食欲を唆られるような色どりの野菜と肉炒めに、具沢山のスープが用意されていた。
何か重大な病気では?と侍医が言う。
長く王家に仕えている家系だ。 意見は無視できない。しかしアデリナは「だから栄養不足による貧血ですって。」と、侍医と何故か言い争っていた。
後からクビにした方がいいとも言っていた。 何を根拠に言っているのかは分からないが、自信満々だった。 確かに歳を取った侍医にはいささか不安がある。 考慮するべき点でもある。食欲が湧かないと言っているのに、アデリナは食べろとひつこく、断れば急に怒り出した。
自分の事をもっと大切にしろと。……私は王だ。やるべき事がたくさんある。
そんな事はもう長い間、ランドルフ以外には言われていなかった。 まさかアデリナが私を心配しているのか? 思わずそう尋ねれば。「ええ!そうです!
妻が夫の心配をするのは当たり前でしょ!」 あの薄青紫の色をした双眼が、真っ直ぐに私を見おろしている。 ピシッと伸ばした背中、堂々とした振る舞い。 とても侮辱や嫌味を言ってるようには聞こえない。 信じられないが、本当に私を心配してくれているようだった。なぜ今さらそんな風に素直に言うんだ……?
妻から心配される………。
たったそれだけの事がこんなにも嬉しいだなんて。どちらの料理も胃につっかえるかと思っていたが、案外あっさりした味で、すんなりと喉の奥に収まっていく。
そして、どちらも美味かった。
まさか元皇女が、自ら料理を作るなんて誰が想像できただろうか? 側に控えるランドルフも、何故か何も言わなくなっていた。 多分ランドルフも、アデリナのこの変化に気づいているのだろう。ただ素直に「美味しかった」とか「ありがとう」とかは言えなかっ
それからも妻はどんどん変化した。 放棄していた、王妃の仕事を率先してやるようになったのだ。 来賓客の対応、その指示。 誠意を持って相手をもてなす事は王家の信用にも繋がる。 上質な茶葉や珍しい陶器で作られた茶器。 上品な食事や、美味なデザート。 それらを選ぶにはセンスが試される。 相手が好きそうな音楽家を迎えて、目の前で演奏させたり、高価で唯一無二の贈り物を贈ったり。 割り当てられた予算を上手に使い、どのようなコンセプトで相手を歓迎するか。 それによって国内貴族との縦の繋がりを。 諸外国との関係を円滑にするのだ。 アデリナは思いの外センスがあった。 それに自分の住む王妃宮の手入れも始めた。 貴族の侍女達にそれぞれ的確な指示を与え、自分に悪意を持つ侍女にはそれなりに正当な制裁を加えた。 今まで見窄らしく思えていた王妃宮が見違えるほどに美しく、生まれ変わっていく。 また荒れていた庭園が驚くほど整備された。 色とりどりの花がバランスよく植えられ、鬩ぎ合うように咲く様は綺麗だった。 しかも花で波打つように道を作っている。 これまで存在しなかった「寄せ植え」という手法を使い、プランターに密集させた様々な花を、溢れ落ちるように咲かせた。 あまりにも美しいのでその中央に、今度新しい噴水を設置させようとさえ思った。 これまでアデリナを無能と思っていた王宮勤めの臣下や官僚達も、この変化に戸惑っているようだった。 ◇ あれからアデリナには監視をつけている。 以前は悪さをしないかどうかだったが、今は少し違う。 「ランドルフ。今日はどうだ?」 「はい。今日もまた本を片手にティータイムをなさっていらっしゃるようです。」 「はあ。そうか。 ……まだ懲りてないんだな?」 「…その様ですね。」
翌朝、アデリナは自分で作ったという料理を侍女達に運ばせていた。 食欲を唆られるような色どりの野菜と肉炒めに、具沢山のスープが用意されていた。 何か重大な病気では?と侍医が言う。 長く王家に仕えている家系だ。 意見は無視できない。 しかしアデリナは「だから栄養不足による貧血ですって。」と、侍医と何故か言い争っていた。 後からクビにした方がいいとも言っていた。 何を根拠に言っているのかは分からないが、自信満々だった。 確かに歳を取った侍医にはいささか不安がある。 考慮するべき点でもある。 食欲が湧かないと言っているのに、アデリナは食べろとひつこく、断れば急に怒り出した。 自分の事をもっと大切にしろと。 ……私は王だ。やるべき事がたくさんある。 そんな事はもう長い間、ランドルフ以外には言われていなかった。 まさかアデリナが私を心配しているのか? 思わずそう尋ねれば。 「ええ!そうです! 妻が夫の心配をするのは当たり前でしょ!」 あの薄青紫の色をした双眼が、真っ直ぐに私を見おろしている。 ピシッと伸ばした背中、堂々とした振る舞い。 とても侮辱や嫌味を言ってるようには聞こえない。 信じられないが、本当に私を心配してくれているようだった。 なぜ今さらそんな風に素直に言うんだ……? 妻から心配される………。 たったそれだけの事がこんなにも嬉しいだなんて。 どちらの料理も胃につっかえるかと思っていたが、案外あっさりした味で、すんなりと喉の奥に収まっていく。 そして、どちらも美味かった。 まさか元皇女が、自ら料理を作るなんて誰が想像できただろうか? 側に控えるランドルフも、何故か何も言わなくなっていた。 多分ランドルフも、アデリナのこの変化に気づいているのだろう。 ただ素直に「美味しかった」とか「ありがとう」とかは言えなかっ
「全く、世話が焼けるわね。」 ……だったら放っておいてくれ。 ぶつぶつと文句を言いながら、アデリナは布を裏表入れ替える。 冷たい布がまた額に当たり気持ちが良い。 それに、何度か頬に触れるアデリナの手も子供の頃に好きだったジェラートのように気持ちがいい。 以前はあんなに触られるのが嫌だったのに、今は何故か抵抗できない。 きっと弱っているからだろう。 冷たいはずなのにその手は温かい。 久しぶりに触れるアデリナの温もり。 もう二度と触れてもらえないのではないかという不安。 不安か。………私はアデリナに触れて貰いたかったのだろうか。 ◇ 翌朝。私の熱はすっかり下がっていた。 隣には、みっともなく口を開け、涎を垂らして椅子で寝ているアデリナの姿があった。 「…ブ、ブヒ獣ってなに、ふ、ふふ。」 一体何の夢を見ているのやら。 だがあの夜と同じドレス、崩れたヘアスタイル。 どうやら一晩中、私の側にいてくれたのは間違いない。 間抜けな顔をして寝ているが、その洗練された美しい顔だけは相変わらずだった。 青みがかった長い黒髪も、艶があり変わらず美しい。 特にアデリナが普段見せる薄青紫の瞳には、不思議な魅力がある。 ……一体何がそうさせてしまったのかは分からないが、この女は確かに変わった。 変わってしまったのか、元々こうだったのか。 もしかして今までのアデリナは仮の姿で、今は素の自分を見せてくれている…のか? 正直、今のアデリナが一体何を考えているのか凄く気になってしまう。 「……アデリナ。 本当のお前は一体どれなんだ………?」 とにかく離婚はしない。
世話の焼ける男の看病だと……? お前は元々皇女だろう。 そんなお前に看病をさせた男は誰だ。 一体誰なんだ? 「あ、アデリナ様が自ら看病を? まさかマレハユガ大帝国に?そ、そんな方がいらっしゃったのですか?」 驚いたのは私だけではないようで、ホイットニーの声も動揺していた。 「あ、え?ああ、まあ、って言うかもう過去の男よ。 気にしないで、あはは。」 「か、過去のお方……もしやアデリナ様のこ、恋人だったとか……? た、大切な方だったのですか?」 「大切?うーん。まあ、当時はね。 とにかく今は全然だから!」 ……何か聞いてはいけない事を聞いた気がする。 同じように感じたのか、ホイットニーも声が少し震えていた。 「……アデリナ様……!今聞いた事は私、誰にも言いませんから。」 「え?ああ、……別に気にしなくてもいいのに。」 アデリナが……母国に恋人がいた、だと? そんな情報は知らない。 人のことを言えた立場ではないが、だからアデリナは普通よりは婚期が遅れていたのか? しかも熱を出したその男を、こんな風に献身的に看病していたのか……? ならアデリナは……しかし、あの時確かに破瓜の印を確認したはず。 ……本当に純粋な気持ちでその男と交際を? だったらアデリナこそ、私との結婚を望んでいなかったのでは。 …………またチリッとした痛みを感じる。 ……痛み?怒りじゃなくて?
クブルクは小国ながら300年以上続く国。 秘訣は近隣国から王族の姫を娶り、その国との提携を図る事である。 それに従い、王族同士で政略結婚をした私の両親はお互いを愛しておらず、互いを労るという心など持っていなかった。 父は愚王ではなかったが、口煩い母の事が嫌いで、いつも新しい愛人を作っては何か嫌なことがあれば、そこに逃げるような人だった。 また母もそんな父が嫌いで、ストレスを買い物で発散させ、高価なドレスや宝石を買い漁り散財するような人だった。 常日頃から互いを疎む夫婦。 国民の前でだけ仮面をつける。 まだ幼い頃の私が熱を出しても、二人は顔さえ見に現れなかった。 私の世話をしてくれたのは、いつも年老いた侍従長と乳母だけ。 病弱だった私の看病を巡り、父と母はよく喧嘩をしていた。 「なぜ私がローランドの看病を? あの子の世話は乳母に任せてある。」 冷たい瞳が私にそっくりな父が、私が寝ているベッドの側で乱暴に言い放つ。 「あら?だったら私だってローランドの世話をする義理はないわ。 ちゃんと後継者を産むという自分の仕事はしたのよ! だからあの子の看病まで私がする必要ないでしょう!」 美しい、水色に近い銀髪の髪を持つ母の目は、息子ではなくまるで道具を見ているようだった。 愛のない夫婦の間にできた私は、当然のようにどちらにも愛情を向けて貰えなかった。 ……寂しい。 苦しい。 悲しい。 虚しい。 誰か愛して。 誰か私を愛して……… ◇◇◇ 図書室で倒れた後。 意識が朦朧としていた私を、ふと覗き込んでいる影に気づいた。 ………アデリナ? 「ホイットニー、冷えピタ…&helli
あとは離婚後の悠々自適な生活のために、この小説の世界も勉強する事にした。 一番のネックになってる、クブルク国の情勢とか、周辺国との関係とか。 調べると確かに状況は芳しくなかった。 本当にクブルクは弱小国で、軍事力、国防力といったものが他国と比べてかなり劣っている。 確かに、アデリナの母国の加護がなければ、簡単に侵略されてしまうだろう。 とにかく。何かこう、円満にローランドを納得させるような、決定打がないかな。 とりあえず母国の父親に離婚と加護継続について手紙を送っといたけど(母国の言葉は自然と書けるという不思議)。 まあ私にとっては全く知らない人なんだけどね。 今日は天気が良かった。 見栄えが良くなってきた庭園で、午後からのティータイムをホイットニーと一緒に楽しむ事に。 「アデリナ様、お疲れでは? そろそろ休憩をされませんか?」 「そうね。せっかくのティータイムに勉強なんて……」 結局はテーブルの上で本を片手に勉強していると、ホイットニーが紅茶とお茶菓子を大きなワゴンに乗せて運んできた。 この王宮で作られるタルトやケーキは、どれも美味しくて最高! 「また離婚について勉強か?」 出た…………!! 「ローランド!あ、じゃない、陛下!?」 そう。あの日以降。 午後になると、こうやってローランドが度々ティータイムに顔を出しに来るようになってしまったのだ! 本当に何なの?仕事は?暇なの? 「……また今朝も食事に来なかったな。 一体いつまで続けるつもりだ?」 相変わらず不貞腐れたような顔をして、背後には似たような態度のランドルフを伴っている。 今日も無駄にイケメンな顔と、完璧なスタイルが眩しい。 本日のファッションは黒がベースか。