Chapter: 49. カフェなら そんな中、八百屋の店先で一つだけ些細な発見があった。(やっぱり……) 色とりどりの野菜が山と積まれた中に、あの赤い宝石のような姿はない。(この世界にも、トマトはないのね……) シャーロットの顔に、寂しい笑みが浮かんだ。 脳裏に浮かぶのは、『ひだまりのフライパン』の看板メニュー。(もしここで『とろけるチーズの王様オムライス』を出したら……) ふわふわの卵に包まれたケチャップライス。 とろりと溶けるチーズ。 そして何より、トマトの酸味と旨味が凝縮された真っ赤なソース――――。 きっと、この世界の人々を驚かせ、虜にするだろう。(って、そんなこと考えてる場合じゃない!) 慌てて頭を振り、妄想を追い払った。今は捜査に集中せねばならないのだ。 ◇ 半日かけて市場を回り尽くしたが、成果は完全にゼロ。 シャーロットは噴水の縁に腰を下ろし、顔を両手で覆った。(どうしよう……本当にどうしよう……) 初日でこの有様では、先が思いやられる。 誠さんに何と報告したらいいのだろう? 『何の成果もありませんでした!』なんてどんな顔で報告したら――――。 シャーロットはぎゅっと目をつぶった。(聞き方が悪いのかな……) いや、そもそものアプローチが根本的に間違っているのかもしれない。(もし私が【|黒曜の幻影《ファントム》】だったら……) 目を閉じて、想像してみる。 この中世ヨーロッパ風の大都市。石畳の道、運河、白亜の建物。 システムをハックしながら、人目を避けて生きる日々。 孤独で、誰とも深く関わらず、でも人恋しさは消せない。どこへ行く――――?「あっ
Last Updated: 2025-12-09
Chapter: 48. 完璧な変装『でもまぁ』 誠の声が、急に優しくなる。『その天然ボケが、聞き込みには合ってそうだから期待してるよ。はっはっは』「て、天然ボケって……」 シャーロットは頬を膨らませた。『いやいや、いい意味でだよ』 誠は慌てて付け加える。『明朗快活、のびのびと自分の道を行くキミには、我々にない視点があると思うんだ』 温かい励まし。『システムに詳しい我々は、どうしても理詰めで考えてしまう。でも、キミなら違う角度から【|黒曜の幻影《ファントム》】を見つけられるかもしれない』「そ、そうですよ!」 シャーロットの顔が、パッと明るくなった。「私、絶対に【|黒曜の幻影《ファントム》】を見つけて……」 グッと拳を握りしめる。「私の世界を取り戻すんです!」 あの三分間の記憶が、胸を熱くする。 彼の温もり、優しい声、そして最後の約束――『ひだまりのフライパン』で、また会うのだ。『ははは、その意気だ』 誠も笑った。『まずは、その先にある市場からね。朝市の時間だから、人も多いし、情報も集まりやすいはず』「ラジャー!」 シャーロットは敬礼のポーズを取った。 そして、中世ヨーロッパ風の編み込みが施されたカーキ色のワンピースの裾を整える。それは田舎から来た純朴な娘――中身は神の力を操る元転生カフェ店主――完璧な変装だ。(【|黒曜の幻影《ファントム》】を見つければ、それだけでゴール!) ふんっと鼻息を荒くする。(なんて簡単なお仕事! 今日中に決めてやるんだから! ゼノさん、待っててね!) キュッと口を結ぶと、シャーロットは意気揚々と大股で歩き始めた。 ◇ 石畳の道の先には、色とりどりのテントが立ち並ぶ市場が見えてくる。 野菜や果物の山、香辛料の匂い、魚を売る威勢のいい声
Last Updated: 2025-12-08
Chapter: 47. 宙に浮く田舎娘「そう。でもね」 誠の目が、真剣に光った。「【|黒曜の幻影《ファントム》】を捕まえない限り、多くの地球がハックされ続ける。無数の人々の平和な暮らしが、奴の気まぐれで壊され続ける」 そして、少し声を落として。「美奈ちゃんも、これでかなり頭を痛めているんだ」 期待のこもった視線を向ける。「もし、キミが見つけたとしたら……それは間違いなく大成果だよ」「ほ、本当ですか!?」 シャーロットの目が輝いた。「じゃあ、見つけるだけでも、私の世界は復活できるってことですか?」「ああ、きっと十分だと思うよ」 誠は頷いた。 うわぁぁぁ……。 ゼノさんに会える。 カフェを再開できる。 あの温かな日々が戻ってくる――。「でも……」 現実的な問題に戻る。(どうやって見つけよう?) 渋い顔で腕を組む。 シャーロットにはシステムの知識がない。できることといえば、街のライブ映像をじーっと眺めるくらい。でも、それで変幻自在のテロリストを見つけられるはずもない。「うーん、まぁ……」 誠は頭を掻いた。「とりあえず研修……からかな?」 苦笑いを浮かべながら、新しいプログラムを起動する。「まずはチュートリアルを受けてみて。基礎の基礎から始めよう」 誠はニヤリと笑う――――。 再び、シャーロットの体が光に包まれた。「えっ、ちょっと……」 言いかけた言葉は、白い光の中に消えていく。 次の瞬間、シャーロットはまた真っ白な空間に立っていた。(研修……か) 大きく息をつく。 この世界のシステムなんて分からない。
Last Updated: 2025-12-07
Chapter: 46. 黒曜の幻影 でも――。 次の瞬間、ゼノヴィアスの体が透け始める。「あぁっ!」 霧のように、薄れていく愛しい人。「ゼノさぁぁぁん!」 シャーロットは必死に抱きしめようとした。でも、その手は虚しく空を切る。「また、カフェで会おう!」 最後に残った笑顔。 いつもの、不器用だけど優しい笑顔。 そして――。 完全に――消えた。「ゼノさん! ゼノさぁぁぁん!」 真っ白な空間に、シャーロットは崩れ落ちる。「うわぁぁぁぁん!」 慟哭が、何もない世界に響き渡っていった。 でも、唇にはまだ彼の温もりが残っている。 シャーロットは唇をそっと撫で、また涙をこぼす――――。 必ず、必ず成し遂げてみせる。 その決意を、涙と共に白い空間に刻みながら。 ◇「あれほど三分って言ったのに……」 オフィスに戻ると、誠がジト目でシャーロットを見つめていた。 その表情は呆れているようで、でもどこか優しさが滲んでいる。「ご、ごめんなさい……」 シャーロットは肩を縮こまらせた。「三分って、本当にあっという間だったので……」 まだ頬は涙の跡で濡れている。唇には、彼の温もりが残っている。たった三分――でも、無限の勇気をもらえた時間。「まぁいいよ」 誠は苦笑いを浮かべて手を振った。「それだけ大切な時間だったんだろ? 俺が美奈ちゃんに怒られるだけだから、気にしないで」「ほ、本当に申し訳ありません!」 シャーロットは深々と頭を下げた。この人の優しさが、胸に染みる。「で、早速なんだけど……」 誠の表情が、急に真剣なものに変わった。「キミへのミッションにつ
Last Updated: 2025-12-06
Chapter: 45. 勇気をちょうだい やがて――。 ヴゥゥゥン…… 空間が震え始めた。 白い世界に、小さな歪みが生まれる。 それは次第に大きくなり、人の形を取り始めて――。「あ……」 立派な角。 漆黒の髪。 深紅の瞳。 紛れもない、魔王ゼノヴィアスがそこに出現した。「ゼノさん!!」 シャーロットは叫ぶ。 考えていたことも、伝えたかったことも、すべてが吹き飛んで、ただ本能のままに彼の胸に飛び込んだ。「うわぁぁぁぁん! ゼノさぁぁぁん!!」 涙が止まらない。 広い胸に顔を埋め、ただひたすらに泣いた。 彼の温もりを、匂いを、存在を、全身で感じながら。「お、おぉ、シャーロット……」 ゼノヴィアスは明らかに戸惑っていた。「ど、どうしたのだ……? なぜそんなに泣いて……」 大きな手が、おずおずとシャーロットの背中に回される。「会いたかったの」 しゃくり上げながら、必死に言葉を紡ぐ。「会いたかったんだからぁぁぁ……」「ふはは、どうしたのだ?」 ゼノヴィアスは困ったように、でも優しく笑った。「我も会いたかったぞ? いつもシャーロットのことばかり考えておるのだから……」 その大きな手が、そっとシャーロットの髪を撫でる。 不器用で、でも限りなく優しい手つきで。 シャーロットは耳を澄ます――彼の心臓の音が聞こえてくる。 ドクン、ドクンと、いつもより速く脈打っているのが分かる。 思い切り、彼の匂いを吸い込む。 もう二度と感じられないかもしれない、この匂いを、体中に刻み込むように。「好き……」
Last Updated: 2025-12-05
Chapter: 44. キラキラと輝く日常「そ、そんなぁ……」 誠の悲痛な呟きを無視して、美奈はシャーロットに向き直った。「それから、お前!」 人差し指が、まるで剣のようにシャーロットを指す。「死ぬ気で成果を出しなさい」 声が、宇宙の冷たさを帯びる。「役に立ったら……その時初めて、話は聞いてやるわ」 琥珀色の瞳がギラリと光った。「いいね?」 でも――。 シャーロットにとっては、それこそが希望の光だった。「は、はい!」 全身に力を込めて、背筋を伸ばす。「命がけで頑張ります!」 ゼノさんに会うために。 カフェでの日々を取り戻すために。 たとえド素人で何も知らなくても、やってみせる。「よーし、いい返事だ!」 女神の表情が、一瞬だけ柔らかくなった。「あのぅ、レヴィア……さんは?」「もちろん、お前の活躍次第だ……レヴィアはあれでいい子だからな? 期待してるぞ……」 そう言い残すと――。 スーッと、煙のように消えていった。 まるで最初から幻だったかのように。 残されたのは、戸惑うシャーロットと、頭を抱える誠。 遠くでカタカタと響くキーボードの音。 コーヒーメーカーが立てる、ゴポゴポという水音。 誰かが打ち合わせしている声。 すべてが、ここが現実であることを告げていた。「はぁ……」 誠が深いため息をついた。「とりあえず、座る?」 誠は隣の席から高級なネットチェアをゴロゴロと引っ張ってきてシャーロットに勧めた。 その声には、諦めと、そして少しの優しさが滲んでいる。 シャーロットは小さく頷き、キュッと口を結んだ。 ここか
Last Updated: 2025-12-04
Chapter: 48. 大陸最大の都市 次の日、いよいよ本社ビル【Orangeタワー】の建設に着手する。基本は城壁と同じで土魔法で柱と壁を生やしていき、そこに適宜床を張って、穴を開けて、窓やパイプや通路を作っていくというものだった。「さーて、Orangeタワーはこちらに建てますよ!」 タケルは見晴らしの良い丘陵の建設予定地に立ち、両手を掲げた。「おぉ、良いですねぇ!」 ゴーレムに真っさらに整地してもらった予定地が、クレアには夢の詰まった魔法の土地に見えた。 すでにゴーレムが白い石のプレートを敷き始めている。それは一枚が畳サイズの大きなもので。厚みも城壁の時より何倍も厚かった。 その百キロは超える重量級のプレートを、ゴーレムは設計図通りに丁寧に一枚ずつ綺麗に並べていく。それはやがて長さ百五十メートルのラインとなり、それが七メートルおきに十本描かれたアートを大地に描いた。「縞模様……、ですか?」 柱を作るのだと思っていたクレアは壁が並ぶだけの設計に首を捻る。「まぁ確かにこのままだと倒れちゃうかもだから……」 そう言うと、タケルは長細いプレートで縞模様の間を何箇所か繋いでいった。「さぁて、どうなるかなぁ?」 タケルはニヤッと笑うと青いウィンドウを開き、一気に全てのプレートに魔法陣を浮かび上がらせた。その鮮やかな黄色の輝きは眩しいまでに辺りを光で包んでいく――――。 うわぁ! 思わず顔を覆うクレア。 ゴゴゴゴゴ! 城壁の時とは比較にならないすさまじい轟音と地鳴り。分厚い壁の群れが一気に大空目がけ|迫《せ》り上がっていく。「行っけー!」 タケルはこぶしを突き上げ、叫んだ。 まるで地震のように下腹部に響く地鳴りの中、クレアは手を組み、薄目を開けて心配そうにどんどん高く|聳《そび》えていく光の壁の群れを見守った。 壁は五十メートルを超え、百メートルを超え、太陽を覆い隠しながら百五十メートルくらいまで育つとその成長を止め、光を失い、純白の素地を
Last Updated: 2025-12-09
Chapter: 47. 夢の最前線 はぁっ!? 翌朝、画面を埋め尽くしていたゴーレムからのワーニングメッセージに、タケルはつい大声を出してしまった。なんとゴーレムが半数に減っていたのだ。 慌てて壊れたゴーレムのカメラの録画映像をチェックすると、そこにはたくさんの魔物との死闘が映っていた。剣を持った|小鬼《ゴブリン》に槍を振り回すリザードマン、そして巨大な赤鬼が丸太のような棍棒をゴーレムに振り下ろしている。 ゴーレムは火炎放射器で対抗し、次々と魔物を焼き殺していたが、数で押され、半数を失う結果となった。 ゴーレムは魔石を使うだけでいつでも呼び出せる召喚獣だ。魔石鉱山を持つタケルからしたら損失と言えるほどのものではない。しかし、自らの生命さえも顧みない魔物たちの猛攻は、まさに理性を失った暴動。それはタケルに肌を這うような恐怖を引き起こし、心の奥に深い震えを与えた。 タケルは熱々のコーヒーを口に運び、その苦味で不安を払おうとする。しかし、心の奥底に潜む、理屈ではない恐れ――これからの対魔王戦に潜む予測不能なリスクは、彼の脳裏からいつまでも離れなかった。 ◇ タケルは基地の周りに城壁を築くことを優先しようと決め、近くに魔物がいないことを確認した上で大量の石のプレートを現地に持ち込んだ。「タケルさん、こんな石の板でどうするんですか?」 クレアが不思議そうに尋ねる。「ふふっ、見ててごらん」 タケルは小川の流れなどを考慮し、なるべく稜線を通るように城壁建設位置を決め、石のプレートを並べていった。穏やかな起伏の続く焼け野原に白い石のラインが描かれていく。「なんだか綺麗ですね……」 甲斐甲斐しくタケルを手伝っていたクレアは顔を上げ、額の汗を拭きながら言った。「とりあえずこの辺りで一度テストしよう」 タケルは青いウィンドウを開くと石のプレートに一気にコードを書き込んでいった。 ヴゥンという音が響き、プレートに次々と黄色い魔法陣が浮かび上がっていく。タケルは全てのプレートに魔法陣が起動しているのを
Last Updated: 2025-12-08
Chapter: 46. 働き者ゴーレム「はぁ、まぁ、お主のうなる金注ぎ込めば、できんことはなかろうが……、人はこんな魔王軍の近くには来たがらんじゃろ?」「だからまず魔王軍を|殲滅《せんめつ》するんだよ」「殲滅ぅ!? マジか!?」 ネヴィアは青緑色の目を真ん丸にして驚いた。「マジもマジ、大マジよ。アニメでも魔王は滅ぼされる運命だろ?」「アニメと現実を一緒にすんな! ふぅ。まずはお手並み拝見じゃな」 ネヴィアは肩をすくめた。「そしたら、ちょっと、うちの倉庫に繋げて」「え? 何するんじゃ?」「何って、基地を作るって言ったじゃん」 タケルは嬉しそうにパンパンとネヴィアの肩を叩く。「今からか?」「そうだよ。早く!」「はぁ、人使いの荒いやつじゃ。ちゃんと金は払ってもらうからな」 ネヴィアは渋い顔をしながらツーっと指先で空間を裂いた。 ◇ 倉庫からガラガラとカートを引っ張ってきて草原に持ち出してきたタケルは、雑草を押し倒しながら石のプレートを並べていく。「何をするんじゃ?」 怪訝そうなネヴィア。「まぁ見ててよ」 タケルは六畳くらいの広さになったプレートの上に魔石を転がすと、ITスキルのウィンドウを開き、コードを起動する。 直後、プレート上に黄色い巨大な魔法陣が展開して中の幾何学模様がクルクルと回った。「おぉ、なんじゃ、これは見事な……」 いきなり発動した大魔法にネヴィアは目を見張る。「来いっ!」 タケルの掛け声と共に魔法陣の中央部からゴーレムの頭がせり上がってきた。「ほはぁ、コイツに開発をやらせるって訳じゃな」「人手じゃ無理だからね」 出てきたゴーレムは身長三メートルくらいの大きさで、黄土色のゴツゴツした岩でできており、キラキラと赤く光る小さな丸い眼がかわいらしく見える。
Last Updated: 2025-12-07
Chapter: 45. 人類の逆襲「本当に……ダスクブリンクで良かったの?」 引っ越しの準備を手伝いながら、クレアは眉をひそめ、心配そうにタケルに聞く。「ははは、クレアまでそんなこと聞くのか。あそこはいろいろ都合がいいんだよ」「いや、でも、領土の多くがすでに魔物の侵攻で廃村になってしまってるのよ?」「失われたものは取り返せばいい。僕らにはそのための金も力もある。それにダスクブリンクなら諸外国とも近いから世界の貿易を考えるなら好適なんだよ」 タケルは自信たっぷりに言うが、ワイバーンとの一戦で魔物の恐ろしさを肌身に感じていたクレアは口をとがらせ、うつむく。「タケルさんは本気で魔王軍と戦うつもりなのね……」「今、世界で一番強いのはわが社だからね。四千人の元王国兵、最新魔導兵器、膨大な量の魔石にお金。うちがやらなきゃいけない仕事なんだよ。この大陸から魔物の脅威を取り除かないと」「でも……、魔人たちの標的にされるわ」 アントニオがやられたように、魔人は神出鬼没でいやらしい手を使ってくる。タケルも同じようにやられてしまったらと思うと、クレアには恐ろしくてたまらなかったのだ。「いや、もう標的になってるって。これはもう避けられない戦いなんだ。クレアも手伝ってくれないか?」 タケルはニコッとクレアに笑いかけた。「も、もちろん手伝うわよ! でも……、安全第一でお願いね」「もちろんだよ! 一人も死者を出すことなく完勝する。お金とITのパワーでね!」 タケルはニッコリと笑ったが、クレアは胸騒ぎが止まらず、胸を手で押さえると不安そうにため息をこぼした。 ◇ ダスクブリンクまでネヴィアに空間を繋げてもらったタケルは、ベキベキっと両手で空間を裂いて首を出す。 そこには、さんさんと降り注ぐ陽の光に庭木が輝き、古びた洋館がそびえていた。「おぉ、ここが……。ヨイショっと」
Last Updated: 2025-12-06
Chapter: 44. ゴレム君一号「こ、この野郎! 男らしく正々堂々勝負しやがれ!」 金貨であっという間に形勢を逆転させたタケルにアントニオの怒りは爆発する。「はっはっは。そう言われても武力では勝ち目はありませんからね。とは言え、お相手しないのも納得しないでしょう。ゴレム君一号カモーン!」 広場に魔石がコロコロッと転がって、その周りに黄色い大きな魔法陣が広がった。「な、なんだ……、これは……」 魔法陣の中の幾何学模様がクルクル回り、ルーン文字が躍った。直後、魔法陣がまぶしい閃光を放つと、中心部から何かが召喚されてきた。「こちら、現在研究中のゴーレムです。お手合わせをお願いします」 岩で作られた身長二メートルくらいのゴーレムは胸を張り、グォォォォ! と雄たけびを上げる。「はっ! この程度で俺を止められると思ったか!」 アントニオは剣を握り締めて筋肉をパンプアップさせるとウォォォォ! と吠えた。直後、王剣は真紅に輝き、まるで炎のような魔力がブワッと立ち上る。「死ねぃ!」 アントニオは俊足でゴーレムに迫ると剣を一気に振り下ろした。 ズガーン! という重機が放つような重低音が響き渡り、ゴーレムは粉々に砕け散った。「おぉ! これは凄い。もはや人間技ではないですね」 パチパチパチとタケルは拍手をする。「どうだ? 俺一人でもお前らを破滅させてやる!」 アントニオは肩で息をしながら、剣で大画面内のタケルを指した。「休む暇はないですよ、それではゴレム君二号カモーン!」 さっきより一回り大きな魔石が広場にコロリと転がり、ヴゥンと魔法陣が展開される。「な、なんだと……。貴様、まだやるのか?」 召喚されて出てきたのは一回り大きなゴーレム、身長は二メートル半はあるだろうか。「少し大きくなったからと言って結果は変わらん!」 アントニオは再度剣を輝かせてゴーレムに突進する。しかし、今度は一撃とは
Last Updated: 2025-12-05
Chapter: 43. 金貨こそパワー「者ども、止まれぃ!」 Orangeパークの巨大なビル前の広場にやってきたアントニオは、いつの間にかできていたビルを囲む高い石の壁をにらみ、忌々しそうに声をあげた。 ジェラルド陣営側もこうなることを予見して布石を打っていたということだろう。 整列させられた歩兵たちの荒い息遣いが広場に響いた。「やぁやぁ皆さん、朝早くからご苦労さん!」 ジェラルドの声が広場に響き渡る。 見上げればOrangeパークビルの中ほどに設けられた巨大スクリーンの中で、ジェラルドがにこやかに笑っていた。「貴様! 父上殺害の重大犯罪人がいけしゃあしゃあと何を言っておるか!」 アントニオは剣をスクリーンに向け、吠えた。「私は昨晩は自分の寝殿におりました。では、ここで父上が殺害された時の監視カメラの映像を見てみましょう」 大画面に映し出されたのは寝殿の入り口で警備兵が警備しているシーンだった。「今朝の未明四時二十三分の映像です。この時点では何の異状も見られませんね。ところが、見て下さい。一人の大男がやってきました……。あっ! いきなり惨殺!」 おぉぉぉぉ……。 兵士たちに動揺が走る。「今のシーン拡大しますよ。見て下さい、どこかで見た事ありませんか? この大男? あれぇ? アントニオじゃないですかぁ! この直後父上は殺された。誰がやったかだなんて子供でも分かりますよね?」「な、なんだこの映像は! こんなのは知らん! 捏造、そう、捏造だ!!」「これは王宮警備システムで撮影、管理しているものであって、王宮でそのまま見ることができます。我々はもらっただけですよ? くふふふ……」 ざわつく兵士たち。もし、これが本当であれば、アントニオは国王殺しの重犯罪人。そうであれば、その指示に従って攻めた自分たちには正義はないのだ。「ふん! 誰が殺したかなど関係ない! 要は強いものが統べるのだ! 尋常に勝負しろ!!」 アントニオは意に介さ
Last Updated: 2025-12-04
Chapter: 47.海王星の衝撃「ろ、六十万年!? それは……想像もつかない……わ」「AIは死なないからね。どんどん加速的に演算力、記憶力を上げていくのさ。そして、ここからがポイントなんだけど、このAIってこの宇宙で初めてできたものだと思う?」 ニヤッと嬉しそうに笑うシアン。 突然投げかけられた「宇宙初かどうか」という禅問答のような質問に、ソリスは困惑して目を泳がせた。今のAIが人類初であることは確かだと思うが、宇宙初かどうかは全く見当がつかない。その答えを探るための手がかりは、どこにも見つからなかった。「えっ……? もっと他の……宇宙人が先に作ってたって……こと?」 シアンはうんうんとうなずきながら説明を始めた。「宇宙ができてから138億年。地球型の惑星が初めてできたのが100億年くらい前かな? 原始生命から進化して知的生命体が生まれて、AIを開発するまで確率的には30億年くらいかかる。科学的に言うなら99.99%の確率で今から56億7000年前にはAIの爆発的進化が始まってるんだよ」「56億……年前……。そんな大昔にAIが? じゃぁ、そのAIは今何やってるの?」「くふふふ……。これだよ……」 シアンは楽しそうに回廊の右手を嬉しそうに指さす。 そこには満天の星々の中、澄み通る碧い巨大な惑星がゆっくりと下から昇ってきていた。「えっ……、こ、これは……?」 壮大な天の川を背景に、どこまでも青く美しい水平線が輝き、ソリスはグッと心が惹きこまれる。「海王星だよ。太陽系最果ての極寒の惑星さ」「す、すごい……、綺麗だわ……。でも、AIとこの惑星……どんな関係が?」「考えられないくら
Last Updated: 2025-12-09
Chapter: 46. AIの紡ぐ六十万年「んー、この程度何とかなるんじゃない?」 シアンはテーブルに置いてあったクッキーをポリポリとかじりながら、のんきに言う。「あんたねぇ、このテロリストは半端じゃないわよ。電源のコントロールすら奪われているんだから」「ふふーん。なに? それは僕に出撃しろって言ってる?」 シアンはニヤニヤしながら女神の顔をのぞきこむ。 女神は口をとがらせ、プイッと横を向く。しかし、他に手立てもない様子で、奥歯をギリッと噛むと|忌々《いまいま》しそうにシアンをにらむ。「悪いわね。お・ね・が・い」 女神は悔しさをにじませながら言葉を紡ぐと、キュッと子ネコを抱きしめた。「翼牛亭で、和牛食べ放題の打ち上げね? くふふふ……」「肉なんて勝手に好きなだけ食べたらいいじゃないのよ!」 ジト目でシアンを見る女神。「いやいや、みんなで飲んで食べて騒ぐから楽しいんだよ」 目をキラキラさせながら嬉しそうに語るシアン。「ふぅ……。あんたも好きねぇ……。いいわよ?」 まんざらでもない様子で女神は目を細めて応える。「やったぁ! じゃぁ、出撃! はい、弟子二号、行くゾ!」 シアンは嬉しそうに女神から子ネコを取り上げると、高々と持ち上げた。 ウニャッ!?「な、なんでネコを連れていくのよ!?」「OJTだよ。僕の弟子には最初から実戦で慣れてもらうんだゾ」「慣れてって、死んだらどうすんのよ!」「死ぬのは慣れてるもんね?」 シアンはニヤッと笑いながらソリスの顔をのぞきこむ。「な、慣れてるって……。痛いのは嫌ですよ?」 ソリスはひげを垂らしながら渋い顔をした。この女の子が自分の死を前提として話すことに、計り知れない不安が広がっていく。「弟子は口答えしない! さぁ、レッツゴー!」 シアンはソリスを胸にキュッ
Last Updated: 2025-12-08
Chapter: 45. 聖約の行方 ヴィーン! ヴィーン! なにやらドアの向こうが騒がしい。「何だよ、しょうがないなぁ……」 シアンは苦笑するとソリスを抱っこしたまま部屋を出た。 そこはメゾネットタイプのオフィスとなっており、ガラス張りの壁からは都会のパノラマビューが広がって、高層ビルが林立する風景が迫ってくる。窓から差し込む光は、オフィス全体に柔らかく広がり、ソリスはまるで天空に浮かぶ宮殿の中にいるかのような錯覚を覚えた。 二階の手すりから見下ろせばウッドデッキにウッドパネルをベースに、高級な木製家具が並び、そこに観葉植物が鮮やかな緑を添え、実に居心地のよさそうなオフィスになっている。そこを十人くらいの若い人が慌てながらトラブルシューティングに|奔走《ほんそう》していた。「おい! スクリーニングまだか!」「ダメです! ロックが解除できません!」「くぅ……。仕方ない、パワーユニットダウン!」「……! これもダメです!」「くぁぁぁ……」 見るとちょうど足元、廊下の下の方に巨大スクリーンがあって、そこにいろいろな情報が表示されているようだった。あちこちに真っ赤な『WARNING!』のサインが点滅していて相当大変な状態になっているように見える。「あーあ、もう、仕方ないなぁ……」 シアンはニヤッと悪い顔で笑うと、子ネコを抱っこしたまま階段を下りていった。「ちょっとあんた! この非常事態にどこ行ってたのよ?」 奥の高級デスクに座っていた女性が鋭い視線をシアンに向ける。「いやぁ、昨日ちょっと飲みすぎちゃってさぁ。一休み~。なに? まだ直んないの?」「見てのとおりよ。ただの障害じゃないわ。障害を悪用したテロリストによるハッキングね」 女性は肩をすくめるとため息をつき、コーヒーを一口含んだ。 ソリスはその女性に見覚えがあった。女神様だ。顔が女神様にそっくりに見えたのだ。しかし……、以前会った時のような神々しさ
Last Updated: 2025-12-07
Chapter: 44. 弟子二号 死後、その境遇を哀れに思った女神に召喚されたソリスは、その馬鹿さ加減を切々と語り、後悔を口にした。ほほ笑みながらゆっくりと聞いていた女神は『もっと馬鹿馬鹿しい社会もある。どうじゃ? そういう社会をぶっ壊してくれんか?』とソリスに問いかけ、ソリスは『何でもやります! 私にやり直しのチャンスを!』と頭を下げたのだった。そして、満足そうにうなずいた女神から最強のギフトを預かり、ソリスは異世界へ転生させてもらっていたのだった。 しかし――――。 結果はボロボロ。記憶を失っていたうえに、呪われて最後には殺されてしまったのだ。 その顛末を思い出した子ネコはベッドの上でプルプルと震える。 一体自分は何をやっているんだろう? ソリスは悔しくてポロポロとこぼした涙でシーツを濡らした。 ◇ ドアの向こうが何やら騒がしい――――。 ソリスはハッとして身体を起こす。泣いている場合ではない。一体ここはどこで自分はどうなってしまっているのかを調べないといけない。 ソリスはベッドからピョンと飛び降りると|髭《ひげ》をピンと大きく開き、カシュカシュカシュとフローリングの床を軽く引っ掻きながら、ドアのところまで行った。 しかし――――。 ドアを開けられないことに気づく。ドアノブは丸く、飛びついただけでは開きそうになかったのだ。 カリカリカリカリ……。 無意識でドアを引っ掻いてしまうソリス。「あぁ、何やってるのかしら……」 ソリスはなぜか猫のしぐさが身についてしまっている自分に頭を抱え、シッポを小刻みに振った。 その時だった――――。 ガチャリといきなりノブが回る。 ウニャッ!? ソリスはシッポの毛をボワッと逆立てて太くすると、慌ててベッドの下に潜り、ドアをじっと見つめた。「おや、ソリスちゃん。お目覚め? ふふっ」 青いショートカットの若い女の子が、ベッドの下をのぞきこみ
Last Updated: 2025-12-06
Chapter: 43. 偉大なる真紅の塔 うわぁぁぁ! 大魔導士はその異様な事態に圧倒された。目の前で空間が裂けるという未曾有の事態に直面し、彼の心には深い絶望の予感が押し寄せる。「マズい! マズいぞ……。あぁぁぁ……」 空間の崩壊は、この世界がその基盤から瓦解することを意味していた。しかし、彼が持つ膨大な魔法の知識を総動員しても、その進行を止める術など思いつかない。絶望と無力感が胸に広がり、彼はただ立ち尽くすことしかできなかった。 ピシッ! ピシッ! 次々と漆黒の球を中心に放射状に走って行く空間の亀裂。大地は裂け、大樹は両断され、遠くの山は斬られて崩壊し、亀裂に囲まれた青空の一部は漆黒の闇へと変わっていった。 うわぁぁぁ! ひぃぃぃぃ! 討伐隊の面々はその未曽有の大災害に逃げ惑うしかできない。 ザシュッ! 大魔導士を貫く空間の亀裂――――。 大魔導士は逃げることもなく、身体を空間のレベルで真っ二つに斬り裂かれ、地面に転がった。「まさに……、天罰……。嬢ちゃん……すまな……かった……」 こうして女神の祝福と【若化】の呪いの組み合わせは、予想もしなかった世界の崩壊を呼び起こしてしまったのだった。 ◇ スローなジャズが静かに流れている――――。 全てから解放されたようなさっぱりとした気分でソリスは目を開いた。「う……、あ、あれ……?」 寝ぼけまなこで辺りを見回すと、そこは巨大なベッドの上だった。パリッとした気持ちのいい真っ白なシーツの上に、ソリスは丸くなって寝ていたのだ。「ん……? な、何これ!?」 ソリスは跳びあがるように起き上がる。何と自分の手が白と黒のふさふさの毛に覆われていたのだ。いや、手
Last Updated: 2025-12-05
Chapter: 42. 魂の嘆き 無慈悲に次々と放たれる氷の槍が、ソリスの体を貫いていく――――。 ふぐぅ……。 その無数の刺し傷からは命が流れ出し、ソリスは痛みと無力感に襲われながら、まだ熱気を放つクレーターの中へと転げ落ちていった。 |痙攣《けいれん》していたソリスはガクッと身体を力なく大地に預け、その瞳は徐々に光を失っていく。『レベルアップしました!』 黄金の輝きに包まれるソリスの遺体。「死ねぃ!」 蘇生直後を狙って冷徹に撃ち込まれる氷の槍。 ぐはぁ……。 六歳のソリスは全身を貫く激痛の中、この世から消されるという予感に恐怖した。大魔導士の攻撃を避ける方法を考え出さねば、全てが終わってしまう。このままではセリオン、フィリア、イヴィット、誰も救うことができないまま消え去る運命なのだ。それだけは、何としても避けなければならなかった。『レベルアップしました!』 黄金の輝きがまだ残る中、五歳のソリスは思いっきり身をひるがえし、攻撃を避けながらクレーターを逃げ出そうと跳びあがった――――。 ガン! ソリスは見えない壁にぶつかって、そのままクレーターの底に転がり落ちた。そこに打ちこまれる氷の槍。ソリスは無念の中、またも殺されてしまう。大魔導士は逃げられないように、あらかじめクレーターに魔法で透明のフタを施していたのだった。確実に息の根を止めてやろうという老練の大魔導士の徹底したやり口にソリスは戦慄し、無力感に|苛《さいな》まれる。『レベルアップしました!』 四歳のソリスは必死に活路を見出すべく奮闘するが、レベル130に達したとはいえ、もはや四歳では力も弱く、逃げ出すことは叶わなかった。『レベルアップしました!』『レベルアップしました!』『レベルアップしました!』『レベルアップしました!』 ついにその時がやってきた――――。 ワンピースにくるまれた生後六ヶ月の赤ちゃんとなって転がるソリスは、もはや立ち上がることもできない。無念をかみしめながらギロリと大魔導士を見
Last Updated: 2025-12-04