? どうしたの、うるさいよ~」 そう言って顔を出したのは、笹塚さんのお母さん。まだ若く、姉妹と言われても納得できそうだ。玄関に立つ俺に気付くと、少しびっくりして口を押さえる。「あ、あら、お客さんだったのね。えっと……」 口籠るお母さんに、俺は優等生ぶって頭を下げた。「早朝からお騒がせしてしまって申し訳ありません。昨日から美希さんとお付き合いさせていただいています、岬涼です。今日も一緒に出掛ける約束をしていたので、迎えに来ました。ついでと言ってはなんですが、ご両親にもご挨拶させていただければと」 お義母さんは聞かされていなかったのか、更に驚いていた。慌てて引っ込むと、今度はお義父さんを連れて現れる。「き、君が……美希と……? なんと言うか、随分とカッコいい子だね……」 今日はヒュディ仕様だから、タイプの違いに猜疑的なのかもしれない。笹塚さんは真面目な委員長タイプだ。俺は警戒を解くように、柔らかく微笑みながら落としにかかる。「はじめましてお義父さん、岬涼です。急な事で驚かせてしまったかもしれませんが、僕は美希さんをずっと好きだったんです。やっと昨日告白して、受け入れてもらえました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」 深く頭を下げると、2人が慌てる様子が伝わってくる。いささか高校生にしては丁寧すぎる言葉使いも、隙を生むには好都合。両親と良好な関係が築けるに越した事は無いが、俺にとっては将を射るための馬に過ぎない。 笹塚さんは一見大人しいから、俺みたいなのが来たのも意外だったのだろう。俺が知る限り、笹塚さんは今まで彼氏がいなかった。正真正銘、俺が初カレだ。素のままで来てもよかったけど、第一印象は大事だからね。身なりには気を付けないと。 顔を上げると、2人はぎこちない笑みを浮かべながらも、俺を室内に案内してくれた。リビングのソファに座ると、お義母さんがお茶を出してくれる。「ごめんなさいね。そうとは知らずに、あんなだらしない恰好で出させてしまって。美希ったら水臭いわ。こんなイケメンが彼氏なんて、教えてくれてもいいのに。ね、お父さん」 話を振られたお義父さんは、しかめっ面で俺を値踏みしている。これも想定
Last Updated: 2025-04-23
Chapter: 奇襲
 あの公開告白から、一夜明けた日曜日。即売会は今日も開催される。私もブースが取れたから行かなきゃなんだけど……。「おはよう、笹塚さん。あ、パジャマだ、可愛い」 なんでいるかな!? 早朝から鳴ったインターホンに出てみると、そこには岬くんの姿があった。いつもより少しだけ気崩した格好で、髪はヒュディ様のように整えられている。(ぐ、かっこいいなもう!!) 壁に寄りかかる私を見ながら、岬くんはニッと笑った。「気に入ってくれたみたいだね。早起きした甲斐があるよ」 これは確実に落としに来ている。公開告白だけでも心臓が止まるかと思ったのに、時間を空けずに奇襲するとは。昨日も、あの後ちゃっかりブースに居座って、売り子をやっていたのだ。しかも男性には牽制するおまけつき。女性にもわざわざ自分が彼氏だって吹聴していた。公開告白が既に広まっていて、ブースにまで確認に来る方もどうかと思うけど。それにしても。「こんなに早く、どうしたの? まだ7時だよ?」 そう、即売会の開場は9時だ。昨日の帰り際に、今日も売り子をすると言っていたのは覚えている。だから家まで来たのは分かるけど、それにしても早すぎじゃないだろうか。 っていうか!「なんで家知ってるの!?」 昨日はバスの方向が違うから、開場で別れた。それに昨今はプライバシー保護が重要視されて、電話の連絡網も廃止されている。そもそも固定電話が無い家も増えているみたいだから、妥当ではあるけど。だからもちろん、保護者間で家の場所も共有されていない。先生に聞けば分かるとは思うけど、言うはずないし。 困惑する私を他所に、岬くんはいい笑顔で答えた。「ああ、先生に聞いた。忘れ物を届けたいって言ったら、すんなり教えてくれたよ? やっぱり日頃の行いは大事だね」 こんの腹黒が! 先生も先生だ。簡単に個人情報を漏らさないでほしいんですが!? 肩で息をする私に、岬くんがそっと近付き耳打ちをした。「ところで……着替えなくていいの? それとも、誘ってる?」 その一言で、私はブラトップのキャミソールに、太ももギリギリの短いショートパンツという夏用ルームウェアだった事を思い出した。まだ残暑が厳しくて、上着も着ていない。 つまり、体の線が丸見えという事で……。 私は慌てて自室に逃げ込むのであった。
Last Updated: 2025-04-18
Chapter: 逃がさない
 彼女を初めて知ったのは、小学校6年の夏。俺はこの頃から既にオタクの仲間入りをしている。今まではただ観ていたアニメや漫画に、それ以上の魅力を感じるようになっていたんだ。 そのきっかけは日曜朝の特撮番組。戦隊モノのメンバー2人の距離が、妙にバグっている事に気付いた。コートを手渡すレッド、それをなんの疑問もなく受け取るピンク。そして他のメンバーも何も言わない。(あれ? これって、付き合ってんじゃないの……?) 小6といえば、思春期真っ只中。そういう事に興味を持ち始めるけど、自分自身ではピンとこない。クラスメイトの女子も、好意の対象にはならなかった。きっと、このカップルで疑似恋愛をしていたんだと思う。 それからは、あらゆるアニメや漫画でカップルを探すようになった。原作順守、公式以外のカップルは論外だ。ぼかされているキャラならまだしも、はっきりとカップルとして描かれているキャラを、別のキャラとくっつける意味が分からない。 この頃はまだ二次創作の作法もよく分かっていなかったから、無茶をやったりもした。アニメの切り抜きをSNSのアイコンにして怒られたり、過激な書き込みをしたり。それを指摘してくれる人がいたのは、幸いだったと思う。もしいなければ、俺はキモオタになっていただろう。 そんな中、イラスト投稿サイトで推しカプを漁っていた時に、たまたまオススメに上がってきたそれは、解釈ドンピシャ、絵柄も好みでファンになるのに時間はかからなかった。それが彼女だ。その頃はフォロワーも少なくて、ちょっとした優越感に浸っていたのを覚えている。 同人誌のカップルというのは、あまり男子が寄り付かないジャンルだ。そこはオタクが気持ち悪がられる所以とも言える。世に二次創作が出始めた頃は、キモオタが集まるエロい同人誌が幅を利かせていた。そして代名詞とも言える婦女子の台頭。 俗にNLと呼ばれる男女のカップルもTL勢が増え、少女漫画のコミック売り場は無法地帯となっている。TLとはティーンズラブの略。でもその中身は……。 この辺りは結構議論されているらしい。BLやTLは、最早エロ本といっても過言ではないのに、小学生でも買えてしまう。否定派ではないけど、疑問は残るかな。 それはともかく、中2の秋に地元の同人誌即売会で彼女が出品する事を知った俺は、飛び上がる程に喜んだ。まさか同郷だとは思っていな
Last Updated: 2025-04-14
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