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第714話

Author: レイシ大好き
医者はうなずいた。

「ご安心ください。患者さんのために全力を尽くします」

その言葉を聞いて、美月もまた小さくうなずき、それ以上は何も言わなかった。

今の彼女の頭の中は、緒莉の病状のことでいっぱいで、他のことを考える余裕などない。

紗雪の件については――

どうせ賞を受け取るだけだ。

これまでにも十分すぎるほど受賞してきたのだから、今回くらい気にする必要はない。

美月にとって、やはり一番大事なのは「体のこと」だった。

緒莉は、母がずっと自分のそばにいてくれるのを感じて、安心したように目を閉じた。

これなら大丈夫。

母が紗雪の方へ行く心配はない。

あの子と、そのくだらない賞なんて放っておけばいい。

美月にとっては、やはり健康の方が何より大切だった。

しかも緒莉は元々体が弱い。

だからこそ、人一倍の気配りと付き添いが必要なのだ。

それを痛いほど分かっているからこそ、美月は紗雪の方に行くことはなかった。

賞の件については、執事の伊藤を代わりに派遣するだけで済ませた。

比べるまでもなく、母にとって本当に必要なのは緒莉の方だ。

美月は迷うことなく、その選択をした。

一方、紗雪。

授賞の知らせを受けて、担任の先生が母に連絡してくれた時、彼女の心の奥にはほんのわずかな期待が芽生えていた。

母が来てくれるかもしれない。

会議室で、母を待つために立ち尽くす。

先生が電話をかけた瞬間、顔に浮かんだ喜びと興奮。

しかしそれは、時間が経つにつれて少しずつしぼんでいった。

誰の目にも明らかだった。

さっきまで天にも昇るようだった表情が、一気に沈んでいく。

紗雪は、問いかけるまでもなく理解した。

母は、やはり先生の頼みを断ったのだ。

だからこそ先生は、あんな表情をしている。

きっと、母は緒莉のそばにいるのだろう。

病気の彼女を置いて出て来るはずがない。

紗雪も、それは分かっていた。

緒莉が入院していることも、もちろん知っていた。

それでも、先生を止めなかったのは――

心のどこかで、ほんの少しだけ期待していたからだ。

母が、自分を選んでくれるかもしれない、と。

正直に言えば、紗雪はその一点に好奇心すら抱いていた。

だが、待ち続ける時間の中で、彼女の脳裏には別の光景がよぎる。

以前、母が自分の部屋に来て、そっと布団をかけ直し
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Comments (1)
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敬江
700話過ぎても、進展なく読み続けるのがしんどいです。結局、何が言いたいのかわからなくなってきていますね。
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