翌日。
他の生徒達が楽しそうに今日の予定を話したり、寄り道したい場所などをキャアキャア話題にしていた。
そんな中、あたし達のグループだけはお通夜の様な……ピリピリしている様な、なんとも言えない雰囲気を漂わせている。「お、おはよう」
まずは工藤くんが挨拶してきた。
でもそれすらもぎこちない。「おはよう、今日は楽しみだね」そんな工藤くんに、さくらちゃんはこの雰囲気とは真逆な笑顔で返した。
その様子を見て安心したのか、いつもの調子を取り戻して「おう、楽しみだな!」と笑顔になる工藤くん。
空気が重苦しいままだと言うことに気付いていないみたいだ。鈍感だって言われるあたしでも、朝からずっと続くこの空気には知らないふりも出来なかったのに。
でも男子は何だかそれで安心したみたいで、皆も挨拶し始めた。そして、ためらいがちではあるけれど花田くんもさくらちゃんに声を掛ける。
「宮野さん、おはよう。その、昨日の――」
「あ! 先生も集まって来たよ。そろそろ並んでた方が良いんじゃないかな?」
花田くんの言葉を遮(さえぎ)って、さくらちゃんは先に離れて行ってしまった。
「……」取り残された花田くんは無言。
その様子を見た男子たちは流石にこの空気に気付いたのか、固まっていた。
「……なあ、宮野って……もしかしなくても滅茶苦茶怒ってる?」あたしの近くにいた日高くんが、小さな声で探るように聞いて来た。
「……うん」
どう伝えるべきか考えて、結局肯定の言葉だけを口にする。
取り残された花田くんが可哀想にも見えるけれど、元は彼の失言が原因なのだからどうしようもない。それに昨日協力すると約束したし。
「宮野さん、昨日はごめん!」 朝から避けられていたからだろうか。 花田くんは真っ先に頭を下げて謝った。「俺、昨日はつい中学の時の藤原さんと宮野さんを重ねちゃって……。二人は違うのに、本当にごめん!」 目の前で頭を下げる花田くんをさくらちゃんは怖いくらいの無表情で見つめ、淡々と言葉を紡いだ。「そうだよ。あたしと藤原さんは違うよ」 それが当たり前の事なんだと、言い聞かせるように繰り返す。「大体さ、昨日からイケメンがとか顔の良い方がとか言ってるけど、花田くんの顔も日高くんの顔も、あたしの好みじゃないからね?」「え?」 淡々と口にされた衝撃の事実に、花田くんは顔を上げる。 あたしも内心ではええーーー!? と驚いていた。「顔の好みだけで言ったら、小林くんみたいな可愛い系の方が好きなんだから」 それは初めて知った。 というか、沙良ちゃんの好みも小林くんって言ってたから小林くん人気だねぇ……。「花田くんなんてパッと見チャラ男だし、見た目だけならむしろ苦手なタイプだよ」「え……じゃあ、何で」 何で好きになってくれたのか。そんな言葉も最後まで言えないほどショックだったのか、花田くんの体が少しふらついた。「何で好きになったかって? 藤原さんの事を愚痴られたときに、花田くんの事色々知ったからだよ」 言葉には出てこなくても続きを察したさくらちゃんはそう答える。「たまたまいたあたしに愚痴ったりとか女々しいところがあったり、意外と寂しがり屋で本当は誰かに甘えたいって気持ちがあるところとか」「甘えたい?」 つい呟く。 いつもみんなのフォローをしているお兄さんみたいな花田くんがそんな風に思っているとは思えなかった。 でも当の花田くんは目を見開いて驚くだけで否
この動物園はそこまで有名な場所というわけでもない。 それなりに広さはあるけれど、キリンやライオンなどの大型な動物は少なく小動物の触れ合いコーナーがメインの動物園だ。 小学生が初めて来るにはピッタリ、といった感じの場所。 そんな中でも唯一の大型動物が象で、園の目玉とも言える。 さくらちゃんが行った方向にはその象舎(ぞうしゃ)があるので、取りあえずそこへ向かうことにした。 特に何も話さず歩いていたけれど、あたしは思い切って聞いてみることにした。「あのさ、花田くん。聞いてもいいかな?」「え? 何を?」 さくらちゃんは花田くんのプライベートなことだから話せないと言ったけれど、やっぱり気になるし、あんなことを言った理由を知らないとあたしが花田くんを許せない。 だから、聞くことにした。「昨日どうしてさくらちゃんにあんなことを言ったの? さくらちゃんは理由を知ってるって言ってたけど、花田くんのプライベートのことだから言えないって。……どうしても無理なら言わなくていいけど、出来れば教えて欲しいなと思って」「ああ……宮野さんは知ってるんだっけ……」 そう言って視線を落とした花田くんは、しばらく無言で足を進めたあとポツリポツリと話し出す。「そんな、大した話じゃないんだ。……ただ、俺がバカだっただけで」 中学の頃の話だよ、と苦みを抑えるような微笑みで語りだした。「中二のとき、俺のこと好きになってくれた女の子がいてさ。でも俺、その子はタイプじゃなかったし、友達以上には思えなかった。それでもずっと好意を向けられてたら気にもなってくるし、悪い子じゃなかったからね。多分、ほとんど好きになりかけてたんだ」 恋愛話にはうといあたしだけれど、何となくは分かる。 友達以上には思えなくても、嫌いじゃない。 多分、友達としては好きな方だったんだろう
「ガッツリメイクって感じじゃねぇけど、それだけでも雰囲気変わるんだな」 日高くんの感想に、意識を今に戻す。「うん。アイブロウとアイライン、あとリップ軽く付けただけだけどね」 目元はマスカラを付けると更に印象が変わるけれど、流石にそこまですると叱られそうとでも思ったんだろう。 美智留ちゃんが持って来ていた化粧品の中には入っていなかったし。「……あんまし他の男に近付くなよ?」「へ?」 言葉は分かるけれど、意味が分からない。 彼は突然何を言い出すのか。「前にも言ったと思うけどよ、お前メイクすると変わるんだよ。そんなちょっとしたメイクでもよく見れば可愛いって思うやつは結構いるんだ」「そうかなぁ?」 流石にそこまではいないと思うけど……。「だから、近付くなよ?」 近くで念を押される。「う、うん」 強い眼差しで見つめられて、それ以外言えなかった。 あたしが了承するとやっと離れてくれる。 あんまり近付かれると、今までキスとか色々されたことを思い出してしまうから心臓に悪い。 うるさい心臓を落ち着かせて皆と共に並ぶと、さくらちゃんの姿が目に入る。 とにかくあたしのことは置いておいて、さくらちゃんと花田くんがちゃんと仲直り出来ると良いと思った。 そんなこんなで、気不味い雰囲気を継続しながら動物園に到着したあたし達。 入場してすぐに工藤くんが分かれて回ろうかと提案して来た。「で、宮野は司とーー」「日高くん、一緒に行こう!」「え?」 二人を仲直りさせようと思ったんだろう。 工藤くんはさくらちゃんと花田くんでペアにしたかったみたい。 だけど、当のさくらちゃんがその言葉を遮って日高くんの腕を掴んだ。「ほら、早く行こ
翌日。 他の生徒達が楽しそうに今日の予定を話したり、寄り道したい場所などをキャアキャア話題にしていた。 そんな中、あたし達のグループだけはお通夜の様な……ピリピリしている様な、なんとも言えない雰囲気を漂わせている。「お、おはよう」 まずは工藤くんが挨拶してきた。 でもそれすらもぎこちない。「おはよう、今日は楽しみだね」 そんな工藤くんに、さくらちゃんはこの雰囲気とは真逆な笑顔で返した。 その様子を見て安心したのか、いつもの調子を取り戻して「おう、楽しみだな!」と笑顔になる工藤くん。 空気が重苦しいままだと言うことに気付いていないみたいだ。 鈍感だって言われるあたしでも、朝からずっと続くこの空気には知らないふりも出来なかったのに。 でも男子は何だかそれで安心したみたいで、皆も挨拶し始めた。 そして、ためらいがちではあるけれど花田くんもさくらちゃんに声を掛ける。「宮野さん、おはよう。その、昨日の――」「あ! 先生も集まって来たよ。そろそろ並んでた方が良いんじゃないかな?」 花田くんの言葉を遮(さえぎ)って、さくらちゃんは先に離れて行ってしまった。「……」 取り残された花田くんは無言。 その様子を見た男子たちは流石にこの空気に気付いたのか、固まっていた。「……なあ、宮野って……もしかしなくても滅茶苦茶怒ってる?」 あたしの近くにいた日高くんが、小さな声で探るように聞いて来た。「……うん」 どう伝えるべきか考えて、結局肯定の言葉だけを口にする。 取り残された花田くんが可哀想にも見えるけれど、元は彼の失言が原因なのだからどうしようもない。 それに昨日協力すると約束したし。
「違うって、言ってるのにっ!」 叫ぶ彼女を見て驚く。 こんな風に感情を曝(さら)け出して叫ぶ姿を初めて見たから。「宮野さん……」 花田くんが戸惑いながら彼女の名前を呼んだ。「ちょっと、どうし――」「何やってるの? もうすぐ消灯時間よ!? 早く部屋に戻りなさい!」 美智留ちゃんがどうしたのか聞こうとすると、見回りをしていたらしい先生に叫ばれてしまう。 どうするべきかと一瞬迷ったけれど、さくらちゃんが目に涙を溜めながら花田くんを睨むと踵を返して歩いて行ってしまった。「あ、さくら!」 追いかける美智留ちゃん。 あたしと沙良ちゃんも放っておけなくて、すぐに追いかけた。 さくらちゃんは部屋に戻ってからもしばらく泣いていた。 花田くんに嫌な事を言われたんだろうって事は去り際の言葉で分かるけれど、何があったのかは分からない。 美智留ちゃんと沙良ちゃんもその前の会話は聞いていなかったみたいで、分からないと言っていた。「……ごめんね、突然叫んで戻ってきて」 しばらくして少し落ち着いたさくらちゃんは、目を赤くしてあたし達に謝ってくる。「ううん、それだけのことがあったんでしょう?」「そうそう。それは気にしなくて良いから。……何があったか、聞いてもいい?」 二人がそう言っている間に、あたしはタオルを冷やしてきてさくらちゃんに渡した。 冷やしておかないと、明日の朝腫れぼったくなってしまう。「ありがとう……」 そう言ってタオルを受け取ったさくらちゃんは、目を冷やしながら話してくれる。「えっと、日高くんが素顔みせてくれたでしょ? それであたし、呆気にとられて……そのまま色々考えてたの。灯里ちゃんは知ってるのかなとか、どう
「実は日高って、超絶イケメンだったんだよ」「……」 沈黙が流れる中、あたしは内心絶叫していた。 そうだよ! あたしだってメガネ取って美智留ちゃん達に素顔見られたんだから、日高くんだって見られててもおかしくないじゃない! 秘密がバレちゃったってこと!? 日高くんはどうしたいの!? 混乱と絶叫が心の中で吹き荒れていた。 ギギギ、と音が鳴りそうな動きで日高くんを見ると、意外にも落ち着いている。 それを見て、あたしはやっと落ち着くことが出来た。「工藤……お前それ秘密にしろよって言っただろ?」「でも仲間うちには話しても良いって言ってただろ?」 文句を言う日高くんに、工藤くんはケロッとしている。「え? ってことは本当なの? 冗談じゃなくて?」 沙良ちゃんが今度は少し本気で驚いたといった感じに言う。 二人のやり取りを見るまで本気にしていなかったんだろう。「ほら日高、納得してねぇみたいだから見せてやれって」 ニヤニヤしながら小林くんが促す。 日高くんは不満そうにしながらもメガネを外した。「ったく、お前らちゃんと隠しとけよ?」 そう言って彼は沙良ちゃんとさくらちゃんに見えるように顔を上げる。 湯上り姿の日高くんは、メガネなしだと更に破壊力が高かった。 その状態で流し目なんてされたので、あたしは恥ずかしさで思わず目を逸らしてしまう。 何これ!? イケメン通り越して美人なんだけど!!? テンパるけれど、逸らした目線の先にいた美智留ちゃんを見てあれ? と思う。 美智留ちゃんは日高くんの顔を見ず、周囲を警戒するように見張っていた。「……あ、日高メガネ戻しな。誰か来るよ」