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*五ノ二

last update Last Updated: 2025-09-03 18:00:20

 ジッと黙したままでいると、ふと、爺様が「そうですなぁ……」と呟く。

「昨夜はこちらに招いて早々に神事を行ったことが、色々ごたついた原因かもしれませぬなぁ……」

 昨夜のトラブルを振り返っての言葉に楓は身を硬くする。あの様子を知らされて、呆れられているのではと思ったからだ。

 とはいえ、松葉と常盤も背負うものがあるからこそ、課せられたものを果たさねばという気持ちが強いのだろう。それゆえの強引さであったとは、いまならば考えることもできる。

 ならばどうすれば……と、一同が考えに耽っていると、「ならば、」と、輪の中の一人が声をあげる。声の方に振り返るとそれは、松葉の声だった

「ならば、俺と常盤、そして神子様で一緒に暮らしゃいいんじゃねえのか?」

「一緒に、暮らす? 寝食を共にする、ということですか、松葉」

 常盤の言葉に、松葉は大きくうなずき、更に言葉を続ける。

「神子様はこっちの世界のことは何にも知らねえんだし、なにより俺のことも常盤のことも知らねえ。そんな状態で、おぼこな神子様にまぐわえなんざ無体じゃねえのか、って俺は思ったんだよ」

 昨夜の取り乱しようを目にした上での松葉の見解に、常盤が同意するように頷いている。

「それには私も同じ考えです。我々が神子様の御気持ちを考えず、神事を行おうとしたことが、昨夜の騒動の発端にもなっているのでしょうから……それならば、やはり、松葉の考えは一理あるかもしれませんね」

 神事の実行役である二人の意見が一致していることと、なによりその内容の効果を期待出来る可能性があるからか、爺様は腕組みをしてしばらく考え、そうして口を開いた。

わしも、松葉や常盤が言う話が善いように思えるのですが……神子様は、いかがお思いになりますかな?」

 不意に意見を求められ、一斉に一同の視線が注がれる。

 自分なんかが意見していいものだろうかという戸惑いもあるが、ここで一言でも何か言っておけば、昨夜のような事態は避けられる気もする。しかし、何をどう言えばよいのかがわからない。

 無防備な身体を曝すのであれば、相手のことを知らないのは恐怖でしかない。それは昨夜いやというほど思い知ったから、楓は松葉と常盤の意見に賛成ではあった。見知らぬ世界で、見知ったばかりの相手との共同生活に不安がないと言えば嘘になるが、一人でどうにかしろと言われるよりはいい気がする。

 もし、昨夜のトラブルを理由に、ここより他へ行けと言われても、楓には右も左もわからない世界だ。身の安全を確保するためには、自分を守ってくれそうな者と行動を共にした方が得策とも考えられた。

 だから楓は意を決して顔を上げ、じりっと内心汗をかきながら逡巡しゅんじゅんしたのち、楓は恐る恐る口を開く。

「……僕も、できたら……そうしたいです……」

 楓の一言に、周囲の者たちがまとう空気が安堵したようにやわらいだのを感じ、答えが間違っていなかったのだろうと、楓もまた安堵する。一先ずの、身の安全を確保できそうなことも大きい。

「ようし、では、そうと決まればお住まいを用意せねばな。直ちにお三方が住まうにふさわしいお部屋を用意し、必要なものを整えよ」

 神子である楓が提案に同意したことで、一気に事態が動き始める。ある者たちは三人が住まう部屋を用意しに向かい、ある者たちはその住まいへ運ぶ家具や調度品の手配へ、またある者はそこへ仕える仕様人の確保に向かう。

 バタバタと慌ただしく動き回る従者たちの様子を、楓はぽかんと見ていた。自分のただ一言で、こんなに大勢が動き出すなど、初めてのことだからだ。

 呆気にとられている楓に、松葉と常盤が鷹揚おうように頷きながら微笑みかけてくる。

「神子様、しばしお待ちくださいませね。直に新たなお住まいにご案内いたしますので」

「何か欲しいものはないか、神子様。用意させるぞ」

 二人の声掛けに、楓は何と答えればいいかわからず、ひとまず、「……だいじょうぶ、です」と小声で呟くに留める。何か不用意に言葉を口にしてしまったら、また大勢が動き出しそうな気がしたからだ。

「ならばあちらでお茶を頂きましょうか。美味しい新茶があるんですよ」

「では菓子も持って来させよう。おおい、誰かいるか」

 楓が案じているにもかかわらず、常盤が提案し、松葉が声を掛ければまた新たに従者が駆けつける。自分が動かなくても人が動くという状況は、まだ楓には驚きの光景でしかなかった。

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