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第725話

Auteur: レイシ大好き
それから――

もう一つ、大きな理由があった。

そう思った瞬間、美月は緒莉の肩を抱く手に、無意識に力を込めていた。

「お母さん、どうしたの?」

不思議そうに見上げる緒莉。

けれど美月は何も答えず、ただこの顔を見つめた。

自分とは一片も似ていない顔。

胸の奥に、迷いと拒絶が入り混じる。

すぐに我に返ると、笑って首を横に振った。

「大丈夫よ。ただちょっと疲れただけ」

「休んだほうがいいよ。私も明日授業があるし、今日は早く休もう」

「ええ、そうね。緒莉の言う通りだわ」

美月は眉間を押さえた。

今日は一日中、まるで戦いだった。

勝ったのか負けたのか、それさえ分からない戦い。

ただひとつだけはっきりしていることがある。

自分は決して、紗雪を嫌っているわけではない。

......ただ。

美月は視線を落とした。

どう向き合えばいいのか、それが分からないのだ。

あまりにも自分にそっくりな顔を見るたびに、言葉を失ってしまう。

親子であることは疑いようもない。

あの顔を見るだけで、自分の血を引く子だと分かる。

そんな子を、本気で突き放せるわけがない。

だが......

紗雪は、あの男との子どもでもある。

そう考えるだけで、どうしても受け入れられず、心が拒絶してしまう。

もちろん、こんな態度が公平でないことくらい分かっている。

けれど、自分の心のしこりをどうしても越えられない。

どうにもならないのだ。

緒莉は、そんな母の表情に浮かぶ葛藤を見て、内心おもしろくて仕方がなかった。

今さら後悔でもしてる?

最初に紗雪を抱きしめてあげなかったことを。

でももう遅い。

紗雪の心はとうに傷つき切っている。

あの問いを口にした時点で、母の愛を求めていることは明らかだった。

けれど母は迷った。

一瞬でも迷うということは、紗雪を大事に思っていない証拠だ。

いまさら取り繕ったところで手遅れ。

あの子は聡い。

母が「埋め合わせようとしているだけ」だなんて、とっくに気づいているはず。

一度壊れたものは戻らない。

粉々に砕けた鏡のように、どんなに裂け目を埋めようとしても、もう元には戻らないのだ。

緒莉は母を部屋まで送り、自分も休むふりをして寝室に戻った。

ベッドに横になると、思わず笑みがこぼれる。

紗雪が不幸なら、それだけで自
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