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第505話

Author: 藤原 白乃介
医師は検査結果の用紙を誠健に手渡し、にこにこと言った。

「誠健、このご祝儀はどうやらナシになりそうだよ。君、まだまだ頑張らないとね。彼女はただのホルモンバランスの乱れと、ちょっとした胃腸不良だ」

誠健は検査結果をじっと見つめた。そこに並ぶ数値はすべて正常範囲。

まるで空気が抜けたボールのように、彼はその場にドサッと腰を下ろした。

……できてない?

あの時、あれだけ頑張ったのに。知里が泣くほど愛し合って、しかも危険日ど真ん中だったのに……なんで?

まさか、俺がダメなのか……?

まるで水をかけられたナスのように、誠健は目を伏せ、黙り込んだ。

知里は彼の手からスッと用紙を奪い取った。

そこに「妊娠」の文字がないとわかるや、張り詰めていた心が一気にほぐれた。

さっきまでこわばっていた顔に、自然と笑みが戻る。

「ほら見なさいよ。そんなに一発必中なんて甘くないって。子ども産む?あんたなんかのために?来世にしな!」

そう言って、意味深に彼の肩をポンポン叩くと、上機嫌で鼻歌を口ずさみながら部屋を出ていった。

誠健は悔しさに奥歯を噛みしめる。

できてなかったのはいいとしても、まさかこの俺をバカにするとは。

許せん……これは男のプライドの問題だ!

バッと椅子から立ち上がった彼は、後ろから知里を抱き上げ、そのまま出口へ。

知里はスキップ気味に歩いていたが、突然抱き上げられて思わず叫んだ。

「きゃああっ!?誠健!おろしてってば!ここ病院よ!同僚もいるのに、恥ずかしいでしょ!」

誠健はニヤリと笑い、耳元でささやいた。

「もう恥は捨てた。いい機会だから、見せてやるよ。誰ができない男かってな」

そのまま、彼は米袋でも担ぐように知里を肩に担ぎ上げ、ズンズンと出口へ向かって歩く。

それを見ていた若いナースたちは、目を丸くして口元を抑え、黄色い声を上げた。

「やば!石井先生の彼氏力エグい!肩担ぎ!?まるで少女漫画!」

「てか、婦人科から出てきたってことは……知里さん、やっぱ妊娠してるの?」

「ありえる〜!もう一緒に住んでるって噂だったし。え、てことは……石井先生パパになるの!?ねぇ、結婚式呼んでくれないかな〜!」

きゃあきゃあ騒ぐ彼女たちの背後から、ひとつ冷静な声がした。

「何を見てるの?」

それは同じ病院の医師、美琴だった。

ナースたちは待っ
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