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第350話

Author: 桜夏
透子は視線を正面に戻し、何事もなかったかのような平静を必死に保ち、それから浅く微笑んだ。

聡は言った。

「正直に言いなさい。たとえトイレに落としたと言っても、責めたりはしないさ」

透子は絶句した。

この人の推察力は、本当にすごい……

本当に言うべき?それとも、嘘でごまかした方がいいだろうか……

「本当にトイレに落としちゃったの?」

理恵は隣で親友を見ながら言った。

「大丈夫よ〜、わざとじゃないんだから」

透子は彼女を見てから、聡に視線を移した。男性のその構えは、何が何でも何かを言わせようというものだった。

それに、嘘をつけば、彼に見破られるリスクもある。

「その……とても安全な場所にありますから、柚木社長が心配なさるような、不正な利用をされることはありません」

透子はこわばった笑みを浮かべて言った。

聡は言った。

「はっきり言え」

透子は答えた。

「……ゴミ箱の中です。誰も漁ったりしませんし、その日のうちに清掃員の方が片付けますから」

彼女の声はどんどん小さくなり、顔を横に向ける角度もますます大きくなっていった。

聡は目を細めた。

……ゴミ箱だと?

ふん、まさか透子が通りかかった時、「うっかり」と「正確に」落ちてしまったとでもいうのか?

「ぷっ――」

隣で聞いていた理恵は、思わず噴き出してしまった。

品がないと言われても仕方ない。こんなの、誰が我慢できるだろうか。さすがは透子だ、ははは〜。

最初は落としただけだと思っていたが、自ら捨てたとは。二つの意味は全く違う。

この世で家族以外に、兄の名刺をゴミ箱に捨てる勇気のある人間など、きっといないだろう。何しろ、それは他の人が大金を積んでも手に入らない、重要な連絡先なのだから。

「でも、万が一誰かが漁ったらどうするの。会社の情報を探していたら、思いがけずもっとすごいお宝を見つけちゃったりして」

理恵は面白がって、さらに火に油を注いだ。

「そういうことはありません。だって……」

透子は彼女を見て、半秒ほど言葉を止めた。

ここまで言ったのだから、もう全部言ってしまっても同じだ。

「……その時、粉々に引き裂いて捨てましたから……」

彼女は小声で言った。

そして体を起こし、向かいに座る聡の表情を、とても見る勇気がなかった。

「ははははは――」

理恵は今度こそ大爆
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