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第323話

Author: レイシ大好き
そうでなければ、伊澄をこれほど長く京弥のそばにいさせるはずがない。

京弥は彼の一番の親友だ。

もし二人が本当に付き合ったら、利益の方が大きい。

伊吹は決意を固めて言った。

「わかった、手を貸すよ」

「伊澄は俺のたった一人の妹だ。助けない理由なんてない」

その言葉を聞いた伊澄は、唇を綻ばせて甘えるように言った。

「ありがとう。やっぱりお兄ちゃんが一番だよ」

「何年経っても、一番私のことを気にかけてくれるのはお兄ちゃんだけよ」

伊吹も感慨深げに微笑んだ。

「小さい頃から、お前はずっと俺の後ろをついて歩いてた。お前のことを気にかけないわけがないだろう?」

伊澄は言葉にしなかったが、その目には本物の幸せが宿っていた。

兄との絆を、彼女は心から頼りにしていたのだ。

もしこの妹が兄を利用して紗雪を打ち倒せるなら、それほど楽な方法はない。

「でもさ、相手が誰かははっきり言わないと」

伊澄は目を鋭く光らせた。

「お兄ちゃんは知らなくていいの。ただ、私に危害を加えようとする女だってことだけ分かっていればいい」

もしあのクソ女がいなければ、今頃自分は京弥兄と結婚していたかもしれない。

借り住まいなんてせずに済んだのに。

長い間、紗雪と京弥から冷たい視線を浴びせられ、無視され続けた怨念が、彼女の胸の奥で渦巻いていた。

今こそ、復讐の好機だ。

緩むわけにはいかない。

「わかったよ。今日中に手配しておく。一人で鳴り城にいるんだから、お前も、自分の身を気をつけろよ」

伊吹は少し妹を気遣いながら、そう言った。

自分にはこの妹しかいない。

幼いころからわがままだったことも知っているからこそ、

この妹を制御できるのは京弥だけだと確信していた。

親友としての信頼もある。

もし本当に二人が結ばれるのなら、安心して任せられる。

そう思っていた。

だが今の彼は、妹を優先した。

親友に妻がいると分かっていても、妹の悲しむ顔を見るのは耐えられなかったのだ。

古来より、すべてを両立させる方法など、ほとんど存在しない。

伊澄は胸が熱くなるのを感じた。

この兄との長年の絆を思えば、彼が自分のために動いてくれるのも当然だった。

だからこそ、彼女はこれまでこれほどわがままに振る舞えたのだ。

鳴り城に来てからしばらく、両親から一度も連絡が来なかったのは
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Comments (1)
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澤田真喜子
親友が既婚者なのを承知で妹のわがままを後押しするって、この兄もクズじゃん
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