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第273話
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愛も縁も切れました。お元気でどうぞ 第303話
苑と和樹がレストランの入り口まで来た時、赤い人影が行く手を阻んだ。「白石さん、お久しぶりですわね」美佐子の赤い唇がわずかに上がった。手を差し出す。「覚えていらっしゃいますか」苑は礼儀正しく彼女と握手した。「高橋さん、こんばんは」美佐子は和樹に向き直り、また手を差し出した。「今田さん、お噂はかねがね」和樹は彼女と短く握手し、その目には値踏みするような色があった。「高橋さん」「出会ったのも何かのご縁です」美佐子は妖艶に笑った。「一杯いかがですか」和樹はわずかに頷いた。「申し訳ありません。まだ仕事が残っておりますので」「では日を改めて」美佐子は少しも気まずそうな様子は見せず、視線を苑に向けた。「白石さん、はっきりと言わせていただきますわ。私の会社に来る気はありませんか」美佐子は意味ありげに和樹を一瞥した。「男性と一緒に仕事をするのは何かと不便でしょう。私についてきてはいかが？」苑は彼女がこんなに直接的だとは思っていなかった。引き抜きを直接上司の前で、しかもこんなに当然のようにするとは。苑は軽く笑った。「高橋さん、何事にも先着順というものがあります。今私は今田さんの従業員です」「つまり私が遅かったと？」美佐子は眉を上げた。「遅かったです」苑はきっぱりと言った。美佐子は赤い唇で浅く笑い、そして道を譲った。「分かりました。ではお二人の仕事が順調でありますように」レストランを出て、和樹は突然尋ねた。「君は高橋美佐子を知っているのですか」「何度かお会いしたことがあります」苑はエレベーターのボタンを押した。「彼女は商界で非常に有名です」「確かに有名です」和樹の数文字には意味深長だ。エレベーターのドアが開かれ、苑は中へ入っていった。「今田さんも噂を信じるのですか」和樹は彼女を一瞥し、もう何も言わなかった。ホテルの部屋へ戻り、苑が鞄を置いた途端、携帯が鳴った。知らない番号からだった。苑は少し迷ったが、出なかった。着信音が止まった途端、部屋の電話がまた鳴り響いた。「白石さん、突然失礼します」美佐子の声だった。「一杯お付き合いいただけませんか。ホテルの最上階のバーでお待ちしております」苑は二秒黙った。
愛も縁も切れました。お元気でどうぞ 第302話
「天城さん？」美佐子の真っ赤なマニキュアを塗った指が蒼真の目の前で揺れた。「このトリュフとフォアグラはあなたがわざわざ注文してくださったのに、もう召し上がらないと冷めてしまいますよ」蒼真は視線を戻した。「冷めたら食べないならいいじゃない」美佐子は軽く笑い、赤い唇がからかうような弧を描いた。「ようやく分かりましたわ。どうして一度も女性を自分から誘わない天城さんが、今日突然私を食事に誘ったのか」美佐子はゆっくりとステーキを切った。「どうやら私を当て馬にするつもりのようですね」蒼真は眉を上げた。「高橋さんはやはり賢い」「奥様を追いかけているのですか」美佐子は苑の方向を一瞥した。「駆け引きを？」「そんなに明らかか」「私のドレスのVネックのように明らかよ」美佐子は一口酒を飲んだ。「ですが天城さん、この手は相手によります」美佐子は意味深長に苑のまっすぐな背中を見た。「あなたのその元奥様には、おそらく通用しないでしょうね」蒼真はついに美佐子を正視した。「お前も苑を知っているのか」「もちろん。朝倉蓮の人生最大の失敗は、白石苑を失ったことです」美佐子は酒杯を置いた。「天城さんはなかなか見る目がおありですね。宝物を拾いましたわ」蒼真の眼差しが和らいだ。静かに言った。「ああ、宝物以外の何物でもない。俺が十年も守ってきたんだ」一方、苑と和樹の夕食は終わりに近づいていた。「今日の視察は非常に有益でした」和樹はファイルを閉じた。「白石さん、君は私が想像する以上に、専門的だった」「仕事ですから」苑は資料をしまい、腕時計を見た。「明日は八時にモデルルームへ」和樹は頷き、深い眼差しで苑を見て、突然言った。「私は長年投資をしてきて、無数のプロジェクトに投資してきました。だが最も成功したのは、君です」苑は一瞬固まり、そして思わず笑ってしまった。「今田さん、あまり大言壮語なさらないでください」「事実を言ったまでですよ」和樹は手を挙げて会計を頼んだ。「行きましょう。ホテルへ」立ち上がる時、苑の視線の隅が蒼真のあのテーブルをかすめた。美佐子が蒼真に近づき何かを話している。赤い唇がほとんど彼の耳に触れそうだった。蒼真の顔には淡い笑みが
愛も縁も切れました。お元気でどうぞ 第301話
蒼真の瞳の奥に、興味津々なからかいの色が浮かんだ。晋也も興奮して言い、普段よりも少し打ち解けていた。「奥様が今、反感を抱いているのは、天城さんの支配欲です。もう少し寛大に振る舞えば、もしかしたら……」蒼真はまぶたを上げて晋也を見た。「それで。何か具体的な提案でもあるのか」晋也は両手を胸の前で組み、わずかに微笑んだ。「奥様は明日、万世のモデルルームを見学に行かれると伺いました。そこにはとてもロマンチックな空中庭園が……」「要点を言え」「そこで『偶然の出会い』を演出し、ですが決して嫉妬している様子は見せないでください」晋也は言えば言うほど興奮してきた。「彼女の仕事を特別に支持しているように振る舞い、さらには自ら専門的な提案をいくつかして、あなたの成熟した寛大な一面を見せるのです……」蒼真は物思いにふけって頷いた。「手配しろ。うまくいけばボーナスだ。失敗したらくびだ」その言葉を聞いて晋也の顔色が強張った。「あの……さっきの言葉、聞かなかったことにできませんか……」「もう遅い」蒼真は指で軽く叩いた。「手配しろ」晋也は泣きそうな顔でスイートルームを退出した。心の中では、余計なことを言った自分を百遍も罵っていた。部屋の中、蒼真は再び携帯を手に取り、あの写真を拡大した。苑の狼狽した表情と、和樹の保護欲に満ちた姿勢。どう見ても、目障りだ。蒼真はある番号をダイヤルした。「今田和樹の最近の通話記録を調べてくれ。特に芹沢琴音に関するものを」電話を切り、蒼真は窓辺へ歩いていき、深圳の街並みを見下ろした。陽光が蒼真の輪郭のはっきりした顔を照らしたが、瞳の奥の陰鬱さは晴れなかった。苑の言う通りだ。人はいつも他人が雨の中、傘を差し出してくれることを期待してはいけない。だが、もし彼、天城蒼真の女なら、この人生で一滴の雨にも濡れることはない。天海湾岸地区のあるホテルの最上階。床まである窓の外には、湾岸地区のきらびやかな夜景が広がっていた。苑と和樹は窓際の席に座り、テーブルの上には工事現場視察の資料が広げられていた。「ここの排水システムの設計に問題があります」苑は図面の一箇所を指差した。「もし豪雨に見舞われたら、簡単に浸水して逆流するでしょう」和樹はわずかに頷
愛も縁も切れました。お元気でどうぞ 第300話
万世の工事現場の規模は想像以上に大きかった。十数台のタワークレーンが空中で稼働し、作業員たちが行き交い、機械の轟音が絶え間なく響いていた。江口社長は自らヘルメットをかぶって彼らを出迎えた。「今田さん、白石さん、こちらへどうぞ！安全装備は準備してあります」ヘルメットをかぶり、苑は和樹の後ろについて、江口社長が説明する一つ一つの詳細と、彼女が通る場所で存在する問題を注意深く記録した。工事現場の路面は平らではなく、あちこちに鉄筋やコンクリートがあった。たとえ苑が注意していても、何度もつまずきそうになった。「危ない！」ある坂道で、苑がまた滑りそうになった時、和樹は慌てて手を伸ばして彼女を支えた。苑は体勢を立て直し、さりげなく手を引き抜いた。「ありがとうございます」苑は気づかなかった、遠くのショベルカーの後ろで、誰かがこっそりとカメラのシャッターを切ったことに。視察は午前中いっぱい続いた。終わった時、苑のノートはびっしりと記録で埋め尽くされ、足首も絶えず姿勢を調整したせいでかすかに痛んだ。「白石さん、仕事熱心ですね」江口社長は笑ってミネラルウォーターを差し出した。「今田さんは幸運ですね。こんなに有能なアシスタントがいて」和樹は水を受け取り、視線が苑の赤くなった足首に落ちた。「病院へ見てもらいに行きますか」「大丈夫です」苑は断り終えて身を翻そうとした時、建材を運ぶ作業員が突然横から急いで通り過ぎ、危うく彼女にぶつかりそうになった。「危ない！」和樹は反応が速く、ぐいと苑の腰を抱きしめて彼女を脇へ引いた。苑は不意を突かれて和樹の胸に倒れ込み、ヘルメットまで歪んでしまった。苑は慌ててまっすぐに立ち直った。だが「カシャ」という音が聞こえた――遠くない場所で、野球帽をかぶった男がカメラを構えていた。和樹の瞳がわずかに収縮し、音の源を見た。盗撮していた男は自分が発見されたのに気づき、身を翻して逃げ出した。すぐに工事現場の雑然とした建材の山の中に消えた。「おそらく記者でしょう」江口社長は汗を拭きながら説明した。「最近プロジェクトの注目度が高いので、よくメディアが紛れ込んで盗撮しています」苑は服を整えた。心臓の鼓動はまだ収まっていなかった。「ありがとうございま
愛も縁も切れました。お元気でどうぞ 第299話
二人はしばらく見つめ合った。空気中にまるで目に見えない火花が散っているかのようだった。最終的に、蒼真が先に視線を逸らし、立ち上がって服の裾を整えた。「酒も飲んだし、話も済みました。今田さん、おやすみ」ドアが閉まった後、男の背中が完全に視界から消え、和樹の顔から笑みが徐々に消えた。和樹は窓辺へ歩いていき、携帯を取り出してある番号をダイヤルした。「天城蒼真のこちらの関係網を調べて……そうだ……」一方、蒼真は自分の部屋へ戻り、すぐに晋也に電話をかけた。「明日の朝七時までに、万世グループのすべての情報を手に入れろ……特に社長の江口淳也と取引のあるすべての顧客リストをだ」電話を切り、蒼真は窓辺へ歩いていった。ちょうど和樹の部屋の明かりが見えた。二人の男は空を隔てて対峙し、無言でありながらも波濤が荒れ狂っていた。早朝七時、苑がちょうど身支度を終えた時、ドアベルが鳴った。ドアスコープ越しに、苑は晋也がドアの外に立っており、手には精緻な箱を抱えているのを見た。「奥様、おはようございます」晋也は微笑んで箱を差し出した。「天城さんからお預かりしました」苑は箱を受け取った。ずっしりと重い。「何ですか」「お開けになれば分かります」晋也はそう言うと、礼儀正しく一歩後ろへ下がった。「天城さんから、今日のお仕事が順調でありますように、とのことです」ドアを閉め、苑は包装を開けた。中にはトップブランドのスポーツシューズが一足入っていた。滑り止めで通気性が良く、まさしく工事現場の視察に最適なモデルだった。靴箱には親切にも絆創膏が数枚と吸汗性の靴下が一足入っていた。苑の指がそっと靴の表面を撫でた。心に奇妙な感覚が浮かんだ。蒼真は実のところ、彼女に本気ではない。だがする事は人の心に入り込む。愛していないのに心を尽くす。本当に彼も大変だ。携帯が震えだした。和樹からのメッセージだった。【八時にロビー集合。万世の工事現場へ視察に行きます】苑は時間を見て、素早く資料と装備を整えた。家を出る前、苑は少し迷った。最終的にやはりあの新しい靴をスーツケースに入れ、自分で準備した古いスポーツシューズに履き替えた。エレベーターがロビーに着くと、和樹はすでにそこで待っていた
愛も縁も切れました。お元気でどうぞ 第298話
苑は冷笑した。「もし私が『天城夫人』の肩書きを借りたいなら、最初からあなたと離婚したりはしません」その言葉は刃のように蒼真の心に突き刺さった。蒼真の顔から笑みが消えた。「そんなに俺と関わるのが嫌か」「嫌いなのでは――」苑は突然口を噤み、苛立ってこめかみを揉んだ。「もういいです。あなたとは話が通じません。とにかく、明日から、私の仕事に干渉しないでください」蒼真はしばらく黙っていた。突然立ち上がって食器を片付け始めた。「分かった」そんなにあっさりと？苑は訝しげに彼を見た。「だが一つ条件がある」蒼真はやはり続きがあった。「ここは首都とは違う。常に身の安全に注意しろ。何かあったらすぐに俺に連絡してくれ」最終的に、苑は頷いた。蒼真は今夜初めて心からの笑みを見せた。蒼真は手際よく食器を片付け終え、ドアのところで突然振り返った。「今田和樹を酒に誘った。君も一緒にどうだ」「何を」苑は危うく水カップをひっくり返しそうになった。「あなたが今田さんを？」「男同士の話だ。安心しろ、殴り合いにはならない」苑は彼に呆れて死にそうだった。「蒼真、ふざけないでください！」彼女の言葉が終わると同時に、ドアもちょうど閉まった。2809号室、和樹はちょうどシャワーを浴び終え、髪を拭きながらドアを開けた。蒼真を見て明らかに呆然とした。「天城さん？」「話そうか」蒼真は手の中の赤ワインを振った。「ホテルがさっき届けた、ラフィットだ」和樹は身をかわして彼を中へ入れた。「光栄です」スイートは苑の部屋よりずっと広かった。客間の床まである窓の外はS市のきらびやかな夜景だった。蒼真はまっすぐにバーカウンターへ行き、二つのワイングラスを見つけ出した。「天城さんがそんなに風流な方だとは思いませんでした」和樹はソファに座った。「夜中に自分の……ライバルを酒に誘うとは」蒼真の酒を注ぐ手は微動だにしなかった。「ライバル？」蒼真は軽く笑い、眼差しに一抹の冷たい光がよぎった。「今田さんはご自分を買いかぶりすぎではないか」蒼真はそのうちの一杯を和樹に渡した。「俺は今田さんがこの間、妻を『世話』してくださったことに感謝しに来たのだ」「ご丁寧に」和樹
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