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第6章:幸福の果て 1

Author: 社菘
last update Last Updated: 2025-07-18 17:00:16

 運命の卒業パーティー当日。

 ベルティアは明日の午後には発つ予定である寮の部屋で、パーティー用の二着の服を壁にかけて難しい顔をしていた。

「これは、どうしたら……」

 重すぎるため息を吐き、額に手を添えて文字通り頭を抱える。どちらの衣装を着て会場へ向かえばいいのか分からないのと、この服を贈ってくれた相手のどちらを尊重するべきか悩んでいた。

「ベルティア、準備にはまだ時間がかかるか?」

「わ、わーっ! 待ってください、入らないで!」

「何を慌てて……まだ着替えていなかったんだな」

 一度は拒否したのだが、ノアがどうしてもと言うので卒業パーティーはベルティアがパートナーになることになった。約束していた時間になってもベルティアが来ないので心配してくれたのだろう。ノアが寮の部屋に迎えに来たのだが、まだ着替えていないベルティアを見て目を丸くしていた。

「すみません、その……」

「……なぜ二着も衣装が?」

「え、ええっと……」

「俺が贈ったのは一着だったはずだが、こちらは誰から?」

 壁に掛かっている衣装はノアから贈られた白い衣装と、パーシヴァルから贈られた深い青色の衣装だ。ノアはベルティアとお揃いにしたのか普段はあまり着用しない白い衣装を纏っていて、いつもより一層眩しく見える。

 ノアはムスッととした顔で青い衣装を指差し、ベルティアは罰が悪そうに「パーシヴァル殿下からです……」と呟けばチッと舌打ちが聞こえた。

「それで、なぜ二着とも壁に掛かったままなんだ? もしかして、どちらを着るか迷っているわけじゃないよな?」

「うっ」

「……ベルティア」

「だ、だって……隣国の王太子からの贈り物を無下にはできません……」

「はぁ……考えてみなさい、ベル。俺のエスコー
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