いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

last update最終更新日 : 2025-06-22
作家:  栗栖蛍たった今更新されました
言語: Japanese
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概要

転移

ハッピーエンド

青春

高校生

学園

異世界から日本へ転生した妹のリーナを追って、兄ヒルスは彼女の親友(女)として生まれ変わる--。 最強のウィザードから女子高生に生まれ変わった芙美(リーナ)と、咲(ヒルス)のダブル女子主人公。 芙美は、現世の兄・蓮と、前世の兄・咲の関係に翻弄される。 果たして地球は救われるのか──?

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第1話

プロローグ 妹リーナ、異世界へ

 世界を脅威に陥れたハロンとの戦いが終わって1年が過ぎた。

 ため息が出る程の平和な日々が過ぎ行く中、魔女(ウィッチ)である彼女がふと垣間見た未来に絶句する――それが全ての始まりだった。

   ☆

 異世界へ旅立つ決心なんてとっくの昔についていた筈なのに、いざここへ来ると足元が竦(すく)んでしまう。

 断崖絶壁から下方を覗き込んで、リーナはゴクリと息を呑んだ。

 すぐ側で途切れた川の水が滝壺を叩き付け、底は水しぶきに白く霞んでいる。

「別に、怖いなら飛び込まなくてもいいのよ? 貴女がここで死んで異世界へ生まれ変わらなくても、先に行ったラルがちゃんとアイツを始末してくれるわ。彼の力を信用してみたらどう?」

 背後で見守る魔女・ルーシャが仁王立ちに構え、眉間のシワを寄せた。

「ラルの力を信用してないわけじゃないよ。けど、アッシュの事を聞いたら、やっぱり私は彼の所に行きたいの」

  ――『アッシュが死んでしまうわ』

 つい数日前に聞いたルーシャの発言が何度も頭を巡り、衝動が止まらなかった。想像した未来に泣き出してしまいそうになる気持ちを抑えて、リーナはふるふると首を振る。

 ラルもアッシュも、リーナにとって大切な人だ。なのに二人はリーナに何も言わず、もう戻る事の出来ない世界へ旅立ってしまった。

「あの二人が異世界へ飛んで貴女までを行かせてしまうのは、この国にとって大きな損失よ?」

「私はもう力なんて使えないのに」

「表向きはね。けど貴女は今でもれっきとしたウィザードよ?」

「うん――」

 ルーシャの言う事はちゃんとわかっている。

 一年前の戦いが終わった時にリーナの魔力は消失したのだと周知されているが、実際はルーシャの魔法で内に閉じ込めているだけだ。そしてそれを知る人間はリーナとルーシャの二人だけに他ならない。

 再びウィザードとして魔法を使う事に躊躇いが無い訳じゃない。けれど、ラルとアッシュを追って異世界へ行く決断をしたのは、それが事態を好転させる切り札だと確信したからだ。

 リーナが胸の前で両手をぎゅっと組み合わせたのを合図に、ルーシャが右手に掴んだ黒いロッドの先で足元をドンと突く。

「貴女の行動が彼等の想いに背くんだって事も頭に入れておきなさい?」

「分かってる。それでも行きたいと思ったから、私はここに来たんだよ」

 確固とした意志で主張するリーナに、ルーシャが「そうね」と苦笑した。

「だったらもう止めることはできないわ。けど、その調子だとヒルスにも言わないで来たの?」

「それは……うん」

 リーナはきゅっと唇を噛んだ。その事は今でも少し後悔している。

 先に異世界へ旅立った二人を追い掛ける手段は、この崖を飛び降りて今の肉体を殺す事だ。兄であるヒルスに言えばきっと全力で止められるだろうし、覚悟が鈍ると思って最後まで言い出すことが出来なかった。

「全く、貴女達は似た者同士ね。3ヶ月前、ラルたちにも同じことを尋ねて、私は同じ返事をもらったわ。突然2人が居なくなって貴女が泣いたように、ヒルスも泣くんでしょうね。そしてきっと、同じ事を私に聞くのよ」

「同じ事……?」

「まぁいいわ。行きたいと思うなら行けばいい。けど、もう一度確認させて。ここに飛び込めば貴女はもうこの世界に戻れない。私がヘマしないとも限らないけど、それでもいいの?」

「それでもいい。二人の所へ行ける可能性を、自分が生きる為だけに無視する事はできないよ。大丈夫、もしルーシャが失敗しても、何もせずにここへ残っても、あの二人に会えない事には変わらないんだから」

「貴女も強くなったわね。流石は私の見込んだウィザード様だわ」

「ルーシャには感謝してる。私はあの時最後まで戦えなかった責任を取りたいの。だから、その世界へ行かせて」

「もう……」

 ルーシャが浅いため息を吐き出して、「しょうがないわね」と風に流れる髪をかき上げた。

 しかしリーナが崖へと踵を返した所で、滝の音に重ねた足音がドドドっと近付いてくる。

「リーナぁぁあああ!!!」

 相手が誰かはすぐに分かった。

 「兄様?」と呟いて、リーナは崖の先端へ急ぐ。けれど、そのまま飛び込もうとした所で高低差に足が止まり、走ってきたヒルスに後ろ腕を引っぱられた。

「行くなよリーナ、僕を置いていかないでくれよ!」

 強引に崖から剥がされ、リーナは涙をいっぱいにためたヒルスと向かい合った。

 朝食時のままの平服に、いつも整ったおかっぱ髪が乱れている。よほど急いで来たのだろう。

 彼を残しては行けないと、何度も思った。けれど、二人を追い掛けたいという気持ちを捨てることはできなかった。

「どうして来たの? 兄様にさよならなんて言いたくなかったよ」

「城で聞いたんだ。僕を一人にして、お前はアイツらの所に行くのかよ。だったら僕もついて行くからな?」

「ちょっと、貴方いきなり何を言い出すの?」

 ヒルスの主張に、ルーシャが横から声を荒げた。

「異世界へ行く穴は一人分しか確保できてないの。二人で突っ込めば破裂して共倒れになってしまうわ」

「黙れよルーシャ。お前本気でリーナを行かせる気かよ。先に行ったアイツらだって、本当に生きてるかも怪しいんじゃないのか?」

 ヒルスの勢いは止まらなかった。ルーシャに詰め寄って胸ぐらを掴み上げるが、パシリと細い手で払われてしまう。

「落ち着きなさい。いい、たとえ住む世界が違っても、あの二人がちゃんと生きてる事は私が保証する。リーナは自分の意志で行くと決めたんだから、貴方は兄として送り出してあげて」

「僕は、もうリーナに会えないのが嫌なんだよ!」

 威嚇するように喚いて、ヒルスはガクリと項垂れる。

「リーナがアッシュの代わりにアイツを助けたいって言うなら、僕がリーナの代わりに行く。ルーシャ、リーナじゃなくて僕をそっちへ行かせてくれよ!」

「貴方じゃ力不足なのよ。リーナはアッシュから最強の剣を引き継ぐために行くの。最強の敵と戦う為に作られた、魔法使いにしか発動できないものよ? 魔法の使えない貴方じゃ意味がないのよ」

 はっきりと否定されて、ヒルスが「畜生」と地面にうずくまる。瞼に溢れた涙がボタボタと足元の砂利を濡らした。

「僕は、リーナを戦場へ戻したくないんだ。リーナはもうウィザードじゃないんだぞ?」

「兄様……」

 肩を震わせるヒルスに、リーナはふと可能性を垣間見て「そうだ」と顔を上げた。

 「どうした?」と涙でぐしゃぐしゃの顔を傾けるヒルスに小さく笑顔を零す。

「ねぇ兄様。昔から、兄様の言ったことは何でも本当になったと思わない?」

「リーナ?」

「戦争で父様も母様も居なくなって泣いてた私がこうしてお城に居られるようになったのは、兄様のお陰でしょう?」

 ――『リーナ、僕がきっと毎日ドレスを着られるようにしてあげるから』

 小さい頃、寂しさを紛らわせるように言ってくれたヒルスの言葉は、今でも耳に残っている。

「兄様が私にまた会えるって思ってくれるなら、多分そうなるんじゃないかと思うの。だから、私が兄様に最後の魔法を掛けてもいい?」

 話を把握できないヒルスに両手を伸ばし、リーナは兄の広い胸にぎゅうっと抱き着いた。

 驚いたルーシャが、「そういう事」と納得顔で頷く。

「リーナ?」

 戸惑うヒルスの耳元まで背伸びして、リーナは囁くように呪文を唱えた。

 呆然とするヒルスを離れ、リーナは再び崖へと向かう。

 爪先を割れた地面の先端に合わせて、二人を振り返った。

「ねぇルーシャ、あの二人は最後まで笑顔だった?」

「えぇ。最後まで貴女のこと心配してたけどね」

「なら良かった」

「何度も言うけど、運命ってのは本来変えることができないのよ。未来を救うなんて賭けみたいなものだって言ったでしょう? 貴女達が異世界へ行くことで向こうにどれだけの影響を及ぼすかなんて分からない。覚悟しておくのよ」

「分かってるよ。だから──」

 リーナはヒルスを一瞥して、滝の向こうの風景を仰いだ。

 ここから跳べば、先に行った彼と共に遠い世界の未来を救うことができる。

 だからその前に、もう戻ることのできない溜息が出る程の平和を目に焼き付けておこう。

 青い空、緑の山、遠くの海、そして大事な人たちを――。

 肩越しにもう一度二人を振り返って、リーナはいっぱいの笑顔を送った。

 先に行った二人がそうであったように。

「大好きだよ、兄様。じゃあまたね、バイバイ」

「リーナぁぁぁああ!」

 最後にまた引き止められるんじゃないかと思ったけれど、ヒルスはそこから動かなかった。

 軽く地面を蹴ると、身体は滝壺へ引き寄せられるように落ちていく。

 空が藍色に光ったのが見えて、リーナはそっと目を閉じた。

 この先にあるのが未来だと信じて。

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last update最終更新日 : 2025-05-11
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プロローグ 兄ヒルス、異世界へ
 ただ水の音だけが広がる沈黙の中で、ヒルスはルーシャに背を向けたまま呆然と立ち尽くしていた。「貴方、良く堪えたわね。後追いでもされたらどうしようかって内心ヒヤヒヤしてたのよ?」「する気だったけど、アンタを信じたんだ。別の世界に行く穴は1人分だったんだろ? アイツは……リーナはちゃんと向こうへ行けたのか?」 ルーシャが滝壺へと構えた杖を引いて「勿論よ」と答える。彼女が空中に描いた藍色の魔法陣が宙に溶けていく。 ヒルスは項垂れた背をゆっくりと起こし、もう二度と会えない妹を思って自分の肩をそっと抱きしめた。「リーナのさっきのアレは何だったんだ?」 彼女が最後に耳元で何を話したのか、ヒルスには聞き取ることが出来なかった。言葉だと言われればそんな気もするし、魔法だと言われれば魔力のないヒルスは『そうなのか』と納得せざるを得ない。「アイツはもう魔法なんて使えない筈だろう?」「彼女にも色々と事情があるのよ。必要になる時が来たら教えてあげるから、今はまだ我慢して。リーナは貴方の妹だけれど、この国の大切なウィザードでもあるんだから」「……ウィザード様ね。そんなの分かってるんだよ」 今まで何度もそれを納得しなければと思って生きて来た。 妹である前に彼女はこの国にとって大切な魔法使いだ。いつも側に居るのに、間を隔てる壁は厚い。「けど、リーナが幸せだと思えるなら、それでいいのかな。どうせならこっちの事を何も思い出さないで転生する方が幸せなんじゃないかって思うのは、僕の我儘なのか?」「それじゃ何のために行くのか分からないでしょ? 先に行った二人は、あの子が追い掛けてくるなんて夢にも思っていないでしょうね」「アイツらが恨めしいよ。けど、本当にアッシュは死ぬのか?」「死ぬわよ」 杖の先についた黒い球を撫でながらキッパリと肯定したルーシャに、ヒルスはその意味を噛み締めるように唇を結んだ。閉ざされた運命を辿る友を思うと、引いたはずの涙がまた零れそうになる。「彼女はアッシュの武器を引き継いで、ラルと一緒に異世界を救う覚悟で崖を飛んだの。お兄ちゃんがそんな顔してたら、彼女の想いが無駄になってしまうわ」「無駄になんてさせるかよ……」「えぇ。そして貴方はやっぱり彼女と同じことを私に聞いたわ。貴方も異世界に行きたいんでしょう?」「――えっ?」「さっきはあぁ言ったけど、
last update最終更新日 : 2025-05-12
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1 スカートの丈は短い方が可愛い
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3 突然抱き着く理由なんて色々ある
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4 ソフトクリームを食べてから本題に入りたい
 駅前の大きな平屋建ての一角にあるのが『田中商店』だ。「あぁ俺この間、編入試験で来た時に、ここでアイス食ったよ」 ガラス扉の上に掲げられた看板を見上げながら、智が先導する咲に続いて店へ入った。智の家は、芙美たちとは反対路線の多野(たの)という駅が最寄りらしく、帰りの電車が来るまで1時間以上も待たされたのだという。 「へぇ、そうだったんだぁ」と可愛い子ぶる咲に不信感を抱く湊が、芙美にこっそりと耳打ちした。「アイツ何企んでるんだ?」 咲の提案で強制的に開催となった『智の歓迎会』だが、その目的が他の所にある事を湊は知らない。智から過去を聞き出すのは、もしかしたら彼にとって都合の悪い事なのだろうか。 「えっと」と口籠る芙美に、湊が「荒助さんもなの?」と諦め顔で席に着いた。 店内はそれほど広くなく、奥に並んだ二つの棚に雑貨や食品がパンパンに入っていて、手前にはレジカウンターと花柄模様のビニールクロスが掛けられたテーブル席が三つあった。スピーカーから流れてくるFMラジオは、軽い音楽に乗せて人生相談の真っ最中だ。 一つだけ空いていた隅のテーブルに咲の指示で男女向かい合って座ると、先に頼んでいた四つのクリームソーダが運ばれてきた。「失礼しまぁす」 トレイを片手に笑顔全開でやってきた女に度肝を抜かれて、智がギョッと目を丸くする。下着のラインギリギリまで短いホットパンツを履いた彼女は、細い生足を惜しみなく披露して、身体のラインがハッキリと分かる白のTシャツを着ていた。上につけたエプロンが豊満な胸を強調させるが、智は咲の視線に気付いてサッと目を逸らす。「全く、男ってのは好きなんだから」 さっきまで可愛い女子を装っていた咲が、すっかり素に戻ってニヤニヤと笑みを浮かべている。「しょうがないだろ」と開き直る智の横で、湊は自分への飛び火を警戒して面倒そうにそっぽを向いた。「この間来た時は、別の店員さんだったんだよ」「私が忙しい時は、近所の人に手伝って貰ってるのよ」 店員の女性は、にっこりと笑む。「絢(あや)さん、今日はもうこっちなんですか?」「えぇ。部活動も休みだから、始業式だけ出て戻ってきたの。そこの彼、転入生なんですって?」「は、はい」「絢さんはここに住んでて、私たちの先生もしてるんだよ」 緊張を見せる智に、芙美はクリームソーダの上でくるくるとスプー
last update最終更新日 : 2025-05-16
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5 二人は別の世界から来たらしい
 ラジオから流れてくる昼下がりの恋愛相談が終わって、流行りのアイドルが歌うラブソングが店内に響き渡っている。テンポの良い「夏だ、海だ」とはしゃぐ元気な曲調とは裏腹に、芙美たちのテーブルにはキンと鋭い緊張が走っていた。 両腕を組んで智の言葉を待つ咲の横で、芙美はメロンソーダをちびちびとすすりながら、向かいの席で機嫌悪そうに黙り込む湊を伺う。「あの、言いにくい話なら、別に……」「いいんだよ芙美、智が話してくれるって言ってんだから」 咲はいつの間にか智の事を呼び捨てにしていた。ただの興味本位が、やたらと真剣な話へ発展してしまっている。「本気なのか? この二人に何を話すつもりだよ」 湊はいつになく声を尖らせるが、智は「いいじゃん」と軽く返事する。「どうせ信じてもらえる話でもないし」「だからって言わなくてもいいだろう? 話したら巻き込むことになりかねないとは思わないのか?」「そんな事はさせないよ」 狼狽する湊に、智は悪びれた様子もなく笑顔さえ見せた。「お前、久しぶりなのに全っ然変わってないね。眼鏡かけるようになったくらい?」「まさか今までもそうやって言いふらして来たのか?」「ここで話すのが初めてだよ。俺さ、記憶戻したのが高校に入ってからなんだ。だから慌てて親に頼み込んで編入してきたってワケで……」「ちょっと待てよ」 湊が智の言葉を遮る。ドンと立ち上がった衝撃で、クリームソーダのグラスがカチャリと揺れた。「そんなに最近なのか? 俺は5才の時にはもう自分が自分だって分かってた」「俺は優等生じゃないからね」 二人の口から出た『記憶』という言葉に、芙美は首を傾げる。それは智の言っていた『生まれる前』の事なのだろうか。困惑する芙美に助け舟を出すように、咲が二人に声を掛ける。「おいおい、二人で話すと芙美が混乱するだろ? 生まれる前の記憶とやらを思い出して、智がここに編入してきたってとこまでは分かった。けど何でここに来た? オトモダチの湊がここに居るって知ってたから来たのか?」「あぁ、ごめん。湊の事を知ってたわけじゃないよ。けど、居るだろうとは思ってた。ここに集まるって約束してたから」「ここ?」「厳密には少しずれてるけどね。この白樺台が教えられてた座標と一致したってこと」 地面を指差す咲に、智がそんな話をする。どんどん現実味が無くなっていく気
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6 可愛い少女が異世界を救った話
 湊と智が日本で生まれる前に生きていた世界は、異次元空間を挟んだ先にあるという。 『ターメイヤ』という名前の国で、魔法使いが存在するらしい。本やアニメの世界ならすんなりと受け入れることが出来るのに、いざ現実だと言われるとピンと来ない。そんな芙美の気持ちを汲んで、智が悪気ない笑顔を見せた。「実際、次元とか詳しい事は俺もよく分かってないけどね。俺たちはそっちの世界でウィザードの側近をしてたんだ」「ウィザード?」「魔法使いの中でも最高位の存在……まぁ、強い魔法使いってことだよ。それでね、ある日突然空が暗くなって、国が恐怖に飲まれた。ハロンって魔物が現れたんだ」「魔物?」「まぁ、ゲームで言えばラスボスみたいなものかな。映画だと大怪獣みたいな? 俺たちはその時の事を『ターメイヤの脅威』って呼んでる」「脅威……そんなすごい敵だったんだ」 智は表情を陰らせて「うん」と唇を噛んだ。「強かった。本当に……俺なんて全然歯が立たなかった。生き残れたのが不思議なくらいだよ。リーナが居なかったら、もうあの世界は消えていただろうね」「リーナ?」「俺たちが仕えたウィザードの名前だ」 湊が横でボソリと呟く。過去を憂う微睡んだ瞳は、彼が電車で外を眺める表情と同じだった。「リーナって、女の人の名前だよね……?」「可愛い女の子。初めて会った時、リーナは俺たちより年下の14歳だったんだ」「若い! 今の私より若いコが大怪獣と戦ったの?」「魔法でリーナに勝てる人間なんて、あの世界には居なかったしね」 芙美は年下の彼女を自分に重ねる。魔法使いと言えばカッコいい気がするけれど、最前線で戦うからには怪我もするだろうし死ぬ事だってあるだろう。 智がハロンとの戦いを口にすると、湊はうつむいたまま押し黙ってしまった。「けど、だからって一発で勝利が決まる訳じゃない。戦闘が長引いて、最前線に立ったリーナは心身ともに疲弊してね、力不足の俺たちにはどうしてやることもできなかった。だからそれ以上の戦闘続行を危惧して、彼女の師だったウィッチの――ウィッチは魔女ってことね。そのルーシャが最終手段を企てたんだ」「最終手段?」 芙美はゴクリと息を飲んで智の説明を待った。 テーブルの下で握り締めた手に、咲が横からそっと掌を重ねる。彼女の手が震えていた。いつも咲だが、智の話を聞いて怖くなったのだろ
last update最終更新日 : 2025-05-18
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7 恐怖の大怪獣が現れる
「ええええっ!」 驚愕に満ちた芙美の声が店中に響いて、ラジオの音すら掻き消される。他のテーブルから視線が一斉に集まって、咲が「すみませぇん」と可愛く手を合わせた。 智は視線が散らばるのを確認して、困惑する芙美を宥める。「そんなに驚くとは思わなかったな」「だって。ここに魔物が来るなんて言うから……」「大丈夫だよ、俺たちが仕留めて見せるから」 さっき智が言った『映画に出て来る大怪獣』というワードが頭から離れない。地球に飛来する大怪獣が街を一瞬で炎に包むシーンを、身近な風景に重ねてしまう。 背中に触れた咲の手に緊張を解くことが出来ないまま、芙美は智を見上げた。 彼の言った言葉を要約すると――つまり、二人の居た世界を脅威に陥れた『ハロン』という魔物を『次元の外』へ追い出した。それで一件落着したと思ったのに、ハロンは何故か、地球の、日本の、しかもこの町に現れるというのだ。「今年の12月って言ったよね? 今度の年末ってこと?」「そういうこと」 彼等の話を信じたいと思うのに、否定したい気持ちが先に出て現実味が沸いてこない。咲も「すごい話だけど」と首を捻った。「東京とかならまだ――いや、百歩譲って広井町なら分かるけど。こんなド田舎にピンポイントで現れるなんて話、信じろって言うのか?」「だから、信じるかどうかは任せるよ。ハロンがこの町を選んだんじゃない、たまたま辿り着くのがここなんだ」 「な」と顔を見合わせる智から引き継いで、湊が咲に声を掛ける。「海堂も怖いの?」「そりゃ、か弱い女子だからな」 咲は素直に認めるが、怖がっている様子はまるでなかった。組み替えた足にミニ丈のスカートがピラリとめくれて、芙美が慌てて手を伸ばす。「見えるよ、咲ちゃん」「いいんだよ。見た奴には千円ずつ払ってもらうから」「はぁ?」 「ふざけるな」と湊が目を逸らすと、智は「あっはは」と笑って芙美を振り向いた。「芙美ちゃんはどう思う?」「本当のことなんだよね……?」「うん。俺たちはまたハロンと戦う為に、ルーシャの力でこの世界に生まれ変わったんだ」「生まれ変わったってのは、俗にいう異世界転生してきたってやつだろ?」 咲の言う例えに、芙美はうんうんと頷く。アニメや漫画の設定でよくある話だ。湊も「まぁ、そういうことだ」と否定はしない。「異世界転生なんて言葉はこっちに来
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8 苦手なものはたくさんある
 田中商店の店員で体育教師の絢が、パンの4つ乗った大皿をテーブルの真ん中に置いた。「育ち盛りの若者が昼にクリームソーダだけなんて、身体に良くないわよ。これ今度店に出そうと思って焼いてみたんだけど、食べてくれない?」「差し入れですか? ありがとうございます!」 咲が「やったぁ」と笑顔になって、パチリと手を合わせる。高さのある丸いパンは、中心に描かれた黒い渦に白い砂糖がコーティングされたシナモンロールだ。焼き上がったばかりのようで、他のテーブルにも配られたそれがスパイシーな香りを漂わせている。「あ、俺これ好き。ここで焼いてるんですか?」「そうよ、転校生くん。私の趣味みたいなものだけどね」 男子二人が「いただきます」と手を伸ばした所で、咲が険しい顔をする芙美に気付いて声を掛けた。「あぁ、シナモン苦手だっけ」「うん──」 芙美は両手で鼻と口をを押さえたまま、「ごめんなさい」と絢に謝る。「気にしないで。シナモンって好き嫌い別れるわよね。じゃあ特別に別の持ってきてあげる。アンパンなら食べられる?」「はい。ありがとうございます」 絢はカウンターの向こうから丸いパンを取って来て「どうぞ」と芙美に渡した。「転校生くんたちはどう? 美味しい?」「はい。芙美ちゃんの分も頂いていいですか?」「構わないわよ。口に合ったなら良かったわ」 芙美の分のシナモンロールを半分にして、男子二人があっという間に完食する。絢が満足そうに微笑むと、咲も「めちゃくちゃ美味しいですぅ」と笑顔を広げた。 絢は隣のテーブルから空いた椅子を引いてきて、興味津々な顔を4人の間に突っ込む。「で、さっきは何の話してたの? 人生相談なら乗るわよ。それとも恋愛相談かしら?」「あ、いえ。そういうのじゃないんです」 アンパンにかじり付きながら、芙美は慌てて手を横に振った。どうやって誤魔化そうか考えていると、咲がニコリと悪い笑みを浮かべる。「絢さぁん。この二人ったら、トラックに轢かれて異世界転生してきたとか言うんですよ? 笑っちゃいますよね」「ええっ? なにその話」「おかしな事言うなよ。トラックにも轢かれたなんて誰も言ってないからな?」 湊が「オイ」と睨むが、咲はケラケラと笑うばかりだ。もちろん絢も冗談だと思ったらしく、それ以上追求せずに呆気なく席を立った。「楽しそうな話してるなら、
last update最終更新日 : 2025-05-20
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