共有

第842話

作者: 心温まるお言葉
車がブルーベイに到着すると、和泉夕子は穂果ちゃんを抱えて一階のリビングルームに連れていった。小さな女の子はすっかり眠り込んでいて起こせなかったので、そのまま寝かせておくことにした。

彼女は穂果ちゃんに毛布をかけてから書斎へ向かった。霜村冷司がチップの計算処理を行っている姿は、集中していて魅力的な輝きを放っていた。

ドア枠に寄りかかり、スタンドライトに照らされた男性を暫し見つめていた彼女は、家政婦に牛乳を温めるよう頼み、それを持って静かに書斎のデスクに置いた。

「どう?チップを開くのにあとどれくらいかかる?」

回路を組み立てていた男は、濃い眉の下の長いまつげを伏せた。

「たぶん、一晩かな」

一晩?

彼はなんでも得意なはずじゃなかったの?

なぜチップを処理するのに一晩もかかるの?

「そばに座って付き合ってくれ」

和泉夕子が驚いていると、霜村冷司は星空のように美しい瞳で隣のソファを見て、座るよう促した。

夫がチップの解読を手伝ってくれているのだから、少しくらい付き添わないのはまずいと思い、彼女はデスクを回って隣に座った。

霜村冷司の骨ばった指がキーボードを素早く叩き、コンピュータ画面にはすぐに和泉夕子には理解できないコードの束が表示された。

最初は簡単だと思っていた霜村冷司だったが、後半の操作に入るとパスワードがあることに気づき、整った眉がだんだんと寄せられていった。

「お姉さんは建築デザインを専攻したんじゃなかったのか?なぜコンピュータにも詳しいんだ?」

「え?どういう意味?」

つまり、開くのが難しいということだ。霜村冷司は何度も解読を試みたが、成功しなかった。

画面に時々現れる赤い×印の警告を見て、和泉夕子は理解した。

彼女の何でもできる夫が、ついに手ごわい相手に出会ったのだ。

「ハッカーを呼んで解読してもらう?」

「もう少し試してみる……」

午前五時十五分、和泉夕子はあくびをしながら霜村冷司を説得した。

「ねえ、お願いだからハッカー呼んでくれない?……」

霜村冷司の指はようやくキーボードから離れ、横の携帯電話に伸び、霜村涼平に電話をかけた。

やっと眠りについたばかりの霜村涼平は、冷司兄さんからの着信を見て、いらいらしながら電話を取った。

「れ…」

「ブルーベイに来い」

「冷司兄さん」と言いかけたとき、電話の向こう
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第954話

    如月雅也との面会を終えた霜村冷司がブルーベイの自宅に戻ると、和泉夕子が穂果ちゃんの宿題を見ていた。彼が帰ってきたのを見て和泉夕子はすぐに駆け寄り、脱いだコートを受け取った。「どうだった?」和泉夕子はコートを使用人に渡し、背伸びをして霜村冷司のネクタイを外した。その優しさに、霜村冷司は思わず彼女にキスをした。「恥ずかしい......」机にうつ伏せになって字を書いていた穂果ちゃんは、それを見た瞬間、ぷっくりした小さな手で目を隠した。その後、少しだけ隙間を作り、またこっそりと覗いていた。「思奈、部屋に戻りなさい」霜村冷司は顎で合図した。穂果ちゃんは不満そうに彼を睨み、「叔父さん、意地悪......」と呟いた。口ではそう言いながらも、ノートを持って足をバタバタさせながら自分の部屋へ走っていった。穂果ちゃんが部屋に戻ると、霜村冷司は和泉夕子を抱き上げ、「ねえ、お前の今日のノルマは、まだだよな?」と言った。霜村冷司の腕に抱かれた和泉夕子は、彼の完璧な顔を軽くつねり、「ノルマ終わらせて欲しいのかい?」と尋ねた。和泉夕子を見下ろしているっ霜村冷司は軽く頷き、「終わったら、凛音と如月さんの話を聞かせてやる」と言った。またそれ?和泉夕子はもう騙されない。「どうでもいいわ。言いたくないなら言わなくていい。私はあとで穂果ちゃんと寝るから」また穂果ちゃんと寝るなんてことを聞いた霜村冷司は焦った。「わかった、話すから。一人にしないでくれ」夕子は満足そうに頷いた。「よろしい」彼女は指をさして言った。「ソファに降ろして。でないと穂果ちゃんと寝るわよ」この手には弱い霜村冷司は、素直に彼女をソファに降ろした。和泉夕子は尋ねた。「凛音と如月さん、うまくいったの?」霜村冷司は彼女の向かいに座り、「二人は交際を始めることに同意した。多分うまくいくんじゃないか?」と言った。うまくいったと聞いて、和泉夕子は笑顔になった。「まさか最後の顧客があなたの義弟になるとは思わなかったわ」その件に触れた途端、霜村冷司は少し疑問に思い、目を伏せた。なぜ如月尭は春日春奈に直接現場の視察をさせる必要があってのだろうか?北米の大企業のトップである如月尭が、こんな些細なことにわざわざ指示を出すとは考えにくい。霜村冷司はきっと何か裏があると思ったが

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第953話

    霜村涼平は腕まくりをして殴りかかろうとしたが、霜村若希に止められた。「如月さん、A市はまだ観光していないでしょう?凛音に案内させましょうか」何事もなかったかのように、如月雅也は視線を外し、「確かに初めてきたし、お願いしようかな」と言った。霜村凛音はすぐに立ち上がり、「では、ビーチにでも行きましょうか」と言った。如月雅也は「いいね」と返事をして歩き出そうとすると、霜村涼平も立ち上がった。「僕も行く」霜村若希は霜村涼平の袖を掴んでソファに引き戻した。「凛音、如月さんを連れて行って。私、涼平と話すことがあるから」霜村凛音は兄の険しい顔を見て、なぜ如月雅也にそこまで嫌悪感を抱いているのか分からなかった。しかし、こんな席で失礼な態度をとるわけにはいかない。相手に無礼だと思われる。霜村凛音は如月雅也に「行きましょう」と手招きをした。「如月さん、行きましょう。車で案内します」如月雅也は歩き出したが、ドアの前で振り返り、霜村涼平を横目で見た。「君の兄さん、ここ大丈夫?」如月雅也が頭を指差しているのを見て、霜村凛音は苦笑いした。「彼、障害なんです。気にしないでください」「......」霜村凛音と如月雅也が去ると、霜村若希は笑顔を消し、霜村涼平に向き直った。「どうしたの?」「気に入らないんだ」霜村若希は信じなかった。「まさか、まだ白夜のことで根に持ってるの?」「そんなことはない」そう言うと、霜村涼平はジャケットを手に取り、立ち上がった。「姉さん、予定があるから、先に行く」霜村涼平の後ろ姿を見つめ、霜村若希は深くため息をついた。「涼平、もう白夜と遊んでばかりいないで......」「大丈夫だ」霜村涼平は振り返らず、軽く手を振った。外に出ると、霜村涼平の表情は曇った。駐車場係からキーを受け取ると、すぐに車に乗り込み、唐沢白夜の別荘へ向かった。唐沢白夜は、大西渉の件の弁護を引き受け、相川言成との裁判をサポートすることになった。帝都から戻ってきたばかりで、明日杏奈から話を聞こうと思っていたため、ちょうど家にいる。霜村涼平は別荘に入り、慣れた様子でリビングへ向かった。足を止める前に、強いワインの香りが鼻をついた。唐沢白夜はバーカウンターにもたれかかっていた。ワイシャツのボタンが外

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第952話

    霜村家の方は、霜村凛音と両親に加え、霜村冷司、霜村若希、霜村涼平も出席していた。霜村冷司は本来和泉夕子も連れてくるつもりだったが、彼女は、春日春奈の最後の仕事が如月家と関連しているものだと話した。彼女は、もし妻として出席した後、今後春日春奈として如月家と仕事をする際に正体がばれてしまうことを恐れて来なかった。如月雅也は大野佑欣に会った後、帰国してさらに二人と会ったが、良い相手に巡り合えず、祖父が霜村家との縁談を持ち込んできた。彼の祖父は霜村家のやり方を気に入っており、如月雅也自身も、ビジネスの世界で名を馳せる霜村冷司の腕に一目置いていた。霜村冷司は他の人間とは違い、政略結婚にも、しがらみにも頼らず、ただひたすら実力とプロジェクトで結果を出し続けてきた。弟の霜村羡礼に関しては、北米進出の際に如月家からいくつかのプロジェクトを奪い取った。実行したのは霜村羡礼だったが、裏で指揮していたのは霜村冷司だった。如月雅也は霜村冷司の実力を探ってみたい気持ちもあり、この縁談に応じていた。実際に会ってみると、霜村冷司のオーラは強く、立ち振る舞いにも気品が漂っていた。如月雅也は自分の一番上の兄もきっと会ったら気に入るだろうと確信した。二人ともビジネスの世界で成功を収めているのだから。霜村冷司を見終えた後、彼はその場にいた全員に視線を向け、透き通るような視線が最後に辿り着いたのは霜村凛音だった。霜村凛音は大野佑欣と同じように、どこか緊張していて、上の空のように見える。彼女もまた、何か事情を抱えているお嬢様のようだ。まさか、今回も芝居に付き合わされるなんてことはないだろうな?だったら、芸能界で活躍する二番目の兄に演技指導をしてもらわなければいけないな。如月雅也があれこれと思いを巡らせていると、霜村凛音の両親は彼女に、お茶を淹れさせた。きちんと仕立てられた服を着た霜村凛音は、ポットを持って立ち上がり、彼のコップにお茶を注いだ。「如月さん、お茶です。どうぞ」霜村凛音の声は美しくて、如月雅也は彼女を改めて見つめた。如月雅也が娘を見ているのに気づき、霜村凛音の両親は顔を見合わせた。「如月さん、最近は何をされているのでしょうか?」如月家は長男が後を継ぎ、次男は芸能活動に専念している。三男はというと、あんまり真面目には

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第951話

    土下座?霜村さんは奥さんとより戻そうとした時、土下座したのか?沢田は自分の膝を見た。神様と両親に跪くことはあっても、大野佑欣に跪くなんて、ありえない!と思ったその夜、沢田は柔らかいカーペットの上に跪き、大野佑欣の両手を掴んで頭を下げ、彼女に許しを乞うた。「許してくれ。もう二度とお前を利用したりしない......」大野佑欣は沢田の手を振り払い、腕を組んで彼を見下ろした。「5ヶ月後、本当にいなくなるの?」これはどうしてもやらなければならないことで、沢田にはどうすることもできない。「もし戻って来られたら、必ずお前と結婚する」彼の力強い誓いの言葉に、大野佑欣は深く息をついた。彼女はどこへ行くのかも聞かずに、ただ頷いた。彼を好きになったのなら勇気を出して愛してみよう。たとえ結末が良くなくても、大野佑欣は臆病者ではないし、恐れたりもしないし、どんな結果でも受け入れる覚悟があった。沢田は土下座が本当に効くと思わなかったから、心の中で霜村冷司に感謝した後、顔を上げて彼女に尋ねた。「奥さん、もう立ってもいいか?」「誰があなたの奥さんよ!」大野佑欣は彼を睨みつけたが、手を差し伸べて立たせた。「どこで覚えた技なの?入ってきていきなり土下座なんて。知らない人が見たら、私が死んだと思われるじゃない」沢田は誇らしげに大野佑欣に言った。「霜村さんに教わったんだ」大野佑欣は呆れ顔で彼を見た。霜村冷司は明らかに彼をからかっているのに、この馬鹿は気づかずに真似しているなんて、兄と同じくらいばかだ。沢田は気にも留めず、大野佑欣をソファに押し倒した。かすかな衣擦れの音の中で、大野佑欣の服は脱がされ、ふくよかな胸元も彼の大きな手に掴まれ、彼女の背中は反射的に反り返った。「何するのよ......」「久しぶりだろ。我慢できない」「嫌よ。やめて!」沢田は続けるべきかどうかを考えたかのように、一瞬動きを止めた。やっと許してもらえたのに、自分の軽率な行動でまた怒らせてしまったらどうしよう。でも、ここでやめたら、俺がそういうことできない男だって思われるだろうか?迷った挙句、沢田は大野佑欣から手を離そうとした、その時、白い腕が彼の首に巻きつき、沢田は大野佑欣の上に倒れ込んだ。「私も我慢できない。早くして」ベ

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第950話

    しばらくして、沢田は戻ってきた。大野佑欣はソファに座って泣いていたが、彼を見てさらに泣きじゃくり始めた。沢田は初めて彼女の涙を見た。よほど悲しませたのだろうと感じ、慌てて彼女の前にしゃがみ込み、涙を拭った。「ごめん、ごめん。さっきは言いすぎた......」大野佑欣は自分が情けないと思った。沢田に失望していたのに、彼のせいで泣き、彼が戻ってきて慰められると、少し気持ちが楽になったからだ。こんな自分が嫌だった。しかし、彼女の感情は完全に沢田に支配されていて、彼の一挙一動が彼女を揺さぶるのだ。彼女の目から涙がポロポロとこぼれ落ちる様子を見て、沢田は慌てて彼女を抱きしめたり、背中をさすったり、彼女の手を取って自分の頬を叩かせようとしたりした。「殴ってくれ。お前が泣き止むなら、何度でも平手打ちしてくれていい......」沢田の腫れ上がった右頬を見て、大野佑欣は思わず手を伸ばして触れた。「痛む?」沢田は首を横に振った。「痛くない。まだ何度でも耐えられる」彼の目から愛情を感じ取った大野佑欣は、安堵のため息をついた。「もういいわ。理由を話したくないなら、話さなくていい......」彼を許し、自分も解放しよう。すべてを流れに任せよう。最終的に、折れたのは彼女の方だった。沢田は感動した様子で、彼女を強く抱きしめた。「理解してくれてありがとう」今度は大野佑欣は彼を押しのけなかった。泣き疲れたのか、彼の肩にもたれかかって黙っていた。大野佑欣は傍若無人なお嬢様に見えても、沢田の目には、彼女は純粋で優しい女性として映っていた。沢田は彼女の内面を知っていたので、彼女がどんなに乱暴なことをしても、いつも彼女好きなようにやらせていた。「佑欣、明日、俺は如月のところに行って、はっきりさせてくる」大野佑欣は静かに口を開いた。「彼に何を言うの?」「結婚できないことを伝える」「彼が私と結婚しないなら、あなたが私と結婚してくれるの?」「ああ、俺が結婚する!」沢田は大野佑欣から手を離し、彼女の顔を両手で包み込み、彼女の目をじっと見つめた。「俺はまずお前と5ヶ月間一緒いることができる。でも、5ヶ月後にはここを離れなければならない。もし無事に帰って来ることができたら、その後必ずお前と結婚する。いいか?」大

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第949話

    沢田は心の中で葛藤していた。今すぐ出て行くべきなのに、なぜか足が動かなかった。「如月家の三男坊とは、どうなったんだ?」「彼は良い人よ。私たちは近いうちに結婚するわ」沢田は呆然とした後、窓から飛び降り、大野佑欣の肩を掴んで焦ったように言った。「たった一度会っただけで結婚なんて早すぎる。最低でも半年は付き合って、彼がどんな人間か見極めてから結婚した方がいい......」「あなたには関係ないでしょう?」冷静な彼女の反論に、沢田は言葉を失った。彼は大野佑欣の目をじっと見つめた後、意を決して彼女を抱きしめた。「彼と結婚しないでくれ」大野佑欣は彼を押しのけようとしたが、さらに強く抱きしめられた。「あなた本当に面白いわね。私のこと好きじゃないくせに、他の男と結婚するのを止めるなんて。頭おかしいんじゃないの?」沢田は頭を下ろし、顎を彼女の肩に乗せ、力なく彼女の頬にキスをした。「佑欣、お前のことが嫌いなわけじゃない。けど仕方ないんだ。どうしてもやらなければならないことがある。終わるまで、待っていてくれないか?」「待てないわ」大野佑欣は渾身の力を込めて沢田を押しのけ、平手打ちを食らわせた。「出て行って!二度と私の前に姿を現さないで!」大野佑欣の力は強く、沢田の顔はみるみるうちに腫れ上がり、五本の指の跡がくっきりと残った。沢田は殴られた頬の痛みに顔を顰めながら、大野佑欣を見た。「俺がお前のことが好きだと言っても、それでも彼と結婚するのか?」「あなたは遅すぎたわ」さっき、彼女が如月雅也と沢田を試している時に、なぜ出てこなかったのか。今、こっそり部屋に忍び込んできたのも、別れを告げるためで、彼女とやり直すつもりなどないのだろう。これは、沢田の心の中では、たとえ彼女を好きだとしても、それほど深い愛情ではないことを意味している。これから何かあれば、彼はいつでも自分を捨てることだろう。そんな男が、大野佑欣は怖かった。沢田は、頬の焼けるような痛みをこらえ、再び大野佑欣に抱きついた。大野佑欣が彼を押しのけようとすると、彼は彼女の唇を奪った。彼女が息もできないほど、抵抗する気を起こさせないほど、そして心を揺れ動かすほど、激しいキスをした。そして、沢田はゆっくりと彼女から離れた。「お前を騙して近づいたの

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第948話

    大野社が戻ってくると、大野佑欣がリビングでぼんやりとしているのを見て、ため息をついた。「さっき、如月家の三男坊から電話があって、お前のことが気に入らなかったと言っていたが、お前が断ったのか?」如月家に縁談を持ちかけた時、大野社は写真を持参した。如月雅也は写真を見て、「なかなか良いですね」と言い、会うことを承諾したのだ。目の前に絶好のチャンスがあるというのに、一度会っただけで断るとは。若い頃、修羅場をくぐってきた大野社は、当然どこに問題があるのか分かっていた。「お父さん、如月さんは、私が彼に嫁いでも、大野家に何の利益ももたらさないと言っていた」大野社は眉をひそめたが、何も言わずに上着を脱ぎ、大野佑欣の向かいに座った。「とにかく嫁に行って、如月家の三男坊と関係を築けば、いずれはお前の顔を立ててくれるようになるんだから」「如月さんは一見穏やかに見えるが、実際はプライドが高く、女のために譲歩するような男じゃないわ」「たった一度会っただけで、彼のすべてが分かったような口ぶりだな」大野佑欣は深くため息をついた。「お父さん、私もお父さんの助けになりたいの、でも如月さんは明らかに私に興味がなかったわ」もし彼が自分に好意を抱いていたのなら、あんなに率直にものを言うはずがない。いい大人なのだから、それくらい察するべきだ。大野社は何か言おうとしたが、疲れた様子の大野佑欣の顔を見て言葉を飲み込んだ。この子は、小さい頃から自分の言うことをよく聞き、今まで自分に逆らったことは一度もない。これまで数々の縁談を持ってきたが、誰一人として彼女を気に入る者はいなかった。だから、如月家の三男坊が例外であるはずがない。そこで大野社はため息をついた。「お前は別に顔も悪くない。ただ、ちょっと力が強すぎるだけなんだ。なのに、どうして誰も気に入ってくれないんだろう」玄関から入ってきた大野皐月は、鼻で笑って言った。「誰も気に入らなければ、家にずっと居ればいい。一生独身でいても、私が養ってやる」そんな慰めなら何も言わない方がマシだ。「お兄ちゃんだって同じじゃない......」一方は躁鬱症、もう一方は癇癪持ち。兄妹揃って困ったものだ。どうしようもないのは、どっちもどっちだ。大野社は、息子は結婚できず、娘は嫁に行けないと思うと、頭が痛くなった

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第947話

    「それなら......あなたの言うとおりにします」大野佑欣は、そう言うと、深く息を吐いた。彼女は兄を助けたいと思っていたが、如月雅也は政略結婚しても何も得ることはできないと、直接教えてくれた。得られるものがないのなら、自分の人生を犠牲にする必要はない。大野佑欣が心から安堵しているのを見て、如月雅也は少し不思議そうに尋ねた。「僕とのお見合い話に来る女性は、皆、僕と結婚したがります。なのに、あなたは全く乗り気ではありませんでした。それは、なぜでしょうか?」如月雅也がそこまで率直に話すので、大野佑欣も隠さずに答えた。「好きな人がいるんです」「なるほど」「あなたは?」いろいろと話をするうちに、大野佑欣はすっかり緊張が解け、如月雅也に問いかけるその笑顔の目には、少しいたずらっぽい光が宿っていた。「先ほど政略結婚で如月家の地位を固めるつもりはないとおっしゃいましたが、ではなぜ何度も見合いをするのですか?」「僕は、結婚相手は家柄が釣り合う人を選びたいんです」ここで言葉を区切り、如月雅也は続けた。「でないと、兄のように、毎日奥さんと喧嘩することになってしまいますから」大野佑欣は少し理解できずに尋ねた。「なぜ喧嘩するんですか?」如月雅也はハンドルを操作しながら答えた。「育ちも学歴も違うと、喧嘩でしか解決できない問題が出てくるんです」彼の兄嫁は一般家庭の出身で、学歴も兄とは釣り合わず、住む世界が違かっため、喧嘩が絶えないということらしい。大野佑欣も当然その理屈は理解しており、「なるほど、実感としてよく分かっているんですね」と言った。如月雅也は眉を上げた。「ええ」普段の物腰柔らかな紳士とは違う、茶目っ気のある彼の様子に、大野佑欣は思わず笑ってしまった。緊張感がすっかり解けた二人は、連絡先を交換した。如月雅也曰く、友達になるくらいなら問題ないだろう、とのことだった。如月雅也は、ロンドン市内を一周ドライブした後、大野佑欣を家まで送った。大野佑欣はシートベルトを外して降りようとした時、家の門の近くに、物陰に隠れる人影を見つけた。シートベルトにかけた手を止め、目を凝らすと、暗がりに隠れているのは沢田だと気づいた。「どうやら、あなたの好きな人も、あなたのことが好きみたいですね」如月雅也の落ち着い

  • 契約終了、霜村様に手放して欲しい   第946話

    メッセージを受け取った霜村冷司は、和泉夕子と共に穂果ちゃんを迎えに行くところだった。彼はメッセージをしばらく見つめた後、笑みを浮かべた。大野佑欣は沢田のことが本当に好きなのだろう。そうでなければ、大野皐月がプライドを捨ててまで、自分に連絡してくるはずがない。霜村冷司は沢田の選択にどうのこうの言うつもりはなかったが、結局、彼に電話をかけて大野佑欣との仲を取り戻すよう説得した。「彼女が如月家と政略結婚だって?」沢田は携帯電話を持つ手が震えたが、必死に平静を装った。「今すぐロンドンに行けば、まだ二人の顔合わせを止められる」既にロンドンに居た沢田は、数秒間迷った挙げ句、祝福の言葉を伝えることを選んだ。「如月家は申し分ない家柄です。佑欣と如月家の三男坊の二人はお似合いだと思います。俺は邪魔しません」「......」スピーカーフォンで話していた内容は、和泉夕子、相川泰、相川涼介も聞いていたが、彼らは顔を見合わせるだけで、何も言えなかった。「霜村さん、水原さんから新たな任務命令が入りましたので、これで失礼します」そう言うと、沢田はすぐに電話を切った。彼は冷静でいようとしたが、心はとても乱れていた。人を諦めるというのは、こんなにも辛いことなのか。心臓までもが痛む。当時、霜村さんが和泉夕子のために、命懸けだった姿は今でも目に焼きつている。当時は他人事だったが、今ではその気持ちが痛いほどよくわかる。沢田は携帯電話を置き、窓を開けた。目の前にはロンドンの広場の景色が広がっているが、大野佑欣と如月家の三男がどこで会うのか、尋ねる勇気は沢田にはなかった......大野佑欣は、大野社と共に如月家の三男坊に会った。彼は身長189cmの長身で、端正な顔立ち、洗練された立ち居振る舞いをしていた。特に、澄んだ泉のような瞳は、一度見てしまえば全てを見透かされるようだった。しかし、彼は例え全てを知ったとしても、決してそれを口には出さないだろう。たった今、大野社がへりくだって彼のご機嫌を取ろうとしている時でさえも、如月雅也は上品に微笑み、「大野会長、お気遣いなく......」と言うだけだった。如月雅也はワイングラスを傾け、一口飲むと、薄暗い照明の中で大野佑欣を見つめ、「大野さん、少し外を歩きませんか?」と声をかけた。大野社は、二

無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status