Share

第156話

Author: 春うらら
時子が立ち去るのを見て、静江は慌てて立ち上がり、もう一度話そうとしたが、和枝に止められた。

「奥様、どうぞお帰りください。大奥様はお休みになられますので」

静江は顔を曇らせたが、和枝に文句を言う勇気はなかった。

何しろ和枝は時子に三、四十年も仕えており、時子の前ではかなりの影響力がある。和枝を怒らせても、自分に何の得もないのだ。

彼女は満の方を向いた。

「満、帰りましょう!」

満は頷き、静江の後ろについてその場を後にした。

車に乗ると、静江は不機嫌そうに言った。

「和光苑があるからって、何よ!偉そうに!毎回、頭を下げに来て、もうこんな生活、うんざりだわ!」

満の目が一瞬きらりと閃き、目を伏せて言った。

「お母様、ごめんなさい。私のせいで、今日、おばあ様にこんな思いをさせてしまって」

満の顔に浮かぶ罪悪感と悲しみを見て、静江の心に痛みがこみ上げた。

自分が汐見家の実の娘ではないと知ってから、満はずっと気を遣ってばかりで、以前の活発さはすっかりなくなってしまった。

「満、あなたのせいじゃないわ。全部、お義母様のせいよ。あの子をひいきしすぎなのよ!」

満は首を横に振った。

「お母様、でも、お姉さんこそがおばあ様の実の孫ですもの。お姉さんをひいきするのも当然よ」

「私からすれば、あなただけが私の娘よ。結衣なんて、私に恥をかかせるだけだわ!」

満が海外で毎年全額奨学金を受け取り、しかも優秀な成績で卒業したことを思うと、静江は誇らしい気持ちになった。

自分が手塩にかけて育てた娘は、結衣よりどれほど優れているか分からない。

時子も年を取って目が曇ったから、結衣を宝物のように扱うのだ。

「実はお姉さんもとても優秀よ。今、弁護士になっているって聞いたわ」

静江の目に嫌悪の色が浮かんだ。

「毎日、人の離婚裁判ばかり担当して。そのせいで私が麻雀に行くたびに笑われるのよ。もういいわ、あの子の話はやめましょう。思い出すだけで腹が立つわ」

満はおとなしく「はい」と答えた。

一方、結衣は不動産屋といくつかのオフィスビルを見て回り、最終的に10坪ほどのオフィスが気に入った。

見晴らしが良く、ちょうどオフィスと応接室に分けることができ、新しく借りた部屋からも遠くない。ただ、価格が結衣の予算の倍以上だった。

結衣は不動産屋と値引き交渉をしようとしたが
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (1)
goodnovel comment avatar
千恵
愛人秘書が手を回したね。 お金があるのね 愛人は。
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第289話

    結衣は唇の端を上げ、思わずスマホを取り出してその様子を写真に撮り、すぐにSNSに投稿した。【真剣にお肉を選ぶほむらさん、可愛すぎ!】投稿してすぐ、詩織から「いいね!」がつき、すぐにコメントが続いた。【あら、まだ付き合ってもいないのに、もうラブラブアピール?】結衣は目に笑みを浮かべ、文字を打ち込んで返信した。【日常をシェアしてるだけよ。】【はいはい、ほむら先生とスーパーにいるのは分かったから、もうお下がりなさい】【はい、お嬢様】二人がSNSでやり取りしていると、突然、誠が結衣の投稿に「いいね!」をした。結衣は眉をひそめ、彼がまだ友達リストにいることを思い出し、いっそ直接ブロックした。以前、涼介が心変わりした時、誠は何かと遠回しに、涼介との関係を諦めるようにとほのめかし、彼女を嘲笑さえした。涼介があのクズ男で、自分の三年間を無駄にする価値もなかったのは確かだが、誠の動機は全く彼女のためではなく、涼介のためだった。だから、彼女は誠に少しも好感を持っていなかった。一方、誠は結衣の投稿に「いいね!」をした後、スクリーンショットを撮って涼介に送った。その後、もう一度タイムラインを見に行ったが、結衣の投稿はどこにも見当たらなかった。どういうことだ?結衣が投稿を削除したのか?友だちリストから結衣の名前を探してみたが、見つからなかった。誠はすぐに、結衣にブロックされたのだと気づいた。……車内。涼介は誠から送られてきた結衣のSNSのスクリーンショットを見て、スマホを握る手をぐっと固くした。以前、結衣と付き合っていた時も、よく二人でスーパーへ行ったものだ。起業のためにお金を節約していた頃、二人はよく夜七時過ぎになってからスーパーへ行った。その時間になると、残っているのは新鮮ではない野菜ばかりで、値段も安くなる。普段より安いとはいえ、結衣はほんの数十円のために店員と値切り交渉をした。彼女が値切るたびに、涼介はそばで相槌を打ち、可哀想なふりをして、最後には値段を下げさせるだけでなく、おまけにネギなどももらっていた。あの頃は二人ともとても苦労していたが、涼介は諦めるつもりはなかった。いつか必ず起業に成功すると信じていたからだ。心が折れそうになるたびに、彼は自分に言い聞かせた。諦めてはいけない、必

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第288話

    涼介は無表情で彼女を一瞥した。「玲奈、お前と結婚することは承諾したし、結衣とはもう終わった。お前のその小細工は、もうやめろ。自分が道化師に見えるだけだ」玲奈の顔から表情が消え、思わず下唇を噛んだ。「分かったわ」涼介はもう何も言わず、そのまま背を向けて立ち去った。玲奈が後を追おうとした時、スマホが突然鳴った。相手が母だと分かり、彼女は眉をひそめ、一瞬ためらったが、やはり電話に出た。「お母さん、どうしたの?」「玲奈、最近、清澄市でどうしてる?」玲奈は自分が妊娠していることをまだ家に話していなかった。涼介との結婚式の時に、知らせるつもりだったのだ。「元気よ。そっちは?最近、お父さんのリウマチはどう?」「大丈夫よ。今日電話したのはね、実はあなたに話したいことがあるの」玲奈の心が沈んだ。「何?」「あんたの弟のことなんだけどね。あの子、大学を卒業してもう一年以上経つのに、ずっと仕事が見つからなくて。このまま家にいても仕方ないから、清澄市に行かせて、あなたに仕事を探してやってもらえないかと思って」その言葉に、玲奈の眉がたちまち寄せられた。「お母さん、私が清澄市で社長でもやってると思ってるの?仕事なんて、探せばすぐに見つかるものじゃないわよ」それに、弟の篠原哲也(しのはら てつや)のあのちゃらんぽらんとした様子で、どこのまともな会社が雇ってくれるというのか。大したことない大学を出たくせに、毎日、上場企業にばかり履歴書を送って、他の中小企業には目もくれない。高望みばかりしているのだから、仕事が見つかるはずもなかった。それを聞いた途端、母の声は甲高くなり、その口調も容赦なかった。「まあ、よく言うわね!あんた、今や羽振りが良くなって、私たちのことなんてどうでもよくなったってわけ?忘れたとは言わせないわよ。昔、お父さんがあんたを大学に行かせたくないって言った時、あんたの弟があんたのためにこっぴどく殴られて、それでようやくあんたは大学に行けて、清澄市で働けるようになったんじゃないの。今になって、私たちを見下すつもり?」この件は玲奈の弱点だった。当時、哲也は父に殴られて骨折し、三ヶ月以上も入院したのだ。しばらく黙り込んだ後、彼女は深呼吸して、妥協した。「じゃあ、あの子の切符を買って清澄市に来させ

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第287話

    結衣は首を横に振った。「夕食を作るのは、もちろん感謝の気持ちとして私がするべきことよ。でも、改造費は別として。ちゃんとお支払いさせて」ほむらが断ろうとするのを見て、結衣は続けた。「あなたにとって、あのお金は大したことないのかもしれない。でも、私、あなたに借りを作りすぎたくないの」ほむらが乗っている車や、雅と幼馴染であることから、結衣は彼がただの医者ではないと察していた。清水家は京市でも指折りの名家だ。そんな家の令嬢と共に育った人間が、ただの一般人であるはずがない。結衣が唯一思い当たるのは、京市一の名家、伊吹家だった。ほむらは、きっと京市の伊吹家の人なのだ。彼女は伊吹家のことをよく知らなかったが、父の明輝が話しているのを聞いたことがあった。伊吹家は京市の名門中の名門で、清澄市の名家をすべて束にしても敵わないほどだと。それこそが、彼女が彼と付き合うことを躊躇する理由の一つでもあった。かつて汐見家が涼介を見下していたように、伊吹家のような大家族は、きっと汐見家のことなど歯牙にもかけないだろう。ほむらと一緒にいれば、これから直面する困難は、涼介と一緒にいた時よりも少なくないはずだ。彼女の真剣な瞳と視線が合い、ほむらは頷くしかなかった。彼は適当な金額を口にした。「じゃあ、これだけでいいよ」結衣も車の改造に詳しかったわけではないので、ほむらが言った金額を妥当だと思い、すぐにその額を振り込んだ。二人はモールの中を歩き続け、ジュエリーショップの前まで来た時、中から出てきた玲奈と涼介にばったりと出くわした。結衣の姿を見て、二人とも一瞬、固まった。涼介は全身をこわばらせた。結衣を見た瞬間、なぜか心に動揺が走る。彼と玲奈が結婚指輪を買いに来たことを、彼は無意識に結衣に知られたくないと思っていた。玲奈の顔から笑みがこわばり、手を伸ばして涼介の腕を掴んだ。「汐見さん、こんなところでお会いするなんて、本当に奇遇ですわね」涼介の腕に抱きつきながら、彼女は二人が買ったばかりの結婚指輪をわざと見せつけることも忘れなかった。あんなに大きなダイヤモンドの指輪だ。結衣が気づかないはずがなかった。結衣も確かにそれを見たが、すぐに無表情で視線を逸らした。彼女は玲奈を無視し、ほむらの方を向いて言った。「あっちの方へ行きましょう」

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第286話

    ドアを開けると、ほむらが戸口に立ち、笑って言った。「起こしちゃったかな?」「ううん、ちょうど今、顔を洗ったところだから」「覚えてるかい?前に約束してくれたご褒美のこと。そろそろ、果たしてもらおうかな」結衣は一瞬きょとんとして、口を開いた。「今日、もう半分近く過ぎちゃったわよ。今から果たせって、ちょっと損じゃない?」以前、ほむらは、結衣が一日デートに付き合ってくれたら、時子に話して彼女を潮見ハイツに戻れるようにすると提案した。ほむらは約束を果たした。彼女も、自分の約束を果たさなければならない。「大丈夫だよ。まだ夜の時間があるじゃないか」ほむらが譲らないのを見て、結衣は口を開いた。「分かったわ。じゃあ……どんなデートにするか、もう考えてあるの?」「デート」という言葉を口にした瞬間、結衣の胸にときめきが走り、頬も不覚にも赤くなった。「考えてあるよ。今日は一緒にスーパーへ行って、夜は二人でご飯を作って、一緒に夕食を食べよう」「それだけでいいの?」結衣の目には信じられないという色が浮かんだ。彼女は、ほむらが何かとんでもない条件を突きつけてくるものとばかり思っていて、どう断ろうかまで考えていた。それなのに、彼が提示した条件が、ただスーパーへ行って、一緒にご飯を作って、夕食を共にすることだなんて。では、これまでの心配や葛藤は……すべて無駄だったということ?ほむらは眉を上げた。「なんだか、がっかりしているように見えるけど?」「だ、誰がよ。嬉しいわ……それで、いいの」「うん。じゃあ、準備して。十一時に出発でどうかな?」「ええ」ほむらが去った後、結衣は冷蔵庫を開け、前に買っておいたパンと牛乳を取り出して軽く食べ、朝食を済ませた。それからスマホや身の回りのものをバッグに入れ、出かける準備をした。十一時、二人は時間通りに出発した。結衣は前回の事故の後、車が証拠品として押収されており、たとえ戻ってきたとしても、もう乗れそうになかった。だから今日は、ほむらが車を出した。二人は清澄市で一番大きなショッピングモールへ向かった。そこには大型スーパーだけでなく、アパレルや自動車など、様々な店が入っていた。モールに入り、自動車販売店の前を通りかかった時、結衣の足取りが明らかに遅くなった。車がないため、

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第285話

    詩織は思わず眉を上げた。「あなたも彼のことが気になっているんでしょう。もっと進展させなくていいの?」「最近のことが片付いてから考えるわ。今はそんな気分じゃないの」それに、結衣はほむらと雅がどういう状況なのか、もう少し観察するつもりだった。もしほむらが雅と距離を置くつもりがないのなら、結衣も彼と何かを始めるつもりはなかった。「まあ、いいわ」結衣は前の恋愛から立ち直ったばかりだ。すぐに次の恋愛を始めさせるのは、確かに少し急かしすぎだろう。詩織の車は、すぐに潮見ハイツの近くまで来た。潮見ハイツまであと一つ信号というところで、詩織は突然、前方を見て言った。「あなたのマンションの入口に立っている人、ほむらさんじゃない?」結衣は彼女の視線の先を見た。顔ははっきり見えなかったが、直感でその人がほむらだと分かった。「うん……そうみたい」「あなたのことを心配して、入口で待っててくれたのかしら?」「たぶん……」結衣も、ほむらが入口で待っていてくれるとは思っていなかった。すぐに、車はマンションの入口に停まった。結衣はシートベルトを外し、詩織の方を向いて言った。「じゃあ、帰りは気をつけてね。家に着いたらLINEして」詩織は彼女に向かってウィンクした。「分かってるわよ。早く行きなさいって。ほむらさんを待たせちゃ悪いわ」結衣は言葉を失った。彼女はドアを開けて車を降り、入口で待つほむらの方へ歩いて行った。ほむらは薄いグレーのダウンジャケットを着て、中は白のVネックセーターと白いパンツを合わせていた。パンツがどんな素材かは分からなかったが、一目で質の良さが伝わってくる。彼は街灯の下に立ち、その五官は精緻で美しく、まるで漫画から抜け出してきた少年のように格好良かった。結衣はゆっくりと彼の前に歩み寄った。「ほむら、私を待っていたの?」ほむらは彼女を見下ろし、その目にはとろけるような優しさが満ちていた。「うん、夜も遅いし、君が一人だと心配で」「でも、まだ十時過ぎよ」「分かってる。でも、君が無事なのを確認しないと、安心できないんだ」特に、今夜の彼女はこんなにも綺麗だったから。結衣はドレスの上に黒いダウンジャケットを羽織り、薄化粧を施した顔立ちは、素顔の時よりもさらに精緻で、人の目を釘

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第284話

    結衣は首を横に振った。「ええ、今はしばらく得意げにさせておけばいいわ」「ふふ、今あの子がどんなに張り切っていても、時子おばあ様が株を全部あなたに譲ったって知ったら、どんな顔をするか見ものね」詩織のその言葉に、結衣も思わず笑みをこぼした。「もう遅いし、そろそろ帰りましょう」詩織は頷いた。「ええ、もうお客さんもだいぶ帰ったし、ここにいても仕方ないわね」二人はグラスを置くと、時子に挨拶をしてから、ホテルの出口へと向かった。静江は、結衣が自分たちの方を一瞥もせずに去っていくのを見て、怒りで顔を青くした。「明輝、見た?!私たちの可愛い娘は、親のことなど少しも気にかけていないのよ!世の中にこんな娘がいる?!」周りの人に聞かれて笑いものにされるのを恐れ、静江はすでに声を抑えていたが、その口調に滲む濃い怒りは、どうしても隠しきれなかった。明輝は結衣の後ろ姿を一瞥し、冷たく言った。「今一番大事なのは、満が汐見グループで足場を固めるのを手伝うことだ。結衣のことは、あいつはずっとあの態度だ。お前がいくら腹を立てたところで無駄だ」彼はもう吹っ切れていた。あんな娘はいなかったと思えばいい。それに、結衣が言ったことも正しい。自分たちは結衣を育てていないのだから、とやかく言う資格はないのだ。静江は深呼吸した。「私に恥をかかせる以外、何もできないんだから!前世でどんな悪いことをしたっていうのよ、こんな性悪な娘を産むなんて!」「くだらないことを言うな。そんな時間があるなら、満のために人脈でも広げてやれ」……ホテルを出て、帰り道、結衣はほむらからメッセージを受け取った。【戻った?】結衣は唇を引き結び、文字を打ち込んで返信した。【ええ、今、帰り道。詩織が送ってくれるから、心配しないで】【分かった】ちょうど赤信号で、詩織は車を停め、横目で結衣が真剣な顔で画面を見つめ、口元にかすかな笑みを浮かべているのを見た。「誰と話してるの?」結衣はスマホを置き、彼女の方を向いて言った。「ほむら。もう帰ったか聞いてきたの」信号が青に変わり、詩織は車を発進させながら笑って言った。「彼、あなたのこと、ずいぶん心配してるのね。まだ十時過ぎよ。いい大人が、迷子にでもなるっていうの?」「たぶん、何となく聞いてみた

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status