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㉚自分の為

Author: 美桜
last update Last Updated: 2025-07-06 14:00:13

ピロン

メッセージを知らせる音に、美月は携帯を見た。

『会いたい』

一言、そう送られてきた。希純だ。

美月も一言『離婚する?』と返信すると、しばらく間をおいて『しない』とまた送られてきた。

美月は大きく息を吐き出して、携帯を置いた。

まったく…。奈月が好きならさっさと離婚して、彼女と一緒になったらいいじゃないっ。いつまでもぐずぐずと!

美月はふんっと肩にかかった髪の毛を払い、尚、聖人との約束に間に合うよう、支度に取りかかった。

といっても別にパーティーに行くわけでなし、相手に失礼のない服装なら何でもいいだろうと、特に気負うこともなくクローゼットを開けた。

家を出る時、特に沢山の服を持って出た訳ではなかったので、美月は退屈を紛らわすようにショッピングに精を出していた。

今世では遠慮なく希純のお金を使ってやるのだ。奈月が使えて、妻である自分が使えない訳がない。

そう思って、遠慮会釈もなく彼女は次々と値段も見ずに服やアクセサリーなどを購入していた。

後でホテルを引き上げる時にどうやって運ぶのかは、全く考えなかった。

そうして充実したクローゼットの中を見回して、美月は一枚のワンピースを取り出した。

それは綺麗な薄ピンク色のシャツワンピースで、そのシンプルさが美月の清楚な美貌を引き立てていた。

膝下丈のスカートから出る引き締まった脚と、幅広のウエストリボンが彼女のスタイルの良さを強調し、腕に通したゴールドの細いブレスレットと、それとお揃いの小さなゴールドのピアスが、彼女の肌の白さを際立たせていた。

「こんなものかな」

美月は薄化粧を施し、爪にはヌーディーな薄ピンク色のマネキュアを丁寧に塗った。

思えば、こうして自分の為にオシャレをするのは久しぶりだった。

希純と結婚して以来、彼女は何もかも夫の好みに合わせた生活をしていた。

服装はもとより、化粧も、髪型も、香水も。食事や付き合う友人ですら、彼の好みに合わせていた。

彼女の親友の如月尚は、たぶんその性格が残念ながら希純の好みではなかったらしく、結婚当初、彼女と出かけた際に滾々と言われた。

「彼女は相応しくない」

とー。

一体何が相応しくないのか美月にはさっぱりわからなかったが、希純に嫌われたくなかった当時、渋々彼女と大っぴらに連絡を取ることを避けるようになった。会うなんて、言語道断だった。

希純は彼女に、護衛という名の〝監視〟
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