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なんでもかんでも明け透けに、喋ればいいと思うなよ!《5》

Auteur: 砂原雑音
last update Dernière mise à jour: 2025-05-12 20:19:23

「えっ、ちょっ、慎さん?」

「時間的に中途半端じゃないですか。なんだかんだですぐ夕食の時間だし。カフェで無駄にお金使うことはないです」

「いや、でも」

「ああ、散らかってて見られたくない、とかなら」

「そうじゃないですけど」

「僕に気を使ってるだけなら、おきになさらずに」

男が男の部屋に入るのに、何が怖いことがある。

あるとすれば、陽介さんの暴走だけだ……いや、それが一番マズいのだけど。

「それに、貴方は僕の嫌がることはしないでしょう?」

階段途中で、半分振り向いてそう言うと、陽介さんがこくんと息を飲むのがわかる。

そしてビシッと背筋を伸ばした。

「しません、絶対!」

「はい、信用してます」

「こっちです!」

うむ、扱いが大分わかってきた。

信頼していると、常に伝えればいいのだ。

張り切った様子で僕を追い越し、部屋へと先導してくれる。

大きな背中がやたら可愛らしく見えて、こっそりと苦笑した。

「どうぞ、ここ!」

「はい」

促されて、二人掛けのソファに座る。

然程広くはないリビングだけれど、寝室は別のようでそこは遠慮なく安心した。

コーヒーいれますね、と陽介さんの様子はどこか慌しい。

散らかっている、というほどではないけれど、雑誌が読みの途中でテーブルに伏せられていたりする。

今朝方飲んだんだろうコーヒーのカップも置いてあったが、それはさっき陽介さんが慌てて下げていた。

生活感がある、と言えば良く言い過ぎかな。

だけどそう思っておいてあげることにしよう。

「そういえば、慎さん。今日は何時ごろまで一緒に居られるんですか」

「特に……何もないですけど……」

コーヒーカップを二つ持ってキッチンから戻った陽介さんが、その一つを僕に差し出しながら尋ねる。

「じゃあ、晩御飯は外に食べに行って、その後送ります」

「丸一日って約束だったけど、いいんですか」

「このテンションで深夜に二人だと俺の理性が持ちません」

「なるほど。帰ります」

じゃあ休憩がてら洋画でも観ますかと、陽介さんがつけてくれたのは映画館の前で僕がテレビ放送を見損ねたと話していたタイトルのものだった。

「観ながらディスクにもコピーしときますね」

「ありがとうございます、嬉しいです」

ソファから降りてラグの敷かれた上に座ると、背中をソファの足元に預ける。

「ソファ座っててくださいよ、俺が床に座りますから」

「実はぺたん
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