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第496話

Author: レイシ大好き
彼女は前方で何が起こっているのか、まったく状況を把握していなかった。

室内にいた人たちは、外の騒ぎを聞きつけて視線を向けてきた。

日向は手に荷物を持ったまま、京弥が女性を連れて現れたのを見て、表情が一気に険しくなった。

「どういうつもりだ」

日向はすぐに京弥に詰め寄り、その襟を掴んで問い詰めた。

「これが『面倒を見る』か?どういう責任の取り方してんだよ!彼女を一人きりにしておいて!」

日向の激しい追及に、京弥は何も言い返せず、ただ気まずそうな表情を浮かべた。

自分でも分かっている。

紗雪の件に関しては、自分は確かに至らなかった部分がある。

京弥は黙ったまま日向を避けて病室の中を覗こうとしたが、日向がその前に立ちはだかり、冷ややかな声で言った。

「お前みたいな男に、彼女を会いに行く資格がない」

「ろくに面倒も見られなかったくせに、よくもまあそんな顔で来られるな」

その言葉に、京弥もついに怒りを抑えきれず、日向の手を振りほどいた。

「そこに寝てるのは俺の妻だ。お前は何の立場でそんなことを言ってる?」

「立場なんてどうでもいい。少なくとも、俺はお前よりは彼女のことを大切にしてる」

二人は病室の入口で一触即発の状態になり、お互い譲らず激しい口論を始めた。

そんな中、間に挟まれた伊澄はあきれたような、それでいてどこか羨ましげな表情を浮かべていた。

どうして自分には、こうやって男たちが奪い合ってくれるような経験がないの?

こんな展開、自分にも一度でいいから起きてほしいのに。

彼女はぎゅっと拳を握りしめ、顔には明らかに嫉妬の色が浮かんでいた。

とうとう我慢しきれず、声をかけた。

「あの、お二人とも、少し落ち着いて......」

その言葉に、京弥と日向は同時に伊澄を振り返り、口を揃えて言った。

「黙れ!」

伊澄は呆然とその場に立ち尽くし、左右を見回した。

この二人、さっきまで散々言い争っていたのに、なんで今だけは息ぴったりなの?

「お前には資格がない」だの、「俺の妻だ」だの、あんなに言い合ってたくせに、なんでこんな時だけ一致団結するのよ......

京弥は目を細め、不快そうな視線で日向を睨みつけた。

「『黙れ』など、よく言えだものだな」

それを聞いた伊澄は、内心少し喜んだ。

京弥兄、今のは自分の味方ってこと......?

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