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第48話

Author: 小円満
私は少し落ち着かない気持ちで、追い問うように言った。「お母さん、優子に私も行くって言わなかったよね?」

奈央は笑みを浮かべて答えた。「あなた、黙ってろって言ったでしょ?だから言わなかったのよ」

「それならよかった」

私はほっと息をつき、言葉を続けた。「じゃあ、来週の水曜に時生と必ず行くね」

奈央との電話を終えた後、実の母の入院している病院からも電話がかかってきた。

治療費の催促だった。

母の入院に必要な年間の治療費は大金で、以前は結城家が負担してくれていた。

しかし、私が時生と結婚した後、彼が自ら母の治療費を負担すると提案してくれた。

あの頃の彼は、いつも私より先に物事を考え、どんなことでも私のためを思って動いてくれていた。

だが今は、優子と遊びに出かけ、当時私にしたすべての約束を忘れてしまったようだ。

私はスマホを握り、画面をじっと見つめながら、やっと決心して彼に電話をかけた。

出たのは優子だった。

「昭乃さん、何かご用ですか?時生は心菜と遊んでいて、ちょっと都合が悪いんです」

礼儀正しいが、どこか高慢で、まるで私が二人の間に割り込んだよそ者のようだ。

私は冷たく言った。「電話に出させて」

優子はもう一度繰り返した。「ごめんなさい、時生は今本当に都合が悪くて、心菜とジェットコースターに乗ってるんです。用件があるなら私に言ってください、伝えますから」

もちろん、私は優子に時生へのお金の話を直接頼むことはできなかった。

その後、電話越しに優子の声が聞こえた。「お母さん、昭乃さんよ」

少し驚いた。

まさか、優子と私の義母の関係がここまで進展しているとは思わなかった。

その「お母さん」という呼び方は、本当に親しげだった。

「私が出るわ。このしつこい女、まだ時生に縋りついて、諦めもしないんだから!」

淑江は舌打ちしながら電話を取ると、私に言った。「昭乃、よく聞きなさい。私が認める嫁は優子だけよ。あなたが時生にまとわりついたって無駄なの!電話なんかして自分を惨めにするだけ。時生はそもそもあなたの電話なんて取りたくもないんだから」

私はスマホを握りしめ、低く言った。「彼がリハビリを含む治療費、まだ払ってないの。お願い、彼に伝えて。払ってくれたら、もう彼のことを邪魔しない」

淑江は冷笑し、嘲るように言った。「治療費?あなたの今にも死
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