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第1271話

Author: 夜月 アヤメ
女囚のひとりが侑子の脚を容赦なく蹴りつける。

「とっととトイレ行って掃除しな!さもないと、容赦しないわよ!」

この房には―わざと選ばれたかのように、安奈も侑子も押し込まれていた。

ここにいる女たちは全員、筋金入りの凶暴者。

新入りが入ってきたら、徹底的にいたぶるのがルールだった。

侑子は唾を飲み込みながら、おそるおそる立ち上がる。

「......ど、どうすれば......」

腕が脚に勝てるわけもなく、反抗なんてできない。

いまはただ、従うしかなかった。

―なんとかして、ここから出ないと。

この子がいる。

お腹の中のこの子が、唯一の命綱。

それに、彼女の背後にはまだ一人、あの男がいる。

名前はまだ口にしていない。

だが、もしものときの切り札になる。

彼女の中にはまだ、二つのカードが残されていた。

「ふふっ、あははははっ」

安奈が薄ら笑いを浮かべながら、トイレを指差す。

「早く行きなよ、侑子姉。今さら藤沢家の奥様ごっこなんて通用しないわよ」

突然―

姉貴が安奈の髪を掴んで、床にドンと叩きつけた。

「ぼさっとしてんじゃないよ、さっさと新入りに教えてやりな。私がいちいちお前に指示出さなきゃ動けないのか?使えねぇクズが」

そう吐き捨てたあと、姉貴は安奈の顔に唾を吐いた。

ぺっ、と音を立てて唾が安奈の頬を汚す。

安奈はそれを拭こうともせず、地面にひれ伏すようにしてへらへら笑った。

「は、はい......すぐやります、姉貴」

這うように立ち上がり、今度は侑子へ向き直る。

「ほら、こっち来な」

怒りと憎しみを込めた目でにらみつけながら、侑子の背を押し、ゴム手袋を無理やりはめさせる。

「これ持て!こすれ!力いっぱいな!」

言葉だけでなく、その態度もまるで犬をしつけるかのようだった。

その様子を、ほかの女囚人たちは実に楽しげに眺めていた。

得意げな笑みを浮かべながら。

姉貴はというと、ベッドに寄りかかって、ゆっくりとスイカの種を吐き出していた。

ここでは、誰もが姉貴に頭が上がらない。

女囚たちの間では、姉貴こそが「女王」だった。

安奈も、ここに入ったばかりの頃はずいぶん口が悪くて、傲慢だった。

でも今や―完全にしつけられていた。

姉貴とその取り巻き数人に、徹底的に叩きのめされたのだ。

便器に頭を突っ込まれ、頭
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Comments (3)
goodnovel comment avatar
ayako
希望的観測ですが、作者は侑子の死刑執行の前に生き地獄を味合わせたくて妊娠させたのかな、とか思ったりしてます。
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シマエナガlove
侑子処刑決まった 子供は修の子供じゃないでしょ 修の子供だ言っても 引き取り拒否すれば 施設行きだし まだしばらく侑子の話ですかね もう処刑でいいのでは 若子は早くに修に 子供の事話しして 修の家に避難するのがいい すべてバレたことで 西也がやらかすと思う 近親婚でも関係ないって 子供作らなければいい おじさんや花に発言してたし ほんとはここで退場して欲しいんだけど
goodnovel comment avatar
barairose88
書き手の方は、よほど侑子がお気に入りなのでしょうか… まだ侑子ターンが続くのですか…しかも牢内って。 正直、不快感極まりないです。 侑子の退場を喜び、心底すっきりしていたのに、いったい何の布石、前置き? いづれにしても侑子目線でのストーリーはもう一切読みたくないです。 若子、辛いですね。  受け止めるには、あまりにも大きすぎる現実です。 こんな時こそ、修がそばにいてあげて欲しい… 戻って来って!
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