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第595話

作者: 藤原 白乃介
彼はアルバムを一枚一枚めくりながら、写真を見るたびに胸が締めつけられるような痛みを感じていた。

一つは、息子の成長の記録を見るたびに込み上げる思い。もう一つは、佳奈と佑くんがどれほど親密かを見せつけられること。

そのどちらもが、彼の心を容赦なく刺してきた。

佑くんはにこにこと笑いながら、彼の大きな手をポンポンと叩いて言った。

「おじさん、先に見てて。ぼく、キッチンでママの様子見てくるね」

そう言って、小さな足でトコトコとキッチンへ駆けていき、小さな踏み台を持ってきて佳奈の隣に座ると、頬杖をついてじーっと佳奈の顔を見つめた。

その視線に、佳奈の心は思わずとろけてしまい、つい口ずさむように童謡を歌ってしまう。

キッチンの中は、二人の楽しげな笑い声で満ちていた。

俊介は一人、リビングのソファで微笑みながらそれを聞いていた。

引き出しを開け、アルバムを元の場所に戻そうとしたとき、ふと中にある薬の瓶が目に入った。

パロキセチン。

うつ病の治療薬だった。

……まさか、佳奈のうつ病が再発したのか?

その可能性が頭をよぎった瞬間、俊介の心は深い痛みに包まれた。

目頭が熱くなる。

もっと早く気づくべきだった。

あれだけ大切なものを失った佳奈が、無傷でいられるはずがない。

拳をぎゅっと握りしめ、喉が何度か上下に動く。

薬の瓶にそっと手を添えて、低く、かすれた声でつぶやいた。

「佳奈……ごめん……」

謝ることしかできなかった。

佳奈のすべての苦しみは、自分が与えたものだった。

今の気持ちをどう表現すればいいのか、言葉が見つからない。

俊介はすぐに気持ちを整理し、キッチンへ向かい、佳奈の料理を手伝い始めた。

三人で食卓に着いた。

テーブルには四品とスープ、さらに果物が並べられていた。

佑くんは二人の間に座って、両方からしっかり可愛がられていた。

まるで本当の家族のような、温かく幸せな時間。

その空気に、佳奈も思わず心を溶かされてしまう。

夕食を終えた後、佳奈は佑くんを寝かしつけた。

二つの絵本を読み聞かせると、小さな腕で首にしがみついて、すやすやと眠りについた。

眠る直前、佳奈の首に抱きついたまま、佑くんは小さな声でささやいた。

「ママ、だいすきだよ……」

そして目を閉じ、静かに眠りについた。

その可愛らしい寝顔を見つめな
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