「伊織。どうか、私と結婚してほしい。必ず幸せにする。一生、伊織だけを大切にすると、この場で誓う!」 えっ……なにそれ……。 よく通る低い声が教会中に響き渡った。何百人もの視線が一斉に私たちに注がれる中での、堂々たる公開プロポーズ。 頭が真っ白になったけれど、すぐに思い出した。式場探しの時、二人で見た結婚雑誌。そこには「一生心に残る挙式にするためのサプライズ演出」がいくつも紹介されていて、その一つに「入場時に新郎が新婦へ改めてプロポーズし、ゲスト全員に祝福される」というものがあったのだ。 ――あの時、私が「こんな演出、一生忘れられないだろうね、素敵だね」と言ったことを、一矢はちゃんと覚えていてくれたんだ。 「伊織は、絶望しかなかった幼い私の心の支えだった。お前がいたからこそ、私は今日まで生きてこられた。これまでも、そしてこれからも変わらない。伊織……ずっと私の傍で笑っていてくれ。私の幸せのそばには、お前がいなくては始まらない。そして、私を伊織の本当の家族にしてほしい。一平や美佐江を父や母と呼び、美緒や琥太郎、倫太郎、雄太郎、明奈と、本当の兄妹として生きていきたい」 胸が熱くなった。涙がこぼれそうになるのをこらえながら、私ははっきりと答えた。 「はいっ! 私も一生、一矢だけを大切にします。本当の家族になりましょう! ふつつか者ですが、よろしくお願いします!!」 なにも迷うことなんてない。一矢は私のすべてで、ずっと愛し支えたい人。彼と本当の家族になることを、私は心の底から願ってきたのだから。「さあ、愛しき人よ。これより神の前で、一生の愛を誓い合おう」 差し出された手を取る。まだバージンロードを一歩も歩いていないのに、もう一矢が目の前にいて、私に家族になることを皆の前で誓ってくれた。 こんな素敵な演出をしてくれる旦那様に愛されて、私は世界一の幸せ者だ。「一緒に歩きましょう。家族全員で」 一矢とお父さんに両側をエスコートされながら、私はゲスト全員に祝福されてバージンロードを歩く。胸がいっぱいで、何度も涙がこぼれそうになった。 かつて家族に背を向けられ、幼い頃に絶望を知り、どれだけ手を伸ばしても温かな家族の幸せを掴めなかった旦那様――。 これからは一生、私が大切に大切に愛していく。 時には喧嘩もするだろう。それでも、今日という人生の門出
入念な準備を終え、私はついにバージンロードを歩く瞬間を迎えた。重厚で堂々とした木製の扉の前で、お父さんと並んで待機している。新郎である一矢はすでに祭壇の前に立ち、私が入場するのを静かに待っているはずだ。 今日は特別に中松が選んでくれた、純白のウェディングドレスを身にまとっている。シンプルだけど品があり、何より一矢の好みに完璧にマッチしている。私はそのドレスに相応しい姿勢を心がけて背筋をぴんと伸ばし、まさにこれから開こうとしている新たな未来の扉を前に深呼吸を繰り返した。 一方、隣にいるお父さんのほうが緊張でガチガチになっている。彼は妙な発声練習を何度も繰り返し、ひたすら深呼吸をしている。「い、伊織……あ、あー……う、うー」 何度も口を開けたり閉じたりしながら必死に落ち着こうとしているけれど、効果はあまりないようだ。庶民である私たちが、これほど壮大で厳かな舞台に立つのはやっぱり容易ではない。挙式は有名な大教会で行われるため、参列者は非常に多い。一矢の会社関係者や著名人など、多彩で華やかな顔ぶれが集まっているのだ。新婦側としては親戚や友人も数多く集まっているものの、どうしても新郎側の豪華さには圧倒されてしまう。「と、父さんさ、変じゃないか? ネクタイ曲がってないか?」「もう、大丈夫だって言ってるでしょ?」「そ、そそそそうか。だ、大丈夫か」 あまりにもお父さんが緊張しているので、その背中を勢いよく叩いて励ました。「今日は娘の晴れ舞台なのよ。しっかりしてよ! お父さんでしょ!」「はは、お前は本当にしっかり者だなあ」 私の叱咤が効いたのか、お父さんは苦笑しながら少し緊張が和らいだようだった。「ついこの間、産まれたばかりだと思っていたのに、もう嫁に行くんだもんなぁ……」 お父さんがぽつりと感慨深そうに呟いた。「お父さんにはお母さんがついてるから、娘が一人や二人嫁に行っても、全然平気でしょ?」 少し冗談交じりに言ってみたけれど、お父さんは真剣な顔で私を見つめ返した。「そんなことはないぞ! 伊織がいなくなって、本当に寂しいと思っているんだ」「お父さん……」 驚いた。いつもグリーンバンブーで一緒に働き、何気ない会話を交わしていたから、まったく気づかなかった。お父さんは私が気にしないように、あえて普段通りの振る舞いをしていたんだ……。 気にかけ
そのすぐ後、スタッフの方が二人もブライズルームに駆けつけ、私を整えるための準備を手早く始めてくれた。すると、そのタイミングを見計らったように美緒が控室に入ってきた。彼女は小さな紙袋を手にして、笑顔で私に歩み寄る。「お姉ちゃん、いよいよイチ君のお嫁さんになるんだね。本当におめでとう!」「ありがとう、美緒。嬉しいわ」「これ、イチ君に頼まれて持ってきたの。お姉ちゃんが朝食を食べ損ねたって聞いたから、グリーンバンブーのおにぎりを食べさせてやってくれって。家族みんなで一生懸命握ってきたよ」「えっ……ウソ…」 驚きながら美緒から包みを受け取り、慎重にお弁当箱を取り出した。すると、お弁当箱の蓋には七枚のメッセージが貼られていることに気付いた。一矢に毎日お弁当を渡す時、いつも励ましの一言を書いていた私に、家族みんなが同じように温かい言葉を寄せてくれたのだ。 『いおちゃん、お幸せにぃ』 一枚目はお母さんからだ。いつも通り軽くて明るいノリのメッセージに、思わず笑みがこぼれる。 『伊織、イチ君と末永く仲良くするんだぞ。父さんと母さんみたいにな』 続いてお父さん。相変わらず家族愛に溢れた温かな言葉だ。 『お姉ちゃん、おめでとう。イチ君と幸せになってね』 美緒のメッセージは優しく、胸がじんわり温かくなる。 『また家に帰って来てください』 倫太郎の素直な言葉。 『元気で!』 雄太郎らしいシンプルだけど心がこもった言葉。 『今度おやしきに遊びに行かせてね』 明奈の可愛らしいお願いに頬が緩む。 『結婚おめでとう。イチとお幸せに!』 最後は琥太郎だ。ちょっとぶっきらぼうで男らしい字に、琥太郎らしい気持ちが溢れている。契約婚のことを最後まで心配して怒っていた彼が、最終的には姉ちゃんが決めたことだからと認めてくれたことが、改めて嬉しい。 家族からの優しさと温かさに胸がいっぱいになり、思わず涙が込み上げてきた。こんなに嬉しい気持ちを味わったら、バージンロードを歩く前に泣き崩れてしまいそうだ。 感動を噛み締めながらお弁当箱を開けると、俵型、丸型、少し形が崩れたもの、楕円型など、家族それぞれが握った七つのおにぎりがぎっしり詰まっている。 「お茶も用意したよ。さあ、召し上がれ!」「ありがとう!いただきます!」 ひと口頬張ると、おにぎりの中からエ
朝から極上の甘い溺愛に振り回され、私は挙式の準備をするために旦那様(本物)に抱きかかえられ、ようやくブライズルームまで辿り着いた。そのせいで、予定していた朝食を食べ損ねてしまい、なんだか元気が出ない。 私という人間は、しっかりご飯を食べないと力が湧いてこないのよ!「朝から無理をさせてしまって、本当に申し訳ない」 旦那様は珍しく、しゅん太郎のようにしょんぼりして猛省の表情を浮かべている。そりゃあそうよ、私がぐったりして動けなくなるまで溺愛するから……! 黙っていると、私が怒っていると思ったのか、一矢が真剣に頭を下げてきた。「伊織とようやく結ばれることが嬉しくて、つい自制が効かなくなってしまったんだ。ずっと前から触れることを我慢してきたから、感情のタガが外れてしまったようだ。本当にすまない」 そんな風に素直で可愛いことを言われたら、もう許さないわけにはいかない。私だって、愛されるのは嬉しい。ただ、その激しすぎる愛に身体がついていけないだけなのに……そんなことを考えると色々な場面を思い出してしまい、恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。「もういいのよ。一矢、今日はたくさんの方々が私たちを祝福しに来てくださる日よ。しっかり気合いを入れて、美しくバージンロードを歩かないと、せっかく中松に厳しく指導されたのに怒られちゃうじゃない」 中松はきっと今日も最後まで私のことを見守ってくれるだろう。彼にとっても一区切りとなるこの日。私たち夫婦の新たな門出を、これからは穏やかに支えてくれるに違いない。だからこそ、今日は絶対に無様な姿を見せられない。「朝食を逃してしまっただろうと思って、握り飯を調達してあるんだ。伊織が一番好きな味だ。もうすぐ届くから、食べて元気を出してほしい」「本当? ありがとう!」 私のお腹がちょうど空いていたから、とても嬉しかった。一矢のこうした気遣いに、改めて胸がじんわりと温かくなる。嬉しさのあまり自然と笑顔がこぼれた。「そういう笑顔を見せるから……」 一矢が耳元で甘く囁いた。「押し倒したくなってしまうんだ」「ひゃっ!」 瞬間的に顔が真っ赤になってしまう私を、一矢はあのエビフライを勝ち取った時の最高に魅力的な笑顔で見つめてくる。 旦那様(本物)のその笑顔、本当にカッコよすぎるのよ! そんなあなたに、私は二十年前からすっかりメロメロな
「ん……」 甘ったるい声がつい唇から漏れてしまう。明日はいよいよ結婚式なのに、旦那様(本物)の甘い溺愛は今夜も止まらない。明日まで身体が持つかどうか、本気で心配になるほどだ。 一矢の長くて繊細な指が優しく私の胸を包み込み、その弾力を確かめるように揉みほぐす。自分でも小ぶりだと思っていた胸が、彼の指に触れられるたびに熱を帯び、形を変え、敏感に反応してしまう。「はぁ……っ、一矢……」 何度彼に抱かれても、やっぱり全然慣れない。恥ずかしさがいつも私の胸を満たしてしまう。一矢が部屋の明かりを点けたままにしようとするので、私は思わず懇願する。「電気……消して?」「今日の麗しいお前を、この目にしっかり焼き付けておきたいのだが」「だって、恥ずかしいんだもん……や、んっ……」胸の先端に唇が触れ、舌が優しく這う。すぐに身体が熱を持ち、快感に蕩けてしまう。旦那様(本物)の丁寧で繊細な愛撫は、いつだって私をすぐに翻弄する。「ふぅ……ん……っ、あぁ……いち……やぁっ」「可愛いぞ、伊織」低く囁く甘い声が耳元をくすぐり、身体の奥まで響いてくる。「はぁっ……一矢っ……あぁ……」「どうして欲しいのだ?」「ん……も、もう分かってる……くせにっ……」 本当に意地悪な人だ。私がはっきり言葉にするまで、彼はいつも焦らすように触れる。鋭い観察力で私の反応を見極め、的確に私の敏感なところを探り当てるから、私はどんどん追い詰められてしまう。「やぁっ……ん、一矢ぁっ、そこっ……っあ――!」 あっという間に快感の波に飲み込まれ、身体から力が抜けていく。視界が徐々に白く霞み、意識が甘い陶酔の中に溶けてしまいそうだ。「やだぁっ……も、もう……へんになるぅっ……あ、んっ……」「伊織の『いやだ』は、『もっとして』という意味にしか聞こえないな」 彼はあえて私の一番敏感なところを避け、内腿の敏感な部分を焦らすように弄る。「やっ、もうっ……意地悪っ……」 思わず抗議の声が漏れそうになるけれど、素直に求める言葉を言うのがどうしても恥ずかしくて言えない。 だから私は代わりに、とっておきの言葉を彼に伝える。「一矢……大好き」 そっとキスのおねだりをする。彼は満足そうに微笑みながら私に覆いかぶさり、極上の蕩けるような口づけを優しく落としてくれる。そのまま、慈しむように私の身体を丁寧
いよいよ待ちに待った結婚式前日を迎えた。グリーンバンブーは日曜日が定休日なので、日曜日に挙式をすることになっている。前日から式場の近くにある豪華ホテルに宿泊し、全身エステにマッサージ、最終衣装合わせ、さらにはネイルやヘアスタイリングなど、明日に向けて万全の準備を整えることになった。 本来なら今日もグリーンバンブーで忙しく働き、汗まみれになっていたはずだけれど、今日は特別な日。いつもと違う意味で『つるつるピカピカ』になり、最高に幸せな気分を味わっている。定食屋の厨房で汗だくになっているのとは、比べ物にならないくらい別次元だ。 夜は旦那様(本物)とホテルの高級レストランで優雅なディナーを楽しみ、素敵な時間をゆったりと過ごした。バーではシャンパンを少し嗜みながら、ふと甘えたくなって隣に座る一矢の肩にもたれかかった。「もう酔ったのか?」 一矢が優しい口調で尋ねてくる。「ううん。酔ってないよ。ただ、独身最後の夜を噛み締めているの。色々あったなあって、ちょっとしみじみしてただけ」「部屋でゆっくり話すか?」「うん、そうしたいな。一矢に思いっきり甘えたい気分」「うむ、悪くない提案だな」 一矢が照れたように微笑む。普段のビジネス用のスーツ姿も十分カッコいいけれど、今日のフォーマルな装いはそれ以上に素敵だ。 今日は私もプロの手でドレスアップしているから、一矢の横に並んでも違和感がないことが嬉しい。この前グリーンバンブーで感じた切なさとはまったく違う。この差を思い出すと少し胸が痛むけれど、今夜は深く考えるのをやめておこう。 部屋はホテルの最上階にある、贅の限りを尽くしたロイヤルデラックススウィートルームだ。こんな部屋に泊まれる日が来るなんて、夢にも思わなかった。しかも、愛する人と二人きりなんて、まるで夢のよう。 部屋に入った途端、一矢が私をそっと抱き寄せる。「今日の伊織は本当に綺麗だ。私のために美しくなってくれたのなら、これ以上嬉しいことはないな」 甘く優しい囁きが耳元に響き、体がぞくぞくと震える。極上のエステやマッサージで磨かれ、文字通りつるつるピカピカになった私を、旦那様(本物)はこのまま愛でるつもりらしい。「ちょっと、お喋りは……?」 照れ隠しに軽く抵抗してみる。「愛を囁きながらでも、会話くらいはできるさ」「きゃっ」 力強い腕に優しく抱きか