四人連れ立って向かった校門前には、人だかりが出来ていた。 近くに来てみると、教室で見ていた時より圧迫感を感じる。 近所で見たことがある制服もあれば、見たことがない制服。はたまたは私服姿で年上と思われる人の姿もあった。 一人余すことなく男であり、みなが何かを探すようにキョロキョロと校内を眺めるようにしている。 はたから見れば異様な光景だろうな。 怯えた様子の陽川を不思議に思いながらも、吉岡と二人で背中で庇うようにして歩いた。 その途中、連れ立ってやってきていたと思われる二人組の会話が耳についた。「ストリーちゃん。どこにいるんだろうな」 やはりこの人だかりは、噂通りストリーを探しに来ている群衆のようだ。 少なく見積もって四十人以上はいそうだ。 しかし、陽川がストリーを探しにきた群衆に怯えているのかがよくわからない。 普段の陽川なら、『邪魔よ。私とエマの通り道を開けなさい!』とバッサリ切り捨ててしまいそうなものだが。 なんなら、通り抜けるだけに収まらず、『ここは天下の往来よ!邪魔だから散りなさい!』と威嚇して追い払ってしまうまである。 天下の往来ならば彼らが
放課後になっても滝沢の席には荷物は取り残されたまま。本人が戻って来ることは無かった。 あいつは、どうしてしまったんだろうか。 滝沢に連絡を取るべくスマホを開くと、目的とは違う人物からメッセージが一件届いていた。『陽葵の学校にストリーが居るんだってな!こっちでも噂になってる』 メッセージの送り主は笹川秋人。 既に昨日の出来事が他県の高校まで情報が拡散されてしまっているようだった。 しかし、不可解だったのはその後に続く文字列だ。『でもさ、それってある意味ニセモノなんだよ。 だって、本物は俺の側にいるから』 全くもって意味不明だった。 何をもって、何を
チャイムが鳴っていたけど、俺は急がなかった。ゆっくりと歩いて、教室へ戻った。 当然次の授業は遅刻だった。 誰にも気が付かれないように、後ろのドアからこっそりと入ろうとしたのだけれど、授業中の独特な静寂はそれを許してはくれなかった。 ドアを開けた途端、クラス中の視線が一斉に俺の方を向いた。 なのに不思議と焦りもしなかったし、なぜか俺は落ち着いていた。 クラスを見回す余裕すらあった。 英語担当の女性教師は怒ることはなく、遅れた理由を英語で説明しろと言ってきた。 だけど、現状をうまく英語で答える事が出来なかった。というか、バカ正直に話す気にもなれなかった。 俺に会話のバトンが渡され、少しの沈黙の後、わざと演技じみた口調で「I 've a stomach ache」と誤魔化すように腹を抑えながら答えた。 それを聞いた女性教師は、不満顔ながらもため息をひとつついた後、早く自席に着くようにと促してきた。一つお辞儀をしてみせる。 そうやって女性教師から許しを得た瞬間に、何も面白いことは起こらないと興味を失ったのだろう。俺に注がれていたクラスメイト達の視線は一瞬にして霧散した。 俺は一つの空席を通り越して、クラス内でもう一つの空席である自分の席に着いた。 そう。俺の隣の席は空席だったのだ。 滝沢は戻っていなかった。 変に勘ぐられても面倒くさいからあえてそっちを見ないように、開いた窓の外に目を向けた。 校庭では上級生が嫌々とランニングをさせられている所だった。 こうして座っているより、俺も走った方が少しは気持ちも晴れるのかもしれないな。今だったら手を抜かずしっかり走ってやるのに。 窓から吹き込んだ穏やかな風。少し暖気を帯びた風がふわりと体に当たる。 肘を少し擦りむいてしまっていたから、ヒリヒリと痛んだ。 だけど、なんとなく肘の傷の具合確認することはしなかった。 その代わりにこんな事を考えていた。 滝沢はいつもこんな思いをしていたのだなと思い知った。 しかも傷だらけの中で滝行ならぬ雨行を決行させたのはこの俺だ。 しかも滝沢の場合は顔を含む全身だからな……俺の痛みとはきっと、比べ物にもならないだろう。 今更ながら反省の念が湧いてくる。今度、改めて謝らせてもらおう。きっと滝沢は嫌がるだろうけど。「何してたんだよ。姫を連れてったと思
一週間前と言ったら、ちょうど滝沢が謹慎処分を言い渡された頃。 それと同時に、俺と滝沢の親交が始まった時期でもある。 平和台駅辺りで目撃されたとの事だけど、あの付近で一週間前くらいに滝沢と会った事は会っただろうか?「あっ」 あの時だ。一つだけ思い当たる事があった。あれは、滝沢が携帯ショップから逃げてきて、俺に助けを求めてきた時だ。 確かに俺は一週間前、滝沢と会っていた。「ふーん。やっぱり、思い当たる節があるんだ」「まあな。たしかに一週間くらい前、俺と滝沢は平和台で会ったよ。でもな、……キスをしていたなんてことはありえない。俺と滝沢はそんな関係じゃないからな。なんせ滝沢は────」 慌てて言葉を停めた。もう少しで失言をするところだった。「『なんせ滝沢は────』なによ?」 追い詰めるように陽川は俺側に一歩踏みこんだ。 ただせさえ陽川は圧が強いのに……少し心拍数が上昇したようで、緊張感を覚える。「滝沢はあんなんだけど、美人の部類だろ。俺になんか興味ないさ。どちらかと言えば俺って、女子受けはしない顔だろ?そのくらいは自覚しているさ」 言っていて少し悲しくなった。 自らを下げて、なんとか誤魔化す虚しさよ。「桐生くんって自己評価低いんだね。そこまで蔑む程じゃないと思うよ。良くも悪くも普通。兎にも角にも普通。それが桐生くんよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」 きっと陽川は俺に気を使ってくれた。卑下する姿を哀れんでくれたのだろう。しかし、本人は褒めているつもりなのかもしれないが、それは決して褒め言葉ではないと思う。「……まあ、あれだ。普通だったとしても滝沢は俺に興味なんてないさ。きっと、何かの見間違いだな」「その言い分だと、滝沢さん側が桐生くんに興味を示せば事が起こるってことよね?」「……まあ、そうなるな」 これって逆に陽川の確証バイアスを強めていないか? 口のうまさでは陽川の方が俺より一枚も二枚も上手だって事か。 このままでは、滝沢との偽の目撃情報が真実になってしまう。 考えろ。考えろ。なんか使えそうな心理学は無かったか……? いやまて……そんな事をするまでもない。 逆を証明すれば良いだけじゃないか。 滝沢が、俺に興味がないのじゃなくて、俺が滝沢に興味がない事にすれば良いんだ。「ってことは、滝沢さんとあなたが付き合ってい
廊下を走り抜けて階段を昇り、たどり着いた場所は、今朝滝沢と訪れたばかりの屋上へと続く踊り場だ。 極力、第三者に話を聞かれる可能性の低い場所を考えたら、やはりここしか思い浮かばなかった。「ちょっと、桐生君、離して!」 足を止めた途端、陽川は腕を強く降って、俺の手を振りほどいた。「こんな所に連れてきてどうするつもり……?」 猛獣のような視線が俺を射抜く。陽川の声色は落ち着いていたものの、静かに怒気をはらんだものだった。 だけど、俺の言い分も聞いて欲しい。なんせ、今後の学生生活にも関わってくる事なのだ。 一時は静観しようとも考えたけれど、勘違いをそのまま放置していたら、俺はおろか、滝沢すらも後ろ指をさされながら苦しい生活を送らざるを得なくなる。 なんとしても勘違いを否定した上で、理解をしてもらう必要がある。 さもなくば目も向けられない学生生活まっしぐらだ。横島先生の不敵な笑みも脳裏をよぎる。「どうもこうもないさ。正しい事実を理解してもらおうと思ってな。勘違いされたままじゃあ、困るからさ」 「それなら教室で、みんなが聞いている前で堂々と話せば良かったじゃない」 陽川の言っていることは正しい。 しかし────あの場で俺が何を話そうとクラスメイトは俺の話を信じようとはしなかっただろう。 人間ってのはだいたいが、自分にとって都合のいいほうか、関係のない事なら面白いと思った方を真実だと思い込もうとする。 そう言った心理的要素を、心理学用語で確証バイアスと言う。 あの恋愛心理学書にもそう書いてあった。思い込もうとする人の心は厄介だ。 噂話に尾ひれ背ヒレがついて拡散していく。 そうなってしまっては後の祭り。そうなる前に元を断つ。 仮に噂話になってしまっても、陽川と昨日までの元通りの関係を築けていれば、次第に噂は立ち消えとなるだろう。「クラスメイトなんてどうでもいいさ。せっかく仲良くなれた陽川に勘違いをしてほしくなくてさ」「なによそれ……早い話、言い訳を聞いてほしいってだけだよね?」 陽川は自らの右手の肘を左手で掴み、少し身を捩った。 人が人を拒絶する時に見せるポーズだ。「陽川がそう思うのなら、それで構わないさ。とにかく俺は、包み隠さずに事実だけを話す。後は陽川が判断してくれ」「……」 睨め回すように俺のつま先から頭の先までを順
次の休み時間。陽川らしくない、そこらの普通の女子生徒のように、キャピキャピとした様子でこちらに向かって歩いてきた。 誤解ないように説明をしておくと、彼女の目的は吉岡であって、俺ではない。「けんちゃんと一緒に仕事ができるなんて、私すごく嬉しい!エマも協力してくれるって言ってたし、絶対、成功させようね!」「姫。お前、俺の事嵌めたな?」「えーっ?なんのはなしー?」 白々しくしらを切る陽川。吉岡と二人で学園祭のクラスリーダーになるために、不意打ちをしたのは火を見るよりも明らかだった。 それはないだろうと訴える吉岡の抗議は無視してギュッと腕に抱きついた。「これで一緒にいられるね」「俺は姫と一緒にいたくない」「なんでそんなこと言うの?けんちゃんひどーい。ぴえんだよ」 はー。もう見ちゃいられないね。 トイレにでも行こうかと立ち上がると、いつもの鋭い視線が飛んできた。 そんな事しなくても邪魔者はさっさと消えますよ。「ちょっと、待ちなさいよ。桐生君」 しかし、立ち去ろうとする俺を予想に反して呼び止めてきたのは陽川の方だった。俺の聞き間違いの可能性も考えて一応聞き直す。「……俺?」「そう。桐生君はあなたしかいないでしょ?」「なんだよ?せっかく吉岡とイチャコラできてるからこっちは空気読んて消えてやろうとしてんのにさ」「イチャコラなんてしてない。姫が勝手に抱きついてきてるだけだ」 吉岡は抗議をした上で必死に陽川を振りほどこうとしているが、陽川が離れる気配はない。むしろしがみついている手にさらに力が込められたようにすら見える。いや、吉岡の嫌がる反応を見るに、実際にそうなのだろう。「あなた、滝沢さんと付き合っているの?」「はっ!?!?」 突拍子もない陽川の発言に、時間が制止したように感じた。 否定すれば良いだけの話なのだけれど、おとなしく俺の横の席に座る滝沢は、聞いていなかったのか聞こえていなかったのか無反応だ。「そ、そんなわけないだろ!急に変なこと言うなよな」「ふーん」 陽川は意味ありげに俺の足元から頭の先までを順に見た後、吉岡から手を離して俺の方に歩みを進め、顔が接触してしまうのではないかと思う距離まで近づくと、俺の耳元の方に口を寄せた。 そして、吐息のような声色で囁いた。「……最近、滝沢さんの家に入り浸りなんですってね?」「な