※ジャンルはイヤミスになります 自らの美貌に自信があるも、旦那との生活に微かな不満を持つ由樹は、旦那の悪口を気軽に投稿できるサイト「旦那デスノート」を日頃活用していた。 だがある日、「旦那デスノート」に見たことのない、チャット機能が追加された。好奇心から一つのトークルームに参加すると、ひょんな流れからトークルームにいる全員の旦那を、皆で協力して殺害することになった。 殺害方法はなぜか、首から上だけを地面から出して山奥に放置し、小動物や蛆に食わせて腐らせる方法。そんな地面から首だけ出す死体が全国で発見される事態に発展する。 黒幕は何者なのか? 由樹たちの行く着く先はどんな地獄か?
View More【人物紹介】
・由樹(29) 主婦、 自身の外見に自信はあるが、 夫隆広の存在には不満がある。 ・成子(48) 夫に命じられて東京へ行く謎の女性。 ・アンジェラ(25) フィリピンパブで働く。 監視されながら働く環境に不満があるも、 大輔という恋人がいる。 ・明美(23) 主婦、 夫から暴力を受け続けて外見がボロボロ。 人生を変えたいと願う。 ・清江(57) 主婦、 息子から暴力を受け、 夫からは無視される。 人生を変えたいと願う。 ・死神(?) 旦那デスノートの管理人の通称 ・隆広(40) 喫茶店で正社員として働く、 由樹の夫。 昔は音楽で売れることを目指していたが、 家族ができて挫折した。 ・彩花(5) 由樹と隆広の娘。 明るい子 ・大輔(23) 水川探偵事務所所長、 未熟な探偵、 アンジェラの彼氏 ・治(58) 大輔の父親、 水川探偵事務所前所長 ・雄作(?) 成子が自分の夫と称する謎の男性 ――――――――――――――――――――――――――― 家族というものに幻想を抱いている者が多過ぎる。 愚か者ばかりだ。 そういう者は大抵、 家族を持つことを幸せな人生への登竜門のように考えている。 結婚というものは人間が種族を後世に残して行くため、 子孫を作り育てていくための効率の良いシステム以外の何ものでもない。 そんな事実に気付いていないのか、 わざと目を逸らしているのか、 結婚相手に異常な拘りを持つ者が多く存在する。 拘泥は時に、 本人の前に広がる現実を百八十度変えてしまう。 目の前にいるサヤカとユウコという女たちもそうだ。 この女たちは結婚したと思い込んでいる一人の男を取り合い、 お互いに暴力を振るっている。 彼女たちの見た目は悲惨だ。 元々クラスのマドンナと言われていた二人の現在は、 髪の毛はストレスで所々抜け落ち、 顔は灰色に変色し、 岩石のようにボコボコである。 昔の面影は微塵もない。 唇は切れて血が止まらない。 歯はお互いに抜き合って僅かにしか残っておらず、 どちらもまともに喋れない。 体も原型を留めていないほど傷だらけだ。 特に陰部は、 お互いにスタンガンを当て合ったり刃物で潰し合ったりしたため、 グチャグチャにかき混ぜたグラタンみたいになっている。 体中の皮膚も痣や切り傷が消えなくなり、鮫肌のようになっていた。 成子は目の前で起きている惨劇を楽しむ程の余裕があった。 彼女たちが取り合っている男は、紛れもなく自分の夫だからだ。※ 成子成子は埼玉県秩父市のアパートに移った。これも夫からの指示だ。部屋に入ると居室は二室あり、廊下に小さなキッチンがある。キッチンも居室も段ボールとプチプチと呼ばれる気泡緩衝材で覆われていた。薄暗い部屋の中、一人で灰色のソファに座った。夫と知り合った際に一緒に上京してカフェを開こうとお願いしたことがある。夫に反対されてこの話はなかったことになったが、今でも気持ちは残っていた。実際に夫はいないが関東には来ることができた。成子の体内に手毬ほどの大きさの期待感が生まれていた。ここで夫の望み通りの働きができれば、彼も認めてくれるのではないかと淡い期待だ。仄暗い部屋の中で時計がカチャカチャ音を立てながら秒針を刻む。 夫にはやるべきことが伝えられている。成子は旦那デスノートの新しいチャットの機能を使って、まずは馬鹿を集める。現在、A子、リカ、五十代女性、名無しという女たちと会話をしている。まずはコイツらを夫のために犠牲にしようじゃないか。 「待っていてね。雄作さん」成子の声は段ボールや気泡緩衝材に吸い込まれて響かなかった。いつかは貴方とカフェを経営したいですと声は届かなくても願いは込めた。無味無臭の部屋の中に甘ったるい匂いがしたような気がした。コーヒーと一緒に大きなショートケーキを売りたい。 ※ 由樹隆広が仕事から帰宅して来た。由樹は隆広と娘の彩花の声を聞きながらカレーを煮込んでいた。周囲から見たら何の不満もない一般的な家庭に見えるだろう。だが、この一家も最悪なことが起きれば崩壊する。今日の昼間の旦那デスノートでのやり取りを思い出した。〈じゃあ、皆さんの旦那さんを順番に殺してしまいますか〉ナルという名のユーザーが発した言葉だ。その発言に対して死神が後押しした。〈イイですね。それで皆さんの人生は一気に晴れると思いますよ〉他の四人は何も言わないうちに同意したと見做されて会話は終了した。奇跡的に全員東京とその近辺の県に住んでいた。今度の金曜日に渋谷のハチ公改札前で五人集まることに決まった。本当にそれぞれの旦那を殺すかどうかその日に決める予定になった。「今日はカレーか。いいね」いつの間にか隆広が隣に立っていた。ビックリして大きな声を出た。「どうしたの、急に大きな声を出し
死神とは確かここのサイトの管理人の名前のはずだ。管理人がどうしてこのコミュニティに入って来たのか。それぞれのコミュニティを覗いているのだろうか。今朝作ったばかりの機能が役割を果たしているか確認しに来たのかもしれない。〈どうも、旦那デスノート管理人の死神です。皆さんの会話をお聞きしていました。すみません、勝手に覗き込んでおりまして〉死神の発言に驚いた。管理人はコミュニティに参加した時点より前の会話も閲覧できるようだ。管理者なのだから当たり前だ。死神は連続で発言を送信した。〈皆さん、本当はもっとたくさんの口汚い悪口を言いたいのだと思います。もっと旦那の愚かな部分を共有して、心底からのデトックスをしたいに違いあるません。死神には全てお見通しですよ。いつも皆さま当サイトに投稿して下さっているのですから〉〈ええ、確かにそうですが〉A子が初めて死神に反応した。〈そうでしょう。ですからもっと旦那のクズなところを言い合うのです。だってそのためにここのグループに入って会話を始めたはずですからね〉死神の言っていることは正当な言い分だった。由樹は何を書こうか迷っているとナルが発言した。〈そうですよ。こんな普通の会話をしていては駄目ですね。死神さんありがとうございます。私たちはお互いの胸襟を開いて、人間のゴミクズ、つまりは旦那との生活の灰汁を絞り出してみんなで共有し合って傷を癒していくことが大事なのですね。いつも通りに旦那を晒し首にするべきなのですね〉〈そういうことです。これまでは投稿によって共感を得ていました。だが、本当に心の底から鬱憤が晴れましたでしょうか? 投稿だけでは限界があるのです。リアルタイムで会話が流れるチャット機能ですと、ハイクオリティのコミュニケーションを取ることができます。質の良いコミュニケーションの手段に使われた言葉もその分重みを得るでしょう〉死神の長広舌は続く。二吹き出し連続で発言が投稿された。〈チャットならば、皆さんの想いはここにいる全員に百パーセントに近い形で伝えることができます。会話に重みがありますから皆さんの苛立ちの重量も伝わるのですね。そういう会話が発生することは死神が一番に望むこと。皆さんは憤りを少しでも減らして旦那の死を願い続ける。これが大事なのです〉〈そう
パスワードを作ってから打ち込み、自分の表示名を「名無し」と設定して中に入った。チャット画面に遷移した。画面には誰も発言している様子がなく、吹き出しがなかった。参加した時点から会話を見ることができるのだろう。一番上のメンバーと書かれているタブをタップすると四人の名前が表示された。「ナル」「リカ」「五十代女性」「A子」という名の人たちが会話しているようだ。入ったからにはと思い由樹は発言してみることにした。根拠のない好奇心と暇を持て余す時間から何かしら会話をしたい欲求にかられた。〈初めまして、名無しと申します〉恐る恐る打ち込んで送信してみた。チャット形式で会話することには緊張した。いつもは書き込みをするだけだったため、平気で嘘を書けた。だがチャットのようなリアルな会話に近い形式でのコミュニケーションでは嘘を吐く行為に罪悪感を抱きそうだった。自分の発言に誰か反応してくれるだろうかと画面を見ながら待っていた。〈ナルです。宜しくお願い致します〉〈五十代女性です。初めましてよろしくお願いします〉〈A子です。こちらこそ、よろしくお願いします〉〈リカです。お願いをします〉全員から返事が来た。どうやらみんな専業主婦なのか、平日の十時過ぎに会話できる人たちだった。由樹は一番疑問に感じていることを尋ねてみた。〈ここって、どういうことを喋る場なんでしょうか〉〈さあ、みんなまだよく分かっていないのですよ。何せ今日の朝できたばかりの機能らしいので〉五十代女性が答えてくれた。〈そうなんですよね。みんな自分の旦那に不満を持っているってことなんですよね〉A子が発言する。〈そうですよね。皆さんの旦那さんは今仕事ですか〉由樹の質問に対して、そうですねという答えの中に一つだけ異色のコメントがあった。〈私の旦那さん、何してるか知らない〉リカというユーザーネームの者の発言だ。この発言を会話のとっかかりにすることに決めた。〈どういうことですか〉由樹が尋ねると、全員がリカの発言に食い付いた。みんな尋常ではない不幸の臭いを嗅ぎ取ったのだろう。やはりみんな他人の不幸は黄金ほどの価値を見出しているのではないか。〈私、フィリピンから日本に来たのです。その時に結婚して配偶者ビザで入国できたのです。その結婚の相手が今
朝の六時半に夫は家を出て行った。隆広は食材の仕込みの仕事のために朝早くから家を出る。由樹は彩花を保育園まで送って行く。保育園から戻って来て自宅に誰もいなくなると朝食を食べる。狭い台所に立った。ワゴンの上に置いてある八枚切りの食パンを一枚取ってトースターに入れた。焼けるまでの間、カップを食器棚から取り出して牛乳を入れて電子レンジで一分半温めた。食パンとホットミルクがほぼ同時にできる。冷蔵庫からマーガリンとイチゴジャムを取り出してから、食パンとホットミルクを持ってテーブルの前に座った。食パンにマーガリンとジャムを塗って頬張る。美味い。幸せの一時だ。毎朝、隆広がいない部屋で朝食を取ることが習慣になっていた。パンの表面の焦げと中の羽毛のような柔らかさが癒してくれる。食事が終わると、スマホで旦那デスノートを開いた。今日は書き込まずに、他の家庭では旦那にどんな苛立ちを抱いているのか確認した。他人の不幸を見て自分はまだマシだと思える点も旦那デスノートの利点だ。由樹は最近の「デス書き込み」と呼ばれている書き込みを読んで、ひたすら「死んでイイね」を付けていった。ここのサイトでは「イイね」じゃなくて「死んでイイね」なことが面白い。〈家に金だけ落としてくれればそれで良い。でも一生家には戻って来るんじゃねえ。世の中の糞ダンナ、よおく聞け。全国の妻はそう思っているんだ。自分が稼いでる?自分が休みの日には子供の面倒見てる?自分は妻の負担になることは言ってない?はあ? 寝言言ってんじゃねえぞ。おめえの存在自体がコッチのストレスなんだよ。早く死ね。それだけが家族の願いだ。そんで保険金を落とせ〉〈本当に死にました。心筋梗塞か脳溢血か何かは忘れましたが、とにかくダンナが消えていなくなりました。ほんっとうに死神様、ありがとうございます。まあ、当然の結果だとは思いますがね。天はクズを見逃さないものですから。これでヤツの臭い下着も、臭い枕カバーも、臭い箸も何もかも捨て去ることができます。あんなもんは生まれ変わっても犬の糞が妥当でしょう。お母さんのお腹じゃなくて、犬の肛門から出て来るんでしょう。あ、犬飼っている方はごめんなさい。ワンちゃんが出した糞はしっかり処分して下さいね〉〈ウチは偽装結婚なので
二十三歳になった年、由樹は隆広と結婚することに決めた。付き合ってから三年間、隆広はイタリア人や韓国人並みに熱烈に好意を伝えてくれた。彼の甘い言葉に酔って、元々彼のことが好きだったのではと錯覚するようになった。隆広は由樹と結婚することになると、音楽をやめて喫茶店で正社員として働くようになった。昼は喫茶店で働いて帰宅後はプログラミングの勉強をし始めた。将来はプログラマーとして家族を支えて行くと約束してくれた。由樹も大学を卒業しており、広告代理店に入社していた。だが一年後、妊娠したことを会社に知られると退職勧奨をされて無理に辞めさせられた。まだ新人だった由樹に対し、直属の女性の上司が無闇に厳しく接してきた。精神的に追い込んだため適応障害になった。由樹はこんな会社辞めてやると強気に出た。仕事を辞めてパートで週二三で働くようになってから、隆広は一家を支えるために精一杯働いてくれて昇給するスピードもかなり早かった。だが、彼に対して不満がないと言えば嘘になる。彼が仕事に全神経を使ってくれていれば良いのだが、まだ心のどこかで音楽に対して未練がありそうだった。彩花が生まれて二年経った日、彩花と隆広と一緒に自宅で食事を取っていた時に彼の中に沈殿していた後悔が発露した。食卓に向かい合って座り、隆広は由樹の背後にあるテレビを観ていた。隆広が何か気付いて声を上げた。声色から嬉しいことではなさそうだ。彼の顔が蒼瓢箪のようになる。「俺が所属していたバンドだ」テレビには五人組の男がステージに立っていた。隆広が所属していたバンドがようやく売れてテレビに出られるようになったようだ。もちろん彼はバンドを脱退している。なので今ステージに立っているグループとは、何も関係のない。テレビに出ているメンバーは継続して売れるまで努力ができ、それが彼にはできなかった。彼らと隆広との間には鯛とメダカほどの差がある。隆広が生半可な気持ちで音楽に向き合っていたダサい男にしか見えなくなった。食事中にもかかわらず、彼は椅子から立ち上がってテレビの真ん前に向かって行った。「何で売れているんだよ」テレビの画面を凝視する隆広の背中を見て由樹は呆れた。結婚して定職にも就いて音楽の夢はきっぱり諦めが付いているのだと思っていたが、実はそうではな
由樹が大学生の時にバイトをしていた喫茶店で二人は知り合った。当時の隆広は三十歳でバンドを組んでおり、ドラムを叩いて食べていく生活を夢見ていた。そんな隆広のことを、二十歳にもなっていない由樹は見下していた。確かに自分より喫茶店での仕事はできるが、年齢の割に大人としての経験値が少なすぎると見ていた。「アイスラテ二つ、十四番卓にお願いします。ナポリタンを五番卓にお願いします。ツナサンドとアイスコーヒーを二十六番卓へお願いします」隆広はキッチンに立って料理を作り、由樹たちホール担当に配膳の指示を出していた。テキパキとした無駄のない動き。だが、それができても音楽で売れることはない。彼は自分の理想を叶えることから目を逸らし、目の前のバイトに精を出しているようにしか見えなかった。料理や飲み物を受け取るたびに、お前ごときの男が何かを達成させることなんて無理だからなと腹の中で毒づいた。「由樹ちゃん、ちょっと良いかな」ある日、由樹がバイトから帰ろうと喫茶店を出ると道端で後ろから隆広に声をかけられた。「どうかしましたか」見下した態度を取らないように気を付けた。まだ自分も学生の身なので、失礼な態度を取ってはいけないとわきまえてはいた。彼のことを心の中では見下していたが喧嘩をする相手でもないと思っていたので、波風が立たないようにした。「由樹ちゃんと今度、ご飯行きたいなって思ってさ。どうかな? 今度一緒にご飯行ってくれないかな」嫌だった。自分は学生なのに三十歳になるフリーターと一緒に食事などしたら、自分の株が下がると思った。眉間に皺を作りながらも必死に愛想笑いだけ浮かべて黙った。「奢るからさ」一歩近付いて来た。そういう問題ではない。「ごめんなさい」一言早口で言って駅まで猛ダッシュで逃げた。彼は追って来なかった。家に帰ってから由樹は胃の中に泥団子を入れたようなモソモソとした気持ち悪さを感じた。今まで隆広に対して負の感情を見せ示さなかった。だが今日、嘲弄する気持ちの端緒を見せたような気がした。彼に話しかけられた際の表情に自信がなかった。今回の逃亡を機に隆広への負の感情を与える行動をし始めたらどうしようとも悩み始めた。自分の行動を律することには自信があったが、隆広に対してだけは自信がなかった。幾
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