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神様、願いを叶えて 1

ผู้เขียน: 葉月りゅう
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-04-23 13:50:37
 もうすぐ七夕だね。律はなにを願うのかな。 保育園の頃は、七夕になると毎年短冊にお願い事を書いていたよね。あの頃の律の願い事は、〝サッカーが上手になりますように〟だった。 きっと、その願い事は叶ったんじゃないかな。 キョウは確か、〝お腹いっぱい肉が食べたい〟だったっけ。あいつらしくて笑える。 私の願い事は、あの頃から変わってないんだよ。恥ずかしいから、今は簡単に言えないけど。 いつか、叶う時が来るといいな。

 * * *

 月曜日、ありさと一緒に登校すると、早々と朝練を終わりにしたらしいキョウが四組の前にいた。 彼が呼び出しているのは、やっぱり律だ。ありさと目配せして、私たちも彼らのもとに駆け寄る。「なんでこの間急に帰ったわけ? ちゃんとした理由があるなら言えよ」 怒っているというより、心配しているような口調で尋ねている。律は私たちと視線を合わそうとしないまま、覇気のない笑みを見せる。「ただの気まぐれだよ」「お前、そんなことする奴じゃなかっただろが」 いぶかしげに眉をひそめるキョウも、やっぱり私と同じことを思っているらしい。律があんなことをしたのには、きっとちゃんとした理由があるって。だから今、こうして聞いているのだろう。 本当のことを教えてほしい。そう強く思いながら律を見つめると、彼は目を伏せて力無く呟く。「……よくわかったんだよ。やっぱり俺は、君らとは一緒にいられないって」 ドクン、と重い音が身体の奥で響いた。〝一緒にいられない〟って、どういうこと? やっぱり律は、なにか大きな問題を抱えているんじゃ……。「律──!」「逢坂くーん」 たまらず彼に歩み寄ろうとすると、四組の教室の中から女子の呼ぶ声に遮られた。それに反応した彼は、一度彼女たちのほうを振り向いてにこりと笑みを向けると、またこちらに顔を戻す。「悪いけど、もう俺に関わらないで」 その時の表情は、地中深くにある洞窟みたいに暗く、冷たくて。私もキョウも、言葉をなくしてしまうほどだった。 教室に入っていく律を、私たちは黙って見ているしかない。「どういうことだよ……」「逢坂くん、あたしたちが想像もしてないような事情を抱えてるのかもね」 眉根を寄せるキョウと、深刻そうな顔をするありさ。私も同様に、ざわついて苦しい胸元のシャツをぎゅっと掴んだ。 教室に戻った律はいつも通りで、笑って女子と話している。きっとあれは上辺の笑
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     こんな賑やかな始まりを迎えた二学期、私の心は澄み渡っていた。 律の体調は気がかりだけれど、彼のクラスの仲よしな友達も、病気をカミングアウトして以来気遣ってくれているらしく、特に問題は起こっていない。 以前までのチャラチャラした雰囲気はまるで消えているし、女子たちは不思議がっているかもしれない。 そして、あっという間に文化祭を迎え、今日は一般公開二日目。 うちのクラスのコスプレカフェという名の出し物も、まあまあな盛り上がりだ。奇抜なコスプレをしている人もいる中、私はフリフリのレースがついたちょっとだけゴスロリっぽい服を着ている。 休憩の時間になると、ありさと一緒に比較的静かな体育館の横にやってきた。 なぜか海賊のコスプレをしている彼女、めちゃくちゃ似合っている。うっかり惚れてしまいそう。「なんか女子から熱い視線を感じるんだよね」「だって、ありさカッコいいもん!」 同じく熱い視線を送る私に、ありさは呆れ顔をする。「でも裏方の手伝いしてる時、料理の手際の良さに感心してる男子も結構いたよ」「そぉー? ま、あたしの魅力に気づいてくれる人がひとりくらいいてもいいか」 無邪気に笑ったありさは、美味しそうにクレープを食べ始めた。 私も種類の違うクレープを味わい、しばらくするとありさが神妙な顔をして言う。「それにしても、まさか逢坂くんが難病患者だったとはねー……」 つい先日、ありさとキョウにも、律が病気のことを打ち明けていた。 ふたりとも驚きを隠せない様子だったけれど、もちろん受け入れてくれている。「サニーサイド行った時に、意外と歩くのゆっくりだなぁとは思ったけど、それも病気のせいだったんだ」「うん……言われてみれば、って感じだよね。いつもは全然普通だし」 時々信じられなくなる。こんなに元気なのに、必ず動けなくなる時が来るなんて。 でも、いつか訪れるその時も、私は彼に寄り添っていたいと思う。「律は私たちに迷惑かけたくなかったみたいだけど、私は逆にもっとそばにいたいって思うようになっちゃったよ」 なにげなく口にしたけれど、恥ずかしいことを言った気がして顔が熱くなってくる。 照れ隠しで大口を開けてクレープを頬張ると、ありさがふふっと笑った。「でも、逢坂くんが離れようとしてたのも、小夜との将来をちゃんと考えてたからでしょ。それってすごいことだよね」 ありさの言う通りだ。 私はずっと当たり

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    「おはよー」「あー眠い……」「ねぇ、数学の課題やった?」 いつもと変わらない、クラスメイトの雑談が飛び交う新学期の朝。私はこれまでと少し違った気持ちで教室に入った。 自分の席に荷物を置いたありさは、満面の笑みを浮かべながら私の席にやってくる。「いやーもう本当によかったねぇ、小夜~!」「お前それ何回目だよ」 一緒に登校したキョウが、ありさに呆れた声を投げた。でも彼女はそんなこと気にせず、私に抱きついている。「だって嬉しいんだもん! 小夜の長かった恋が報われてさー」「ありがとね、ありさ」 私もすっごく嬉しいよ。律とまた気持ちが通じ合えたことも、ありさがこんなに喜んでくれることも。 夏休み中に、誕生日を祝ってくれた皆には律とのことを報告していた。病気については律が自分から話すと言っていたので、キョウとありさにもまだ打ち明けていない。 こうやって会うのは久々だから、ありさはテンションが上がっているらしい。私はそんな彼女からキョウに目線を移して微笑む。「キョウもありがとう。いっぱいお世話になりました」 うやうやしく頭を下げると、相変わらず無愛想な彼はちょっぴり意地悪なことを言ってくる。「またどっか行っちまわないように、鎖でもつけといたほうがいいんじゃねーの?」「もう大丈夫!」 自信を持って答えると、キョウの顔にもふっと笑みが生まれた。 思えば、キョウは事あるごとに私を助けてくれていた。今があるのは彼の力も大きいので、「本当にありがとね」と告げた。 満足げで、でもなぜか少しだけ寂しそうにするキョウに、真木ちゃんが近づいてくる。「新しい妻は、この海姫様なんていかがでしょう?」「へっ?」 まぬけな声を合わせ、キョトンとする私たち。真木ちゃんの後ろから姿を現した海姫ちゃんは、なにやら艶やかな笑みと仕草でキョウの肩に手を回した。 ギョッとする彼に、海姫ちゃんが色っぽく迫る。「たまには同学年もアリかーと思ってね。ぽっかり空いた隙間を埋めてあげるわよ、恭哉クン?」「……色気あるお姉様タイプもいいかもな」 顎に手をあてて真剣に言うキョウに、私たちは吹き出した。お互い冗談なのかどうなのか、すごく微妙だけれど。 そうして皆で笑い合っていると、急に教室内がざわめき出す。なんとなく周りに目を向けると、うちのクラスにはないオーラを放つ人物が中に入ってきた。「律……!?」 あれ、なんで律が? 彼がこの教

  • キミはまぼろしの婚約者   曇った未来に幸せひとつ 6

     えっちゃんから話を聞いた後、彼が「どうぞ」と言うので、私は律の部屋に入らせてもらった。 顔色はさっきよりも良くなっていて、穏やかに寝息をたてている彼を見て、少し安心する。 夕日でオレンジ色に染まる、シンプルで男らしい部屋をぐるりと見回してみる。 小学生の頃は、サッカーボールやユニフォームが目につくところにあったけれど、今は見当たらない。チームの皆や、私たちと撮った写真ももう飾られていなくて、寂しい気持ちになった。 本棚には律が好きらしい漫画が並んでいて、その一番端に、漫画ではない本が何冊かある。 背表紙には、彼の病名が書かれている。病気についての解説書や、患者さんの闘病記のようだ。 律もこの病気の患者なのだと改めて思うと胸が苦しいけれど、私ももっと詳しく理解したい。 少し目を通してみたくて本を拝借しようとした時、その本の隣に見覚えがある箱を見つけて、私は動きを止めた。「これ……」 思わず小さな声を漏らして、お道具箱みたいなそれにそっと手を伸ばす。 可愛らしい赤いチェック柄のその箱は、律が引っ越す前に私やキョウがあげたものだと、すぐに思い出した。 確かこれにお菓子を詰めて、餞別のつもりであげたのだ。それをとっておいてくれたなんて。 懐かしさが込み上げつつ、今は中になにが入っているのか気になる。ちらりと律を見やるも、まだ起きる気配はない。 ……ちょっとだけ、見てもいい? ちょっとだけだから! 好奇心が勝ってしまった私は、心の中で勝手に律に断りを入れて箱に手を伸ばす。そっとふたを開けてみて、目を見開いた。 中に入っていたのは、これまた見覚えがある封筒の束。私が送った、手紙の数々だった。 全部、大事にとっておいてくれたんだ……。 嬉しさを噛みしめるも、ひとつだけ気になるものがある。たぶん私のものではない、ぐしゃぐしゃに丸められた紙だ。これはなんだろう。 どうにも気になって、また〝ちょっとだけ!〟と心の中で言い、ゆっくり開いてみる。 綴られた文字を見て、驚きで心臓が飛び跳ねた。シンプルな便箋には、【緒方小夜さま】と書かれていたから。 うそ……これ、律が私宛てに書いた手紙!? 信じられない気持ちで文字を追うと、私の名前の下には【十五歳の誕生日、おめでとう】と書かれている。 十五歳って、えっちゃんのふりをして手紙をくれたのと同じ、中学三年の時だ。どうしてそんなものが……と不思議

  • キミはまぼろしの婚約者   曇った未来に幸せひとつ 5

    「サッカーができなくなっちゃったのも、それで……?」「そう。激しい運動はやっぱりやめたほうが良くてね。でも律の場合まだ症状は軽いし、薬を飲んでいれば日常生活には支障ないよ」 えっちゃんは私を安心させるように微笑んだ。日常生活に問題はないとわかって、少しほっとする。 とはいえ、大好きなサッカーができなくなって、律はどれだけ悔しかっただろうと思うと、やり切れなさでいっぱいだ。 えっちゃんもすぐに表情を曇らせて、声のトーンを落とす。「でも、今日は特別調子が悪かったみたいだね」「あんなふうになることはよくあるの?」 さっきの律の姿を脳裏に蘇らせて、胸の中に不安と心配が渦巻いたまま問いかけた。 彼は「そんなことないよ」と否定したものの、表情は浮かない。「薬の服用のタイミングや量が合わないと、いろんな副作用が出るんだ。人によって症状は違うみたいだけど……律は足が動かなくなっちゃったみたいだね。今日の状況を聞くと」 だから、踏切の真ん中で立ち止まったまま動けなくなってしまったんだ。あの時、私が彼を見つけていなかったらと思うとゾッとする。「ついこの間、薬の種類が変わったからそのせいかもな。少量の違いで症状が出るから、コントロールが難しいんだ。いつ、どれくらいの量を飲むのか、律が自分自身でちゃんと把握して、うまく付き合っていかなきゃいけない」「そんなに難しい病気なんだ」「ああ……。まあ、今日は暑さにやられたせいもあるかもしれないけど。これだから出無精は困るよ」 口を尖らせているけれど、弟想いなのが伝わってきて、少しだけ笑みがこぼれた。「じゃあ、薬を飲んでいれば症状は抑えられるんだよね?」 そんなに副作用が出てしまうのは怖いけれど、気をつけていれば大丈夫なのかな。完治はしないとしても……。 えっちゃんは、ほんの少し口角を上げて答える。「薬が効いている間は、普通に生活できるよ。寿命には関わらないから、他に病気や事故に遭ったりしなければ長生きできるし」「そうなんだ……!」 余命があるようなものではないと知って、私はあからさまに安心してしまった。 しかし、えっちゃんの声は明るくならないまま、「でも」と続ける。「症状は確実に進行する。何年もかけて、すごくゆっくりとだけど。何十年先かわからないけど、将来寝たきりになるのは避けられない」 その事実を聞いた瞬間、目の前が暗くなる感覚がした。 律の身体

  • キミはまぼろしの婚約者   曇った未来に幸せひとつ 4

     電話で言った通り、十分足らずで来てくれたえっちゃんの車に乗り込むと、律は安心したのかすぐに眠ってしまった。 ほどなくして着いたのは、えっちゃんも一緒に暮らしているというマンション。彼は律を抱き抱えて一階の部屋に運び、私をリビングに上がらせてくれた。「悪かったね、迷惑かけて」「ううん、私は全然」「たまたま俺が休みでよかったよ」 苦笑するえっちゃんは、あまり動揺した様子はない。私はすごく心配したけれど、病院に連れていくほどでもないみたいだし……。 やっぱり、ちゃんと律の身体のことを知りたい。律が寝ている部屋のほうを眺めていると、キッチンに回ったえっちゃんが「なにか飲む?」と問いかけた。 お言葉に甘えて飲み物をもらうことにした私は、リビングのソファに座って彼を眺める。 その姿はすっかりカッコいい大人の男性だけれど、優しい雰囲気は昔のままでなんだか落ち着く。おかげで、四年ぶりだというのにまったく違和感なく話せる。「はい、おまたせ」「ありがとう。あの、おじさんたちは?」 琥珀色の液体の中で氷が揺れるグラスを受け取りながら聞くと、えっちゃんは私の向かい側のソファに座って説明してくれる。「引っ越してからは母さんと三人で暮らしてて、親父だけ仕事の関係で向こうに残ってる。律を診てくれる病院はこの街が一番よくて。俺もこっちで就職したから面倒見れるし」「そうだったんだね……」 ということは、おじさんだけ単身赴任している感じなんだ。律が病院に通いやすいように、この街に引っ越してきたということらしい。「今日は母さんも親父のとこに泊まりで行ってるから、小夜ちゃんも遠慮なくいてくれていいよ。律はまだ起きないだろうし」 穏やかに微笑んで、グラスに口をつける彼。私もアイスティーをひと口飲んで、気持ちを落ち着けてから口を開く。「……えっちゃん、律はどんな病気なの?」 核心を突くと、えっちゃんは少しだけ表情を曇らせて苦笑を漏らした。「律は隠したがってたけど、もう今日のことで小夜ちゃんも気づいたよね」 目線を上げた彼は、意を決したように真剣な表情でこう言った。「律は、身体を動かしにくくなったり震えたりして、運動がスムーズにできなくなる病気なんだ。今は進行を止める治療薬がなくて、難病に指定されてる」 難病……その重々しい単語を耳にして、ドクンと鈍い音が身体の奥で響いた。「高齢者に多い病気なんだけど、若くし

  • キミはまぼろしの婚約者   曇った未来に幸せひとつ 3

    「はあ……よかったぁ」 一気に力が抜けて、へなへなと倒れ込みそうになるも、私の横には倒れたまま動かない律がいる。うつぶせで横に向けた顔は青白く、苦しそうに歪んでいる。「律っ! ねえ、大丈夫!?」 どうしよう、どう具合が悪いんだろう? あそこで動けなくなるくらいなんだから相当なはず。 まだパニックは治まらず、軽く律の肩を揺すると、彼の唇がかすかに動く。「さ、よ……」「え?」「ごめん……小夜……」 ──四年ぶりに〝小夜〟って呼んでくれた。こんな時なのに、感極まってじわりと涙が滲む。「危ない目に、遭わせて……ほんと、情けない……」 荒い息をしながら途切れ途切れに言葉をつむぐ彼に、私はぶんぶんと首を横に振った。「いいの、私は大丈夫だから。それより救急車──!」 とにかく電話するためバッグからスマホを取り出そうとすると、律がゆっくり手で制した。その手が震えていて、言葉に詰まってしまう。 なんとか上体を起こした彼は、はいつくばるようにして道の脇へ移動しようとする。よく見ると足も震えているみたいだ。 いつもの律から想像できない姿に困惑しながらも、とにかく今は彼を助けようと身体に腕を回して支えた。 あまり人目につかない木陰に一緒に座ると、律はポケットから取り出したスマホを震える手で私に差し出す。「越に、電話……」「えっちゃんに?」「ボタン……うまく、押せなくて」 それを聞いて、さらにぐっと胸が苦しくなった。 この状態を見ていれば、もう一目瞭然だ。律は、きっとなにかの病気を患っているんだって──。 髪で表情が隠された、頭を垂れる彼を見つめて、私は唇を噛みしめる。泣きそうになるのを堪えて〝逢坂 越〟の名前を探し、電話をかけた。 えっちゃんは、私が名乗るとすぐにわかってくれた。今の状況を伝えると、『十分くらいで着くから』と言ってもらえたので、ひとまず安心する。「えっちゃん、すぐ来てくれるって。もう少し待ってられる?」「ん、ありがと……さっきよりマシ」 いくぶんか表情が和らいできた律にほっとしながら、スマホを返した。「でもつらいでしょ? 私に寄りかかってて」 返事を聞くより先に、少し強引に彼の身体を抱き寄せる。律は抵抗せず、おとなしく私に寄りかかり、肩に頭を乗せた。 私の右側に触れている、柔らかな髪、温かい身体。無意識のうちにしっかりと手を握って、ただじっと彼の存在を感じていた。「……小夜

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