メイクを始めるとヘラヘラしていた彼は息を呑んだけれど、それも気にせず進めていく。
一通り終えると、あたしはいつもの様に微笑んだ。
ただ、微笑んだと同時に現実に戻る。あたしってば、何でこんな奴にまで笑いかけてるのよ。
いくら集中していたからって、コイツが嫌いだってことは変わりないのに。
自分にちょっと嫌気がさしてしまっていると、突然両手をギュッと握られた。「へ?」
何事かと思い目の前の彼を見ると、その顔が近付いて来るのが分かった。
何か、既視感が……。「好きだ」「は?」
「ヤバイ、すげぇドキドキしてる。倉木、やっぱり俺と付き合――」
彼のそのセリフは最後まで口にすることは叶わなかった。
「今、何か言ったかぁ?」
いつの間にか近くに来て立っていた陸斗が、地の底からはい出て来るような声でそう言う。
「ひっ!」「さっきもう手は出さねぇとか言ってたよなぁ? 俺の空耳だったのか?」
「ひぇっ!」
押しつぶすような威圧感に、彼はあたしの手を離し物凄く怯え始める。
流石にこのままじゃマズイ。暴力は振るわないだろうけれど、今の陸斗はマジ切れ寸前って感じで怖い。
クラスメイト相手にするような態度じゃない。
元総長って事だけはバレて欲しくないあたしは、立ち上がって陸斗の視界から彼を見えないようにする。「陸斗、落ち着いて。冗談に決まってるじゃない。あたしは陸斗と付き合ってるんだから」
陸斗の怒りを誤魔化すようにことさら明るい声で言う。
そしてまだ怯えている彼に「そうだよね?」と同意を求めた。
「お、おう。そうだよ。人の彼女取ったりなんてする訳ねぇじゃん。冗談だって!」そう言い終えると、彼は何とか立ち上がって足をもつれさせながら教室を出て行く
声の方を見るとそこには良く知った顔がいる。 「あれ? さくらちゃんと……花田くん?」 二人だけでショッピングモールにいるなんて……。 「二人もデート?」 自然とその言葉が口から出ていた。 それくらい二人の雰囲気も自然だったから。 でもそれに慌てたのはさくらちゃん。 「で、デートって言うか! その、花火大会の浴衣買いに来ただけで!!」 買い物に来ただけでも異性と二人きりで来たならデートで間違いないと思うけれど……。 というか、さくらちゃん達も浴衣買いに来たんだ。 「あたし達もだよ。偶然だね」 と言いながら、あたしは良い事を思いついた。 「あ、じゃあさ。男女分かれて浴衣買わない? どんなのを選んだかは当日のお楽しみってことで!」 さくらちゃん達も一緒に浴衣を買いに来ているってことは当日も一緒に行くつもりなんだろう。 もし違っていたとしても、当日のお楽しみって言っておけばきっと会う約束はするだろうし。 それにあたしもちょっとサプライズにしてみたかった。 浴衣を着て、髪を上げてうなじを出して。 和風美人な感じのメイクして。 いつもと違ったあたしを陸斗に見てみて欲しいと思ったから。 それなら浴衣も当日のお楽しみにしても良いんじゃないかと思う。 陸斗の浴衣を選べないのはちょっと残念だけれど、花田くんが見てくれるなら少なくとも似合わないものは選ばないだろう。 「どうかな?」 そう言って三人を見回す。 「良いよ。それも楽しそうだね」
「陸斗、ごめん。遅くなって」 クラスメイトのメイクが終わった翌日。 あたしと陸斗はショッピングモールへと来ていた。 今回は現地集合にしたんだけれど、まさか陸斗より遅くなってしまうとは思わなかった。 どうせ陸斗は時間ギリギリか少し遅れて来るだろうからとゆっくりしていたのが悪かったんだ。 準備を全て終えてまったりカフェオレを飲んでいたら、服にこぼしてしまうという失態を犯してしまった。 準備を終えたらすぐに家を出ておけば良かったと後悔しながら別の服に着替え、そうしていたらもうとっくに家を出ていなければいけない時間で……。 そんなわけで、いつもとは違い陸斗を待たせてしまう事となった。 言い訳という説明をして「ごめんね」と謝ると、陸斗は「そんなに待ってねぇし良いよ」と言ってくれる。 でも、あたしの服装を上から下まで見て眉間にしわを少し寄た。 「でもよ、服はそれしかなかった訳?」 言われて改めて自分の格好を見る。 オフショルダーのトップスに、デニムのショートパンツだ。 陸斗の言いたいことは何となく分かる。 露出が激しいって言いたいんだろう。 トップスはそう言うデザインだからオフショルダーにしか出来ない。 買ってから普通のシャツっぽくも出来るのを買えばよかったと後で後悔した服だ。 ショートパンツはかなり短いもので、惜しげもなく太ももをさらしていた。 あたしも流石に肌出しすぎだよねと思ったんだけど、今日のメイクに合う代わりの服で、今日の暑さを考慮するとこれしかなかったんだ。 「……うん、ちょっと手持ちにはこれしか……。似合わない?」
「灯里以外の二人に相談したら結局のところはあたしがどうしたいかだろうって結果になって……何かちょっと混乱してるみたいです」 そう言って苦笑しながら彼女は商品に視線を戻した。 ……ふーん。 友達に相談とかもしたんだ……。 それくらい悩んでるってことは……。「もしかして、俺の事気になっちゃってるとか? 恋愛的な意味で」 まあ俺も結構モテる顔してるし、美智留ちゃんに初めて会ったときはナンパ男から助けたヒーローみたいだったし? 好きになられてもおかしくないと思う。 流石にそこまで単純なことになるとは思っていなかったから半分くらいは冗談のつもりだったんだけど……。 ゆっくり俺を見上げた美智留ちゃんは――。「あ、それは無いんで」 と真顔で言ってのけた。「は……」 あまりにもストレートに否定されて一瞬思考が停止してしまう。「何か変な縁でも出来ちゃったんでしょうかね? この間も家の前で灯里達とじゃれ合って収集つかないことになってたし。あたしがあなたを連れ出さないとどうにもならないほど膠着状態だったでしょう?」 良く見ていると思う。 確かにあの時はちょっとからかったらほどほどで切り上げるつもりだったのに、あまりにも日高が独占欲丸出しだったから引きどころを失っていた。 日高と灯里ちゃんもホッとしただろうけれど、実は俺の方も少し助かったと思っていたんだ。「しかもその後から何故か貴方に会うことが多いし、こうぎこちない状態が続くのって嫌なんですよね」 だからつい本人に聞いてしまったのだと彼女は言う。「……」 ああ、うん。 確かに良く顔を合わせてしまう相手なのに、どう対応すればいいのか分
「あ」「あれ? 美智留ちゃん?」 バイト中、客が崩した服を畳みなおしていたら美智留ちゃんが偶然来店していたみたいだ。 俺の姿を見つけて口を“あ”の形にしたまま固まっている。 「いらっしゃい。どうしたの? ここメンズショップだけど」 こっちに引っ越してきたのはいいが、特にやりたいことがあった訳でもないし取りあえずのバイト先として商店街の中にあるメンズショップで働いていた。 引っ越したのは灯里ちゃんを追いかけてきたって言うのもあるが、不良としてある程度顔が知られている地元よりまともな就職先が見つかりそうだとも思ったからだ。 だから特にやりたいこともないし、灯里ちゃんを追っかけつつ良い仕事が見つかればいいなーくらいの感じで日々を過ごしていた。 だけど灯里ちゃんはすでに日高と付き合っているみたいだったし、追っかけすぎると嫌われそうだからほとんど会いに行っていない。 大体、会いたいと思っても直接の連絡先は知らないし、家の場所も知らない。 知ってるのは通ってる学校くらいだ。 知ろうと思えば出来なくはないけど、それをやると本当にストーカーなっちゃうからなぁ……。 そんな感じで灯里ちゃんとは会えていないけれど、代わりの様に美智留ちゃんとはたまに会う。 大体が今みたいに偶然なんだけれど、まあ、縁があるってやつだろう。 「……バイト先って、ここだったんですね」 美智留ちゃんは俺の質問には答えず、そう言って納得すると近くのTシャツ売り場を物色し始めた。 ……少しよそよそすぎないかな? 俺にとってはこの辺りでの数少ない知り合いだ。 灯里ちゃんの友達でもあるし、仲良くしておきたい気持ちはある。 それに、美智留ちゃんも普通に可愛いしねー。「何をお探しかな?」 取りあえず、店員として接してみる。 美智留ちゃんは少し困ったような表情を見せると、Tシャツの方に視線を
メイクを始めるとヘラヘラしていた彼は息を呑んだけれど、それも気にせず進めていく。 一通り終えると、あたしはいつもの様に微笑んだ。 ただ、微笑んだと同時に現実に戻る。 あたしってば、何でこんな奴にまで笑いかけてるのよ。 いくら集中していたからって、コイツが嫌いだってことは変わりないのに。 自分にちょっと嫌気がさしてしまっていると、突然両手をギュッと握られた。「へ?」 何事かと思い目の前の彼を見ると、その顔が近付いて来るのが分かった。 何か、既視感が……。「好きだ」「は?」「ヤバイ、すげぇドキドキしてる。倉木、やっぱり俺と付き合――」 彼のそのセリフは最後まで口にすることは叶わなかった。「今、何か言ったかぁ?」 いつの間にか近くに来て立っていた陸斗が、地の底からはい出て来るような声でそう言う。「ひっ!」「さっきもう手は出さねぇとか言ってたよなぁ? 俺の空耳だったのか?」「ひぇっ!」 押しつぶすような威圧感に、彼はあたしの手を離し物凄く怯え始める。 流石にこのままじゃマズイ。 暴力は振るわないだろうけれど、今の陸斗はマジ切れ寸前って感じで怖い。 クラスメイト相手にするような態度じゃない。 元総長って事だけはバレて欲しくないあたしは、立ち上がって陸斗の視界から彼を見えないようにする。「陸斗、落ち着いて。冗談に決まってるじゃない。あたしは陸斗と付き合ってるんだから」 陸斗の怒りを誤魔化すようにことさら明るい声で言う。 そしてまだ怯えている彼に「そうだよね?」と同意を求めた。「お、おう。そうだよ。人の彼女取ったりなんてする訳ねぇじゃん。冗談だって!」 そう言い終えると、彼は何とか立ち上がって足をもつれさせながら教室を出て行く
そして次は男子の番。 男子は希望者だけだからそんなにかからない。 お盆が来る前に予定通り終われそうだ。 その男子へのメイク初日は班のメンバー。工藤くん、小林くん、花田くんだ。 このメンバーだからか、今日は皆集まっている。 と言っても、午前中部活の沙良ちゃんは部活が終わってから合流するけれど。「じゃあまずは俺からな」 そう言った工藤くんから順番に始める。 小林くんが男らしい感じで! とリクエストを言ったくらいで、他二人はお任せすると言ってくれたので比較的スムーズにメイクをしていけた。 でも、何故か毎度の事ながらメイクを終えた直後は皆停止してしまう。 メイク中のあたしがカッコイイからだとか美智留ちゃん達は言うけれど、だからって止まってしまう程かなぁ? カッコイイって言われるのは嬉しいけどさ。「日高や杉沢さんが一発で落とされたの分かった気がする」「ああ、これはヤバイ。グッとくる」「まあ、でも倉木さんが誰を好きかなんて分かり切ってるから、俺達が彼女に惹かれることはないけどね」 工藤くんと小林くんが何やら感想を口にして、最後に花田くんが当たり前のことを言う。 当たり前の事なのに、陸斗とさくらちゃんが物凄くホッとした顔をするのはなんでなんだろう。 解せぬ。 とにかく今日のメイクはこの三人だけだから、あたし達は片付けをしながらお喋りをしつつ沙良ちゃんを待った。 時計の針が十一時十五分を過ぎた頃に、廊下からバタバタと走る音が響いて来る。「皆、お待たせー」 かなり急いで来たのか、息を切らしながら沙良ちゃんがドアを開く。「そんなに待ってないよ。急がなくても良かったのに」「いや、三人のメイクも気になってたしさ」 美智留ちゃんの言葉にそう答えた沙良ちゃんは男子三人を改めて見た。