「人間の持つ力ってすごいですよね。自然治癒力って人の生きる力そのものなのです!」
必死に俺に目を合わせながら語ってくるリリアナ嬢は、いつからこんな面白い女になったのだろう。 腹に一生残るような切り傷があったのを俺も確認している。「聖女の力を持っているよな⋯⋯」
俺が確認しようとして発した言葉に一瞬顔色を変えたくせに、慌てて顔を作って平静を装う彼女がおかし過ぎる。「聖女の力⋯⋯聖女の力ですか⋯⋯」
どうやら彼女は場当たり的に嘘をつくのが苦手らしい。 必死に考えて何とかして自分の力を隠そうとしているのが丸わかりだ。「なんで、隠そうとするんだ? 俺と結婚するのがそんなに嫌か?」
俺は聖女伝説を信じていなかった。 純粋な心を持った人間が聖女の銅像に触ると、治癒の能力を授かるというふざけた伝説だ。だから、隣国の皇女との婚約話を跳ね除ける時も自分は聖女と結婚したい夢があると語った。
そして、その話は尾鰭をつけて聖女の力をつければ俺と結婚できると銅像の周りには列ができ始めた。「はい、嫌です。思いがけず銅像に触ってみたら得てしまった力なんです。この力はレオナルド様の為だけに使っていきたいのです」
彼女が美しい緑の瞳をギュッと閉じながら告げてきた言葉は信じられないものだった。
婚約者である彼女を放って、恋人に夢中な男の為に国に繁栄をもたらすという力を使いたいという。「レオナルド・ストリア⋯⋯ミーナ嬢に夢中なようだぞ。君との婚約は君の実家の資産を当てにしたもので、君を尊重しようともしない⋯⋯」
鈍感そうな彼女が気がついているかも分からない真実を伝えてしまった。(傷つくだろうか⋯⋯なぜだか、俺は彼女が傷つく姿を見たくはない)「私を尊重する必要なんてありません。私はレオナルド様のお側にいられるだけで幸せなんです。マケーリ侯爵は恐ろしい方です。金でレオナルド様を誘き寄せましたが、結局はストリア公爵家の権威を食い尽くす事が目的です。レオナルド様は放っておくと、ミーナ様の事ばかり考えている方なんです。側にいて彼が堕ちて行かないように
まだ、夜明け前だろうか。 カーテンの隙間から見える空が暗い。 うっすらと目を開けると、アッサム王子がまだ夢の中にいるようだった。(寝顔幼い⋯⋯可愛い) 私はそっと彼の頭を太ももからベッドの上に乗せると部屋を出た。 やや痺れている太ももに右手を当てて聖女の力を流す。(太もも枕って初めてやったわ)「リリアナ様、いかがなさいましたか?」 部屋の前には久しぶりのカエサルがいた。 寝ずに私の部屋の前を守っていたのだろう。 カエサルの肩に手を当てて、そっと聖女の力を流した。 すると、私がした事に気が付いたのか彼が柔らかい顔をして私に微笑んできた。「どうもしてないんだけれど⋯⋯マケーリ侯爵邸に帰ろうかと思って⋯⋯」 アッサム王子が私と婚約すると言っている。(それって私に聖女の力があるからよね) 彼は聖女の力に目覚めたミーナと恋に落ちる予定だった。 もしかしたら、この世界で聖女は特別視されているから彼も漠然とした憧れを持っていたのかもしれない。(漠然とした憧れか⋯⋯) 私は自分がレオナルド様の事を詳しく知るわけでもなく、漠然と憧れのような恋をしていた事に気がついていた。 アッサム王子がレオナルド様に言う言葉は、最初は意地悪に聞こえていたが全て事実だ。 レオナルド様はヒロインミーナには一途だが、リリアナに対しては非常に失礼な存在だ。(財産目当てで婚約した癖に⋯⋯冷遇して自分は恋人を思い続けるんだものね)「リリアナ様、帰ってゆっくりしましょうか」 カエサルは私がアッサム王子と2人きりの部屋から出てきたのに、何も聞かない。 きっと、彼は私とアッサム王子の事がスキャンダルにならないように見張りをしてくれていたのだ。 私は部屋に残したアッサム王子に後ろ髪をひかれつつもその場を後にした。♢♢♢ 「リリアナ、アッサム王子殿下とはどうなんているんだ? まだ、建国祭の期間中だろ。仲違いしたのではあるまいな」 リ
「アッサム・カサンデル王子殿下と、リリアナ・マケーリ侯爵令嬢の入場です」 私は建国祭の舞踏会にアッサム王子と出席した。 前世でも赤いドレスのような派手な色のものは着なかったので、妙に緊張した。「リリアナ嬢、そのドレスすごい似合っている」「アッサム王子殿下も赤い礼服姿が素敵です。」 今日のアッサム王子殿下は私のドレスとペアになっている赤い礼服を来ていた。(まるでパートナーみたい⋯⋯) 舞踏会会場にいるみんなが私とアッサム王子のペアに驚いたような顔をしている。 その時、ミーナといるレオナルド様と目が合って思わず目を逸らした。 舞踏会の開始を告げるダンスをアッサム王子と私が踊る。 アッサム王子のリードが抜群に上手い為、体を預けていると何となく形になる所までは持ってこれた。 周囲を見ると様々な髪色をした人がいる。 豪華絢爛とした王宮にある舞踏会会場は前世では一生縁がなかったような場所だ。 大学の卒業旅行で行ったフランスのベルサイユ宮殿のような場所。 このような場所で夜な夜な人々が踊っているような世界に私は来たのだ。「大丈夫か⋯⋯具合が悪いんじゃ⋯⋯」「めちゃくちゃ元気です! 後少しヘマしないように集中しますね!」 心配そうに声をかけてくれたアッサム王子に私は笑顔で返した。 彼に心配させてはいけないのに、私の不安はバレてしまってたようだ。 私は今、高位貴族のリリアナになっているが、そんなブルジョワな生活は経験がない。 貴族令嬢としてのマナーも不足しているだろう。「どうしたら、私ごときがレオナルド様を幸せにできるの?」 私がそう呟くと同時に、アッサム王子のダンスのステップが止まり彼の足を思いっきり踏んでしまった。「あ、あの、申し訳ございま⋯⋯」 私の謝罪は最後までさせて貰うことはできず、彼に口を塞がれていた。(ふわ⋯⋯いくら、アッサム王子が好色と有名でもこんなキスをしたら!)「アッサム王子⋯⋯今のは⋯⋯」「リリアナ
アッサム王子が差し出してくる手を取った。 彼は本当に良い人のようだ。 彼には私のレオナルド様への重すぎる気持ちは理解できないだろう。 前世で仕事に追われる毎日の中でレオナルド様が私の生きる道標だった。 タケルが出会った頃とは全く違う浮気性な男になっても気にならなかった。 私の心にはいつもレオナルド様がいたからだ。 アッサム王子は泣いている女の子を慰める為にキスができてしまう男なのだろう。 それでも、先ほどのキスは私が今まで受けた中で1番優しいものだった。「アッサム王子殿下⋯⋯先ほどはみっともなく泣いてしまって申し訳ございませんでした。そして、とても素敵な口づけをありがとうございます」「待ってくれ、流石に混乱する。君はストリア公爵を好きなんじゃないのか? それなのに俺との口づけにお礼を言うなんて⋯⋯あれは、俺の勝手でしたものなのに」 アッサム王子は優しい方だ。 慰めるようにプレゼントしてくれたイケメンキスは有り難く頂戴することにした。♢♢♢「ちょっと⋯⋯踊れないとかのレベルじゃなくないか? 簡単なステップだぞ」 アッサム王子の動きに合わせて踊っていたが彼の足を踏んでしまった。 異世界転生の小説では、転生しても社交や礼儀を体が身につけていた。 しかし、私の場合はリリアナだった時の記憶がない。(言葉が通じるだけでも、感謝しないとね⋯⋯)「申し訳ございません。痛かったですよね」「痛くはない。それよりも裸足で踊らせてすまない」 アッサム王子は私をベッドに座らせると、手で足を温めてくれた。 彼の手の体温が冷えた足から伝わって温かい。 きっと、ヒールを履いて足を踏んでしまったら彼の足を怪我させてしまっただろう。「いえ、裸足で良かったです。汚い足を触らせてすみません。でも、気持ち良いです」「綺麗な足だよ。明日はこの足に会う靴と、君に合うドレスを選ぼう。夕刻には舞踏会に一緒に出てもらうことになるからな」 私はアッサム王子の言葉になんと返して
「人間の持つ力ってすごいですよね。自然治癒力って人の生きる力そのものなのです!」 必死に俺に目を合わせながら語ってくるリリアナ嬢は、いつからこんな面白い女になったのだろう。 腹に一生残るような切り傷があったのを俺も確認している。「聖女の力を持っているよな⋯⋯」 俺が確認しようとして発した言葉に一瞬顔色を変えたくせに、慌てて顔を作って平静を装う彼女がおかし過ぎる。「聖女の力⋯⋯聖女の力ですか⋯⋯」 どうやら彼女は場当たり的に嘘をつくのが苦手らしい。 必死に考えて何とかして自分の力を隠そうとしているのが丸わかりだ。「なんで、隠そうとするんだ? 俺と結婚するのがそんなに嫌か?」 俺は聖女伝説を信じていなかった。 純粋な心を持った人間が聖女の銅像に触ると、治癒の能力を授かるというふざけた伝説だ。 だから、隣国の皇女との婚約話を跳ね除ける時も自分は聖女と結婚したい夢があると語った。 そして、その話は尾鰭をつけて聖女の力をつければ俺と結婚できると銅像の周りには列ができ始めた。「はい、嫌です。思いがけず銅像に触ってみたら得てしまった力なんです。この力はレオナルド様の為だけに使っていきたいのです」 彼女が美しい緑の瞳をギュッと閉じながら告げてきた言葉は信じられないものだった。 婚約者である彼女を放って、恋人に夢中な男の為に国に繁栄をもたらすという力を使いたいという。「レオナルド・ストリア⋯⋯ミーナ嬢に夢中なようだぞ。君との婚約は君の実家の資産を当てにしたもので、君を尊重しようともしない⋯⋯」 鈍感そうな彼女が気がついているかも分からない真実を伝えてしまった。(傷つくだろうか⋯⋯なぜだか、俺は彼女が傷つく姿を見たくはない)「私を尊重する必要なんてありません。私はレオナルド様のお側にいられるだけで幸せなんです。マケーリ侯爵は恐ろしい方です。金でレオナルド様を誘き寄せましたが、結局はストリア公爵家の権威を食い尽くす事が目的です。レオナルド様は放っておくと、ミーナ様の事ばかり考えている方なんです。側にいて彼が堕ちて行かないように
カサンデル王国の第1王子として育てられた俺、アッサム・カサンデルの血筋は正しくない。 長子相続のルール通り、俺が王位を相続すると思われているが周囲は不満ばかりだ。 俺の母親は踊り子で、第2王子である弟の母親は血筋正しき王妃だ。 俺は王家の広報係だった。 母親の類い稀なる美貌を受け継ぎ、平民の血を継ぐ王子だ。 身分差別に苦しむ人間の救いとでも思われているのか、俺の人気は王家の不満を解消するのに使われてきた。 弟のルドルフはパレードに参加しないという。 彼はそうした人気取りの行事には参加せず、自分のしたいことをする事ができる。 でも、俺は王子という身分でありながら道化のようにパレードに参加しなければならなかった。「アッサム王子殿下万歳! 本当に美しい! この世のものとは思えない」 パレードの最中、皆が俺を羨望の目で見た。(本当に見た目しか取り柄がないと見せしめに合っている気分だ⋯⋯) そんな暗い気分になっていた時に、黒い塊が近づいてきた。 一瞬、赤い髪の女が俺の前に立ち塞がったと思うと倒れた。 よく考えれば俺がいなくなった方が良いと考える者が王宮に多いと思えるほど、薄い警備だった「リリアナ様ー!」 目の前に俺を守るようにいたのはリリアナ・マケーリ侯爵令嬢だった。 俺の暗殺に失敗した暗殺者はすぐに王宮の騎士に囚われた。 先ほど大声で彼女の名前を呼んでいた茶髪の騎士が彼女に近づいてくる。 遅れて、彼女の婚約者であるレイモンド・ストリアとピンク髪の女が近寄ってきた。「リリアナ!」「アッサム・カサンデル王子殿下にミーナ・ビクトーがお目に掛かります」 ピンク髪のミーナ嬢は頭がおかしいのではないだろうか。 目の前に出血多量で意識を失っているリリアナ嬢がいるのに、平然と俺に挨拶をしている。「リリアナ様!」 必死の形相でリリアナ嬢に呼びかけ、止血する騎士だけ
後頭部の傷も手で触れると、聖女の力である治癒の魔力が働いたのか直ぐに治った。 どうやら私は本当に聖女の力に目覚めたようだ。 翌日、私はアッサム王子とミーナの愛の物語のはじまりの地にカエサルと向かった。 カサンデル歴621年の建国祭のパレードだ。 私は予定通りアッサム暗殺未遂事件の起きるマルスル通りの玩具屋の曲がり角にカエサルといた。 ちょうど、私たちから見えるところにレオナルドとミーナが寄り添いながら笑い合っている。「パレードの観覧場所を変えましょうか⋯⋯」 カエサルが私の心情を心配して語りかけてきた。 私がレオナルドとミーナが一緒にいるところを見て傷つくと思っているのだろう。「ここじゃなきゃ駄目なのよ。それに私はレオナルド様が笑っていれば、それで幸せなの」 私の言葉にカエサルが切なそうな目を向けてきた。 本心からの言葉なのに、婚約者であるレオナルドが他の女といるのだから同情されているのだろう。「ほらっ! 先頭の王宮の騎士たちが来たわよ。カエサルもいつか王宮で勤めたいとか野望はあるの?」「私はずっとリリアナ様に仕えます。あなたの幸せが自分の幸せです」 まるで愛の告白をするかのように真剣に伝えられた言葉に、時が止まったような感覚を覚えた。 原作の中では一回名前が出てきたくらいのリリアナの専属護衛騎士カエサルはかなり忠誠心が強いようだ。「ありがとう。そんな風に思ってくれる人がいるなんてリリアナは幸せね」 私は七海時代、外でも家でも忘れられやすい存在だった。 3姉妹の末っ子に生まれた私は予想外に生まれた存在で、期待も失望もされず育てられた。 外でもモブ顔で大人しい性格のせいか、人にあまり覚えられることはなかった。(私の幸せが自分の幸せ? そんな風に私を特別に思ってくれる人がいるんだ⋯⋯) 感傷に浸りながら、灰色のカエサルの瞳を見つめていると一際大きな歓声が聞こえた。「アッサム王子殿下万歳! カサンデル王国に栄光を!」 周囲が大スターが見えた