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第520話

Author: 春うらら
拘置所を出ると、外は重苦しく曇っていた。

雲心の気分は優れず、険しい表情で車に乗り込んだ。

彼が拘置所を訪れたのは、満に最後のチャンスを与えるためだったが、満は彼の期待を裏切った。

五年も一緒にいたのに。彼は満のために汐見グループと渡り合ってきたというのに、満は彼に刃向かおうとした。それは彼の心に少なからず傷を残した。

まあ、どうせ表舞台に立てない駒だ。言うことを聞かないなら、消してしまえばいい。

彼は助手席の秘書に目を向け、冷静な声で言った。「後始末はきれいにやれよ。証拠を残すなよ」

「社長、承知しました」

秘書はうつむき、心の中で震え上がった。

満と雲心は長年連れ添ってきた。犬を飼えば情が湧くというのに、雲心はこれほど冷酷になれる。満が裏切ったというだけで、彼女を消そうというのだ。

もし自分がいつか、雲心の意に反するようなことをすれば、彼は自分をどうするだろうか?

秘書は背筋が凍るのを感じ、慌ててそんな考えを振り払い、それ以上先のことは考えないようにした。

夕方、静江が示談書を手に、満に会いに行こうとしていたところ、拘置所から電話がかかってきた。

「汐見さん、汐見満さんが拘置所で自殺されました。至急、こちらにお越しください」

静江は愕然とし、手の中の示談書を握りしめた。「どういうことですか?!そんなはず……!何か勘違いじゃないですか?!」

今朝、満は時子に示談書にサインさせれば、雲心と対決するのを手伝うと約束したばかりだ。それなのに、一日も経たずに自殺するなんて、ありえない。

「昼食の際、彼女がこっそりフォークを持ち出しまして……私たちが異変に気づいた時には、もう手遅れでした。汐見さん、心よりお悔やみ申し上げます」

静江は急いで警察署に駆けつけた。満の遺体を目にした瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。

彼女には信じられなかった。検死台に横たわり、顔は青ざめ、まったく生気のないその人が、今朝会ったばかりの満だなんて。

満には完全に失望し、もう娘とは思わないと決めていた。それでも、二十年以上も母娘として過ごしてきたのだ。

突然その遺体を目の前にして、やはり目に涙がにじみ、胸を掴まれたように、息苦しいほど痛んだ。

そばにいた警官が慌てて彼女を支え、小さな声で言った。「食事用のフォークで、自分の喉を突き刺して……発見した時には、すで
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