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第367話

Author: 雲間探
「長墨ソフトと藤田総研の契約解除について、ご存知でしたか」

「先生の教え子である湊礼二は才能を鼻にかけて女に溺れ、どんどん善悪の区別もつかなくなってきてることも、ご存知ですよね?」

淳一はこれらの言葉を口にしようとしたが、視線の端に智昭の姿が映った瞬間、言葉が喉で止まった。

これらは本来、優里に関わる話だった。

今ここに優里も智昭もいる中で、自分が言う立場ではなかった。

こんな場で出過ぎた真似をして言葉にしてしまえば、周囲に自分の優里への気持ちを晒すことになる。

それは……優里にとっても迷惑になる。

そう思っていたところで、彼の目に榎原が映った。

榎原の素性についても彼は把握していた。

藤田総研と長墨ソフトが既に契約を解消していて、今は優里と智昭が榎原と一緒に食事していた……

それが何を意味するのか、すぐに理解した。

榎原テックは、長墨ソフト以外で藤田総研にとって最良の選択肢だ。

智昭は優里のことをそれなりに気にかけているらしい。

優里には新しい選択肢があるし、礼二はどんどん自制が利かなくなっている。優里があの二人から離れるのは、むしろ良いことだ。

そう考えると、真田教授に何かを言うのは、もう無意味だった。

そんな考えが一瞬で巡って、淳一は真田教授に「なんでもありません、お邪魔しました」とだけ言った。

礼二には、淳一が何を言おうとしていたのか一目瞭然だった。

彼は皮肉めいた笑みを浮かべながら言った。「てっきり徳岡さんは、その怒った顔でうちの先生に告げ口でもしに来たのかと思ったよ」

礼二のその皮肉な態度は、淳一にとってはまるで開き直って反省の色もないようにしか見えなかった。

それを見た淳一は、礼二が想像以上にどうしようもない存在になっていたことを痛感した。

以前はまだ礼二に多少の期待を持っていたのに。

今となっては、彼が自ら玲奈と一緒に堕ちようとしているのなら、わざわざ止める必要もない。

そう思った彼は、もう礼二に言う気も失せ、ぞんざいな口調で「湊さん、それは考えすぎです」とだけ返した。

礼二も相手にする気はなく、玲奈と真田教授に「先生、行きましょう」と言った。

玲奈も頷いて、「先生、こちらです」と真田教授に声をかけた。

玲奈が真田教授を「先生」と呼んだのを聞いて、淳一と優里は、彼女が礼二に倣って厚かましくそう呼んだの
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Comments (1)
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masakos31
自惚れ女はクズ不倫男に付いて行ってるけど、仕事はしないのかな?社長だからなのかな? 提携先が新しくなったのに関心はクズ不倫男のご機嫌取り。 淳一が優里一筋なのは笑えるし、クズ不倫男と争うところが見てみたい。優里は金づるを逃さないよね。 淳一は報われないのに一生懸命で哀れなやつ。
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