眉間にシワを寄せて考え込む俺。 すると、そんな俺の顔を覗きこんだ玲央がニヤリと笑う。「初めてのコンサート。緊張してる?」「……まさか。コンサート出るの何回目だと思ってるんだよ」 言うと、玲央は「可愛くない新人だなぁ」とため息をついた。 だけど「あ」と、急に顔を青くする。「しまった、持ち運ぶ吸入器……衣装部屋に置いてきちゃった」「は?」「なんか、息苦しい……っ」「!」 バタンッ 俺は控室を後にし、急いで衣装部屋を目指す。あいつ、隠れて吸入するのやめろって言ってんのに。まだ一人でこっそりとしてたのか。「何のための控室だっての、くそっ」 今日は歌専門となったレオの、初めてのコンサート。俺なんかより、アイツのほうがよほど緊張してるはずだ。 玲央がレオとして、新しい一歩を踏み出す日。 それを、発作なんかで壊させやしない―― そう思った時だった。 俺のイヤホンから、ザザとボイスが流れる。 それは玲央本人。 全く息苦しそうな様子はなく「ごめん皇羽~」と笑い声さえ聞こえる。『吸入器、控室にあったよ~』「……お前、覚えてろよ」 耳の奥でメンバーたちも一緒になって笑う声が聞こえる。 くそ、全員がグルかよ。 だけど「でもね」と、玲央の声色が優しくなる。『俺の大事な物が衣装部屋にあるから、拾ってきてくれない?』「大事な物?」『行けば分かるよ』 不思議に思いながら無線を終了し、そして衣装部屋へたどり着く。 ガチャ「ったく玲央のやつ、何を忘れたって言うんだよ」 暗い部屋。 そのドアを開けた際に、一筋の光が部屋の奥までのびる。 そして光は照らす。 玲央の、大事な――「こ、皇羽さん……」「は? ……え、……?」 そこには、真っ暗な部屋に立つ萌々がいた。 今にも泣きそうな顔をして、ただ一人。 そこに立っている。 俺は慌てて電気をつけ、そして萌々に歩み寄る。「なんで……お前……」「玲央さんが、特別に入室を許可してくださったんです」「あ……、そう……」「~っ」 萌々が、一瞬ギュッと目を瞑る。 だけどすぐに、大きな瞳を俺に見せた。 そして――「ずっとずっと……待たせちゃって、ごめんなさい」「へ……?」「私を、皇羽さんの物にしてください……っ」……は?「いま、なんて……?」 頭の中で、萌々が俺に見せて
『お前に芸能界に入ってほしい。そして探してもらいたい子がいるんだ。そして見つけた時は……会わせてほしい』『……どういうこと?』『名前は、役の名前かもしれねーけどモモって言う。中学生くらいの可愛い子だ』『ちょ、ちょっと待って! 今がネット社会って知ってる? 探せばいくらでも見つかるでしょ』『埋もれてるかもしれないだろ』『……はぁ』 もしも、こんな話を俺が聞けば「何言ってんだコイツ」ってスルーするに決まってる。それくらい訳の分からない思いつきで、無茶ぶりな提案。 だけど、玲央は違った。 しょうがないなぁと言った玲央の顔は――ちょっとウキウキしていた。『俺もちょうど暇してたし。もしもアイドルになったら忙しく出来そうだしね。いい暇つぶしを提案してくれてありがとう』『……やってくれんの? マジ?』『兄弟のよしみでね』『……っ』 ありがとう――と心の底から玲央にお礼を言ったのは、この時が初めてだった。 だけど、そんな俺たちの会話を耳にしていた母親が「未成年同士で随分大きな話をしてるけど」と口を挟む。『レオは喘息もちなのよ? その問題はどうするの? アイドルになっても、この先絶対、その問題で躓くわよ?』『……っ』 悔しい顔をしたのは玲央だった。 母親のいう事はもちろんで……正論だったからだ。 だけど、玲央は既にアイドルに興味を持ち始めている。自分ならできるかもと、自分にしかないやりがいに一筋の光がさしているのは間違いない。 だから玲央のためにも――この計画は遂行したい。何としてでも。 だから俺は、交換条件を提案した。『玲央がもしも発作が出たら、その時は俺が代わりにアイドルをする。元々そっくりな俺たちなんだ。少々入れ替わったところでバレる事じゃない』『……簡単に言うけど、道は険しいわよ?』『やってみせる』『玲央は?』『……っ』 最初は口を閉じていた玲央。 だけど何かを決心したのか、拳をギュッと握り母親を見た。『……俺もやってみたい。学校にはなかった俺の居場所が、見つかるかもしれないじゃん』『……』 俺たちの言葉を聞いて全ての言葉を呑み込んだ母親。少し無言になった後に浅く息を吐き「わかったわ」と頷いた。 そして信号が赤になったタイミングを見計らって、その場ですぐに父親に電話をする。 子供たちがあなたが帰って話したい
*皇羽*―― Ign:s が大嫌いなんです……! そう言った時の萌々の顔。 それは、ひどく悲しそうで。 その顔を見て、 自分がいかに無力か知った。 そして、同時に誓ったんだ。 今度こそお前を幸せにするんだって―― ◇ 中三の冬。 第一志望の推薦に選ばれ面接に行った帰りの事。迎えの車になぜか玲央も乗っていた。『高校受験ご苦労様~』『ご苦労様って……お前は本当に何もしねぇんだな玲央』『うん。だって俺が学校に行くと皆遠慮するんだもん。発作ださないようにって先生まで特別待遇してくるから肩身狭くてさ。もう学校は行きたくなーい』『って、言ってるけど?』 そう言った俺の言葉に、車を運転していた母親が「仕方ないわねぇ」とため息をついた。どうやら容認するらしい。『両親が寛大で良かったな』『まあ他の事を頑張るよ。家にずっといるのも暇だしね』 玲央はニコッと笑って外を眺めた。 信号は赤。ちょうど広場を横に、俺たちを乗せた車は止まった。 進行方向を見ていた母親が、何かを見つけて顔を歪める。『あら、この先で事故だって。大丈夫かしらね……』『あららー』『まじだ』 前方にチラチラ見えるのは、事故処理車のランプ。皆に知らせるように派手に点灯していた。「車は当分、動きそうにないわね」と母親がミラー越しに言う。『じゃあ車降りて飲み物買っていい? 面接で緊張して喉乾いた』『あら皇羽でも緊張するのね。いいわよ、いってらっしゃい』 隣で「俺はコーラ」と言っている玲央を無視して、俺は車から降りた。 そして広場を横切って、 自販機に近づいた―― その時だった。『すみません。良かったら、どうぞ!』『……え』 見ると、おれよりも小さな女の子が。 幼い、まだ中学生だろう女の子が。 冬の寒い中で、鼻を真っ赤にさせてポケットティッシュを配っていた。 すごく美人で……何かの撮影か?この子は何かの役者か?って思う程。『えと、あの……いらない、ですよね? すみません』『! ちが、』 俺が見惚れている間に走って行ってしまいそうな女の子を、慌てて呼び止める。そして手を出して……ポケットティッシュをせがんだ。 すると女の子は、『……えへへ、良かった。 これが最後の一個だったの』 そう言いながら、俺にポケットティッシュを手渡した。『ありがとうご
頭に手を当て、冷静になるように努める。だけどドクドクと心臓が鳴って、全く落ち着かない。 だけど必死に手探りをして、さっき玲央さんがビジョンで話していた言葉を思い出す。――デビュー曲の作詞はmomosukeだったけど、今回もmomosukeなんだよね もしかして、そこにヒントがあるの? デビュー曲『 WISH& 』の歌詞に、ヒントが―― 私が一番嫌っている日と、まるで一緒のシチュエーション。それが『 WISH& 』の歌詞。 それを皇羽さんが書いたことは偶然? それとも何か繋がりがあるの?「どういう事なの、皇羽さん?」 頭がこんがらがる中、ふと思い出す。それは、いつか玲央さんが言った言葉だ。――この鍵はね、萌々ちゃんが本当にしんどくなった時に使って。きっと君を、あるべき場所に導いてくれるから あの時に渡されたのは小さな鍵。今まで使う時がなかったし、そもそもどこに使うの?と思っていたけど……今、やっと分かった。あの鍵は、皇羽さんの秘密を探るために必要な鍵だ。きっと皇羽さんの部屋で使うに違いない。「そういえば皇羽さんに内緒で部屋に入った時、棚の一番上に鍵がかかっていたような……」――引き出しの一番上……鍵がかかってる?――悪い子だな、お前 皇羽さんの部屋が防音室だと知ったあの日。 鍵がかかっている引き出しを開けようとして、皇羽さんに止められた。 あの時に机に転がっていた鍵と、玲央さんから貰った鍵は……たぶん一緒だ。「あの引き出しの中に何かある。すべてが明らかになるヒントが……!」 急いでマンションに戻る。黒い箱から鍵を取り出し、皇羽さんの秘密の引き出しを開けた。 ガチャ そこに入っていた物は……「一つのポケットティッシュと、一枚の紙?」 開封されていない綺麗なままのポケットティッシュと、シワがたくさん入って所々破れているボロボロの紙。 その紙には言葉が書かれていた。だけど何度も消された痕がある。その言葉が「 Wish&」の歌詞だと直感で分かった。 この紙は、 歌詞を作る時に使った紙なんだ。しかし同時に、紙の一番上に書かれてある言葉を見つける。そこには『 Wish&Love 』とあり、デビュー曲とは違うタイトルだった。 「 Wish&」の歌詞だけど、タイトルが違う。ということは、コレはデビュー曲とは別の曲の歌詞なのかな?
その後 Ign:s は画面から消えて、MVが流れる。 かげろうさんはバラードでもしなやかに踊り、誰も真似できないようなダンスを披露する。レオは歌に専念することで、前よりも格段に上手くなっているように聞こえた。 そして、皇羽さんも――「今までレオとして歌を歌っていたんだから、そりゃ上手いよね。はぁ……もうやめよう」 黒いモヤモヤした感情を持つのは、今日で最後にしよう。「やっぱり私は、これまで通り Ign:s を嫌っていよう。だって虚しいばかりだし……。皇羽さんが順調にアイドルをしてるなら、純粋に応援したいし」 これからも皇羽さんはファンを魅了するんだ。 その顔で声で、全てで。 そこに私がいちいち嫉妬心を燃やして独占欲を見せたって、何もいいことはない。「皇羽さん、 Ign:s で頑張ってくださいね。私はあなたと距離を置かないと、どうやら自分が自分でなくなっていくみたいで…… 嫌なんです。 醜くなりたくない。 次にあなたに会った時……あなたに幻滅されたくないんです」 だから、少しの間。さよならです。 心の距離を、置かせてください―― 最後に、ビジョンに写る皇羽さんをチラリと見る。 三分を越える歌だというのに、絶え間なく踊りながら、それでも息が切れることなくのびる歌声。新入りという事も忘れさせる圧倒的な存在感。「皇羽さん……ううん。コウ、またね」 極力コウを見ないようにと、私は目を閉じた。まるで区切りをつけるみたいに。皇羽さんへの想いに、一時的に蓋をするみたいに。 だけど、 聞こえてくるバラードは、私の凍てついた心に静かに降り注ぎ……そして小さな灯(ともしび)を燃やす――【 Love Letter 】君がソファで眠る 夜の七時ご飯を作るのは疲れると言いながら俺のために作ってくれた慣れないキッチンで一人風邪を引いた俺のためにレシピとにらめっこしたあの夜今俺の隣で眠る君を見て思う心の底から大好きだと何度でも何年先でも君を愛し続けると俺は誓う君の記憶に俺がいなくても君の過去に俺が写っていなくても今の君が俺を見てくれるならその瞳に俺が写っているのならそれだけで幸せだこれが君に送る手紙俺の愛を込めた手紙永遠を誓うLove Letter「……ん? この歌詞、」 歌詞を聞いて、ピタリと動きが止まる。
『全国のハニーたち! Ign:s だよー!』『元気にしてる? 寒いなら俺の肌で温めて、』『ミヤビは黙ってて。ほらコウ! 新人なりに挨拶して!』 大画面の中央に皇羽さんがいる。 ラフな服ではなく、真っ白な衣装に身を包んでいた。……カッコイイ。 全てが完璧に似合っている。耳につけられたピアスも、手につけているアクセサリーも、毛先の一本まで何もかも。「皇羽さん、遠いなぁ……っ」 手を伸ばしても、全く届かない。 ねぇ皇羽さん、私はここにいるよ。 だけど皇羽さんはメンバーと話をしていて、全然カメラを見ない。私だけが、穴が開かんばかりに皇羽さんを見つめている。「はは、目さえ合わないや……」 呆れた笑みを零した時。ふと、桃を持ったポスターの皇羽さんを思い出す。 ねぇ皇羽さん。最初はピンク色どうかと思いましたが、意外に似合っているかもしれません。圧の強いあなたの雰囲気を、良い感じに中和させれくれるピッタリな色じゃないですか――「って、そういう冗談とか、直接言えたらいいのになぁ……」 悲しくなって切なくなって、思わず「はぁ」とため息をつく。すると画面の中にいる皇羽さんも同じくため息をついた。「え」『え』 私も Ign:s の皆も「まさかこの瞬間にため息をつくなんて……」と、驚いた顔で皇羽さんを見つめる。 だけど私の周りにいるファンの熱気は、とんでもない勢いで上昇した。「見てー! コウがため息をついた、可愛い!」「コウってヤンチャだよね~!」「急に入って来た新人がツンケンしてたら萌えるわ……!」 ため息をついたのに、なぜか好感度はアップ。やることなすこと全てが良く見える、謎の現象が発生中だ。どうやら皇羽さんは、ファンの間でツンデレ萌えキャラになっているらしい。「ツンケンしたやんちゃ坊主」って、まんま皇羽さんだ。家にいる皇羽さん、そのものだ。 今までは私だけが見ていた皇羽さん。そんな皇羽さんを、今や全国の女子たちが目をハートにして見ている。「もう、私だけが知っている皇羽さんじゃなくなったんですね……」 家の中の皇羽さん。 私だけが知ってる皇羽さん。 実は几帳面で、心配屋で、肉食系で……。 あんな大きな体をしながら私を震えながら抱きしめたり、切羽詰まった声で名前を呼んでくれたり……。たまに「泣いてるの?」って思うような顔をする事も