Chapter: 146ふと目が覚めた。なんでこんな時間に起きちゃうんだろうな。俺は拓ちゃんを起こさないように、そっとベッドから抜け出し、リビングに行く。ソファに座り、膝を抱えた。ただジッと、そうしていた。月が見える。そういえば、ここ3階だっけ…。「ふふんふんふん~♪」俺は自然と、あの音楽室で最後に弾いた曲を口ずさんでいた。「そうやって。また俺の前から消えるのか?」そんな声が飛んできて、驚いて振り返れば、拓ちゃんがリビングの入り口に凭れて立っていた。「あ…ちが…違う…」あぁ。やっぱり貴方は、あの曲の意味を知ってたんだね。あれが永遠の別れの曲だって……。「じゃぁ、どうした?」拓ちゃんが静かに聞いてくる。少しの沈黙。ほんと少しだけ……。「怖くて…ごめん…なんか怖くてさ……こうして拓ちゃんの傍にいられるのが信じられなくて…」俺にしては珍しく、素直に気持ちを口にする。いつもなら隠すんだけどな…。「俺は、お前がまた俺の前からいなくなるのが怖い」拓ちゃんがそう言ってくる。俺は何も言えなくて、自分の膝に顔を埋める。いなくなるつもりはないけど……でも、傍にいてもいいのかわからなくて……拓ちゃんは傍にいろって言うけど……ダメなんだよ…心が…壊れちゃってるから……新しい傷口が広がってるから……凄く臆病になってる。特に拓ちゃんが相手だから……余計にさ……臆病になってるんだ……。この人を裏切ったのは俺。姿を消したのは俺。逃げたのは俺。だから怖い。本当にいてもいいのかどうか……拓真の言葉を信じてないわけじゃない。ただ、本当に怖いだけ……。人に傷付けられるのには慣れてるんだけどな…何度も裏切られてきたからな…拓ちゃんが相手だと……それが凄く怖い……だって…俺…今でも拓ちゃんのこと好きだから……大好きだから……そんな言葉じゃ足りない……愛してる……何度も心がそう叫んで、拓ちゃんを求めた…でも、裏切ったのは俺自身。今更、虫がいいことなんて出来やしない…。拓ちゃんは俺の傍に来ると、俺を抱き上げ、寝室へと戻っていく。「た…拓ちゃん? …」いきなりすぎる行動で判らない。拓ちゃんは俺をベッドに押し倒すと、「俺の事しか考えられなくしてやる」そう言って、奪うようにキスをしてきた。久し振りに感じる拓ちゃんの唇。熱
Last Updated: 2026-10-09
Chapter: 145「いい加減、出てこい」拓ちゃんが静かに告げてくる。俺は立ち上がると噴水から出て、拓ちゃんの手にペンダントを乗せる。「これ、あんたにとって大切なもんだったんだろ? だったら、あんたがちゃんと持ってろよ」そう告げて、俺は踵を返し歩き出す。「俺が持っていて欲しいのは、お前にだ。蒼樹」その言葉に足が止まってしまう。 あぁ。ほんと俺って拓ちゃんには弱いな…。「俺は…俺には持ってることが出来ない。だから返したんだよ」俺は後ろを向いたまま告げる。俺が持ってるわけにはいかない。 闇に染まった俺が…。そんな大事なもの…。「大事だから…だから一番大切なお前に持ってて欲しいんだ、俺は!」拓ちゃんがいつになく感情的に言う。 いつもクールなのにさ。「あなたは俺に何を求めてるんだ? あなたは…俺をどうしたいんだ? 俺はみんなにとっては邪魔者なんだよ?」俺はみんなにとって、ただの邪魔者……何の価値もない俺。実の親ですら捨てたんだから……。そんな俺に何を求めるの?何がしたいの……。「他の奴がお前のことを邪魔者だと思っても、俺にとってはお前は大事な奴だ。俺の傍に置いておきたいほどな。俺は今でもお前が好きだ」貴方は変わってるね…。「それでも…俺は…」俺は…俺は…。「お前が気にしてるのは神谷のことか? あいつのことなら最初からお前を狙ってきてる奴だって知ってたよ。苗代に情報貰ってたし。俺自身も色々調べたからな」拓ちゃんがそう告げてくる。嘘…知ってたのか…。「じゃぁ…なんで! なんであんなこと…」あんなことしたんだよ……。「お前を守りたかった。俺の手で…。でもそれが出来なかった。結局、お前を助けることが出来なかった。俺は二度もお前を助けることが出来なかった。自分が情けない。ずっとお前のこと守るって決めてたのに…結局はお前が自分で片付けちまった。情けない男だ、俺は…。お前に嫌われるのは当たり前だよな…」知らなかった…。拓ちゃんがそんなこと考えてたなんて……。拓ちゃんが俺のこと守ろうとしてくれてたなんて……。俺は…俺は……。「…嫌いじゃない……嫌いになれたら…すごく楽なんだろうね…」嫌いになれたなら……こんなにも胸が苦しくならないのに……。「蒼樹……俺は誰がなんと言おうとも、お前が好きだ」 あなたはこんな俺を必要としてくれるのかな
Last Updated: 2026-10-08
Chapter: 144朝は点滴。夜は公園。そんな日が何日か続いた。だって行く場所ないし……。 蒼華を消すために、俺は黒い髪に黒い瞳でいるわけだしね。だから今夜も、公園のいつものベンチに座ってた。 膝を抱えて、自分の爪先を見つめて、じっと時間が過ぎるのを待ってた。 ただただ時間が過ぎるのを……。 「隣いいか?」急にそんな声をかけられる。 驚いて見てみれば拓ちゃん。「どうぞ」俺はそう答える。でも声が掠れてるや。「よく此処にいるのか?」そう聞かれる。 俺は爪先を見たまま、「ううん。俺、最近この街に引っ越してきたばかりだから…。ここってなんか落ち着くよね…」嘘を見繕う。 お願いだから俺だってばれないで…。「そうか…。一つ頼みごとしてもいいか?」そんなことを言われる。「俺に出来ることならいいけど?」俺はそのままの体勢で答える。「もし…この場所で蒼い髪に蒼い瞳をした、お前ぐらいの奴を見かけたら、この手紙を渡してくれないか?」拓ちゃんはそう言って、俺に手紙を差し出す。「もし逢わなかったら?」俺はそう聞いてみた。「3日後。また俺が此処に来る。その時に返してくれ」拓ちゃんはそう言う。 俺はその手紙を受け取り、「逢うか判らないけど…一応預かっとくよ」そう答える。ほんと、俺なんて忘れてしまえばいいのにね…。「すまんな。頼む。じゃぁ、邪魔して悪かったな」拓ちゃんはそう言って帰っていった。「俺に手紙なんてな…」一人になってポツリと呟く。でも…無事に退院できたんだ… よかった…。あの人がちゃんと生きててくれたのなら…… それだけでいいや…。俺は溜め息をつくと、その手紙を持って立ち上がった。でもね、跡を付けられるのもいやだから、わざと遠回りしたり、いろいろな道を使って家に帰ったんだ。知られるわけにはいかないからさ。 今、この場所に住んでることを…。だから遠回りとかして帰ったんだ。人を撒くなんて俺には簡単なんだ。 この街を彷徨い続けた俺にはね…。俺は部屋に入り、溜め息をつき、手紙を前にして戸惑う。これを開ければ何と書いてあるんだろうか?開けるのが怖い。「おし!」俺は意を決して手紙の封を開けた。中から出てきたのは、手紙と俺が拓ちゃんに返したペンダント。どうして? なんで?俺は急いで手紙を読んだ。 『蒼樹へ今お
Last Updated: 2026-10-07
Chapter: 143俺は次の日から、拓ちゃんの所に花束を持っていった。でも拓真に逢う勇気がなくて、花束と『ごめん』と書いた手紙を一緒に持って、「あの…すみません。これ、金城拓真くんに渡してもらえますか?」ナースステーションの看護師に頼む。「金城くん? いいですけど。彼ならもう目が醒めてますよ?」看護師さんはそう教えてくれるけど、「いいえ…いいんです…お願いします」俺はそう頭を下げ、その場を離れる。「あ…君、名前は…」なんて呼ばれるけど、俺はもう一度頭だけ下げ、その場所を離れた。 俺が逢っちゃいけないんだ……。俺が逢っていい人じゃないんだ……。俺が関わっちゃダメなんだ……。 俺は拓ちゃんの家の病院を後にして、自分の点滴をしに行く。 ボーっと点滴の液を眺める。あとどれだけ俺はこの生活を続けるんだろ? 俺はどれだけ薬漬けの生活を続けるんだろ?一生無理なのかな……もっとも、この身体じゃ当たり前か……。ボロボロだもんね……こんな身体……なくなっちゃえばいいのに……俺なんていなくなっちゃえばいいのに……俺には何の価値もないんだから……。 俺は点滴を終えると、いつものように街を彷徨う。 といっても、俺はプチ変装中だから誰も気付かないけどさ…。ほんと…俺って何やってんだろうね?こんなことやってても仕方ないんだけどね。 でも何も考えられないから、こうやって彷徨ってるのかな。ほんと…虚しい…俺の人生ってなんだったんだろうね……。考えるだけでアホらしいけどさ……。ほんと、あほらしい……。 拓ちゃんの病院に花束と手紙を持っていくのが日課になった。今の俺に出来ることはそれだけ。決して本人には逢うことは出来ない。逢わす顔がない。だからいつもお願いする。 「あ…君、待って。これ、金城君から預かってるの。それと彼ね、3日後には退院できるから一度だけでも逢ってあげたら?」看護師がそう言って差し出してきたのは、一通の手紙。俺はそれを受け取り、「ありがとうございました」頭を下げ、その場を後にする。そして、いつものように自分の点滴をしに行くのだ。「拓ちゃんから手紙か…」手に持った手紙を見て、ポツリと呟く。 今此処で開く勇気はない。帰ってからかな……。 点滴を終え、俺はいつもならふらつく所だけど、手紙が気になったから家に帰った。
Last Updated: 2026-10-06
Chapter: 142「蒼樹」 もう一度、名前を呼ばれる。 「呼ぶな!」 俺は思いっきりそれを拒絶する。 「蒼樹! ずっと捜してたんだぞ」 一歩ずつ拓ちゃんが近づいてくる。 「俺を呼ぶな!」 お願いだから……。 「蒼樹。戻ってこい」 お願い……。 「俺を呼ぶな!」 お願いだから……。俺の心を乱さないで……。 「蒼樹!」 これ以上……掻き乱さないで…… 「やっと忘れたんだ! あなたのこと……だから俺を呼ぶな!」 やっと忘れかけてたのに…… 「蒼樹。戻ってこい」 ダメだよ……。戻れない……。 「俺を呼ぶな! 俺を捜すな!」 俺はそう叫び、走り出した。 「待て、蒼樹!」 拓ちゃんの叫び声。 パッパーーーーーー!!!キキキキキー!!!! 響き渡るクラクションとブレーキの音。 ドンッ!!! ぶつかる衝撃。そして地面に叩きつけられる。「……いっ……」 俺は身体を起こし、固まる。 俺の腰に覆い被さる身体。その額から流れ落ちる紅い血。 「拓……真……」 声が震える……。自分の身体の痛みなんて関係ない。 「ねぇ……拓真……しっかりしてよ……拓真!……」 拓ちゃんに触れるけど動かない……嘘だよな…… 「誰か……お願いだから早く! 早く救急車呼んで! 早く!」 俺は拓ちゃんの服を掴み、叫んだ。 雨に流された血が地面に広がっていく。 「嫌だ……嫌だ!……拓真!……お願いだから目を開けてよ!……拓真!」 俺はそう叫ぶ。こんなのってないよ……こんなのって…… 遠くでサイレンの音が雨の音に混じって聞こえた…… 俺はボーっと手術中の赤いランプを見ていた。 俺は拓ちゃんに庇われたお陰で、打撲と擦り傷程度で済んだ。 でも拓ちゃんは分からない……。 もしかしてもう目を醒まさないの? もしかしてもう逢えないの?「蒼樹くん」 そう声をかけられ、声のする方を見れば勝さん。 俺がお願いして拓ちゃんの家の病院に搬送してもらったんだ。その方がいいかなって思って……。 「すみませんでした。俺のせいで……こんなことになって……」 俺は勝さんに頭を下げる。 俺があの時ちゃんと周りを見ていれば……。 拓ちゃんがこんなことになることはなかったんだ……。「君だけのせいじゃないよ」 勝さんはそう言ってくれる。でも……俺のせいだ。 手術中の
Last Updated: 2026-10-04
Chapter: 141モノクロの華。今の俺はまさにそれだね。心も身体も黒く染まったモノクロの華。 誰にも気付かれずに枯れていくの。それは俺が望んだこと。俺が俺でなくなるのなら壊れてしまえばいい。 誰にも気付かれないまま壊れていけばいい。俺にはそれが丁度いい。だって闇に染まりすぎてる。 血に染まりすぎてる。 だから俺にはそれがお似合い。あの人と出会って楽しかった数ヶ月。 きっと忘れられないけどさ…… でも俺はあの人を忘れるって決めたんだ。ほんとはね、今でも好き。大好き。愛してる。 でも……俺にはあの人の傍にいる資格はないから…… 俺にはあの人は似合わない…… だから忘れるんだ。だからモノクロの華。 二つの太陽を失った俺はモノクロの華。 色褪せている。色褪せてるのは俺の世界。 俺の心の中。でも後悔なんかしてない。 自分で決めたことだからな。そういえば、ちゃんと荷物届いたかな?なんて、別にどうでもいいことだけど……。 なんて思って歩いてたら、やだなぁ~。 着いちゃったよ……自分の住んでた家。あれだけ暗かった家には灯りが灯ってる。 外灯も門灯もついてる。 ちゃんと届いたみたいだね。ならいいや。もうこの場所にも用はない。俺は結局なんだったんだろうな? あの二人にとって……。 俺が生まれてきた意味はなんだったんだろうね? 結局何も認められないまま別れて終わり。 それなら最初から俺なんて産まなきゃよかったのにね。 面倒なお荷物作らなきゃよかったのにね。 ほんと馬鹿らしい。俺はどこへ行っても邪魔になるだけ……。なら俺は一人でいることを選ぶよ。壊れてもいい。いっそのこと壊れちゃえばいいのに。こんな中途半端なままじゃなくてさ……。俺って結局なんだったんだろうね。それすらもう分からないや……。ふふ。こうやって思ってる時点で壊れてるのかもね。まぁいいけどさ……。 俺はまた夜の街をふらつき始める。 昼間の俺は病院に行き、点滴をする。もうそれすらも億劫だ。病院に行くのが嫌になってきている。 でも入院とかさせられるのはもっと嫌だし、仕方なく通院している。 当たり前だよな……。 まともにご飯なんて食べられないんだから。朝も夜も食べられなくなった。 辛うじてヨーグルトなら口にできる。 ヨーグルトだけじゃダメな
Last Updated: 2026-10-02
Chapter: 第45話4人で、大我の家に行ったら 「わ~い、大ちゃんとゆいちゃんだ~」 なんて言いながら劉くんが飛びついてきた。 「うわぁ、ちょ」 俺はそんな劉くんの勢いに負けて倒れそうになるけど 「劉、そのまま突っ込んできたらゆいがケガするぞ」 なんて言いながら大我に支えられて倒れることはなかった。 「ごめんなさ~い」 俺の脚に抱きついたまま劉くんが謝った。いや、うん。可愛いなぁ。 「大我~、劉くんが可愛ぃぃ」 俺はそんなことを言いながら劉くんを抱きしめていた。 「はいはい。そんなことはいいから、早く中に行くよ」 そんな俺にこうちゃんが呆れながら中へ入っていく。その後ろをヒロさんがついていった。 「そんなことって言われちゃった」 ってポツリと呟いたら 「そんなことだろ。あの人にとって劉が可愛いのは当たり前だからな」 大我が笑いながら言ってきて、その言葉の意味を理解して 「そっか、そうだね。ん~、でも俺には劉くんが可愛い。大我の子もきっと劉くんみたいに可愛いのは間違いない!」 なんて、変な力説しちゃった。 「ゆいちゃんも可愛いよぉ」 なんて、劉くんが言ってくるから俺は劉くんの頭を撫でた。 「いつまでそこにいるの?いい加減にこっちに来なよ」 って、こうちゃんに呼ばれて、俺は劉くんを離して今度こそ、目的の場所へと向かった。劉くんを抱いたまま大我と一緒にみんながいる部屋の中に入ったらご飯の準備がしてあった。 「ただいま」 大我が普通に挨拶して自分の席に座っちゃったから、俺は劉くんをおろして悩んじゃった。 「おかえり、ゆいちゃんも座って」 って言われて 「あっ、はい。えっと…ただいま?」 って返事をして大我の隣に腰掛ければ 「おかえり。先にご飯食べましょう。話はそのあとね」 ゆきママのその言葉通り、家族団らんが始まった。 「どう?少しは落ち着いたゆいちゃん?」 ご飯を食べ終えてから2時間ぐらい経ってから、劉くん以外のメンバーで集まっていた。劉くんはもう寝てる。 「あ…少しは…」 落ち着いたと言えば落ち着いてるけど…完全ではないんだろうな…って自分で思った。 「一応、報告があるんだけど、大丈夫かしら大我」 俺ではなく大我に確認するなんてさすがだ。 「まぁ、なんとかなるから大丈夫。で?」 大我は平然と答えてる。うん、まぁ
Last Updated: 2026-06-04
Chapter: 第44話「んっ、んん、んーっ!」 なんて言いながら布団の中で伸び―って伸びたら笑われた。 「なんだよぉ」 文句を言いつつ声がした方を見たら大我じゃなくて、こうちゃんとヒロさんがいた。あれ?デジャブ?これ、前にもあった気が…なんて思いながらジッと二人を見てたら 「おはよう、ゆいちゃん」 「もう、夕方だけどな」 なんて、2人に言われてびっくりして飛び起きた。 「嘘!マジで?」 本当に自分でもびっくりだよ。 「ほら、見てごらん」 飛び起きた俺にこうちゃんが時計を見せてくれた。そこにはハッキリと午後4時の文字が浮かび上がってました。「うわぁ~!俺って寝すぎじゃん。あれ?大我は?」 自分が寝すぎてるのもビックリだけど、大我がいないことに気が付いた。 「委員長様は忙しくて…」 「取り締まりに、保護に…。相変わらず多忙だなあいつは…」 2人はそう説明してくれた。ってことは… 「大我が俺のために?」 この2人がここにいるってことはそういうことなんだろうな。 「うん、それもある」 「ゆいの体調も気になるから見てほしいって言われたから来た」 って苦笑気味に二人がいうから、あぁ、って自分で納得しちゃった。 「朝と夜が逆転してるって大我が言ってたから…」 自分ではそんなつもりなかったんだけどな。 「それだけ、ゆいちゃんにとってあれはショックだったんだよ」 「あの大我が怒るぐらいだからな」 2人の言葉に俺は苦笑を浮かべた。だって、大我がメチャメチャ怒ってるの気付いてたもん。表に出さないようにしてるけど、大我が怒ってるって傍にいてすっごくわかった。でも、嬉しかった。俺の為に行動してくれる大我には感謝しかない。本当に何時も助けられてるもん。「大我ってどれだけいないの?」 俺が気付かないうちに出ていったってことだから… 「お昼からずっと」 「4時間ぐらいはいない。それだけ、仕事が溜まってるってことだな」 2人が教えてくれて、また俺はビックリ。 「えっ…3時前に一回目が覚めて…そのまま寝ちゃって…今16時でしょ…一体俺ってどんだけ寝てんの???」 指折り数えながら思わず叫んじゃった。 「12時間ぐらいは寝てるね」 「それじゃぁ、朝と夜が逆転してもおかしくないな」 2人が呆れたように言ってくるから俺はますます苦笑することになった
Last Updated: 2026-05-15
Chapter: 第43話「んっ」 闇の中に落ちていた意識が戻ってきて、抱きしめられているのに気付いて俺はもっと自分から抱き着いた。その途端にもっと強い力で抱き寄せられた。 それが嬉しくて、もっと強く抱き着いた。そしたらクスって笑われちゃったよ。 「うーっ」 なんだかそれが悔しくて、一人でうなってたら、ますます笑われて、思わず顔を上げて睨んでやった。 「不細工になってる」 なんて言いながら、額に小さなキスが落とされた。 「なっ、なっ」 それがあまりにも突然で、自然な流れで行われてびっくりして変な声が出た。 「ゆいの目が腫れて不細工になってる。ちゃんと冷やしたんだけど、まだ腫れてるな」 そっと、大我の親指が目元を撫でる。 「んー、今回は本当に自分でもびっくりするぐらい涙腺崩壊して、大泣きしてたからなぁ」 「それだけ、唯斗の中では大きな傷になってたってことだからな」 大我の言葉に自然と苦笑が浮かぶ。だって、それは否定できない。中学から今まで大我に支えられてきたのは紛れもない事実だから。 それでも、不思議なことにあれだけ嫌な感情に包まれて、大泣きしたけれど、いつも以上にすっきりしてるし、気持ちが軽くなっている自分がいる。 いつもならもっと、落ちてるはずなのに…。 「唯斗の心のよりどころがちゃんとできたからだろ。もう一人じゃないっていう安心がゆいの心を軽くしてるんだよ。きっとな」 大我の言葉に「あー、そうかも」って納得しちゃった。今まで、大我が傍にいてくれるって、言葉や態度で示してくれてたけど、心のどこかで疑ってたんだ。大我も、大我の家族も、俺のことを捨てるかもしれないって…。疑心暗鬼になってる部分が心のどこかにあったんだ。 でも、それは俺の思い過ごしで…。大我の言葉も行動も全部、嘘偽りがなくて、大我は俺のことを常に優先に考えて、行動してくれていた。今回のことに関しても、今までのことにしても、俺が考えるよりも先に先にと手を打っていった。 俺よりも俺のことを知ってるこの男が常に傍にいてくれたから、俺はここまでこれたんだ。 「うん、やっぱり、俺は大我の愛情がなかったら死ぬ。大我に捨てられたら廃人になって死ぬな」 自分でブツブツ言いながら確信した。それだけ俺は大我に支えてもらってきたのだ。それこそ依存してると言われてもおかしくないぐらいには…。 「心配しなくて
Last Updated: 2026-04-05
Chapter: 第42話「んっ、あ、れ?」 目が覚めて、変な声が出た。ベッドの上でちゃんと服を着て寝てた。寝落ちする前の記憶がある分だけまたやっちゃったと思う。 「たい、が?」 身体を起こして、大我の姿を探せば、机に向かって作業をしてるのを見つけた。 「起きたか、身体は辛くないか?」 俺の嗄れた声で名前を呼んだけど、ちゃんと大我は拾ってくれたらしい。 「ん、だい、じょぉ、ぶ、ちょっと、声、出にくい、けど」 身体はそんなに辛くない。ちょっと、声が嗄れて出にくいだけだ。だからそれを俺は素直に伝えた。 「あー、まぁ、それは仕方がないな。ほら、これ飲んで少しは喉を潤せ」 大我は水の入ったペットボトルを渡してくれた。俺はそれを受け取り飲んだら、半分ぐらい飲んじゃった。 「お腹は空いてるのか?」 そう聞かれて「う~ん」って考え込んだ。空いてるような空いてないような?そんな微妙な感じだったんだ。 「その顔は微妙な感じなんだな」 考え込んでる俺の顔を見て大我が聞いてくるから俺は素直に頷いた。 「食パンがあるからそれでも食べるか?」 なんて聞いてくるけど、大我がただ食パンだけを出すはずがない。きっと軽く食べれるものを作るはずだ。だけど、俺は素直に頷いた。食パンだけでもいいから食べた方がいいかなって自分で思ったんだ。 「なら、トーストでも作るか。自分で動けるか?」 大我が立ちあがり聞いてくる。 「わかんない」 俺は返事をしてからベッドから立ち上がろうとして失敗した。足腰が笑ってる。 「自業自得だからなそれ」 半ば呆れながら大我は俺を抱き上げてリビングまで連れて行ってくれた。そしていつも座ってる場所に座らせてから、キッチンへと行った。うん、俺ってやっぱり大我に迷惑ばっかりかけてるな。なんて思いながらキッチンでゴソゴソ動く大我の背を眺めていた。「お待たせ。熱いから気をつけろよ」 そういいながら大我が俺の前にアツアツのピザトーストとコーヒーを置いてくれた。でも、トースト1枚分だけ。大我さんよくわかってますね。俺が本当に微妙だって。しかもちゃんと切れ目が入ってて残しても大丈夫なようにしてくれてある。 「いただきます」 俺は手を合わせてそれを食べることに専念した。「御馳走様でした」 俺は出してもらったトーストを全部食べ終えて溜め息をついた。全部は食べられないかもって
Last Updated: 2026-02-12
Chapter: 第41話「うっ、ふぅ、ぁ、ん、ぁ、やぁ、ん、ぁ」キスだけで、記憶がどっかに飛んじゃってた俺は気が付けば己の中に大我の熱い塊を招き入れていた。「や、なのか?」なんて言いながら意地悪く動く腰。「やぁ、ぁ、ダメっ、ぁ、ダメっ、ぁ」大我の背にしがみつき爪を立てる。「なら、やめる?」なんて、意地悪く耳元で囁かれる。熱い吐息交じりの声にぶるりと身体が震えた。ぞくりと腰にクル。だからギュって締め付けちゃったよ。「ん?ゆい、やめる?」なんて、また聞かれた。「やぁ、ぁ、ん、ぁ、やめちゃ、やぁ、ん、たい、がぁ、ぁ、」やめてほしいわけじゃない。嫌がってるわけじゃないってわかってるくせに意地悪だ。だから俺は腹いせに大我の背に爪を立てて肩に噛みついた。「っ、じゃぁ、このまま続ける?」噛みついた俺の頭を撫でながら聞いてくるから噛みついたままコクコクと何度も頷けば「じゃぁ、ちゃんと捕まってるんだぞ」なんて言いながら腰を掴まれるとズンッと勢いよく奥まで突き上げられた。「ぁ、ぁ、っ、ぁ、ぁぁ、たい、がぁ、ぁぁ」目の前がチカチカする。俺が一番感じるその場所を狙って大我が何度も突き上げてくるせいだ。「ぁ、ぁぁ、ん、ぁ、やぁ、ダメっ、ぁ、ぁぁ、ん」いつも以上に感じるその行為。心の奥底から神尾大我を欲してる自分がいる。もっと、もっと、もっと、もっと、欲しい、大我が、もっと欲しい「っ、クソッ」そんな呟きと共に唇が奪われた。繰り返すキスが気持ちよくて、絡め合う舌が熱くて、それでももっとして欲しくて俺は何度もキスを求めた。「んっ、ふぅ、ぁ、ん、ふぅ、ぁ、んん」止まらないんだ。自分で止められない。もっと、欲しい。「んっ、ふぅぁ、はっ、ぁ、はぁ」必要以上に大我を求めていたらバリってはがされた。「酸欠、キスはお預け」「ん、やぁ、もっと、ぁ」大我の言葉にイヤイヤと首を振り訴えれば「ダーメ。変わりにこっちで感じて」なんて、また最奥めがけてズンと突き上げられ首筋に吸い付かれた。「ぅぁ、ぁぁ、ん、ぁ、やぁ、らめ、それ、ダメ、ぁ、」イヤイヤと首を振れば「なんで?」首筋を舐めながら聞かれた。「やぁ、それ、ぁ、ん、ぁ、感じ、ぁ、すぎ、て、ぁ、波、きちゃ、ぁ、ぁ」さっきからお腹がキュンキュンしてるんだ。このままいいとこばっかり攻められたら波が来ちゃう。俺はもっと大我
Last Updated: 2026-01-12
Chapter: 第40話「んっ、ふぅ、ぁ、ん」繰り返すキスはいつにも増して甘くて気持ちがいい。「ゆい、と…好きだ」わざととぎって呼ばれる名がぞくりと腰にクル。「ん、ぁ、たい、がぁ、キスぅ、もっと、して」気持ちが高ぶったままの状態で、溢れたフェロモンはいつも以上に濃く強くなる。大我の眉間に皺が寄り、その双眸はとっくに色を変え、澄んだ碧色を煌めかせていた。俺が好きな色。この瞳の大我になら骨の髄まで喰らいつくされたいと思う。普段の大我でもいいんだけど、この色の大我の方がより一層強くそう思う。「キス、だけ?」頬にキスを落とし、耳元で囁かれる。それだけでゾクゾクしてくる。もう、すでに俺は腰砕け状態。ホントに、この男はなんでこんなにもカッコいんだ。「ん、ぁ、やぁ、キス、だけじゃ、足り、ない、ぁ」イヤイヤと首を振ればクスリと笑われる。「じゃぁ、気持ちいいこと一杯する?」なんて、笑いながら聞いてくる。「ん、ぁ、する、ぁ、たい、がぁ、キス、以外、もぉ、して、ぁ」大我に触れたい、触れられたい。キスがしたい。そんな欲求がフェロモンとして溢れかえる。部屋の中に広がる俺の濃くなったフェロモン。「あー、でも、その前にたんま」急に大我が冷静になる。「ぁ、なんで?」不満げに呟けば「なんでって…もしもの保険が必要だから」大我はそういうと俺の頭を撫でて部屋を出ていった。本当はわかってる。俺のために薬を取りに行ったんだってこと。大我は過ちを起こさないために必ず俺の事を考えて行動してくれる。自分がどれだけ大変な状況だとしても…。ここまで濃くなったフェロモンは、確実に発情へと変化する。だってさっきから俺、大我が欲しくてウズウズしてるんだ。それもひどく欲してる。だから、このまま先に進めば確実に発情する。神尾大我という男に発情するのだ。「っ、また酷くなってるな」俺の薬の瓶を持って戻ってきた大我の言葉が詰まる。「んっ、たい、がぁ、欲しぃ、たい、が、が」戻ってきた大我に両手を差し出して訴える。今すぐにでも欲しい。喰らいつくされたい。「わかったから、これだけは飲んでくれ」さっきよりも眉間に酷く皺を寄せながら俺の口元に薬の入った小瓶をもってくる。俺は大我の手を借りてそれを飲み干した。大我は瓶が落ちて、割れない場所に置いて、俺を抱きしめて「ゆい、好きだ」そう告げて唇を塞いだ。触れ合う唇を
Last Updated: 2025-12-19
Chapter: 第16幕言葉を発することさえできぬまま、繰り返される口づけ。神城とて男であり、聖人君子でもない。神城はグッと小夜の身体を抱き寄せると、そのまま床に押し倒し、今度は自分から口づけた。「んっ、ぁ、かみ、まっ、んぅ……っ」かわす口づけは決して軽くはない。深く、長く、互いの息が絡み合うほどに、情熱的な口づけを繰り返した。「小夜」熱のこもった声で名を呼ばれ、小夜は神城の頬に触れようと手を伸ばす。が、その手は掴まれ、唇を押し当てられた。「…っ…そぉ…ま、さま」神城は小夜の目を見たまま、まるで小夜に見せつけるように、ゆっくりと手のひらから手首へと唇を移動していく。ピクリと反応をして、小夜が手を引こうとするが、それはかなわない。神城はゆっくりとした動作で、唇を手首から腕へと移していく。「…っ…そぉ、ま、さま…」小夜の頬は紅く染まり、その瞳は潤み始めていた。嫌なわけではない。 むしろ、期待をしている。それでも、不安が付きまとう。空蝉は夜を売るのだから…。神城は小夜を引き、腕に抱き締め、その細い身体を包み込んだ。そして首を引き寄せ、再び唇を奪った。お互いに息をつく間もないほどの口づけをかわす。今のふたりには言葉などいらぬもの。 言葉では告げられぬ想い。「ぁ、はぁ」小夜が小さく声を漏らすと、ふたりの間に透明の糸が引いた。「そぉ、ま、さま、わちしの、紅、が」小夜は神城の唇の端に残る己の紅に気が付き、そっと親指で拭う。「気にする必要などない。どうせまたつくのだから」神城はそんな小夜の頬に手を添え、今一度、唇を重ねた。小夜はそれに応えるように、そっと神城の首に腕を回したのだった。 「んっ、ぁ、やぁ、」小夜の口から零れる吐息は、甘い響きを宿していた。ただ、ただ、己の身に優しい口づけを落とされているだけというのに、むずがゆいような甘い痺れが、触れられた場所から広がっていく。時折、思い出したかのように神城は顔を上げ、小夜の顔をジッと見ては口づけをしていく。小夜はそれが嬉しくて、それでいて、少し恥ずかしい気がした。帯も外され、飾っていた簪も外されてしまった。今ここにいるのは、空蝉を剥がされてしまった小夜。「綺麗だ…」ポツリと神城が呟きを落とす。その言葉を拾った小夜の頬が、カッと赤く染まっていく。夜の客はそんなことなど言
Last Updated: 2026-10-13
Chapter: 第15幕はらりはらりと桜の花びらが、風に乗って花街を舞い落ちていった。カランカランと下駄を鳴らし、紅い橋を渡る。 夜の花街へと続く橋。今宵の小夜は、店へ行く道のりが遠く感じていた。 それと同時に、気分が沈んでいる。「はぁ…」自然とため息が零れ落ちた。「せやから…あかんのや…」独り言ちし、小夜は重たい足を進めた。小夜が店の暖簾をくぐれば、「おはようさん、お客が待っとるよ」女将からそう告げられ、ますます気分が落ちた。「小夜…顔、出とるで…」小夜の変化を感じた女将が、すぐに直せと告げる。「…消えたらあかん?」小夜はつい、そう聞いてしまった。「あかん。後悔しとうないなら、部屋にいきぃ」女将の言葉が、小夜の胸に静かに刺さった。後悔なら…すでにさっきしたところだった…「ほな…いってきます…」小夜は諦め、小さく息を吐き、自分が使わせてもらっている部屋へと向かった。「ほんに珍しいね…態度に出るなんて…でも…きっと驚くやろね…」気分が沈んだまま部屋へ向かった小夜の背を見送り、女将は番頭の横にある小包を見て微笑んだ。小夜は部屋の前へ来て、扉の前で立ち止まり、ため息をつく。気分じゃない。それでも客がいるのなら、空蝉にならなければならない。小夜はもう一度息を吐き、そっと扉を開けた。そして…「…えっ…」そこにある靴を見て驚いた。が、違うかもという気持ちもあった。小夜は逸る気持ちを抑えながら、静かに中へと足を踏み入れた。部屋へ入って、小夜の時が止まった。あの日と同じ光景。窓辺にもたれて、夜の花街を眺めている後ろ姿。 そこには酒の膳。小夜の心が泣いた。「おそうなり…」神城に声をかけかけたが、言葉が続かず、小夜は口を噤んだ。その声を拾った神城がゆっくりと振り返り、小夜を確認すると、静かに微笑んだ。「…あっ…おいでやす、神城さま」小夜は慌てて神城の前に座り、挨拶をした。「今宵も小夜どのとの時間を買いました。明けの刻まで一緒にいてくれますか?」神城の言葉に、小夜は驚きと喜びを感じた。あぁ、また明けの刻まで一緒にいてくれるのだと…「わちしでええんどすか?」本当に自分でいいのかと、確認してしまう。「自分は小夜どのがいい」神城はハッキリと言い切った。「せやったら…今宵はどうしなはります?」小夜の問いかけ
Last Updated: 2026-10-12
Chapter: 第14幕「元帥、少しお話があります」と、中間兵の一人が少し緊張した面持ちで声をかけてきた。「ここで、大丈夫な話か?」神城は声をかけてきた中間兵の顔を一瞥し、静かに問う。人に聞かれたくない話であれば、部屋を移動する必要があったからだ。「いえ、大丈夫です。佐怒田上官や北野上官にも聞いてほしいお話ですので」中間兵は大丈夫だと答えた。「なら、いい。で、話とは何だ? 新谷中間兵」神城はならばここで話を聞こうと、新谷に声をかける。「はい、実はこの度、婚約者との婚姻を結ぶことになりました。そこで…その…」新谷は少し照れながら話し出す。「おっ、ついにか」「やったじゃないか」新谷の言葉に、佐怒田と北野は素直に喜んだ。「おめでとう」神城もそんな新谷に、お祝いの言葉を告げる。「ありがとうございます。そこで、お願いがあります」新谷は意を決して神城に向き合う。神城は話を続けろと促した。「実は、お三方に式に来ていただきたいのです。婚約者の家族もそれを望んでいまして」新谷からの願いは、上官三人で自分の結婚式に出てほしいということだった。一瞬、神城は驚いた顔をしたが、「それは構わないが、我々が出て迷惑ではないのか? その他の方々にとって…」本当に大丈夫なのかと聞いてみる。「はい、大丈夫です。むしろ、お会いしたいと言ってくれております」新谷はハッキリと言い切った。「そうか、わかった。なら、出席させていただこう」「そういうことなら」「我々も」神城だけではなく、佐怒田と北野も一緒に、と返事をした。「ありがとうございます。日時などはまた改めてご連絡します」新谷は頭を下げると、部屋を出ていった。閉じられた扉を見て、神城はため息をついた。「よかったんですか、元帥」そのため息を拾った佐怒田が声をかける。「人が多いところは苦手だと、以前仰ってましたよね?」北野も大丈夫なのかと聞く。「苦手だが、祝いの席は出向く方なので大丈夫だ」祝いの席ならばと、神城は人が多くても出席することにしていたのだ。「元帥はそういうところは、しっかり切り分けてますね」「本当にすごいと思います」佐怒田と北野は、神城の感情の切り分けに感心すると同時に、尊敬もする。自分たちでは、どうしても負の感情の方が先に動いてしまうと…。「そうでもない。自分もそこまで大人ではないか
Last Updated: 2026-10-11
Chapter: 第13幕神城を見送った後で、小夜は己の手の中に残る包みを握りしめ、胸に押し当てる。「…ゆるい…て…そぉ…まさま…わちし…を…ゆるいて…」紡ぐ言の葉は震えた。本当は言葉にして伝えたかった。 自分自身の想いを、言葉に出来ぬ理由を…だが、結局は何も言えぬまま、時だけが無情にも流れて行ってしまった。小夜は包みを袖にしまい、自分のつけている花簪を外した。 そして、しまってあった包みを取り出し、簪と花簪を入れ直し、懐にしまった。外した簪を窓辺の箱の上に置き、小夜は部屋を出た。下に降りてきた小夜を見つけた女将は、「きぃつけて帰りよ」と、小夜に声をかける。「女将はん…わちし…」小夜は何かを言いかけて、言葉に詰まる。「小夜…花街には花道のルールちゅうもんがあるんや…あのお方はちゃんとわかっちゅうよ…」女将が小夜の言葉の意味をくんだ返事をする。「せやろか…」不安げに女将を見た。「心配せんでもえぇよ…あのお方は小夜との約束は違えへんて…まぁ、えらく実直すぎやから、かえって心配になりよるけどな…」女将は苦笑いを浮かべた。「ほんに…不安になるときある…そやけど…それが…あん人やから…」小夜はそっと目を伏せた。「ほら、そないな顔せんと、帰ってゆっくりしぃ」女将は小夜の背を軽く押し、帰るように促した。「ほな、また」小夜はそうとだけ言い、帰路へとついた。いつもの紅い橋を越え、川沿いの細い道を一人歩いた。花街の店が立ち並ぶ通りの奥道…。 その奥道の中に、小夜の家がある。花街の表とは違い、ここには怒号や喧嘩、そんなものがありふれている。「よぉ、暦、今日も男漁りで朝帰りかぁ?」酔っ払いが小夜に絡んできた。「くっせぇ…。くっせぇ息吐きかけんな」小夜は…いや、暦と呼ばれた小夜は、酔っ払いの男を押しのける。「あーん、んだその言いぐさは…」押しのけられた酔っ払いは小夜に掴みかかろうとするが、その手首をひょいとかわした小夜は、男の背後に素早く回り、「本当のことだろうが。酔っ払い野郎が」とん、と背を押す。背を押された拍子に、酔っ払いはよろよろと進み、こけた。「なにしやがんだ! 暦!」酔っ払いが怒鳴るが、「うるせぇよ。朝から怒鳴んなクソ野郎が…。悔しけりゃ客でも取ってみな」小夜は軽くあしらい、くるりと背を向けてその場を後にした。
Last Updated: 2026-10-10
Chapter: 第12幕夜に咲き、夜に乱れ 朝に散る、儚き空蝉 わちしは空蝉 答えは口には出せぬ かの人への―― 「小夜どの、また、あなたに会いに来てもいいだろうか?」言葉を失くしたままの小夜に、神城が問う。「あっ…かまへんで…せやって…忘れもん…取りに来てくれはるんやろ?」小夜は窓辺に置いてある、大切に使っている箱を取り出し、中から艶やかな絹の包みを取り出す。「それは、自分の忘れ物です。なので…また、取りに来ます」神城は小夜の手に乗る包みに手を添え、小夜の手ごと包み込む。「ええんどすか?」小夜の声が、かすかに震えた。来てはいけないと思う気持ちと、会いたいという気持ちがせめぎ合う。言葉に出来ぬ自分に、預けていてもよいのかと…。 次を約束をしてもよいのかと…。「えぇ、自分は自分の意思で取りに伺います。だから…小夜どの…」神城は一旦言葉を途切らせ、じっと小夜を見つめる。そして…「だから…次も…俺にあなたの夜を使わせてくれ」小夜の身体を強く抱き締めた。「…蒼真さま…おおきに…ちゃんと来てくださいな…待っとります…小夜の夜をあけて…」小夜はそっと蒼真の背中に手を回した。それは初めて、小夜が空蝉ではなく、小夜自身の言葉で返したものだった。「あぁ、必ず。また夜をもらいに来る」神城は小夜の頬に手を添え、そっと優しい口付けを交わした。情か、恋心か、気まぐれか、はたまた遊びか。神城の真意は、小夜にはまだ測りかねた。だが、それでもいいと思う。自分は空蝉だからと…「さて、そろそろお暇をしよう」神城は小夜の頬を一撫でして、離れた。「せやったら…お見送りを…」小夜が外まで、と声をかけるが、「いや、ここでよい」神城が断りを入れる。「…そう…どすか…」小夜は名残惜しそうに目を伏せ、小さく頷いた。「すまぬ、小夜どの…見送られると…その…後ろ髪を引かれてしまう…もう少しいたいと思うので…」神城は断りを入れた理由を、素直に口にした。「…あっ…せやったら…ここから…見送らさせてもらいます」小夜は小さく笑い、この部屋から見送ると答えた。「すまぬ、わがままを言った。また、取りに来るので、その時まで預かっておいてくれ」神城は小夜の手を一度だけ握り、静かに部屋を後にした。神城が番台へ顔を出せば、「お帰りですか、元帥はん」女
Last Updated: 2026-10-09
Chapter: 第11幕東の空が、うっすらと白みを帯び始めていた。「…んっ…」小さな声を零し、閉じられていた小夜の瞼がふるりと震えた。「まだ早い。もう少し夢の中にいてもよいのだぞ」窓にもたれた神城は、己の腕の中で眠っていた小夜に声をかけた。普段だったら、酒に呑まれることなどない小夜が、昨夜は杯を重ね、神城の腕の中で眠ってしまったのだ。まだ泡沫の中に身を委ねている小夜は、自分の状況がわかっておらず、「…そぉ…ま…さま…はな…さん…といて…わち…し…」そう言の葉を紡ぎながら、神城の胸に頬を寄せ、服をギュッと掴む。「あぁ、大丈夫だ。離さぬよ」神城はそんな小夜の肩を抱き寄せ、髪を撫でていく。「うれ…しぃ…」小夜はそんな言葉と共に、再び泡沫の中へと沈んでいった。「…小夜…俺は…――…」神城は小夜の耳元で何かを囁いた。が、それは決して小夜の耳に届くことはなく、明けの刻が近づく花街の空へと消えていった。 「んっ…」空が明け、夜とはまた違った賑わいを見せる花街。そんな街の声に気が付いた小夜の瞼が、再び震えた。「かみ…しろ…さま?」小夜は薄く目を開けた。「目が覚めたか。少しは寝られただろうか?」思った以上に声が近く聞こえ、小夜は驚いた。「えっ? あっ、わちし、もしかして…」小夜は続きを言葉にできずにいた。「約束…したからな…離さぬと」神城はちゃんと小夜との約束は守ったと告げる。そんな神城の言葉に、小夜は驚きと喜びを感じる。空蝉のたわ言に付き合ってくれたことへの喜び。「神城さま、疲れてはりまへん? わちしが言うたから…」喜びの中に、神城への心配が浮かんだ。「あぁ、大丈夫だ。ほら、このように使わせてもらったからな」神城の背には、この部屋にある寝具が使われていた。よくよく見てみれば、自分の身体にも掛けられていた。「神城さま…慣れてはります?」小夜はつい、そんなことを聞いてしまった。「まさか…花街で一夜を共にしたことがあるのは小夜どのが初めてで、自分は勝手がよくわかってないのだ」神城が慌てて弁明をしてくる。その姿が昨夜の神城とはかけ離れていて、小夜はクスリと笑ってしまう。「きぃつけなはれ…花街は艶やかなだけではありまへんから…落とし穴っちゅう危険もありますえ」小夜は神城の頬に手を添え、微笑む。それは艶やかで、それでいて妖しい笑み。
Last Updated: 2026-10-08
Chapter: 15ついに、ついに、この日がやってきた。AGIAのコンサートツアー! そして僕たちバックダンサーのお披露目デビュー!僕は本番に強い方だけど、さすがに今日はちょっと緊張してる。 僕が…表舞台から姿を消して、もう15年は経つ。表舞台に立つにはブランクがありすぎる。 でも、僕はAGIAのバックダンサーとして、これからも踊っていたいんだ。「よし、今日は俺たちのツアー初日だ! ダンサー組のデビュー日だ! 気合い入れろ! ケガするな! 全力で楽しめ!」 全員で円陣を組み、智さんが激励する。 「よし! 行くぞお前ら! 俺らが、俺らが、AGIAだー!」 「おぉー!」 全員の声が重なり、その熱気はすでに会場全体に広がっていくようだった。前奏が会場に流れ、ファンの歓声があがる。僕は今、あの大好きなアイドルグループAGIAと同じ舞台に立ってるんだ。 大好きだった智さんの生のステージを見てるんだ…。僕は自分の緊張よりも、アイドルオタクとしての僕が顔を出していた。曲が止まり、照明が消える。「きゃー!!!!」ひときわ大きな歓声があがり、ステージの上にはAGIAの5人が現れた。うん、カッコいい…。メッチャかっこいいです、智さん。あっ、もちろん、AGIAがカッコイイです!「夏葵ー! スタンバイ!」 背後から声をかけられ、僕は急いで目的の場所に行き、スタンバイする。そして、次の瞬間、仕掛けによって僕の身体は宙に舞った。 そのままステージに飛び降り、僕は観客の歓声を全身で受け止めた。ずっとこのためだけに練習をしてきたのだ。失敗は許されない。AGIAの曲はアップテンポだったり、バラードだったり、ロックだったり、本当に幅広い楽曲を歌っている。 それをすべて、歌って踊ってやっているのだから、AGIAやアイドルはすごいと、踊りながら僕は思った。 負けてられない。バックダンサーとして、僕も頑張らないとね。そして、コンサート中盤になった頃、「よし、ここで、みんなに紹介したい」 「みんなも知ってるよな」 「俺たちの新しい仲間だ!」 「今から紹介するから」 「ちゃんと覚えてやってよ~」AGIA5人からの紹介が終わると、ステージの照明が消えた。そして…S・H・I・N・G・Oそんな文字がステージに浮かび上がり、スポットライトが照らされ、リーダーの慎吾さんが
Last Updated: 2026-10-01
Chapter: 14「みんな集まれ、これからお前たちのデビューの話をするぞ」ダンスレッスンをしてる最中に智さんと竜生さんがやって来て、練習は中断された。「これが、今後の日程だよ」竜生さんが僕たち全員に資料を手渡してくれる。「そこに書いてある通り、バックダンサーの正式なデビューは来月から始まる俺たちAGIAのツアー初日に決まった」智さんが僕たち全員を見てハッキリと告げる。「コンサートの最中にお前たちを紹介する時間も作ってあるからな」資料を見ればコンサートの大体のタイムスケジュールが書いてあり、その中にバックダンサーである僕たちの時間もちゃんと作られていた。「お前たちバックダンサーは飾りじゃない。お前たちがいるから俺たちがもっと輝くことができる。お前たちは後ろで俺たちを支えてくれる存在だ」「そうだね、君たちはもうAGIAの仲間だからね」智さんと竜生さんの言葉についにこの時が来たのかって思った。「何か質問はあるか?」「これからもっと練習に時間を取られるから今のうちだよ」2人が質問するなら今のうちだと言ってくれる。不安がないわけじゃないけど……これは僕個人の問題だからここで聞くわけにはいかないよね。僕の中にある一つの懸念。「あー、そうだ。夏葵、お前に後で説明したいことがあるから帰ったら起きてろよ」なんて、智さんに名指しされちゃった。「はい、わかりました」何を言われるのかすっごく不安だけど、今はこっちの事に集中しなきゃね。「あの、俺たちの紹介のときは何かやるんですか?」バックダンサーのリーダーである山瀬さんが声を上げた。「それをバックダンサー同士で考えてほしい。名前の紹介はする、そこで得意技を披露してもいいし…」「個人がわかるように派手に演出してもいいし」智さんと竜生さんがそう、提案をしてくれる。「まぁ、約一名それに抵抗があるやつもいるけどな」なんて、僕の方を見てニヤリと笑う意地悪な智さんがいた。「そうだね、夏葵は抵抗ありそうだね」なんて竜生さんまでも言う。でもそれは否定できない。幼い頃のトラウマがあるから…「それって、俺たちが好きなようにやっていいってことですか?」早川さんが聞いている。他の2人も興味津々に智さんたちを見ていた。「おう、それはお前たちの自由だ。お前たちのための時間だからな」「その時間はバックダンサーである君たち
Last Updated: 2026-05-15
Chapter: 13絶賛、僕は正座をして智さんに怒られ中。原因は…聞かないでください…「お前、いくら何でもありえないだろ!」 智さんの怒鳴り声が部屋中に響き渡る。 「ごめんなさい」 僕は小さくなりながら何度目かの謝罪を口にする。 「一体どうやって生活してきたんだお前は!ここまで何もできないなんて俺は思わなかったぞ」 智さんが呆れた顔をする。 「洗濯と掃除は出来ますけど……」 僕はさらに小さな声で付け加えた。はぁって智さんが大げさにため息をついた。 「確かに、洗濯と掃除は出来てるな」 洗濯と掃除だけは強調されて言われる。 「うぅぅ…」 そう、今、まさに僕が怒られているのはそれ以外のことだったりする。 「食生活が全滅って…お前は今までどうやって生活してきたんだ!」 またしても智さんの怒号が響く。 「ごめんなさぁ~い!!」 僕は半泣きになりながら謝った。ことの発端は、数日前、智さんたちAGIAのメンバーは仕事の為に遠征していった。その間、僕たちダンサー組はスタジオでデビューに向けての練習をしていた。智さんの家で下宿させてもらってる僕は、智さんが遠征に行く前日に、キッチンの使い方とかをあれこれ教わってから留守番を頼まれていた。留守番は特に問題はなかったんだ。そう、問題はない。じゃぁ、何が問題だったのかというと…「どう考えても、お前はまともに食べてないよな?」 そう、僕がちゃんとした食事をとってないことに智さんが激怒しているのだ。 「えっと、ゼリーとかは食べてますけど…」 僕はおどおどと答えた。 「それは食事とはいえないだろが!!」 智さんの声がさらに大きくなった。 「ごめんなさい!!」 反射的に僕はまた謝ってしまう。 「夏葵、お前ずっと一人暮らしだったよな?まさかとは思うけど、ずっとこんな生活をしてたとか言わないだろうな?」 智さんの鋭い視線が僕を射抜く。 「ひっ」 智さんの顔が怖い。本当のことを言ったらますます怒られそうな雰囲気だ。 「どうなんだ?」 少しだけトーンが低くなる智さんの声。 「えっと…こんな感じ…です…」 智さんが怖くて、最後は消えそうなほど小さくなった。 「このバカやろ!」 智さんの拳骨が容赦なく頭に振り下ろされた。 「いった~い!!」 頭を抱えてうずくまる僕の前で、智さんは腕を組んで溜息をついた。
Last Updated: 2026-02-02
Chapter: 12ー次の日ー練習が終わった後で、智さんたちAGIAのメンバーと、事務所の男の人、畠山さんと一緒に僕が借りているアパートに来ていた。智さんが気を利かせて、畠山さんに頼んで、事務所の車を出してもらったんだ。「てか、夏葵お前、荷物少なくないか?」 僕の部屋に入って開口一番に言われた言葉。 「えっと、多分、少ないと思います。荷物を持ってきてないんで…」 そう、僕の荷物はもともと他の場所にあるのだ。ここに引っ越ししてくる前のアパートって意味じゃなくて、元々の僕の住んでいる実家にという意味だ。実家といっても海外なので、すぐに取りに行くということは無理だけどさ。 「はっ? 持ってきてないって?」 「引っ越す前の家にってこと?」 僕の言葉に竜生さんたちが驚いた顔をする。 「あーっ、違います。前に住んでた場所の荷物は全部ここにありますよ。それ以外の荷物はここには置いてないってだけです」 自分のことを誰かに話してるわけじゃないので、ここ以外の場所に荷物があると言えばますます驚いた顔になる。 「やっぱり、業者を呼ぶ必要はなかったみたいだな。なら、さっさと運んでここを片付けて引き渡せるようにしよう」 なんて、智さんが言うから 「りょうか~い」 「だな」 なんてみんなが返事をして、さっさと数少ない僕の荷物を運び出していった。えっと、僕がやらなきゃいけないのに、僕が手を出す前にAGIAのみんなが動いちゃって僕はただそこにいるだけの人状態だった。「よし、荷物は出したから掃除するぞ」 総指揮官になってる智さんの掛け声でまたしてもみんなが動いちゃって僕が手を出す暇がない。でもただ突っ立てるわけじゃないよ僕も。ちゃんと掃除はしましたよ。智さんたちが来て、僕の家の荷物を出して、掃除が終わったの時間は2時間半ぐらいだった。あれ? もっとかかると思ったのに? 早いよみんな。「じゃぁ、この部屋の手続きは責任もって事務所の方でやってもらうってことで、ヤマさん、鍵は預けとくから事務所に戻ったらよろしく」 いつの間にか家の鍵を持っていた智さんが畠山さんと話してた。 「了解。樋口主任に渡してやってもらうよ」 「あの、すみません。僕の事なのにお願いしちゃって」 僕はそんな2人に謝った。だって悪いから…。 「いいってことよ。元をただせば事務所の責任なんだからな。よし、このま
Last Updated: 2025-10-10
Chapter: 11ダンスレッスンをしながら部屋探しって本当に大変だと思う。特に僕の場合は土地勘が全くないから、どこをどう探せばいいのか見当もつかない。だけど、探さないと困るからチラシとか雑誌とかを見ながらめぼしい場所を探してたんだ。自分なりに一生懸命探してたんだよ本当に。 「みんな集まれ、話がある」 ダンスレッスン中に先生がみんなを呼ぶ。僕たちは個人練習をしてる最中だったのをやめて先生の元へと集まればAGIAのみんなが来ていた。 「よし、集まったな。みんなに発表することがあるそうだ」 先生が言えば、智さんと竜生さんが前に出てくる。 「お前たちバックダンサーの発表兼お披露目の日程が決まったぞ」 智さんのその言葉に僕たちがざわつく。ついに決まったんだと…。 「バックダンサーをファンの子たちに紹介するのは3ヶ月後から始まる俺たちのコンサートになった」 竜生さんの言葉にますます騒がしくなる僕たち。 「静かに! まだ、コンサートの内容が決まってないから、ちゃんと決まるまではみんなは今まで通り練習に励んで欲しい」 「はい!」 智さんの言葉に僕たちは返事をした。 「よし、5分後にまた練習始めるからな」 「はい!」 先生の言葉に返事をして、僕たちはまた個人レッスンへと別れた。といっても、さっきの発表の後だからみんなで雑談をしていた。うん、みんな緊張してたんだよね。ついにAGIAのバックダンサーとして発表してもらえるんだって少しだけ騒いでた。この後、普通に練習が再開されて、僕たちはそっちに集中したんだ。だって、本番で失敗したら意味がないからさ。 僕は休憩中、一人で雑誌を見ながら部屋探しをしてた。だって、急いで探さないと時間がないんだ。期限は着々と迫って来てるんだ。だから、休憩中の間もこうして雑誌を見てめぼしいところを探してるんだ。以前の僕だったら住めればいいって感じで探してたけど、今はちょっと、やっぱりね、バックダンサーになるわけだから適当じゃダメかなって思ったんだ。 でも、この周辺の地理がわからないから中々決められないんだ。だからと言って他の人に相談っていうのもできなくて、結局ずっと一人で雑誌と睨めっこしてるんだよね。 無情にも退去期日が近づいてきた。そろそろ本当にどうにかしないとヤバいのに僕はまだ決められずにいた。 「夏葵?」 集中して雑誌を見ていた
Last Updated: 2025-08-17
Chapter: 10結局、この日の僕はせっかく熱が下がったのにもかかわらず、智さんたちAGIAの前で大泣きをしてしまい、また熱がぶり返したということで、退院は許可してもらったけど、これ以上無理はさせれないということで、自宅待機ということになった。勿論、ずっと付き添ってくれていたAGIAのみんなは仕事があるので、僕を家まで送ってから各々の仕事へと向かった。僕は次の日からまたダンスレッスンに参加することになった。「おっ、ちゃんと出てこれたな」 ダンススタジオに入ってきたAGIAのメンバーが僕の姿を見つけてホッとした表情を浮かべ、智さんが安心したようにいった。 「はい、ご心配とご迷惑をおかけしました。昨日1日ゆっくりと休んだんですっかり良くなりました。皆さんありがとうございました」 僕はAGIAのみんなに頭を下げた。勿論、ダンスメンバーや先生たちにはAGIAのみんなが来る前に謝っておいたんだ。 「俺は自分でやりたいように動いただけだから迷惑だとは思ってない」 って、智さんにはまた言われちゃったけどね。この日から僕の練習は本格的に開始された。AGIAのメンバーを交えて、他のメンバーとのフォーメーションとかも練習して、すべての動作を頭と身体に叩き込んだ。大丈夫、まだ鈍ってはないし、記憶力もあの日のままだ。まだ僕は大丈夫、ちゃんと踊れる。僕は智さんたちAGIAのメンバーに必要だといわれたダンスをもっと磨くために、彼らの後ろでサイコーのパフォーマンスができるように一人での練習も本格的に開始した。 僕たちのお披露目会はまだまだ先だから、今は練習をして、AGIAの曲とダンスを覚えるんだ。 AGIAの曲とダンスは覚えてるけど、あれはAGIAのメンバーだけのダンスだから、ダンスメンバーが入ったダンスはまだまだ練習しないとダメなんだ。ダンスメンバーたちとの練習と個人練習を繰り返す日々を1ヶ月ぐらい過ごしたころ、とある連絡が来て僕は愕然としてしまった。それはアパートの退去連絡。行き成りすぎるし、意味が分からなくて、慌てて事務所に問い合わせた。今住んでるアパートはこっちに来るときに事務所の人が手続してくれたやつだもん。「ごめんなさい、夏葵くん。確認をしたら、事務処理をした子のミスで2ヶ月での契約になってたみたいなの。急いで再契約ができないか問い合わせてみたんだけど、ダメだったの。で
Last Updated: 2025-08-05