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誓いの果てに待つのは、虚しき別れだった
誓いの果てに待つのは、虚しき別れだった
Author: ピタコ

第1話

Author: ピタコ
アードリア帝国にて。

「ありえないわ……私はレナードの妻よ?なぜ、夫の軍人遺族恩給を申請できないのですか?」

帝国軍籍管理局で、白髪のオリヴィア・アームストロングがレナード・アームストロングの遺骨を抱き、理解できないといった様子で職員に問い詰めている。

「オリヴィア様、軍人遺族恩給の受給権は直系の親族でなければ手続きできません。こちらのデータベースによりますと、貴女様は未登録となっておりますが」

オリヴィアは震える手で老眼鏡をかけ、職員のコンピューター画面を食い入るように見つめる。

職員は嘘を言っていない。彼女がレナードと共に過ごした五十年、婚姻状況は驚くべきことに未婚のままなのだ。

その衝撃的な事実から立ち直る前に、職員はさらに言葉を続ける。

「レナード様は五十年前、セシリア・アームストロング様という方と結婚されており、お二人の間にはサイモン・アームストロング様というお子様もいらっしゃいます」

「セシリア様は既にお亡くなりですが、サイモン様に依頼されれば、遺族恩給の受給は可能かと存じます」

セシリアとサイモン。その名を聞いた瞬間、オリヴィアは激しい耳鳴りに襲われる。

あの二人は、レナードの兄の未亡人と、その甥ではなかったか?それがどうして彼の妻と子になるというのか?

ならば、自分はいったい何?

これまでの年月、彼の世話をし、病気のセシリアの世話までしてきた自分は、いったい何だったというの?

家政婦か?

オリヴィアは呆然自失のまま、帝国軍籍管理局を後にした。

その道中、サイモンからの電話が鳴った。

「叔母さん、叔父さんは遺産をすべて俺に残したんだ。気にしないでくれるよね?

なにしろ、俺がアームストロング家の唯一の血筋だからな。まあ、叔父さんの遺言で、あんたにはアームストロング家の墓に入れてやるってさ。死んだら、彼と一緒に入れるよ。

長年、叔父さんと母さんの世話をしてくれたことには、感謝してる」

オリヴィアは思わず笑い声を漏らす。

五十年の献身が、死後に同じ墓に入る権利に変わっただけ。

レナードは死の間際まで、この「息子」のことばかり考えていた。仕事も年金もない彼女が、この先どう生きていくのか、少しも考えなかったというのか?

オリヴィアの心にあったレナードへの最後の情も、ついに消え失せる。

代わりに宿るのは、五十年間も騙され続けたことへの憎しみだけ。

幾度となく撫でてきた手の中の骨壺を、今すぐ叩き割ってやりたい衝動に駆られる……

しかし、神様はどこまで意地悪なのだろうか。彼女に晴らす機会さえ与えず、制御を失ったトラックが猛スピードで突っ込んでくる。

ドンという轟音と共に、オリヴィアの視界は目に焼き付くような赤に染まった。

周囲には人だかりができ、彼女を指差してひそひそと話しているのが感じられる。

「ああ、このお婆さん、知ってるよ。旦那さんに先立たれて、子供もいない。これも運命なのかねぇ!」

「そうだな。身寄りもいないんだし、旦那さんの後を追うのも幸せかもしれん。来世でまた結ばれるさ」

いや、いやだ!

オリヴィアの魂が、狂ったように首を振る。

もし本当に来世があるのなら、絶対にレナードとは二度と関わりを持つものか!

……

「オリヴィア、考えは決まったかね?

本当に夫の世話をするために、せっかく掴んだ材料科学研究院の仕事を、君自身の未来を諦めるというのか?

君は我が研究院で期待されている人材だぞ。それに、研究院にセントラル総合学院研修の枠があるのは知っているだろう。七日後には出発だ。

こんな機会は滅多にない。君を推薦しようと決めていたんだ。もう一度、よく考えてみてくれ!」

目の前で心を痛める材料科学研究院のブランソン院長を見つめ、オリヴィアはしばらくの間、呆然としている。

レナードが事故に遭い、自分が仕事を辞めたのは、帝国歴977年の出来事ではなかったか?

これは……まさか、生き返ったというの?

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