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第125話

Author: ちょうもも
伶のその素早い脱ぎっぷりに、悠良は一瞬反応が遅れてしまった。

彼女が呆然として西装を受け取らないのを見て、伶はさらにそれを彼女の前に差し出した。

「何ぼーっとしてるんだ、早く受け取れよ。腕、疲れてきた」

ようやく我に返った悠良は、西装を受け取りながら小声でぼやいた。

「服渡すくらいで疲れるとか、虚弱すぎでしょう」

「俺が虚弱かどうか、小林さんが一番わかってるだろ?」

伶はコップの水を飲みながら、涼しい顔で言う。

悠良の瞳が揺れる。

「今私が水飲んでないこと、感謝したらどうです?じゃなきゃシャツまで被害受けてますよ」

「大丈夫。最悪この中のシャツも脱いで渡すし」

伶は全く悪びれる様子もなく、真顔で言い放つ。

その瞬間、悠良の頭の中には、前に伶がバスタブに浸かっていて、下半身はバスタオル、上半身の引き締まった筋肉と腹筋がちらついて......

思い出した瞬間、顔が真っ赤になり、呼吸も少し荒くなる。

慌てて思考を切り替える。

「......もう黙ってください」

今度また何を言い出すかわからない。

その時、店主が焼き物を運んできた。

「どうぞ、ごゆっくり」

伶は一瞥して言う。

「俺、ネギ食べない」

店主「......」

悠良はその目線を見て、店主にネギを取り除けって無言で言ってるように感じた。

だけど、店主がそんな暇あるわけもなく、しばらく二人で睨み合い。

結局、悠良が口を開いた。

「気にしないでください。こちらは大丈夫ですから」

「では、ごゆっくり」

店主は立ち去る前に、伶のことをもう一度怪訝な目で見た。

悠良は肩を落とし、箸を持ってひとつひとつ焼き物からネギを取り除いていった。

伶は急かすこともなく、頬杖をつきながらゆったりと彼女を眺めていた。

「その顔、処置しなくて――」

「悠良さん?どうしてここに?」

突然、鈴のように澄んだ女性の声が横から響いた。

悠良の手がぴたりと止まり、反射的に顔を上げると、そこには史弥と玉巳が立っていた。

史弥は伶の姿を見た途端、顔色がみるみるうちに沈んだ。

「寒河江社長?」

玉巳は軽く鼻で笑いながら言う。

「悠良さんは寒河江社長と白川社の契約が決まったから、お祝いにお呼びしたってことですか?」

そう言うと、唇に指をあてて、自分に言い聞かせるように続けた。

「私と史弥
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