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神様、願いを叶えて 4

last update Huling Na-update: 2025-04-23 13:52:00
 七月に入り、期末試験をなんとかこなした後、私はすぐに四組に向かった。 ドアから中を覗こうとすると、ちょうど廊下に出ようとしていた女子ふたりと鉢合わせしてしまい、お互いに息を呑む。 このふたり……前、私の悪口を言っていた子たちだ。「……なにか用?」 怪訝な顔で聞いてくる、メイクが濃いめの女子に一瞬ひるむ。が、逃げないでちゃんと用件を伝えないと! 息を吸い込み、彼女をまっすぐ見据えて口を開く。「律を呼んでほしいんですけど」 それを聞いた彼女たちは、半ば予想していたように驚きもせず、呆れた笑いをこぼした。「懲りないねぇ」「相手にされてないっていうのに、まだめげないんだ。メンタル強すぎ」 バカにしたような言い方も笑いも、むくむくと怒りが湧いてくるものの、ぐっと堪える。「逢坂くんはあなたのこと興味ないでしょ。帰ったほうがいいんじゃない?」 むっかつくー。私はあなたたちと話しに来たわけじゃないのよ。「いいから、律を──!」「呼んだ? 小夜ちゃん」 ムカムカしながら言おうとした言葉は、私と女子たちの間に入ってきた律によって遮られた。 律のほうから来てくれるとは……。驚いた私は微笑む彼を見上げ、口を開けたまま固まる。「ちゃんと取り次いでくれないと困るな」 優しい口調だけれど少々圧を感じる律に、女子たちはバツが悪そうに目を逸らして肩をすくめた。 彼女たちを見下ろす彼は、「あと」と話を続ける。「俺がこの子に興味ないって、勝手に決めつけないでくれる?」 そんな言葉と共に、ぽんと肩に手を置かれ、心臓が軽く跳ねた。 裏を返せば、興味を持ってくれているということだと解釈していいのかな……。 ときめいている間に、律は「行こう」と言って、私の手を引く。この展開は予想と違っていたのか、女子ふたりは唖然としている。 彼女たちを置いて、私は律に手を引かれるがまま、ドキドキしながら階段のほうへと向かった。「律、どこまで行くの?」 三階のさらに上まで上る彼に声をかけると、立入禁止の屋上に繋がる階段の踊り場で足を止めた。「ここなら人来ないし静かだろ」 そう言って私と向き合う律は、腕を組んでひとつ息を吐き出す。「あんなに突き放したのにまだ俺に構うなんて、小夜ちゃんってM?」 意地悪な笑みを浮かべて言われ、私はかぁっと顔を熱くする。「んなっ! ちがっ……や、違わない気もするけど!」「ははっ、正直」 律はおかしそ
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  • キミはまぼろしの婚約者   神様、願いを叶えて 5

     七月七日、七夕の今日、律とふたりで会う。約束の時間は午後なのに、朝起きた瞬間から緊張してしまって、ご飯もあまり喉を通らない。 ダイニングテーブルの上の、私のお皿に残った料理を、お母さんが不思議そうに見る。「どうしたの? 珍しく少食じゃない」「たまには食欲ない時だってあるよ。残しちゃってごめん。ごちそうさま」 腰を上げようとすると、お母さんがなにかを思いついたように、「あっ」と声を発する。「わーかった。デートなんでしょ!?」「ぶほっ!」 デートという単語に反応したらしく、私の向かい側でお茶をすすっていたお父さんが噴き出して咳き込んだ。 お母さん、余計なこと言わないでよ!「デデデデート!? そんな相手がいたのか、小夜!?」「ち、違うよ!」「隠さなくてもいいのに」「本当にそんなんじゃないから!」 思いっきり動揺するお父さんと、ニヤニヤするお母さんに、私は顔を熱くしながら否定する。 一応ふたりで出かけるけれど、付き合ってるわけじゃない。ラブラブなデートだったらどんなにいいか。 お母さんは両手を腰にあて、本音をこぼす。「なんだ、違うの? いつ小夜が彼氏を連れてきてくれるのかなーって、私ずっと待ってるんだけど。できることならイケメンがいいわね」「お前……」 がっくりとうなだれるお父さん。ひとり娘の色恋沙汰で、朝から一喜一憂している両親はちょっと面白い。「そういえば、恭哉くんのお母さんから聞いたわよ。律くんこっちに戻ってきてるんだって?」 洗い物を始めるお母さんに急に律の名前を出されて、また私は席を立てなくなってしまった。 お父さんも驚いたようにこちらに目を向ける。「そうなのか?」「うん、実は……」 なんとなくふたりにも言っていなかったのだ。電話も手紙も内緒でしてたから、そのクセがついたせいもある。「また皆で遊べばいいじゃない。私も律くんのお母さんと会いたいわ。引っ越してから全然連絡取ってなかったから」 そっか……律の事情を探るなら、正攻法じゃないけどお母さんたちに聞くっていう手もあったか。でもこの感じからすると、お母さんもなにも知らなさそうだ。 考えを巡らせていると、お母さんが懐かしそうに笑って言う。「小夜ってば、律くんと結婚するー!ってよく言ってたじゃない? 本当に相手があの子なら、私はなんの心配もないんだけど」「ま、まあ律くんならいい子だし、百歩、いや千歩譲って嫁にやって

    Huling Na-update : 2025-04-23
  • キミはまぼろしの婚約者   神様、願いを叶えて 6

     待ち合わせは午後一時に、昔よく遊んだ公園にした。早めに着いてしまい、複雑な想いと緊張感を抱きながら木陰のベンチに座る。 たいして待たないうちに、正面の芝生を歩いてくる彼の姿が見えてきた。 細身のジーンズに、羽織った水色のシャツが爽やかで、今日の私服姿も文句なしにカッコいい。 私を見つけると、律は優しい笑みを浮かべて近づいてくる。一気に緊張が増して、太ももの上に置いていたバッグの持ち手を、両手でぐっと握りしめた。「ごめん、お待たせ」「ううん! 私もついさっき来たところだから」 木漏れ日を浴びる彼は、私の隣に腰を下ろした。 いまだにこれだけでドキッとするなんて。この間は自分から壁ドンしたくせに……。 あの時のことを思い出して今さらながら恥ずかしくなっていると、こちらにじっと向けられている視線に気づく。「今日、雰囲気違うね」 私の服や髪型を見ながら律がそう言うので、ちょっと照れてしまう。「そう?」「ん……ヤバい」 ぼそっと呟いた彼が目を逸らすものだから、私はキョトンとした。なにがヤバいのだろう。 首をかしげるも、もう一度こちらを向いた律は、特に今の発言には触れずに話を変える。「今日はどこかへ行くの?」「あ、うん……! 着くまでのお楽しみ」 今日のプランを任されている私は、にこりと意味深に笑って答えた。そんなに楽しい場所ではないけれど……私は緊張しまくっているし。 まったく予想がついていない様子の律は、「どこだ?」と首をひねっていた。 海までは、駅前から出ているバスを使ったほうが都合が良い。さっそくそこへ向かおうと、私たちは腰を上げた。 だいぶ夏らしくなった日差しの下、ふたりで並んで芝生の周りの道を歩く。暑いせいか、公園内にはあまり人がいない。「……この公園、懐かしいな」 昔から変わらない、古びた遊具を眺めて呟いた。ここで遊んだ幼い頃の記憶が、じわじわと蘇ってくる。 私を見下ろす律に、砂場の向こうにあるブランコを指差してみせる。「あのブランコで、キョウのマネして変な乗り方してたら、私が落ちてケガしちゃって。そしたら、律はすぐに家から絆創膏を持ってきて、手当てしてくれた」 当時、律が住んでいたマンションは、この公園のすぐ裏手にあって、私がケガしたのを見た彼はすぐに駆けていった。 そして、持ってきてくれたのは、可愛いカエルのイラストが描かれた絆創膏。 痛くて泣いていた私は、そ

    Huling Na-update : 2025-04-23
  • キミはまぼろしの婚約者   神様、願いを叶えて 7

     それから、私はあえて昔のことには触れず、たわいもない話題ばかり口にしていた。海に行くまでは、ただただ楽しい時間にしたくて。 それを察知したのかはわからないが、律も明るく話に乗っていた。 バスの発車時刻までは、カフェに入ってひと息つくことに。 周りの女子たちは、ちらちらと律を見て頬を染めている。そして私の存在に気づくと、あからさまに落胆するのがわかった。 私は彼女みたいに見られているのか。本当は、私もあの子たちと立場は同じなんだよな……。「どうした?」 小さなテーブルに向かい合って座る、律の手元をなんとなく眺めていた私は、顔を覗き込まれてはっとした。 彼は自分のコーヒーのカップを差し出して、小悪魔な笑みを浮かべる。「間接キス、する?」 こっ、この人……サニーサイドの時みたいに、私が動揺するだろうと思っておもしろがっているんだ、絶対! 私はちょっぴりむくれて彼の手からカップを奪い、思いきって口をつけた。 ごくりと苦いブラックコーヒーを喉に流し込み、目を点にしている律にカップを返す。「ごちそうさま」 棒読みで言って、ふいっと顔を逸らした。 私だって、間接キスくらいなんてことないんだから! ……って、よくわからない意地を張ってどうする。 自分ちっちゃいなーと呆れていると、今度は私のカップに彼の手が伸びてくる。 キャラメルラテが入ったそれは、彼の口へ。二度目の間接キスにドキッとする。「これでおあいこ」 カップを返した彼は、頬杖をついてにこりと可愛らしく微笑んだ。 そ、その可愛さは反則でしょ……! 私はきっと赤くなっているだろう顔を俯かせて、縮こまった。 ……こうやって、キュンとさせられるたびに切なさも募る。もうすぐこの時間が終わってしまうかもしれないから。 胸が締めつけられるも、それは表に出さず、ひと時のデート気分を味わうのだった。

    Huling Na-update : 2025-04-23
  • キミはまぼろしの婚約者   神様、願いを叶えて 8

     時間になりバスに乗り込むと、窓の外の景色はどんどん街から遠ざかっていく。次第に海に近づいていることに、律ももう気がついているだろう。 自然と口数が少なくなり、海岸沿いの道路にあるバス停に着くと、ふたりで静かに降り立った。 すでに午後四時になろうかという海は、西に傾いた太陽の日差しを浴びてキラキラと輝いている。 潮風に髪をなびかせながら、引き寄せられるように海へ向かった。 まだ遊んでいる子供も結構いる中、ふたりでゆっくり砂浜を歩く。「覚えてる? この海」 私は自然に律に話しかけていた。穏やかな波の音を聞いていると、緊張も少しだけ和らいでくる。「律が引っ越す前、皆で来たの。バーベキューやって、砂浜でちょっと遊んで……」 サンダルから覗く足の指に、温かい砂がつく。そのざらつく感覚も懐かしく思いながら、私はあるところで立ち止まった。 律がプロポーズしてくれた、あの場所だ。「あの時言ってくれた言葉、私の中では今も消えてないよ」 隣を見上げると、彼の瞳も海から私へと焦点を移した。その綺麗で儚げな表情を、まっすぐ見つめる。「律のこと……あの頃からずっと、ずっと大好きだから」 ──揺らがない、この想い。もっといい伝え方があるはずなのに、大好きという言葉しか見つからない。 まぶたも、胸の中も熱くて、抑えていたモノが今にも溢れそう。 どうか届いてほしいと、ほんのわずかな希望に懸けて、律を見つめ続ける。 すると、彼の目線はゆっくり砂浜へと落ちていった。「……どうして、俺なんかをそんなに想えるんだ」 ぽつりと、独り言のように力ない声がこぼれた。彼の顔は、どんどん苦しそうに歪んでいく。「君を傷つけて、失望させてばっかりで……いいところなんてひとつもない。昔の俺は、こんなんじゃなかっただろ?」 自嘲するように吐き出された言葉を聞いて、私は目を見開いた。だって、今の言い方……!「律……やっぱり覚えてたの? 忘れたなんて嘘だったの?」 責めるわけじゃなく、真実を知りたい一心で、思わず詰め寄る。 腕を掴み、正面から彼の顔を覗き込んだ。「ねえ、本当のこと教えて? どんな理由でも、私ちゃんと受け入れるから──」「俺は、欠陥品なんだよ」 私の言葉を遮って、ぬくもりを感じない声色で言い放たれた。そのひと言がズシンと胸に落ち、息を呑む。「……欠陥、品?」「この先、俺に誰かを守ることはできない。そんな自信がな

    Huling Na-update : 2025-04-23
  • キミはまぼろしの婚約者   神様、願いを叶えて 9

     そんな調子で自分の街に戻ってきた時には、空は薄紫色に染まってきていた。 すでに一番星が輝いている。今日は天気がいいから、夜は天の川が広がるかもしれない。 律も私の後のバスに乗ったかな……なんて妙に現実的なことを考えながら、とぼとぼと家に向かって歩く。 その最中、意外な人と出くわしてしまった。「あれ」「キョウ……!」 私を見て目を丸くするのは、自転車に乗ったキョウ。 Tシャツにジーンズというラフな私服姿でも、まったくダサく感じない彼は、私のすぐそばに来て止まった。 ほんの少しだけ気分が軽くなり、いつものように話しかける。「なにやってんの?」「部活やって、ダチと遊んでた。そっちは……」 私の全身を一度上から下まで眺めた彼は、思い出したように「あ」と声を漏らした。「そーいや、今日はデートだったか。どうだった?」 直球で聞かれて、あえて考えないようにしていた今日の出来事が、全部あっさり蘇る。胸のときめきと、痛みの両方が。 相変わらず無神経だなぁ、まったく……。「今日、告白するって知ってたくせに普通に聞いてくるなんて……ほんとデリカシーないんだから、キョウは」 いつもの言い合いをするような元気はなく、おかしくもないのに笑いながら俯いた。 すぐに笑顔は消えて、そのままぽつりと言う。「律……覚えてるみたいだったよ、昔のこと」「え?」 声に真剣さが加わるキョウへ目線を上げられないまま、私は話し続ける。「でも、なんで知らないフリしてたのかも、なにがあったのかも教えてくれなかった。……私の気持ちも、受け止めてもらえなかった」 口にすると一気に悲しみが襲ってきて、一度は止まった涙がまた溢れ出す。 それでもなんとか笑おうとするものだから、絶対変な顔になっているに違いない。「今日、七夕なのにね。願い事、叶わなかったなぁ……」 明るく言おうとしたものの、声が詰まってしまう。 そんな私の耳に、優しい声が届く。「無理すんな」 それと同時に、俯く私の頭にぽんと手が乗せられた。どこか安心する、あったかくて大きな手。「子供の頃からずっと持ってたもの捨てるなんて、つらいに決まってんだから。我慢する必要ねーよ」 ……キョウのくせに、私の気持ちに寄り添ってくれる。そんなふうに言われたら、心の堤防が壊れてしまう。 涙をいっぱい溜めた瞳で見上げると、頼もしく優しい彼の顔がある。「俺は、ここにいてやるから」 もう

    Huling Na-update : 2025-04-23
  • キミはまぼろしの婚約者   一歩を踏み出して、前へ〈律side〉 1

     夏休み目前のある日。昼休みにクラスの男友達と購買へ向かった俺は、ひとつ残っていたカレーパンを見つけて、思わず辺りを見回した。 今日は、あの子はいない。そのことに、安堵と寂しさを感じている自分に呆れる。 彼女を突き放そうと、ずっと前から決めていたというのに。この尋常じゃない胸の痛みも、覚悟していたはずなのに……。「逢坂、今日はちゃんと買えよ」 ぼうっとしている俺に、友達のひとりである窪田(くぼた)が、ぽんと肩を叩いてきた。それに乗っかって、小宮山(こみやま)がおかしそうに笑いながら言う。「間違って嫌いなあんバタサンド買うって、お前案外ボケてるよなー」 小夜とはち合わせして、咄嗟にカレーパンを譲った以前の失敗を覚えていたふたりに、「うるせ」と返して俺も笑った。 ……幼なじみのふたりと再会して、無理があると思いながらもずっとシラを切っていた。 本当は嬉しかった。ふたりとも俺のことを覚えていて、すぐに会いに来てくれたことが。 俺だって、ふたりのことを忘れた日なんて一日もなかった。 だけど、大切な人たちだからこそ、この先のことを考えると一緒にいるのがつらいんだ──。 パンを買って教室に向かう途中、隣を歩く窪田が、ぼんやり思いを巡らせる俺にふいに問いかけてくる。「逢坂、足いてぇの?」「え?」「なんかちょっと歩き方が変だからさ」 俺の右足を見下ろしながら言われ、ギクリとした。 意識しているつもりだったのに、もしかして引きずっていたか……? しまったと思いつつ、へらっと笑ってみせる。「そうそう。ただの筋肉痛なんだけどさ」 最近の俺は嘘をついてばっかりだな、と心の中で自嘲しながら言うと、窪田は呆れたような笑いを漏らした。「筋肉痛って、なにやったんだよ」「エロいことっすかー?」「中学生か、お前の発想は」 ニヤつく小宮山の頭を軽くはたく窪田。ゆるいやり取りがおかしくて、俺も声を出して笑った。 面倒見が良くて気配り上手な窪田と、お調子者のムードメーカーの小宮山は、俺が転入した直後から仲よくしてくれている。 いつも楽しいこのふたりのことも、俺は結構好きだ。「でも最近、具合悪そうにしてる時もあるじゃん?」「あ、俺も気になってた」 窪田のひと言に小宮山も同意し、俺は再びギクリとした。 それも気づかれないようにしていたつもりだったが、バレていたとわかると気まずさが襲ってくる。しかし、ふたりは楽し

    Huling Na-update : 2025-04-23
  • キミはまぼろしの婚約者   一歩を踏み出して、前へ〈律side〉 2

     軽く手を振って教室に入っていく彼らを見送ると、「ちょっと来い」と言ってキョウが歩き出す。複雑な心境になりつつ、俺も後に続いた。 小夜と話した時と同じ、屋上に繋がる階段の踊り場でキョウが足を止める。 いつものようにしらばっくれようと、壁にもたれかかった俺はふっと鼻で笑う。「本当に懲りないね、君たちは。俺なんかに構ってたら時間の無駄──」「もうやめろよ。そうやって逃げんの」 ぴしゃりと言い放たれ、俺は小さなため息を漏らして口を閉じた。彼のまっすぐな瞳から目を逸らす俺は、本当に逃げてばかりだ。「お前、俺たちのこと覚えてたんだろ? 最初からずっと怪しかったぞ。なんで忘れたフリしてたのかは、どうせ教えてくれないだろうから聞かねぇけどさ」 腕を組む彼にぶっきらぼうに言われ、目を伏せたまま再会した時のことを思い返す。 転校先に小夜たちがいるかもしれないということは一応想定していたが、まさか本当に同じ高校になるとは思わなかった。 そしてふたりが俺に会いに来た時、咄嗟に知らないフリをしようと決め込んだ。 でも、そりゃあバレるだろうな。俺は役者じゃないんだから。 久々に小夜を見た時、彼女は俺が想像していたよりずっと綺麗になっていて。思わず見惚れそうになったし、ものすごく緊張した。 軽い男を演じれば、自ずと離れていってくれるかもしれないと思ったが、あまり効果はなかったようだ。 そして、次に現れたのは今目の前にいるこの男。『どれだけ小夜のこと傷つけたと思ってんだよ』 キョウに言われたそのひと言は、自覚していたとはいえ直接言われるとかなりの威力だった。 胸に深く刺さったその痛みは、ずっと消えることはない。きっとこれからも、何度も自己嫌悪に襲われるだろう。「小夜の気持ち、どうして受け止めてやらないんだよ?」 眉を下げたキョウに、こうやって言われている今も、胸が痛くて仕方ない。「律だって、今でも小夜が好きなくせに」 しっかり見抜かれているものの、そう簡単に素直になれない俺は、渇いた笑いをこぼした。「わかったようなこと言うなよ」「わかるよ。俺もお前と同じ気持ちなんだから」 即座にきっぱりと返されて、今度はキョウに対しての罪悪感が湧き上がる。 キョウも、ずっと前から小夜のことが好きだったもんな。昔はそこまで気にすることもなく、俺が先に告白してしまったのだが。 こいつの気持ちを汲み取れる今となっては

    Huling Na-update : 2025-04-23
  • キミはまぼろしの婚約者   一歩を踏み出して、前へ〈律side〉 3

     ──初めて身体に異常を感じたのは、中学二年生の秋頃。右足が痛くて思うように動かなくなり、サッカーボールをうまく蹴ることができなくなった。 始めは筋肉痛だろうと軽く考えていたものの、いつになっても治ることはなく、むしろ状態は悪くなる一方だった。 歩きだそうとしても一歩が出ない。バランスが取れなくて、壁にぶつかる。 軽く走ったり、階段の上り下りはあまり支障ないのに、歩くのが難しいと強く感じた。 さらには足だけでなく、右手までもが震えるようになってきていたのだ。 これはさすがにおかしいと思い、最初に越に相談した。それから両親に話が行き渡り、深刻そうな顔をした彼らはすぐに俺を病院に連れていった。 引っ越した先の病院ではなく、なぜか小夜たちがいる地元の神経内科に。ここに名医と呼ばれる医者がいるというのは、後から知った。 そこで様々な検査をして宣告された病名は、根本的な治療法が確立されていない難病。 これからどう生きていくのか。その考えを今までと百八十度変えることになり、明るい未来が見えなくなった瞬間だった。 病気の宣告をされた後も、周りの友達には誰にも明かさずにいた。 しかし、手が震えたり歩き方が変だったり、薬の副作用で具合が悪くなったりと、まだ病との付き合いに慣れていない頃は隠すことは難しい。 皆が心配してくれることはありがたかったけれど、同情されたり迷惑をかけたりするのが嫌で、いつしか自分の殻に閉じこもるようになっていた。 小夜やキョウと連絡を取らなくなったのも、理由は同じ。いや、ただの友達以上に、ふたりとは距離を置きたかった。 俺に確実に訪れる未来を知っているから、親密な関係を続けるのがつらかったのだ。 だから地元には戻らないつもりだったのだが、やはり病院に通うことを考えると近いほうがいいと皆に説得されて、今に至る。 症状に慣れてきた今は、学校では明るく振る舞っていられるけれど、それ以外では人付き合いが悪いと思われているだろう。 それでも、普通に歩けるようにしたくて、整体に通ったり軽い運動はするように心がけている。 そのせいか、症状が出始めた頃よりは歩き方もスムーズだし、薬が効いている間なら健常者と変わらないと、自分では思う。 ただ、とてもゆっくりではあるが、症状が進行しているのは確実だ。

    Huling Na-update : 2025-04-23

Pinakabagong kabanata

  • キミはまぼろしの婚約者   まぼろしのIove you 2

     両親への挨拶が済んだ後、私たちはふたりで借りたアパートへ向かった。 部屋に入るとどっと疲れが出て、ふたりしてソファに座り込む。「あー……よかった。ふたりも認めてくれて」「ああ。おじさんたちも、小夜とそっくりで素敵な人たちだって再確認したよ」 嬉しいことを言ってくれる律は「あ、もうお義父さんになるのか」と呟き、私は幸せな笑いがこぼれた。 手を繋ぎ、彼の肩にこてんと頭を乗せる。「これからずっと一緒にいられるなんて、本当に幸せ」「俺も」 幼い頃の約束をずっと実現させたいと思っていたけれど、実際にそうなると夢みたいな気分。 愛しさが膨れて、ふいにキスをしたくなって彼に顔を向けたら、同じことを考えていたのか視線が絡まった。 自然に唇を寄せ、温かな口づけを交わすと、律は私の髪を梳きながら熱っぽい瞳で見つめる。「……抱いていい? 改めて小夜の大切さを実感したら、全部欲しくなった」 心臓がときめきの音を奏でる。大人になった彼は、色気がありすぎてくらくらするほど。 私は頬が火照るのを自覚しながら、こくりと頷いた。「私も、律にいっぱい触れたかった」 正直に返すと、彼も少し頬を赤らめ「可愛くてたまんない」と微笑む。もう一度唇を寄せると、タガが外れたように濃密なキスをお見舞いされた。 私たちが抱き合える日はそんなに多くない。ふたりきりになれるのは週末だし、律の体調や仕事のタイミングで叶わない時もあるから。 だから、私は毎回緊張して、ずっとドキドキしているのだ。 ソファでたくさんキスをした後、ベッドに移動して身体中を甘く愛撫する。「愛してる」と何度も囁き合い、十分に慣らされてから熱く滾る彼を迎え入れた。 重なる肌からも、自分の中の奥深くでも、彼が生きていることを感じられる。 こんなに幸せなことはないと、とろけそうな意識の中で思いながら汗ばむ背中にしがみついた。 それから数日後、私の誕生日に、律とふたりで海に来ていた。夏真っ盛りで暑いけれど、手を繋いでゆっくり砂浜を歩く。 こうしているなにげない瞬間、一分一秒が、私たちにとっては宝物だ。「キョウは来月こっちに戻ってくるんだっけ?」「ああ。『早く帰りたい』ってそればっかり言ってるよ」 穏やかな波音に、私たちの笑い声が混ざり合う。 あれからキョウは自動車メーカーの営業マンに、ありさは調理師になった。別々の道に進んでも、相変わらず連絡はとっている

  • キミはまぼろしの婚約者   まぼろしのIove you 1

     小夜、今までありがとう。 高校を卒業してから約五年。辛いことも楽しいことも、全部ふたりで分かち合ってきたけど、 終わりにしよう、俺たち。 * * * 高校を卒業して、早くも五年が経った。 律が飲む薬の量はそこまで変わらず、普通の生活を送ることができている。むしろ、だいぶ症状に慣れてきた分、以前よりも充実した毎日を過ごせていると思う。今はお互い社会人として精一杯生きる日々だ。 私は大学に進学し、理学療法士の資格を取って総合病院に就職した。この道を選んだのはもちろん、律を支えていくために勉強し、その力を存分に使いたいと思ったから。 リハビリのサポートは大変なことも多いけれど、患者さんとのおしゃべりは楽しいし、『あなたのおかげでこんなことができるようになったよ』と感謝されると心から喜びを感じられる。新たなやりがいを見つけられたので、私も律に感謝だ。 律はITのスキルを学べる専門学校に進み、今は大手のインターネット企業でデスクワークをしている。病気に理解があり、リモートワークもできる職場なので、自分のペースで無理なく働けているようだ。 大人になりスーツを着こなす律も当然カッコよくて、会社の女性社員に狙われやしないか、私は内心不安だったりするけれど。 私が就職してからアパートも借りて、週末はそこでふたりで過ごす半同棲生活を送っている。 これは律からの提案だった。『お互い実家暮らしじゃ、思う存分小夜に触れられないから』という、なんとも赤裸々な理由で。 こぢんまりとした部屋に好きな家具や雑貨を置いて、一緒にご飯を食べて寄り添って眠る。この平凡な生活がなにより幸せで、心を満たしてくれる。 ケンカはめったにしない。律が少し無理をして、それで私が怒ってしまう時がたまにあるものの、すぐに謝るから。 時に意見がぶつかって、仲直りしてまた笑い合う。その繰り返しで、私たちには誰よりも強い絆が出来上がっていると自負している。 ──しかし、私の二十三回目の誕生日を約一週間後に控えた今日。この日ばかりは、私と律はお互い固い表情で、あまり言葉も交わさずに隣り合って座っている。 私の家のリビングで、向かい合っているのは私の両親だ。〝話がしたい〟とだけ伝えてあったのだが、おそらく内容は予想できていただろう。 さらに、スーツを着ている律を見て確信したはず。私だけでなく、両親も緊張しているのがわかる。

  • キミはまぼろしの婚約者   愛する君と、誓いのキスを 3

     一般公開が終わった後は後夜祭が行われる。その時に会おうと、律と約束していた私は、クラスの後片づけが終わると四組に向かった。 しかし、教室に律の姿はない。「逢坂なら、古畑と一緒にどこか行ったよ」「えっ?」 律とよく一緒にいる男子が教えてくれて、私は目が点になった。 律がキョウと? なにか話があったのかな。どこに行ったんだろう……。 少しだけ考えて思い浮かんだのは、以前彼に連れられて行った屋上に繋がる階段。なんとなくそこへ向かってみると、上のほうから話し声が聞こえてきた。 思わず忍び足になり、そうっと近づいてみると、聞き慣れた男子の声が聞こえてきた。「病気だなんて知らずに、いろいろ言って悪かったな」 この声に内容……やっぱりキョウが律に言っているようだ。 邪魔はできないけれど話も気になって、私はその場で静かに耳を澄ませる。「いいんだよ、そんなの。言われても仕方ないことをしてたのは俺なんだから。……ていうか、キョウのおかげで思い直すこともできたし」 キョウのおかげ? やっぱり私が知らない間に、ふたりは話していたのだろうか。「病気になってから、いろんな考え方がネガティブになってて。〝頭はしっかりしてんのに、どうして身体が言うこときかないんだ〟、〝俺は人に迷惑かけるばっかりだ〟ってずっと思ってたんだよ」 胸がきゅっと締めつけられるのを感じていると、彼は「でも」と続ける。「今は〝制限のある自分は、大切な人になにができるかを考えるためにこの頭があるんだ〟って思えるようになった。だから、ありがとな」 律の声は、明け方の空みたいに澄んでいて、私の胸の苦しさも和らいでいく。 キョウがなにを言ったのかはわからないけれど、律の気持ちを変えるくらいの影響力があったんだろう。さすが、親友だね。「……ようやく気づいたか」 キョウがふっと笑い、穏やかな声色で言う。「でも、律がそうやって考えてるってことが、小夜にとっては一番幸せなんじゃねーかな」 彼の言葉は、私の心にも優しく流れ込んでくる。 キョウの言う通り、私はなにもしてもらわなくても、律のその気持ちがあれば十分嬉しい。 姿が見えなくても、ふたりの和やかな雰囲気を感じる。昔よりもっと絆が深まったようで、私も自然に表情がほころんでいた。「……あ?」「ひゃっ!」 突然、階段を下りてきたギャルソン姿のキョウが現れて、私は飛び跳ねそうなくらいびっくりし

  • キミはまぼろしの婚約者   愛する君と、誓いのキスを 2

     こんな賑やかな始まりを迎えた二学期、私の心は澄み渡っていた。 律の体調は気がかりだけれど、彼のクラスの仲よしな友達も、病気をカミングアウトして以来気遣ってくれているらしく、特に問題は起こっていない。 以前までのチャラチャラした雰囲気はまるで消えているし、女子たちは不思議がっているかもしれない。 そして、あっという間に文化祭を迎え、今日は一般公開二日目。 うちのクラスのコスプレカフェという名の出し物も、まあまあな盛り上がりだ。奇抜なコスプレをしている人もいる中、私はフリフリのレースがついたちょっとだけゴスロリっぽい服を着ている。 休憩の時間になると、ありさと一緒に比較的静かな体育館の横にやってきた。 なぜか海賊のコスプレをしている彼女、めちゃくちゃ似合っている。うっかり惚れてしまいそう。「なんか女子から熱い視線を感じるんだよね」「だって、ありさカッコいいもん!」 同じく熱い視線を送る私に、ありさは呆れ顔をする。「でも裏方の手伝いしてる時、料理の手際の良さに感心してる男子も結構いたよ」「そぉー? ま、あたしの魅力に気づいてくれる人がひとりくらいいてもいいか」 無邪気に笑ったありさは、美味しそうにクレープを食べ始めた。 私も種類の違うクレープを味わい、しばらくするとありさが神妙な顔をして言う。「それにしても、まさか逢坂くんが難病患者だったとはねー……」 つい先日、ありさとキョウにも、律が病気のことを打ち明けていた。 ふたりとも驚きを隠せない様子だったけれど、もちろん受け入れてくれている。「サニーサイド行った時に、意外と歩くのゆっくりだなぁとは思ったけど、それも病気のせいだったんだ」「うん……言われてみれば、って感じだよね。いつもは全然普通だし」 時々信じられなくなる。こんなに元気なのに、必ず動けなくなる時が来るなんて。 でも、いつか訪れるその時も、私は彼に寄り添っていたいと思う。「律は私たちに迷惑かけたくなかったみたいだけど、私は逆にもっとそばにいたいって思うようになっちゃったよ」 なにげなく口にしたけれど、恥ずかしいことを言った気がして顔が熱くなってくる。 照れ隠しで大口を開けてクレープを頬張ると、ありさがふふっと笑った。「でも、逢坂くんが離れようとしてたのも、小夜との将来をちゃんと考えてたからでしょ。それってすごいことだよね」 ありさの言う通りだ。 私はずっと当たり

  • キミはまぼろしの婚約者   愛する君と、誓いのキスを 1

    「おはよー」「あー眠い……」「ねぇ、数学の課題やった?」 いつもと変わらない、クラスメイトの雑談が飛び交う新学期の朝。私はこれまでと少し違った気持ちで教室に入った。 自分の席に荷物を置いたありさは、満面の笑みを浮かべながら私の席にやってくる。「いやーもう本当によかったねぇ、小夜~!」「お前それ何回目だよ」 一緒に登校したキョウが、ありさに呆れた声を投げた。でも彼女はそんなこと気にせず、私に抱きついている。「だって嬉しいんだもん! 小夜の長かった恋が報われてさー」「ありがとね、ありさ」 私もすっごく嬉しいよ。律とまた気持ちが通じ合えたことも、ありさがこんなに喜んでくれることも。 夏休み中に、誕生日を祝ってくれた皆には律とのことを報告していた。病気については律が自分から話すと言っていたので、キョウとありさにもまだ打ち明けていない。 こうやって会うのは久々だから、ありさはテンションが上がっているらしい。私はそんな彼女からキョウに目線を移して微笑む。「キョウもありがとう。いっぱいお世話になりました」 うやうやしく頭を下げると、相変わらず無愛想な彼はちょっぴり意地悪なことを言ってくる。「またどっか行っちまわないように、鎖でもつけといたほうがいいんじゃねーの?」「もう大丈夫!」 自信を持って答えると、キョウの顔にもふっと笑みが生まれた。 思えば、キョウは事あるごとに私を助けてくれていた。今があるのは彼の力も大きいので、「本当にありがとね」と告げた。 満足げで、でもなぜか少しだけ寂しそうにするキョウに、真木ちゃんが近づいてくる。「新しい妻は、この海姫様なんていかがでしょう?」「へっ?」 まぬけな声を合わせ、キョトンとする私たち。真木ちゃんの後ろから姿を現した海姫ちゃんは、なにやら艶やかな笑みと仕草でキョウの肩に手を回した。 ギョッとする彼に、海姫ちゃんが色っぽく迫る。「たまには同学年もアリかーと思ってね。ぽっかり空いた隙間を埋めてあげるわよ、恭哉クン?」「……色気あるお姉様タイプもいいかもな」 顎に手をあてて真剣に言うキョウに、私たちは吹き出した。お互い冗談なのかどうなのか、すごく微妙だけれど。 そうして皆で笑い合っていると、急に教室内がざわめき出す。なんとなく周りに目を向けると、うちのクラスにはないオーラを放つ人物が中に入ってきた。「律……!?」 あれ、なんで律が? 彼がこの教

  • キミはまぼろしの婚約者   曇った未来に幸せひとつ 6

     えっちゃんから話を聞いた後、彼が「どうぞ」と言うので、私は律の部屋に入らせてもらった。 顔色はさっきよりも良くなっていて、穏やかに寝息をたてている彼を見て、少し安心する。 夕日でオレンジ色に染まる、シンプルで男らしい部屋をぐるりと見回してみる。 小学生の頃は、サッカーボールやユニフォームが目につくところにあったけれど、今は見当たらない。チームの皆や、私たちと撮った写真ももう飾られていなくて、寂しい気持ちになった。 本棚には律が好きらしい漫画が並んでいて、その一番端に、漫画ではない本が何冊かある。 背表紙には、彼の病名が書かれている。病気についての解説書や、患者さんの闘病記のようだ。 律もこの病気の患者なのだと改めて思うと胸が苦しいけれど、私ももっと詳しく理解したい。 少し目を通してみたくて本を拝借しようとした時、その本の隣に見覚えがある箱を見つけて、私は動きを止めた。「これ……」 思わず小さな声を漏らして、お道具箱みたいなそれにそっと手を伸ばす。 可愛らしい赤いチェック柄のその箱は、律が引っ越す前に私やキョウがあげたものだと、すぐに思い出した。 確かこれにお菓子を詰めて、餞別のつもりであげたのだ。それをとっておいてくれたなんて。 懐かしさが込み上げつつ、今は中になにが入っているのか気になる。ちらりと律を見やるも、まだ起きる気配はない。 ……ちょっとだけ、見てもいい? ちょっとだけだから! 好奇心が勝ってしまった私は、心の中で勝手に律に断りを入れて箱に手を伸ばす。そっとふたを開けてみて、目を見開いた。 中に入っていたのは、これまた見覚えがある封筒の束。私が送った、手紙の数々だった。 全部、大事にとっておいてくれたんだ……。 嬉しさを噛みしめるも、ひとつだけ気になるものがある。たぶん私のものではない、ぐしゃぐしゃに丸められた紙だ。これはなんだろう。 どうにも気になって、また〝ちょっとだけ!〟と心の中で言い、ゆっくり開いてみる。 綴られた文字を見て、驚きで心臓が飛び跳ねた。シンプルな便箋には、【緒方小夜さま】と書かれていたから。 うそ……これ、律が私宛てに書いた手紙!? 信じられない気持ちで文字を追うと、私の名前の下には【十五歳の誕生日、おめでとう】と書かれている。 十五歳って、えっちゃんのふりをして手紙をくれたのと同じ、中学三年の時だ。どうしてそんなものが……と不思議

  • キミはまぼろしの婚約者   曇った未来に幸せひとつ 5

    「サッカーができなくなっちゃったのも、それで……?」「そう。激しい運動はやっぱりやめたほうが良くてね。でも律の場合まだ症状は軽いし、薬を飲んでいれば日常生活には支障ないよ」 えっちゃんは私を安心させるように微笑んだ。日常生活に問題はないとわかって、少しほっとする。 とはいえ、大好きなサッカーができなくなって、律はどれだけ悔しかっただろうと思うと、やり切れなさでいっぱいだ。 えっちゃんもすぐに表情を曇らせて、声のトーンを落とす。「でも、今日は特別調子が悪かったみたいだね」「あんなふうになることはよくあるの?」 さっきの律の姿を脳裏に蘇らせて、胸の中に不安と心配が渦巻いたまま問いかけた。 彼は「そんなことないよ」と否定したものの、表情は浮かない。「薬の服用のタイミングや量が合わないと、いろんな副作用が出るんだ。人によって症状は違うみたいだけど……律は足が動かなくなっちゃったみたいだね。今日の状況を聞くと」 だから、踏切の真ん中で立ち止まったまま動けなくなってしまったんだ。あの時、私が彼を見つけていなかったらと思うとゾッとする。「ついこの間、薬の種類が変わったからそのせいかもな。少量の違いで症状が出るから、コントロールが難しいんだ。いつ、どれくらいの量を飲むのか、律が自分自身でちゃんと把握して、うまく付き合っていかなきゃいけない」「そんなに難しい病気なんだ」「ああ……。まあ、今日は暑さにやられたせいもあるかもしれないけど。これだから出無精は困るよ」 口を尖らせているけれど、弟想いなのが伝わってきて、少しだけ笑みがこぼれた。「じゃあ、薬を飲んでいれば症状は抑えられるんだよね?」 そんなに副作用が出てしまうのは怖いけれど、気をつけていれば大丈夫なのかな。完治はしないとしても……。 えっちゃんは、ほんの少し口角を上げて答える。「薬が効いている間は、普通に生活できるよ。寿命には関わらないから、他に病気や事故に遭ったりしなければ長生きできるし」「そうなんだ……!」 余命があるようなものではないと知って、私はあからさまに安心してしまった。 しかし、えっちゃんの声は明るくならないまま、「でも」と続ける。「症状は確実に進行する。何年もかけて、すごくゆっくりとだけど。何十年先かわからないけど、将来寝たきりになるのは避けられない」 その事実を聞いた瞬間、目の前が暗くなる感覚がした。 律の身体

  • キミはまぼろしの婚約者   曇った未来に幸せひとつ 4

     電話で言った通り、十分足らずで来てくれたえっちゃんの車に乗り込むと、律は安心したのかすぐに眠ってしまった。 ほどなくして着いたのは、えっちゃんも一緒に暮らしているというマンション。彼は律を抱き抱えて一階の部屋に運び、私をリビングに上がらせてくれた。「悪かったね、迷惑かけて」「ううん、私は全然」「たまたま俺が休みでよかったよ」 苦笑するえっちゃんは、あまり動揺した様子はない。私はすごく心配したけれど、病院に連れていくほどでもないみたいだし……。 やっぱり、ちゃんと律の身体のことを知りたい。律が寝ている部屋のほうを眺めていると、キッチンに回ったえっちゃんが「なにか飲む?」と問いかけた。 お言葉に甘えて飲み物をもらうことにした私は、リビングのソファに座って彼を眺める。 その姿はすっかりカッコいい大人の男性だけれど、優しい雰囲気は昔のままでなんだか落ち着く。おかげで、四年ぶりだというのにまったく違和感なく話せる。「はい、おまたせ」「ありがとう。あの、おじさんたちは?」 琥珀色の液体の中で氷が揺れるグラスを受け取りながら聞くと、えっちゃんは私の向かい側のソファに座って説明してくれる。「引っ越してからは母さんと三人で暮らしてて、親父だけ仕事の関係で向こうに残ってる。律を診てくれる病院はこの街が一番よくて。俺もこっちで就職したから面倒見れるし」「そうだったんだね……」 ということは、おじさんだけ単身赴任している感じなんだ。律が病院に通いやすいように、この街に引っ越してきたということらしい。「今日は母さんも親父のとこに泊まりで行ってるから、小夜ちゃんも遠慮なくいてくれていいよ。律はまだ起きないだろうし」 穏やかに微笑んで、グラスに口をつける彼。私もアイスティーをひと口飲んで、気持ちを落ち着けてから口を開く。「……えっちゃん、律はどんな病気なの?」 核心を突くと、えっちゃんは少しだけ表情を曇らせて苦笑を漏らした。「律は隠したがってたけど、もう今日のことで小夜ちゃんも気づいたよね」 目線を上げた彼は、意を決したように真剣な表情でこう言った。「律は、身体を動かしにくくなったり震えたりして、運動がスムーズにできなくなる病気なんだ。今は進行を止める治療薬がなくて、難病に指定されてる」 難病……その重々しい単語を耳にして、ドクンと鈍い音が身体の奥で響いた。「高齢者に多い病気なんだけど、若くし

  • キミはまぼろしの婚約者   曇った未来に幸せひとつ 3

    「はあ……よかったぁ」 一気に力が抜けて、へなへなと倒れ込みそうになるも、私の横には倒れたまま動かない律がいる。うつぶせで横に向けた顔は青白く、苦しそうに歪んでいる。「律っ! ねえ、大丈夫!?」 どうしよう、どう具合が悪いんだろう? あそこで動けなくなるくらいなんだから相当なはず。 まだパニックは治まらず、軽く律の肩を揺すると、彼の唇がかすかに動く。「さ、よ……」「え?」「ごめん……小夜……」 ──四年ぶりに〝小夜〟って呼んでくれた。こんな時なのに、感極まってじわりと涙が滲む。「危ない目に、遭わせて……ほんと、情けない……」 荒い息をしながら途切れ途切れに言葉をつむぐ彼に、私はぶんぶんと首を横に振った。「いいの、私は大丈夫だから。それより救急車──!」 とにかく電話するためバッグからスマホを取り出そうとすると、律がゆっくり手で制した。その手が震えていて、言葉に詰まってしまう。 なんとか上体を起こした彼は、はいつくばるようにして道の脇へ移動しようとする。よく見ると足も震えているみたいだ。 いつもの律から想像できない姿に困惑しながらも、とにかく今は彼を助けようと身体に腕を回して支えた。 あまり人目につかない木陰に一緒に座ると、律はポケットから取り出したスマホを震える手で私に差し出す。「越に、電話……」「えっちゃんに?」「ボタン……うまく、押せなくて」 それを聞いて、さらにぐっと胸が苦しくなった。 この状態を見ていれば、もう一目瞭然だ。律は、きっとなにかの病気を患っているんだって──。 髪で表情が隠された、頭を垂れる彼を見つめて、私は唇を噛みしめる。泣きそうになるのを堪えて〝逢坂 越〟の名前を探し、電話をかけた。 えっちゃんは、私が名乗るとすぐにわかってくれた。今の状況を伝えると、『十分くらいで着くから』と言ってもらえたので、ひとまず安心する。「えっちゃん、すぐ来てくれるって。もう少し待ってられる?」「ん、ありがと……さっきよりマシ」 いくぶんか表情が和らいできた律にほっとしながら、スマホを返した。「でもつらいでしょ? 私に寄りかかってて」 返事を聞くより先に、少し強引に彼の身体を抱き寄せる。律は抵抗せず、おとなしく私に寄りかかり、肩に頭を乗せた。 私の右側に触れている、柔らかな髪、温かい身体。無意識のうちにしっかりと手を握って、ただじっと彼の存在を感じていた。「……小夜

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