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第543話

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夜が明けたばかりで、まだ朝早く、一樹は月子からの返信はすぐには来ないだろうと思っていた。もしかしたら、返信がないかもしれないとさえ思っていた。ところが、大きな窓から庭と柔らかな朝日を眺めながら朝食を食べていると、月子から電話がかかってきた。

一樹は驚き、持っていたコーヒーをこぼしそうになった。着信画面を見ながら、彼の胸が激しく高鳴り、全身が強張った。そして彼はカップを置いて、一息ついてから電話に出た。

「月子?」

「静真と一緒にいるのか?」

確かに月子の声だった。一樹は目を伏せた。

こんなに早く反応するなんて、やっぱり静真のことが心配なのか?

「ああ、昨夜、彼に会いに行ったんだ。具合が悪そうで、また胃痛を起こしているようだった。夜中には急に高熱を出して、お医者さんから抵抗力が弱まっているせいだって言われた。傷口も少し炎症を起こして、一晩中熱が下がらなかったんだ……ちょっと様子を見に来れないか?」一樹はそう言うとグラスを指でくるくると回した。

「私が行ってどうするの?」

「……うわごとで、あなたの名前を呼んでいたんだ。それでメッセージを送ったんだよ」一樹は明るい声で言った。「月子、静真さんは、あなたに対する態度が少し変わったみたいで、離婚を後悔しているようよなんだ」

「あなたと静真が通りで友達でいられるわけね」月子の声には嘲りが含まれていた。「静真の周りの人間の中で、あなただけはまともだと思っていたから、あなたとは険悪な状態にはならなかった。だけど、あなたも静真と同じだってことね。この3年間、静真が私に対してどんな態度だったか、あなたはよく知っているはずなのに、それでも彼のために私の同情を買おうとするなんて」

月子は落ち着いた口調で言った。「ぶっちゃけて言うと、静真が後悔しようとしまいと、私に何の関係があるの?なぜ私がそれを受け入れなといけない?彼が体調崩したからって私が世話をしなきゃいけないって決まりでもあるわけ?それに、ただの熱で死ぬわけないでしょ。大の男が、何を女々しいこと言ってのよ」

一樹は、彼女の冷酷な態度に驚き、こう言った。「すまない。俺の立場からしか考えていなかった。あなたの気持ちを考えずに、軽率だった」

「あなたもあなたでかいかぶらないで。それじゃ私が悪いみたいじゃない。あなたにその気がなくても、それは私にとって不快な発言よ」

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