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第106話

作者: 十一
だが海斗は、まるで限界まで疲れていたかのように目を閉じると、すぐさま眠りに落ちた。周囲のざわめきにも、まるで耳を貸さなかった。

「ワオ!」突然、外国人のイケメンが大げさな声を上げる。「すごく綺麗だ!」

晴香が思わずその視線を追うと、黒のセパレートタイプのスカート風ビキニをまとった凛が、隣の砂小屋から出てくるところだった。

白いシースルーのスカーフを首元に無造作に巻きつけ、海風にふわりと舞い上がる様子が、なんとも気品と躍動感を感じさせた。

「うわあ、シャネルだ!本当に美しい!」

晴香は横目で男を睨みつける。「……そんなに美しい?」

外国人はまるで詩人のように熱弁を振るった。「君、シャネルの創業者、ガブリエル・シャネルをご存知?黒のドレスに白いヴェールをまとい、パリのシャンゼリゼ通りを歩くあの姿。風がドレスの裾を揺らし、ヴェールが空に舞う……そんな感じなんだ」

晴香は歯を食いしばり、声を低くした。「じゃあ私は?私も綺麗でしょ?」

「もちろん、とっても綺麗だよ」男は笑顔で即答した。

「じゃあ……彼女と比べては?」

「うーん、紳士として答えるのは難しいけど……でも、あえて比べるなら、あの女性のほうが美しいかな」

その瞬間、晴香の表情は完全に凍りついた。

実際、彼女はすらりとした長身に色白の肌、背中に無造作に流した波打つ髪――大人の色気と洗練された美しさを持ち合わせた魅力的な女性だった。

一方の凛は、比較的控えめなセパレートタイプのスカートビキニを身につけていた。裾は太ももの付け根までしっかりと覆い、色も目立たない落ち着いた黒。それなのに――彼女の肌はあまりに白く、その黒がかえって彼女をまるで輝いているかのように際立たせていた。

首元には一枚の白いシースルースカーフがふわりと巻かれ、ほんのりと肌を隠しつつ、隠しきれない色気を漂わせている。その儚げで繊細な佇まいに、周囲の外国人たちは目を奪われていた。こんな古典的で奥ゆかしい美しさ、彼らは見たことがなかった。

珍しいものこそが価値あるもの。カラフルで露出度の高い水着を着た美女たちの中で、凛の控えめな装いはまるで一輪の白百合のように浮かび上がっていた。清楚で、気高くて、誰とも似ていない。まさに唯一無二の存在だった。

だが、晴香を本当に怒らせたのはこのあとだった。ずっと目を閉じて休んでいた入江海斗が、
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