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第10話 断罪カフェは、なくさせません

作者: フクロウ
last update 最終更新日: 2025-09-16 19:00:05

「司教。私はリディアに婚姻を申し込んでいる。これがどういう意味かわかるであろう──」

 案の定、レオナール様は禁句を発しました。

「いけません、王子。それでは他の貴族のように権力を笠に脅すようなもの。王子が最も嫌うやり方ではありませんか!」

 ハッとする顔をするレオナール様。わたくしはためらわずに言葉を続けます。

「司教様。わたくしは神を驕り、コーヒーをお出ししているのではありません。どうか寛大なご処置を願えませんでしょうか?」

 司教はわたくしと王子との顔を交互に見ます。言葉に窮したのか、眉をひそめてわたくしを見ました。

「し、しかしこれは教会の上層部で決めた決定──」

「では、せめて弁明の時間を。教会は罪人の話を聞かずに弾圧するところではないはずです。わたくしは逃げも隠れもしません。全てをお話しします。どうか、その上でご判断を!」

 司教様は「ぐぬぬ……」と困ったような声を出すと、諦めたように「承知した」と一言発しました。

「寛大なお心遣い。ありがとうございます。では──」

「ですが、2日後です。2日後の正午、私どもが話を聞きましょう。しかし、もう教会としては決定している話。万が一にも覆ることはない、と付け加えておきます。……それでは、失礼する」

 司教は店を出てゆっくりと扉を閉めました。店中が一気に不安と喧騒に包まれるなか、わたくしの頭は事態を打開すべくフル回転を始めていました。

 ──二度目の追放など、絶対に起こさせない。グレイス家のみなさんのためにも断罪カフェをなくすわけにはいかないのです。

 わたくしは一つの決意をして、困惑しているレオナール様の腕に触れまし

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