DMを開封した途端、大量の画像が視界に飛び込んできた。 肌色が画面を覆い尽くし、直視するのがとても気まずい程。 「──ひッ」 「何だこれ!?」 直ぐに目を逸らしてしまったけど、それは男女がベッドで仲睦まじくしている姿。 そして、一瞬だけその両者の顔が見えたけど、それは間違いなく瞬と麗奈の姿。 この画像の送り主は、間違いなく麗奈だろう。 「これは……清水瞬と、柳麗奈か?」 私はスマホの画面から目を逸らしてしまったけど、滝川さんは画像を確認していたのだろう。 横から私のスマホを覗き込み、眉を顰めながら画像に映る人物を確認していた。 私は、画面から目を逸らしつつ、頷く。 「そう、みたいです……。多分、送り主は麗奈だと思います……」 「どうしてこんな画像を君にわざわざ……気色悪いな……」 「私にも、どうしてこんな事をしたのか分かりません……。もう瞬との関係は終わったのに……」 今更、どうして?そんな疑問が湧き上がる。 見たくないけど、何をそんなに私に知らしめたいのだろう。 そう思った私は、逸らしていた顔を再び画面に戻す。 瞬と麗奈でなくとも、男女がベッドでじゃれついている姿なんて見たくないけど、何か意図があって麗奈はこの画像を送ってきたのだろう。 しかも、複数のアカウントから画像を送り付けてくるなんて、執念深さを感じる。 何を見せたかったのか──。 そう考え、画面を改めて確認した私は、ふと気づいた。 「──あ」 「どうした?何か気づいた事でも?」 私の呟きに、滝川さんが反応して聞いてくれる。 滝川さんの問いかけに、私は小さく頷いた。 「もしかしたら、これって……」 そう呟いたあと、私は沢山送られてきている画像をスクロールして確認していく。 ベッドでじゃれている写真。 レストランでディナーを食べている写真。 イルミネーションの写真。 それらを見た私は、呟く。 「やっぱり……」 「気づいた事でも?」 滝川さんの言葉に、私は確信を持って頷いた。 「はい。この画像に映っている場所……。全部じゃないですが、昔に瞬と──清水さんと一緒に行った事がある場所です。一緒に行った事がない場所は……私が昔、まだ清水さんと関係が拗れてなかった頃に、いつか一緒に
社長室にやってきた私たちは、滝川さんにソファに促されてそのまま腰を下ろす。 少し時間が経った頃。 滝川さんに呼ばれ、2人の男性社員が社長室にやってきた。 「お呼びでしょうか、社長」 「ああ。朝早くから呼び立ててすまなかったな。少し確認してもらいたい事がある」 滝川さんは入ってきた社員にそう言うと、ソファに座る私の方へやってきて、私に話しかける。 「加納さん。スマホを借りてもいい?ウイルスが送られてきていないか、確認しよう。彼らはうちの会社のシステム開発の人間だから、知識がある」 「ほ、本当にいいんでしょうか?」 「ああ、勿論。その代わり、加納さんに相談に乗ってもらうから。いい?」 「もちろんです!私でお役に立てれば!」 私は、鞄からスマホを取り出して滝川さんに渡す。 スマホを受け取った滝川さんは、私に笑顔で頷いてから社員2人に向かってスマホを差し出した。 「彼女のSNSアカウント宛に、複数のアカウントからDMが届いている。それも、毎日だ」 「複数のアカウントから、ですか……?」 「彼女のアカウントは、フォロワーは多いですか?」 滝川さんと社員の方は、話をしながら私のアカウントを確認している。 そして、パソコンと私のスマホを繋ぎ何か作業を始めた。 「──日常的な投稿しかしていないですし、フォロワーも彼女を知っている人や、純粋に投稿を好んでいる人しかいないようですね」 「DMは、彼女のフォロワーではない……」 「こんなに、毎日大量に送られてくるのはやはり少し変ですね」 「ウイルスチェックは終わりました。特に何も出てきません。開いて大丈夫ですね」 「そうか……」 滝川さんと2人の社
滝川さんからの有難い提案に、私は即座に頷いた。 いつまでも気持ち悪さを感じていたくなんてないし、早く何でもないと判断つけたかった。 「よし。それじゃあ今日は一緒に会社へ。退屈させてしまうかもしれないが、仕事が終わるまで待っていてもらってもいいか?帰りは一緒に帰ろう」 「分かりました。ご迷惑をおかけして、すみません」 「いいや。気にしないで。それに……加納さんに相談したい事もあったんだ。ちょうど良かった」 にこり、と笑みを浮かべる滝川さんに、私は「私で力になれるなら」と答えた。 朝食を終えた私たちは、間宮さんが運転する車に乗り込み、滝川さんの会社に向かう。 会社に到着した私たちは、滝川さん自ら私の車椅子を押してくれて社内を進む。 秘書の持田さんと間宮さんも私たちの後から続き、歩いているのだが──。 「め、目立っているような……気がします」 「そう?」 けろっと答える滝川さんに、私は苦笑いを浮かべる。 滝川さんは、この会社の社長である以前にとても目立つ容姿をしている。 実際、滝川さんが会社のエントランスに姿を見せると、受付の女性が色めき立ち、社員も滝川さんに注目している。 そして、滝川さんがわざわざ車椅子を押している人物──私を、奇異の目で見つめる人が多い。 普段、こんなに注目を集める生活をしてこなかった私は、緊張でガチガチに体を強ばらせてしまう。 「間宮……」 「かしこまりました」 滝川さんが低い声で間宮さんの名前を呼ぶ。 すると、間宮さんはすっと頭を下げてエントランスに集まっている社員達の方へ歩いて行くのが見えた。 どうしたのだろうか。 私が間宮さんを振り返ろうとしたところで、滝川さんから話しかけられる。 「加納さん。そう言えば雑誌はどれくらい読んだ?」 「わんちゃんのですよね!?滝川さんから頂いた雑誌は全部読み終わって、今はより専門的な本を取り寄せて内容を確認しています!」 私が活き活きと語たるのを見て、滝川さんは優しく目を細めた。 「そうか……。そんなに勉強してくれてありがとう。助かるよ」 「いえ、とんでもないです!昔から調べ物をしたり、学ぶ事が好きだったので楽しいです」 「加納さんは、学校でも優秀だったと聞いた事があるよ」 「え、そうなんですか?
滝川さんから犬に関する雑誌を渡された日から、私は必死にお世話の仕方や、躾。病気に関する事などを調べた。 実家では、昔ゴールデンレトリバーを飼っていた。 毎朝、毎晩散歩に連れていき、沢山一緒に遊んだ。 けど。 数年前。 実家から私が出てしまい、瞬と付き合うようになってから、一度も実家には行っていない。 あの子は、元気だろうか。 そう考えるが、実家の敷居をまたがせてくれないかもしれない、と考えると怖くて。 私は無意識に家の事を考える事を避けていた。 それに、瞬は犬が嫌いだ。 小動物全般が嫌いなため、瞬にペットを飼いたいと言い出す事はできなかった。 けれど。 今回、滝川さんのご友人が海外出張に行く関係で、しばらくの間、わんちゃんと触れ合える。 「ご友人が帰ってくるまで、しっかり病気もさせず元気に過ごしてもらわないと……!」 早く怪我も治して、散歩も一緒に行きたい。 沢山遊んで、ご主人がいない寂しさを感じないようにしてあげたい。 私は日々、わんちゃんを迎える準備を進める事に必死になって、家探しや職探しが後回しになっている事に、その時は全く気づかなかった。 そんな日をどれくらい、過ごしていただろうか。 ある日、突然知らないアカウントからDMが届いた。 「……SNS?」 今は殆ど利用する事がなくなってしまった、インスタ。 その私のアカウント宛に、一通のDMが届いた。 差出人は見知らぬ人。 見た事のない画像のアカウントだった。 ウイルス感染でもしたら大変だ。と、思い私はその通知を無視してスマホを閉
私が、滝川さんのお家にお邪魔するようになって、数日。 この数日の間、通院や買い物へは間宮さんか持田さんが付き添ってくれた。 車椅子だと、自分で歩く事もできない。 だから私は先生に相談して松葉杖をレンタルさせてもらった。 松葉杖があれば、お家の中だけでも1人で行動できる範囲が広がる。 それに、時間が経てばちょっとした近所の散歩もできるようになる。 私はしばらく入院していた事と、滝川さんのお家であまり動かない生活をしていたせいか、お腹周りが気になり始めていた。 ご飯も毎食美味しいものを持田さんや間宮さんが用意してくれるから、ついつい食が進んでしまっている。 体重計に乗るのが今はとても怖い。 だから私は、滝川さんの家では出来るだけ松葉杖を使い、動くようにした。 「加納さん。少しいい?」 「滝川さん?はい、大丈夫ですよ。どうぞ」 滝川さんの声が聞こえ、私は松葉杖を使い部屋の扉を開ける。 私が松葉杖を使う姿を、心配そうに見つめる滝川さんに私は笑って見せた。 「大分慣れてきたんです。板に付いてきたと思いませんか?」 「……だけど、やっぱり危ないんじゃないか?腕の筋肉だって使うし…加納さんは退院したばかりなんだから、もうしばらくは車椅子の方が…」 「外出する時は車椅子を使わせてもらいますね。お医者様も言ってました。筋力が落ちているから、ちょっとずつ戻して行こうって。松葉杖は、ちょうどいいトレーニングになるんです」 「加納さんがそう言うなら…。けど、本当に無理だけはしないでくれ」 「ええ、分かりました。それで、どうしました?」 何か用事でもあったのでは、と思い滝川さんに尋ねると、滝川さんは「そうだった」と言葉を発しながら、持っていた雑誌を私に渡してくる。 「友人がしばらく海外に出張に行くらしくて。その間、ペットの世話を頼みたいと言われたんだ。ペットは、犬なんだけど…加納さんは、アレルギーとか大丈夫?」 「わんちゃんですか!?」 滝川さんの言葉に、私は目を輝かせて食いつく。 私の食いつき方に滝川さんは驚いたようだったけど、すぐに笑顔を浮かべて「犬好きなの?」と聞いてくれた。 「動物は好きです。昔、実家でゴールデンを飼っていたんです。滝川さんのお友達のわんちゃんの犬種ってなんですか?」
リビングでの楽しいひと時が終わり、私たちは自分の部屋に戻っていた。持田さんと間宮さんが部屋に入れてくれた購入品などを袋から出し、近くのボックスに保管していく。ベッド脇にあるローチェストにボックスをしまい、私は一息つく。今日は、買い物に行った事と、瞬と出会ってしまった事で、とても疲れた。私はベッドにころり、と転がると目を閉じた。気づかなかったけれど、疲労は溜まっていたのだろう。目を閉じてからすぐに眠気がやってきて、私は眠ってしまった。コンコン、と扉をノックする音に、ふっと意識が浮上する。目を開け、室内の窓に目をやると窓の外は夕日が沈み始めていて、大分昼寝をしてしまったいた事に気づき、私は慌てて起き上がった。「加納さん……?寝ていらっしゃいますか?」ドアの外から、持田さんの声が聞こえ、私は慌てて返事をした。「お、起きました!すみません持田さん、どうぞ!」「失礼しますね」持田さんがドアを開け、中に入ってくる。何やら片手に雑誌を数冊持っていて、私は首を傾げた。「すみません、加納さん。私の荷物に加納さんの購入した雑誌が紛れておりました」「本当ですか、わざわざすみません」「いいえ。こちらこそ、お戻しするのが遅れてすみません」私は持田さんから差し出された雑誌を受け取る。雑誌の表紙を見て、確かに私が昼間ショッピングモールの本屋さんで購入した雑誌だと分かった。雑誌の表紙には「求人情報」と「賃貸」の文字が書かれている。持田さんは私に雑誌を届けると、頭を下げて部屋を出ていった。「──そうだ。部屋と、仕事を探さなくちゃ……」この家は、滝川さんのお家だ。行く宛てがない私のため、滝川さんが厚意で部屋を貸してくれているだけ。貯金はある程度あるけれど、仕事を早急に見つけなければならない。それも、家には一切頼らずに。「……よし、探さなきゃ」私は、持田さんが届けてくれた雑誌をベッドに広げ、ページを捲り真剣に内容を確認する。私の部屋を出た持田さんが、眉を下げて何か物言いたげな表情で私の部屋のドアをじっと見つめていた事は、私には分からなかった。◇「ねえ、瞬。心と婚約破棄をしたんでしょう?」「──ああ。しっかり心に伝えて来た」「なら、瞬はもう自由の身なのよね?私との関係をいつ発表してくれるの?」瞬の部屋。