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彼女が試したかったもの《2》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-05-26 20:44:51

「え……」

「慎はお前に会えなくなるのが嫌なんだよ。それが理由で飲めなかったんだから、そう思わせたお前の勝ちだ」

……そうなのか?

本当に?

会えないのは嫌だと、思ってくれたんなら嬉しい。

だけど、だから付き合うっていう選択肢で本当にいいのか?

付き合ってくださいって言ったのは、間違いなく俺だけど。

「察してやれって。試したかったんだよ、不器用な奴だからそうでもしなきゃ自信が持てなかったんだよ。本当に会えなくなった時、自分はどうしたいのかって」

信じられない気持ちで茫然と、佑さんの言葉を聞く。

手の中の携帯が、短く振動してメッセージの着信を知らせてきた。

「……慎さん?」

「なんだあいつ起きてんのか」

『気分は悪くないですか』

俺が起きたことには気づいているのだろうか。

ってことは、あの扉の向こうでこちらの様子を窺っているのかもしれない。

『はい』

と短く返事をすると、すぐにまた着信が鳴る。

『すみませんでした』

『何がですか』

『飲ませすぎました』

『大丈夫っすよ』

「おい、慎! 起きてんなら出て来い!」

ダンダンダン!

と佑さんが慎さんの部屋への扉を叩く。

その時もう一度、メッセージを受信した。

『付き合うって、僕は何をすればいいですか』

……どうしよう。可愛い。

今すぐ向こうに乗り込みたいくらいに可愛い。

『まず、顔が見たいです』

メッセージを送信してそわそわしながら返信を待っていたが、まったくの無反応。無視されたのかとへこみつつ、ツンなところもまたいい……と内心で悶えていたのだが。

「お。やっと天岩戸が開いたな」

佑さんの声に顔を上げる。

半開きの扉から、仏頂面で慎さんが顔を覗かせた。

俺の好きな、照れ隠しの仏頂面。

眉をきゅっと寄せて、頬がほんのり赤い。

「……」

どうしよう、尋常じゃないくらい、ドキドキしてきた。

心臓いてぇ。

「じゃ、俺は帰って寝る。後は二人で勝手にやれ」

「えっ?!」

佑さんの言葉に、慎さんがガン!とショックを受けた顔をする。

それに気付いた佑さんは、得意のにんまり人の悪い顔でせせら笑った。

「俺はお前の保護者じゃねーからな。いい加減お前のお守りは飽き飽きだ」

おろおろする慎さんにはお構いなしに、「じゃあな」と、あっという間に店を出て行ってしまった。

邪魔はしないから気兼ねなくドーゾと言われてる気分になるが。

常日頃、拒否られても突
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