その場にいた全員「……」こうしてとらちゃんは見事にみんなの心をつかみ、堂々と家に居座ることになった。常盤家の旧宅。奏が門の鍵を開けた瞬間、かすかにガソリンの匂いが鼻をついた。彼がその匂いを感じてから、目の前で炎が立ちのぼるまで、わずか三分もなかった。突如現れた火柱を前に、奏はしばし呆然と立ち尽くした。「社長!放火です!危険ですから、まず外へ!」ボディーガードが駆け寄り、彼を門の外へ引きずり出した。彼は外に押し出されるや否や、今度は逆に中へと駆け戻り、放火犯を探しに行った。燃え盛る炎を見据えながら、彼はすぐに携帯を取り出し、消防へ通報した。悟、なんて奴だ!家を売ったのが悔しかったのか?まさか本当に、放火するなんて!昨日、千代が言っていた。悟はこの旧宅を手放すのを惜しんでいたはずだ。何せここに何十年も住んでいたのだから、簡単に割り切れるはずがない。おそらく弥が外で借金でも作って、仕方なく手放したのだと。だが、今の状況を見る限り、千代の読みは外れたのかもしれない。弥は死を恐れる男だ。そんな彼が、こんな大胆なことを計画できるはずがない。つまり、悟自身がこの計画に加担しているのだ。悟は奏が自分を殺すことはないと、高をくくっているのか?笑わせるな。とわこと子ども以外の人間が、自分の逆鱗に触れたら、自分は何だってやりかねない。やがて消防車が到着し、消火活動が始まった。管理事務所のスタッフたちも駆けつけてきた。「常盤さん、ご無事ですか?いったいどうしてこんな大火事に?この別荘にはもう誰も住んでいないはずですよね?火の気もないはずなのに」スタッフが話し終えると、ボディーガードが犯人を引きずって出てきた。奏はその顔を確認した瞬間、拳をギュッと握りしめた。それから約二十分後、常盤家旧宅の火災はネットニュースで大きく取り上げられた。この洋館は高額物件で、常盤家が代々住んできた場所でもある。そのため、この火災は瞬く間にSNSのトレンドを賑わせた。一方そのころ、とわこは子どもたちと過ごしており、そのニュースにはまだ気づいていなかった。「とわこ!奏の家が火事になった!」マイクは興奮していたため、早口でまくし立てた。その言葉を聞いた瞬間、とわこの顔から血の気が引いた。「なにそれ、どういうこと?彼
館山エリアの別荘。その夜、とわこの体調は昼間よりずいぶんよくなっていた。まだ少しだるさはあったが、腹痛はすっかりおさまっていた。温かく和やかな晩ご飯が終わったあと、彼女はふたりの子どもをリビングへ連れて行き、用意しておいたプレゼントと、奏が準備したプレゼントを取り出した。奏は自分の贈り物だと子どもたちに言わないよう頼んできたが、とわこが彼の言う通りにするはずもなかった。なぜなら、子どもたちに嘘をつきたくなかったからだ。「ママ、なんでプレゼントが四つもあるの?」レラは四つのギフトボックスを見つめながら、瞳をキラキラ輝かせていた。彼女は今にも全部開けたくてたまらない様子だった。「この二つはママが買ったの。あとの二つは、あなたたちのパパが買ったのよ」とわこはそう言いながら、そっと蓮の表情をうかがった。「パパ」という言葉が聞こえた瞬間、彼の柔らかな表情は一転して冷たくなった。「まずはプレゼントの中身を見てみよう!」とわこは、奏が買ったほうのプレゼントを手に取った。もし彼女のプレゼントを先に開けてしまえば、蓮はそれで満足して去ってしまう。だから、最初に奏の贈り物から開けることにしたのだった。実を言うと、とわこ自身も奏が何を買ったのか知らなかった。けれど、今の彼の子どもたちへの気持ちを考えれば、きっと喜ばれる品を選んだに違いないと信じていた。とわこは最初の箱を開け、精巧なケースを取り出した。それを開けようとした瞬間、レラが目を輝かせて叫んだ。「絶対これ、私のプレゼントだよね!きっと中にはかわいい髪飾りが入ってる!」とわこは笑いながらそのケースをレラに手渡した。「開けてごらん、レラ」レラは興奮しながらケースを開き、そこには、ピンク色のハート型ダイヤモンドが輝いていた。照明の下、ピンクの宝石はまばゆい光を放ち、その美しさに誰もが息を呑んだ。レラは小さな口を開けたまま、驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべた。「すっごく大きなダイヤモンド!」三浦は蒼を抱きながら傍で見ていたが、思わず声を上げた。レラは小さな手でそっとダイヤモンドを取り出した。それはダイヤモンドで、とても大粒だった。「ママ、パパが私にこのダイヤくれたけど、首にかけるわけにもいかないし、髪につけるのも無理だよ。これって石ころ遊びする
「わかるわけないでしょ。少しくらい声を荒げたって、驚くわけないんだから」とわこは早口だったが、声は低かった。案の定、蒼の表情は相変わらず愛らしく、彼らの言っていることなどまるで理解していない様子だった。とわこは歯固めを取り出し、それを蒼の手に渡した。蒼はすぐさまそれを口に押し込み、楽しそうにかじり始めた。「抱っこ、してみる?」と、奏が彼女の気を引こうと優しく尋ねた。とわこ「そんな元気ないから」奏「じゃあ、水は?飲む?」とわこ「喉は渇いてない」「プレゼント、持ってきたよ。見てみる?」そう言って、奏はプレゼントを取りに動こうとした。とわこは、彼が子どもを抱いたまま目の前をうろうろする姿を見て、すぐに口を開いた。「子ども抱っこしてるのに、じっとしてられないの?プレゼントなら自分で開けるから」そう言われて、彼はおとなしく彼女の隣に座った。「プレゼントは俺が選んだってことにして。俺のことは言わなくていいから」「子どもにはちゃんと渡すわよ。それ以上は気にしないで」とわこはテーブルに置かれた二つのギフトボックスに目をやった。箱だけでも高価そうに見える。そのとき、突然スマートフォンの着信音が静寂を破った。奏は子どもを抱いていたため、携帯を取り出せなかった。「代わりに取ってくれる?」彼の言葉に、とわこは仕方なく彼のズボンのポケットに手を入れ、携帯を取り出した。画面に表示されていた名前は、子遠だった。「出て、スピーカーにしてくれる?」とわこは電話に出ると、スピーカーモードにしてテーブルに置いた。「社長、悟さんの提示した価格を調べさせたんですが、20億円、しかも一括払いです。正直、捨て値ですよ」子遠の声が電話越しに響く。「おそらく、今かなり金に困ってるんでしょう。弥さんも無職で、収入がないですからね。想像に難くないです」それを聞いて、とわこはすぐに奏を見た。「お兄さん、実家を売るの?」奏「うん。買うべきかな?」子遠は困惑した。この言葉は自分に向けられたものなのか、それともとわこに向けられたものなのか?「欲しいなら買えば?わざわざ私に聞く必要ある?」そう言って彼女は少し間を置いた後、続けた。「それに、あなたにとって20億円なんて大した額じゃないでしょ。悩む意味ある?」奏「つまり、買えってこと?」
館山エリアの別荘。とわこはベッドに横たわり、全身に力が入らなかった。朝方、お腹の痛みがひどくて、鎮痛剤を一錠飲んだ。これまでは、薬を飲めばすぐに痛みが治まっていた。けれど今日は、薬を飲んでも効き目は弱く、痛みはなかなか引かなかった。そのせいで会社には行けなかった。この状態では、仕事どころか、ベッドに横になっていてもつらいほどだった。受付からの電話を終えたあと、とわこは布団をめくり、熱いお湯を飲もうと起き上がった。リビングに来ると、三浦が慌ただしく電話を切るところだった。「とわこ、どうして出てきたの?体調が悪いなら、ベッドで休んでて」「ちょっと喉が渇いて、朝よりはだいぶマシになったわ」そう言って、とわこは穏やかに笑った。「じゃあ、魔法瓶にお湯入れて、お部屋に持っていくわね」三浦は魔法瓶を探しながら言った。「そういえば、さっき旦那様から電話があって、今から来るって」体がだるく、気力もなかったとわこは、その報告にも特に驚きはしなかった。「蓮とレラにプレゼントを買ったから、とわこに子どもたちに渡してほしいって」三浦が説明した。「昨夜そんなこと言ってたわね」とわこはコップにお湯を注ぎ、両手で包み込むように持った。「どうりでさっき受付から電話が来たのね。きっと会社に来たんだわ」「うん。あの、お昼、ご一緒してもらってもいいかな?子どもたちもいないし、大丈夫だと思うんだけど」三浦は少し躊躇いながら言った。「でもまだ昼には早くない?」とわこは不思議そうに聞き返す。「もう10時よ。きっと10時半ごろには着くわ」三浦は本音を漏らした。「あの人、私の料理が好きだったから。ずっと作ってあげてなかったし、前にお世話になったし」とわこは心を和ませながら答えた。「わかった。私は部屋で少し横になるわ」二十分後、奏の車が館山エリアに入った。彼は手にプレゼントを提げて、別荘の中へ入ってきた。「とわこさんは部屋で休んでますから、ちょっと様子を見てきますね」三浦はそう言って主寝室へ向かい、そっとドアを開けて中を覗いた。もしとわこがまだ起きていたら、ドアを開けた気配で目を覚ますはずだった。静かにドアを閉めてリビングへ戻る「とわこさんは今日体調が悪くて」三浦は蒼を抱き上げて奏に預けた。「旦那様、蒼を抱っこしててくださいね
「レラ、お兄ちゃんのことが一番好きって言ってたじゃない?」とわこが不思議そうに訊いた。「そうだよ!一番好きなのはお兄ちゃん。でもピアノは弟にだけ弾いてあげたいの。だって、弟は私がミスしても気づかないから!」レラが得意げに理由を言った。とわこは思わず吹き出した。「でもお兄ちゃんも気づかないでしょ?ピアノ弾けないんだし」レラはぽかんとした顔でしばらく考えた。「そうかも!お兄ちゃんってなんでもできると思ってた!えへへ!」そう言って、彼女はうれしそうに蓮の手を引いて階段を上がっていった。とわこは笑いながら見送った。「とわこ、時差ボケがあるんじゃなかった?シャワー浴びて早めに休んだほうがいいわよ」三浦が声をかけた。「うん、そうする」とわこは寝室に戻り、クローゼットからパジャマを取り出した。すると、不意にお腹にキリキリとした痛みが走った。とっさにクローゼットの扉に手をついて、ゆっくりと腰をかがめる。息を大きく吐きながら、顔色は見る見るうちに青ざめていった。痛みは強かったが、不思議と恐怖はなかった。この痛みには、覚えがあった。出産してから、ずっと月経が戻っていなかった。今感じているこの下腹部の痛みは、生理痛。飛行機の中でも、胸が苦しくてお腹が重たい感じがしていたが、ただの疲れだと思っていた。まさか、生理が来るとは思っていなかったのだ。少し痛みが和らいだ頃、とわこは洗面所へ向かった。常盤家。奏はシャワーを終え、蓮のために買っておいた誕生日プレゼントを手に取った。それは、虎のキャラクターを模したスマートロボットだった。蓮の干支が寅年なので、奏はこのロボットを選んだ。プレゼントを買いに行った日、彼は一郎と一緒にテクノロジー館を何時間も回ったが、結局良い物が見つからなかった。そこで海外からこのロボットを取り寄せたのだった。ロボットは昨日、ようやく手元に届いたばかり。電源を押すと、ロボットが元気にしゃべり出した。「ご主人様、こんばんは。僕がお手伝いできることはありますか?」奏「うちの息子を喜ばせられるか?」ロボット「もちろんです!タイガーは歌も歌えるし、物語もお話できます。それにジョークも!」奏「うちの子は七歳だ。どんなものが好きだと思う?」ロボットは少し間を置いたあと、答え
常盤家。奏が家に戻って階段を上がろうとしたとき、千代が呼び止めた。「旦那様、一つご存じないかもしれない話があるんです」奏は振り返って千代を見た。「何のことだ?」「本宅のことです」千代の顔は深刻だった。「ご長男様が、売りに出そうとしているらしいんです」奏の目が一瞬で鋭くなった。「誰から聞いた?」「不動産関係の仕事をしている甥から電話がありました」千代の目が潤み、涙が光った。「旦那様、ご長男様はきっとお金に困っているんです。じゃなきゃ、あの家を手放すなんて」「俺に金を出せと言いたいのか?」奏はポケットに手を突っ込み、千代を見据えた。千代は慌てて首を振った。「まさか!あの人たちは恩を仇で返すような人間ですよ。奥様にあんな仕打ちをするなんて!お願いしたいのは、旦那様に本宅を買い取ってほしいんです。住まなくても構いません。他人の手に渡るよりマシです。よそ者に売られたら、常盤家が陰で笑い者になります」千代は常盤家の体面と名誉を守るために提案していた。奏には資金力があり、本宅を買うのは難しくない。「明日、誰かに見に行かせよう」奏は言った。「もう休みなさい」「夕飯はお済みですか?」千代が慌てて聞く。「食卓に出しておきました。戻られなかったので片付けていません」そう言われて、奏はようやく今夜何も食べていないことに気づいた。夕方、会社から直接館山エリアの別荘へ向かっていたのだ。とわこの家に着いたときには、ちょうど食事が終わったところだった。奏はダイニングへ向かった。千代は急いで料理を温めに行った。「今夜、お子さんたちとはうまくいきましたか?」千代が尋ねる。「うまくいかなかった」彼は眉をひそめ、冷たい声で言った。「蓮にはますます嫌われた。蒼を泣かせてしまったし、レラにも避けられた」そう言うと、気分はどん底だった。ビジネスの世界では、すべてを掌握し余裕を持って振る舞えるのに、子どもたちの前ではどうしてこうも失敗ばかりなのか。千代は驚いて、すぐに彼の前に駆け寄った。「どうしてそんなことに......」「焦りすぎたんだ」奏は自らの失敗を振り返る。「蓮と仲直りしたい気持ちが強すぎて、逆に嫌われた」「蓮くんは旦那様に性格が似ているんですよ。焦っても、うまくいきません。蓮くんはとわこさんの言うことをよく聞