あれからローランドはまた少し眠り、その後仕事に復帰したという。
ローランドって本当に真面目な王様なんだ。 ちょっと評価上げとく?とりあえずまた倒れられても困るから、専属のシェフと交渉して、なるべく鉄分が多く摂れる料理を作ってもらう事にした。
ま、3食バランス良くね。 それから私も、アデリナに憑依してからローランドにやれと口を酸っぱくして言われていた仕事をやる事に。 ローランドが中々認めてくれなくて簡単に離婚できないし、暇だしね。王妃の仕事ってまあ簡単ではある。
だって私が自ら肉体労働する訳でも、忙しく動き回るわけでもない。 ただ人に指示して、割り当てられた予算を使うだけ。偉い貴族やどこかの国の王族を迎える時に出すお茶の種類とか、銘柄とか。
どんな茶器を使うかとか。 どんなスイーツをお出しするか、とか。 プレゼントは何にするか、とかね。とりあえず、その都度お客様の好きな物を把握して、準備する事にした。
あと、何より自分が王妃として豪華に着飾るのも大事な仕事だった。 そこは無難に王族専用のデザイナーに任せておく。あとは自分もそのティーパーティとやらに参加して、適当に相槌打ってウフフ、オホホホ言いながらお茶を飲んで、おいしいスイーツでも食べておけばいい。
皆アデリナが性悪だって知ってるから、多少マナーがおかしくても、話題が分からなくても誰も何も言ってこない。何て楽な仕事なの………!これで給料(生活費)貰えるんだから最高じゃない?
それから自分の住む王妃宮の管理。
早い話、痛んできた建物の修繕や、古くなった壁を新しく塗り替えるなど、その具体的な指示である。
「王妃陛下、そのような仕事は私共にお任せ下さい!」
これまでアデリナの代わりに全ての業務を引き受けていた、アラフォーくらいの侍女長が慌てて私を引き止めるけど。
「アデリナ様…………!」 着いた先で私を出迎えてくれたのは、超絶なる美少年だった。 わあ、眩しいイケメン。 弾ける若さ………!モチモチの肌! 鮮やかな黄色い髪。驚くほど小顔。 ぱっちり開いた両目。薄いブラウンの色した瞳。 ファンタジーの世界で騎士が着てそうな白いシャツに、モスグレーのパンツスタイル。 汗さえ眩しいってどういうこと? ただし、まだ背が高いとは言えない。 何で?誰?何? どう迎えてあげれば正解なの? 瞳を輝かせ、犬のように走ってくる姿が目に入る。 「会いたかったです…………!」 ゴフッという鈍い音がして、私の顎のあたりに彼の頭が当たった。 そのままバランスを崩し、私は腰から地面に倒れ込んでしまった。 ……………だから、誰? それは私の第二の推しだった。 その名はライリー。 後に幼いヴァレンティンに剣を教え、あの戦争で最前線で指揮を取った男。 ヴァレンティンの師範であり右腕の将軍。 ヴァレンティンを庇うために自分が囮になり、結果死んでしまう悲しい宿命の! そのライリーだ!生ライリーだ! きゃー可愛い!アイドルみたい! 会えた!第二の推しに会えてしまった! 神様ありがとう…………!!! しかしそのライリーに押し倒されて。これは一体どういう状況なの? ◇ 「……はっ!」「やあ!」 数十名の気迫ある掛け声が響き渡る。
看病したのは妻(仮)だから仕方ないとして、あれからとにかくローランドを避けまくっているのに何故か向こうから凄く絡んでくる。 それに全く離婚してくれる気配もない。 あー!いやだー!この前なんてついに夕食時に捕まって強制的にご飯一緒に食べたし。 何であんな無愛想な男の顔見ながら、ご飯食べなきゃいけないわけ? この世界ならではの罰ゲームなの? 「アデリナ様。馬車の用意が整いました。」 「……馬車?」 午後のティータイムを楽しみにしている私の元に、ホイットニーがやって来た。 彼女は普段とは少し雰囲気が違う、質素な格好をしている。町娘風という感じの? えっと。なんだっけ……馬車? 何か出かける所あったかな? 「あそこに出かけるのは久しぶりですね。 お召し物を変えますか? 準備ができたら行きましょう。」 「あそこってどこ?ホイットニー…!」 「もう、うふふ、アデリナ様ったら。 お忘れですか?あの少年ですよ、あ、の。」 相変わらずアデリナ様は忘れたフリがお上手なんですから〜とホイットニーにお上品に笑われてしまったけど。 ……分かんないなー!どの少年かな!? 身支度を済ませた私と一緒に、ホイットニーもなぜか地味な感じの馬車に乗り込む。 これはよく、アデリナがお忍びの時に使う馬車らしい。 いつもは付き添う護衛の兵もいない。 「アデリナ…って……一体何したの? 少年って何?」 「うふふ、着いたらすぐ思い出しますよ。」 私と向き合う形で台座に座っているホイットニーが、上品に笑う。 「教えてよー、記憶全くないんだから。 本当に私はアデリナじゃないんだって。」
それからも妻はどんどん変化した。 放棄していた、王妃の仕事を率先してやるようになったのだ。 来賓客の対応、その指示。 誠意を持って相手をもてなす事は王家の信用にも繋がる。 上質な茶葉や珍しい陶器で作られた茶器。 上品な食事や、美味なデザート。 それらを選ぶにはセンスが試される。 相手が好きそうな音楽家を迎えて、目の前で演奏させたり、高価で唯一無二の贈り物を贈ったり。 割り当てられた予算を上手に使い、どのようなコンセプトで相手を歓迎するか。 それによって国内貴族との縦の繋がりを。 諸外国との関係を円滑にするのだ。 アデリナは思いの外センスがあった。 それに自分の住む王妃宮の手入れも始めた。 貴族の侍女達にそれぞれ的確な指示を与え、自分に悪意を持つ侍女にはそれなりに正当な制裁を加えた。 今まで見窄らしく思えていた王妃宮が見違えるほどに美しく、生まれ変わっていく。 また荒れていた庭園が驚くほど整備された。 色とりどりの花がバランスよく植えられ、鬩ぎ合うように咲く様は綺麗だった。 しかも花で波打つように道を作っている。 これまで存在しなかった「寄せ植え」という手法を使い、プランターに密集させた様々な花を、溢れ落ちるように咲かせた。 あまりにも美しいのでその中央に、今度新しい噴水を設置させようとさえ思った。 これまでアデリナを無能と思っていた王宮勤めの臣下や官僚達も、この変化に戸惑っているようだった。 ◇ あれからアデリナには監視をつけている。 以前は悪さをしないかどうかだったが、今は少し違う。 「ランドルフ。今日はどうだ?」 「はい。今日もまた本を片手にティータイムをなさっていらっしゃるようです。」 「はあ。そうか。 ……まだ懲りてないんだな?」 「…その様ですね。」
翌朝、アデリナは自分で作ったという料理を侍女達に運ばせていた。 食欲を唆られるような色どりの野菜と肉炒めに、具沢山のスープが用意されていた。 何か重大な病気では?と侍医が言う。 長く王家に仕えている家系だ。 意見は無視できない。 しかしアデリナは「だから栄養不足による貧血ですって。」と、侍医と何故か言い争っていた。 後からクビにした方がいいとも言っていた。 何を根拠に言っているのかは分からないが、自信満々だった。 確かに歳を取った侍医にはいささか不安がある。 考慮するべき点でもある。 食欲が湧かないと言っているのに、アデリナは食べろとひつこく、断れば急に怒り出した。 自分の事をもっと大切にしろと。 ……私は王だ。やるべき事がたくさんある。 そんな事はもう長い間、ランドルフ以外には言われていなかった。 まさかアデリナが私を心配しているのか? 思わずそう尋ねれば。 「ええ!そうです! 妻が夫の心配をするのは当たり前でしょ!」 あの薄青紫の色をした双眼が、真っ直ぐに私を見おろしている。 ピシッと伸ばした背中、堂々とした振る舞い。 とても侮辱や嫌味を言ってるようには聞こえない。 信じられないが、本当に私を心配してくれているようだった。 なぜ今さらそんな風に素直に言うんだ……? 妻から心配される………。 たったそれだけの事がこんなにも嬉しいだなんて。 どちらの料理も胃につっかえるかと思っていたが、案外あっさりした味で、すんなりと喉の奥に収まっていく。 そして、どちらも美味かった。 まさか元皇女が、自ら料理を作るなんて誰が想像できただろうか? 側に控えるランドルフも、何故か何も言わなくなっていた。 多分ランドルフも、アデリナのこの変化に気づいているのだろう。 ただ素直に「美味しかった」とか「ありがとう」とかは言えなかっ
「全く、世話が焼けるわね。」 ……だったら放っておいてくれ。 ぶつぶつと文句を言いながら、アデリナは布を裏表入れ替える。 冷たい布がまた額に当たり気持ちが良い。 それに、何度か頬に触れるアデリナの手も子供の頃に好きだったジェラートのように気持ちがいい。 以前はあんなに触られるのが嫌だったのに、今は何故か抵抗できない。 きっと弱っているからだろう。 冷たいはずなのにその手は温かい。 久しぶりに触れるアデリナの温もり。 もう二度と触れてもらえないのではないかという不安。 不安か。………私はアデリナに触れて貰いたかったのだろうか。 ◇ 翌朝。私の熱はすっかり下がっていた。 隣には、みっともなく口を開け、涎を垂らして椅子で寝ているアデリナの姿があった。 「…ブ、ブヒ獣ってなに、ふ、ふふ。」 一体何の夢を見ているのやら。 だがあの夜と同じドレス、崩れたヘアスタイル。 どうやら一晩中、私の側にいてくれたのは間違いない。 間抜けな顔をして寝ているが、その洗練された美しい顔だけは相変わらずだった。 青みがかった長い黒髪も、艶があり変わらず美しい。 特にアデリナが普段見せる薄青紫の瞳には、不思議な魅力がある。 ……一体何がそうさせてしまったのかは分からないが、この女は確かに変わった。 変わってしまったのか、元々こうだったのか。 もしかして今までのアデリナは仮の姿で、今は素の自分を見せてくれている…のか? 正直、今のアデリナが一体何を考えているのか凄く気になってしまう。 「……アデリナ。 本当のお前は一体どれなんだ………?」 とにかく離婚はしない。
世話の焼ける男の看病だと……? お前は元々皇女だろう。 そんなお前に看病をさせた男は誰だ。 一体誰なんだ? 「あ、アデリナ様が自ら看病を? まさかマレハユガ大帝国に?そ、そんな方がいらっしゃったのですか?」 驚いたのは私だけではないようで、ホイットニーの声も動揺していた。 「あ、え?ああ、まあ、って言うかもう過去の男よ。 気にしないで、あはは。」 「か、過去のお方……もしやアデリナ様のこ、恋人だったとか……? た、大切な方だったのですか?」 「大切?うーん。まあ、当時はね。 とにかく今は全然だから!」 ……何か聞いてはいけない事を聞いた気がする。 同じように感じたのか、ホイットニーも声が少し震えていた。 「……アデリナ様……!今聞いた事は私、誰にも言いませんから。」 「え?ああ、……別に気にしなくてもいいのに。」 アデリナが……母国に恋人がいた、だと? そんな情報は知らない。 人のことを言えた立場ではないが、だからアデリナは普通よりは婚期が遅れていたのか? しかも熱を出したその男を、こんな風に献身的に看病していたのか……? ならアデリナは……しかし、あの時確かに破瓜の印を確認したはず。 ……本当に純粋な気持ちでその男と交際を? だったらアデリナこそ、私との結婚を望んでいなかったのでは。 …………またチリッとした痛みを感じる。 ……痛み?怒りじゃなくて?