服の試着に夢中になっているうちに寝てしまった枉津日神を連れて、直桜と護は副長官の執務室に向かっていた。
「やっぱり、ウチで面倒見る羽目になるんだなぁ」
警察庁に来る前から、何となく予測していた事態ではあるが。まさか、犬のぬいぐるみを依代にした神様を引き取る羽目になるとは思っていなかった。
「可愛いし、良いじゃないですか。枉津日神様も砕けた性格の御柱ですし、仲良くやっていけますよ」
穂香が持たせてくれた犬用の服がわんさと入ったバスケットを片手に、護が苦笑する。
「ところで、一緒に貰った猫のぬいぐるみは、どうするんです?」
「ん? 何か直日が欲しいっていうから、とりあえず貰ってみた」
「何に使うんでしょう? 同じように依代にするとか?」
「いや、直日は俺という依代が在るから、普通に顕現できるよ。何に使う気なのかはよくわからないけど」
話しているうちに、副長官の執務室に着いていた。
「ぬいぐるみ抱えた男が入っていい感じの部屋じゃないな」
枉津日神は直桜に抱かれて眠ったままだ。動かないとただのぬいぐるみにしか見えない。
「中にいるのは桜谷さんですから、問題ありませんよ」
言いながら、護が腕の時計を見る。
約束の時間であることを確認してから、部屋の扉をノックした。
「公安部13課、化野護、瀬田直桜、到着いたしました」
「入っていいよ」
扉を開けて、部屋の中に入る。
思っていたより狭い部屋は、窓だけが大きく開けて東京の街を一望できた。その窓の前に、桜谷陽人が立っていた。
「懐かしい顔だ。久しぶりだね、直桜」
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ホテルの窓から晴れ渡る空を眺める。やけに景色がいい最上階の部屋で、こういうことってあるんだな、と直桜は思っていた。 楓と別れてすぐに、スマホを確認した護が蒼い顔でやり取りを始めて、やけに赤い顔をしてやり取りを終えたので、何事かと思った。「明日は二人とも休みで良いそうです」 一言、そう告げて護が連れてきてくれたのが、やけに高級そうなホテルだった。「今日は、ここに泊まれと、桜谷さんからの指示です」 同じように外の景色を眺める護が狼狽える目で、直桜をちらりと窺う。「直桜、私の免許証、持ってますか?」 掛けていた椅子から立ち上がり、ポケットを弄る。 もう一度掛けてスーツの内ポケットを探すが、見つからない。「あれ、ない、かも」「副長官室に落ちていたそうです。明日、取りに寄るようにと」「あー、ごめん」 何となく理解した。 免許証を見て護の誕生日を知った陽人が気を回したのだろう。護が誕生日に頓着がないことも、直桜が東京の地の利に詳しくないことも知った上での配慮と思われる。「いえ、私の管理不足です。しかしまさか、桜谷さんからこんなプレゼントをされるとは」「プレゼント?」「……今日、この後の予定を聞かれまして。帰宅と答えたら、こうなりました。誕生日プレゼントだそうです」「すごーく陽人っぽい」 そういう|気障《きざ》なことを、さらりとやってのけてしまう男だ。 変わらないなぁと思う。 護の手が直桜に伸びて、顔を包まれた。「プレゼントは直桜込みだそうですよ」 唇に触れるだけのキス
陽人と話をしている間も、枉津日神は眠ったままだった。 抱いても掴んでもうんともすんとも言わない神様に、陽人は少しがっかりしている様子だった。だが、その中に確かに神の御霊を感じとれたと、返してくれた。「思ったより早く済みましたね。どこか寄り道しますか?」 車に荷物を積んで、乗り込む。 まだ昼過ぎだ。まっすぐ帰るのも、勿体ない。「じゃぁさ、日本橋に行きたいかも。ビルの間に小さい神社があるんだけど、そこ行きたい」「あぁ、宝くじの神様と呼ばれているお稲荷さんですかね」 護がスマホで検索しながら答える。「そそ、福徳稲荷っていうんだけどさ。そこの神様、友達なんだ」「神様が友達……。宇迦之御魂神様ですか?」「いや、今はお稲荷さんだから宇迦之御魂神管轄なんだけど、稲荷ができる前からあの場所には祠があって、信仰があったんだ。その頃から住んでる神様だよ」「なるほど。元々あった原始的な信仰の場所が時代の流れに伴い立派な社に飲まれるのは、良くありますからね」「今の神社って、ほとんどそんな感じだよ。そうやって信仰って残っていくものだからさ」 警察庁に車を置いたまま、電車と徒歩で移動することにした。 眠っている枉津日神を車内に置いていく訳にもいかないので、小脇に抱えて歩く。 ビルの谷間の一角にある神社は狭いながらも存在感があった。赤い鳥居を潜り、社殿に向かい、二人並んで参拝する。「どうやってお話しするんですか?」 護の問いかけに、直桜は首を傾げた。「気配がしないんだよね。留守なのかな」「神様も出掛けることがあるんですね」「あんまりないよ。基本は、神無月に出雲に行くくらい」 
服の試着に夢中になっているうちに寝てしまった枉津日神を連れて、直桜と護は副長官の執務室に向かっていた。「やっぱり、ウチで面倒見る羽目になるんだなぁ」 警察庁に来る前から、何となく予測していた事態ではあるが。まさか、犬のぬいぐるみを依代にした神様を引き取る羽目になるとは思っていなかった。「可愛いし、良いじゃないですか。枉津日神様も砕けた性格の御柱ですし、仲良くやっていけますよ」 穂香が持たせてくれた犬用の服がわんさと入ったバスケットを片手に、護が苦笑する。「ところで、一緒に貰った猫のぬいぐるみは、どうするんです?」「ん? 何か直日が欲しいっていうから、とりあえず貰ってみた」「何に使うんでしょう? 同じように依代にするとか?」「いや、直日は俺という依代が在るから、普通に顕現できるよ。何に使う気なのかはよくわからないけど」 話しているうちに、副長官の執務室に着いていた。「ぬいぐるみ抱えた男が入っていい感じの部屋じゃないな」 枉津日神は直桜に抱かれて眠ったままだ。動かないとただのぬいぐるみにしか見えない。「中にいるのは桜谷さんですから、問題ありませんよ」 言いながら、護が腕の時計を見る。 約束の時間であることを確認してから、部屋の扉をノックした。「公安部13課、化野護、瀬田直桜、到着いたしました」「入っていいよ」 扉を開けて、部屋の中に入る。 思っていたより狭い部屋は、窓だけが大きく開けて東京の街を一望できた。その窓の前に、桜谷陽人が立っていた。「懐かしい顔だ。久しぶりだね、直桜」
奥の部屋はどうやら穂香の個人研究室であったらしい。若く見えるし可愛らしい感じだから勝手に学生だと思っていたが、副室長なのだから、立派に社会人なのだ。「穂香って、俺みたいに学生じゃないんだよね」「違いますよぅ。化野さんと同い年ですぅ」「じゃ、二十六?」「はっきり言われると照れますねぇ」 どうして照れているのか、わからない。「年上なんだし、敬語じゃなくていいよ。俺すでにタメ口だし」「そぅ、じゃぁ、そうする~」 部屋の奥のクローゼットから、籠を取り出す。 開けると、犬用の服がごっちゃりと入っていた。「いっぱいあるけど、どれにしますぅ?」 穂香が枉津日神に向かって、服をあてる。「しゅっとしたヤツがいいのぅ。格好良いのがいいのぅ」「しゅっとした格好良いヤツですねぇ。スーツっぽいのとか、どうですぅ」「良いの! 良いの!」 二人が楽しそうに試着を始めたので、手持ち無沙汰になってしまった。 不意に部屋の中を見回して、はっとする。(あんまり他人の部屋をじろじろ見るのも、不躾だよな) とはいえ、一緒に服を選ぶ気にもならない。「穂香、本棚の本、見ててもいい?」「いいよ~。研究関係の本しかないけどもぉ」「穂香の研究なら、呪具関係だろ。ちょっと興味ある」 本棚の前に立って、背表紙を眺める。 ふと、下の方で目が留まった。 本棚の足元の方に、研究書とは無関係な漫画がある。 直桜は手に取って読み始めた。「服は神力を溜めて増や
「で? 枉津日神を降ろす器が、このぬいぐるみなワケ? 降りた瞬間、弾けると思うけど?」 顔を上げて、テーブルの上の犬と猫を指さす。「そのぬいぐるみは穂香が作ったんだ。こう見えて穂香は優秀な呪具技工士でね。しかし、今のままでは足りない。完璧にするには、瀬田の神力が必要だ」「いやだー、優秀なんてただの事実述べられても困りますー」 キャッキャする穂香の頭を要が撫でる。 二人の距離感がいまいちよくわからない。 だが、さっきの話を引き摺らずに変えた話題に乗ってくれたのは、有難いと思った。 直桜は犬のぬいぐるみを手に取った。(確かに、良く出来てる。普通の御霊を降ろすなら十分すぎる強度だ。だけど、神を降ろす器には成り得ない) ぬいぐるみをいじりながら、考えを巡らす。 ちらりと、隣に座る護を見詰める。「直桜? どうしました?」 見詰め過ぎたのか、護が困った顔をした。 護の顔の隣に、ぬいぐるみの顔を並べる。護がびくりと身を引いた。「似てるね」 直桜の呟きに、穂香が嬉しそうに乗っかった。「わかります? ワンコのぬいぐるみ作っている時、化野さんをイメージしてたんですよぅ。瀬田さんにそう言ってもらえると嬉しいー」「じゃ、これにするよ」 犬のぬいぐるみを護に手渡す。 訳が分からない顔をしたままぬいぐるみを受け取った護が、直桜を見上げた。「そのまま、しっかり持ってて。腹の神紋に押し付けるように、両手で」 護の手の中のぬいぐるみを、ぐっと押し付ける。 席を立ち、キャリーケースに触れて中を
廊下の突き当りにあるドアの向こうは、如何にも研究室といった部屋が広がっていた。 机の上に明らかに呪詛を纏った札だの武具だの人形だのが置かれている以外は、化学実験室のような様相だ。「穂香、いるかい? お客様を連れてきたから、茶でも入れてやってくれ」「いや、我々は客では……」 言いかけた護を振り返り、朽木がニタリと笑う。「いいじゃないか。ウチは滅多に人が来ないから、誰か来るとつい浮かれてしまうのさ」 言葉の意味は、部屋の中と朽木の性格で何となく理解できた。 護と二人で住んでいる事務所にも滅多に人が来ないが、ここは違う意味で来ないのだろうなと思った。(こんだけの呪具があると、流石に気分悪くなるな。この朽木って人も、人との距離感バグってて何つーか気色悪いし)「はーい、今行きまーす」 女性の声がして、奥の扉が開いた。「本日、来訪予定の化野さんと瀬田さんですねぇ。お待ちしていました。こちらに、どぅぞぉ」 盆に茶を乗せて入ってきた女性は、どこにでもいるOLのような可愛らしい女性だった。 ごっちゃりと呪具が載っている研究机の奥にある、申し訳程度に置かれている来客用と思しきテーブルに茶を並べている。 化野が女性に近付き、丁寧に頭を下げた。「本日は、お世話になります。あのこれ、詰まらない物ですが」 菓子折りを渡された女性が、顔を明るくして受け取った。「きゃー。いつもありがとうございます。化野さんが持ってきてくれるお菓子って、どれも美味しいんですよね。嬉しいですぅ」 本当に嬉しそうに受け取って、ニコリと笑顔を見せ