「雨宮さん、ずいぶん自信がおありなんですね?」三井鈴は容赦なく言い返し、その言葉にはしっかりとした牽制の色がにじんでいた。「でも、その自信、向ける場所を間違えてるみたい」その迫力はまっすぐ相手にぶつかってきた。雨宮栞里はすぐに降参の構えを見せた。「三井さん、そんなにきつく言わなくてもいいじゃない」彼女は認めざるを得なかった。負けたのは自分だと。もしかすると最初から、勝てる可能性なんてなかったのかもしれない。ただ心のどこかにある未練と執着が邪魔をして、自分の立場が見えていなかっただけだった。「でも、あなたがそんなに動揺してるのを見ると、ちょっと嬉しかったわ」少なくともこれでわかった。田中仁は独り芝居をしていたわけじゃない。ようやく人生のヒロインに出会えた彼にとっても、それは確かな幸せだった。彼女が望んでいたのは、ただ彼の幸せだけだった。雨宮栞里はふっと笑みをこぼし、ゆっくりとブレーキを踏んで車を路肩に寄せて停めた。彼女は横目で三井鈴を見つめ、真剣なまなざしを向けて言った。「三井鈴、お幸せに」空からまた雪が舞い始め、風に乗って静かに降りそそいだ。どれだけ寒くても、春のように上機嫌な人間の足取りは止められない。品田誠也は数人を従えて堂々と豊勢グループに現れ、田中仁のオフィスへと強引に踏み込んだ。「田中さん!」その呼び声には隠しきれない得意さがにじみ、彼はためらいもなくドアを押し開けて入ってきた。男はデスク前の椅子に座り、顔の半分が光と影に包まれていた。気迫は凛として鋭く、それでいて顔立ちはまるで絵画のように整っていた。田中仁はちょうど電話を終えたところで、品田誠也の押しかけを目にした。彼の瞳は一片の泉のように澄んでいて、波紋一つ起こさず、何事もなかったように手元の書類を淡々と処理していた。声の調子もまったく変わらなかった。「品田さん、年を取るごとに礼儀を忘れていってるようですね」品田誠也は歩み寄り、部屋の端に静かに立った。片手を大きく振って、合図を送る。背後に控えていた部下が急いで前に出てきて、腕に抱えた分厚い書類の束を差し出した。「私は昔からこういうの苦手でして、田中さん、気を悪くなさらないでください」品田誠也は愛想笑いを浮かべながら、手は休めずに書類の束を軽く叩いた。「今日
これだけ長い付き合いでありながら、田中仁が自ら雨宮グループに姿を見せたのは初めてだった。それは彼女にとって意外でありながらも、素直に嬉しかった。応接室のドアを開けたとき、雨宮栞里の声には隠しきれない高揚が滲んでいた。「仁くん、どうして急に来てくれたの?」親しげな呼び方に、彼女の想いが隠しようもなく滲み出ていた。だが彼女の喜びとは裏腹に、田中仁の表情は一切揺らがず、静かに彼女を見つめたまま、単刀直入に切り出した。「雨宮さん、話がある」「雨宮さん」という一言が、はっきりと一線を引き、彼女の幻想を無残に打ち砕いた。表情を引き締めながら、「何の話かしら?」と返すのが精一杯だった。「昨夜のパーティーの一件は、すべて把握している」田中仁は余計な前置きなく、来た理由を明らかにした。雨宮栞里は目を見開いた。「全部知ってるの?」あの惨めな罵声が、彼の耳に届いてしまったのかと思うと胸が痛んだ。「自分の行動には、それ相応の代償を払うべきだ」田中仁の口調は冷ややかで、まるで天気の話でもしているかのようだった。「今、大山家の勢力はすべて潰され、名義のプロジェクトは雨宮グループが引き継ぐことになる」田中仁の手は常に鋭く、速く、正確だった。相手に猶予を与えず、長年続いてきた一族企業を一夜にして消し去る。それは全て、彼の掌の上だった。さらに彼女を驚かせたのはこれだった。「こんな大きな利益を、全部譲るつもりなの?」「借りを返しただけだ」雨宮栞里には、彼が何を指しているのかすぐに分かった。そして彼がここまで動いたのは、全て三井鈴のためなのだと。そう思った瞬間、胸の奥から妬ましい感情が湧き上がり、理性も感情も飲み込まれていった。「田中さんが身内に甘いって噂は聞いてたけど、今日見て納得したわ」彼は何も否定せず、それを暗に認めたようだった。帰り際、彼は言った。「雨宮さん、この件は誰にも話さないでくれ。特に彼女には知られたくない」「プッ――」前方からクラクションの音が鳴り響き、雨宮栞里の回想を遮った。雪の日の道路は濡れて滑りやすく、走る車もぐっと減っていた。ほんの一瞬意識が逸れていたが、雨宮栞里はすぐに視線を戻した。彼女は何気ない口調で言った。「酔っぱらって口を滑らせただけの冗談ですよ、三井さん、気にしないで」
「温井さん、ありがとう」ツバメの巣の粥はあっさりしていて脂っこさがなく、三井鈴はスプーンで一口すすると、胸のむかつきが次第に治まり、体全体がだいぶ楽になった。しばらくして、一杯の粥はあっという間に空になった。三井鈴は食器を置いた。「おじいちゃん、先に仕事行ってくるね」「わかった、気をつけてな」雪の日は道が滑りやすい。運転手は速度をぐっと落として慎重に走らせていた。それでもなお。途中で車が故障してしまった。運転手は急いで外へ出て点検し、エンストだと分かると言った。「三井さん、レッカーを呼びます……」今朝は重要な朝の会議があった。遅刻を避けるために、三井鈴はドアを開けて車を降りた。彼女は道路の端に立ち、刺すような寒風に思わずコートをぎゅっと抱え、スマホを取り出して配車アプリを開いた。だが注文を送信した直後、鮮やかな赤のBMWMINIが彼女の目の前に停まった。三井鈴の瞳に一瞬、疑念がよぎった。次の瞬間。窓が開き、整った横顔が現れた。「三井さん、良ければ私の車に乗りませんか」それは雨宮栞里だった。前回のパーティー以来、二人は顔を合わせていなかったが、まさか今日出会うとは。三井鈴は恩を受けたくなくて、ほとんど反射的に断った。「結構です、雨宮さん。もうタクシーを手配しましたから」そうは言ったものの、送信した注文はなかなか取られなかった。雨宮栞里はすでにそうなることを予想していたかのようだった。彼女は静かに微笑み、シートベルトを外して車を降り、三井鈴の前まで来てドアを開けた。「雪の日はなかなかタクシーが捕まりませんし、ちょうど私もそちらの方面なので、ついでですよ」ここまで言われても、三井鈴は表情ひとつ変えなかった。二人の相性はまるで合わず、三井鈴は関わりたくなかった。「もう少し待てばいいですから」雨宮栞里は観念したように、最後の切り札を切った。「どうしたんです、三井さん?まさか私の車に乗るのが怖いんじゃないでしょうね?」三井鈴は眉をわずかに上げ、最近の雨宮栞里にはどこか違和感を覚えた。以前、二人が顔を合わせるときは、いつもどこかピリピリした空気があった。それが今日は妙に柔らかく感じられて、少し戸惑った。「真っ昼間から、まさか雨宮さんは何か違法なことでもする気?」
あの夜のこと。フランスでは大雪が降り、あたり一面が白銀に染まり、吐く息は空中で氷の粒になった。三井鈴がドアを開けた。肌を刺すような寒風が顔に吹きつけ、思わず身をすくめたが、その瞳はきらきらと輝き、喜びに満ちていた。「わあ、すごい雪」庭には積もった雪がすでに足首を越えており、踏み出すたびに深い足跡が残る。三井鈴はすっかり遊び心をくすぐられ、道具を手にして小さな雪だるまを作り始めた。大きな頭がずんぐりとした体の上にちょこんと乗せられ、雪だるまはどこか愛嬌のある姿だった。三井鈴は二つの石で目を作り、どこか奥深くも生き生きとした印象を与え、鼻にはニンジンを挿して、さらに愛らしさを加えた。雪の中に立ちながら、三井鈴はスマホを取り出して写真を撮り、田中仁に送った。「ねえ、可愛いでしょ?」返信はほぼ即座に届いた。「可愛いけど、ある人には敵わないな」三井鈴は口元をほころばせ、気分は最高だった。「外は寒いから、ちゃんと厚着してな」またメッセージが届き、三井鈴はすぐに指を動かしておどけるように返した。「了解、田中さん」家に戻ると、三井蒼は彼女の頬が真っ赤に冷えているのを見て、心配そうに言った。「こんな天気じゃ、今日は会社に行かなくていい。土田蓮に書類を持たせて、家で仕事しなさい」三井鈴は、祖父が自分を心から気遣ってくれているとわかっていた。でも今は年末でとても忙しくて、どうしても自分が目を通さなきゃいけないことが山積みだった。だから彼女は三井蒼の腕に抱きつき、甘えるように言った。「大丈夫だよ、おじいちゃん。今日は早めに帰ってくるから、夜は一緒に鍋しようね」三井蒼は苦笑いしながら言った。「まったく、お前ってやつは仕事ばっかりだな。兄貴にも負けてないぞ」「この忙しさが一段落したら、たっぷり一緒に過ごすから」「よし、それはお前の口から言ったんだからな。俺を喜ばせるためだけの言葉じゃないだろうな」「うん、おじいちゃん」ダイニングでは、使用人がすでに朝食の準備を整えており、テーブルには繊細な料理がずらりと並んでいた。「わあ、私の大好きな料理がある」三井鈴は待ちきれない様子で椅子に腰を下ろすと、箸で一つつまんで口元へ運び、そっとかじった。どういうわけか、いつもなら美味しくてたまらない料理が、今日はまったく食
田中葵は一歩後ずさりし、体がよろめいた。背後にいた子安健が慌てて駆け寄り、彼女を支えた。田中仁は冷たい目で睨みつけ、遠慮の色も見せなかった。「葵さん、もう帰ってしっかり休んで。妊娠中なんだ、陸の件に首を突っ込まないほうがいい」田中葵の頭は混乱していて、どうやってあの店を出たのかも覚えていなかった。全身の力が抜け落ち、まるで魂の抜けた抜け殻だった。さっきまでの傲慢な勢いは跡形もなかった。やっぱり、蛇を仕留めるには急所を突くしかない。致命な弱点を突いてこそ、一発で終わらせられる。「葵、そんなに気を落とさないで……」子安健は不安げに言った。「お腹の子に響くよ……」だが、次の瞬間。田中葵は彼を振り払い、虚ろな目で前を睨んだ。「ダメよ、こんなところで負けられない。陸だって、まだ終わってない!」そのころ。田中陸の私邸では、秘書が銀行の振込明細を差し出して言った。「陸社長、ご指示の件、完了しました」明細には九桁の振込額がはっきり記載されており、受取人の欄には品田誠也の名がくっきりと書かれていた。田中陸は目を細めて軽く手を振り、秘書は静かに退室した。広々とした部屋には、異様な静けさが満ちていた。田中陸は視線を窓の外に向け、一面に広がる風景を見ながら携帯を取り出し、品田誠也に電話をかけた。「金はもう振り込んだ。少ししたら入るはずだ」電話の向こうの品田誠也は明らかに興奮しており、目を輝かせ、さっきまでの沈んだ様子はどこにもなかった。「こんなに早いとは?陸社長、さすがだね……」この数日、彼は資金繰りのためにほとんどの資産を売り払ったが、それでも到底足りる金額ではなかった。もう終わりだと、何度も思った。だが今、田中陸の金を得て、ようやく胸のつかえが下りた。「この件が終わったら少し休ませてくれ。年末の取締役会では全力で協力する。あいつ、田中仁を絶対に地に這わせてやる」品田誠也のその言葉には、明確な殺気があった。もし田中仁にここまで追い詰められなければ、今頃こんな惨めな姿をさらす必要もなかった。だが、彼がその日を迎えることはついになかった。品田誠也が金で全てを誤魔化せたと思ったその頃、刑務所の中では安野彰人が安野怜の死を知らされた。安野彰人は狂ったように鉄柵を掴み、血走った目で目の前の愛甲咲
「陽大が私とお腹の子を心配して、子安先生をつけてくれたの。何かあっても安心だからって」田中葵は何かに気づいたのか、自分と子安健の関係を否定するような言い回しで、詮索されるのを警戒していた。子安先生も抜け目のない男だ。こういう場面では、自分の身を守るのが一番賢い選択だ。彼は視線を落とし、すぐに愛想笑いを浮かべて応じた。「ええ、田中社長はとても気にかけていて、葵さんのことをよく見てやるよう何度も言われました。この子の誕生を心から楽しみにされてるんだと思います」菅原麗は鼻で冷たく笑った。二人の嘘をわざわざ暴くようなことはしなかった。滅びさせるには、まずは思い上がらせること。今はこの二人に好き勝手やらせておくのがいい。彼女は眉を軽く上げて、その話に調子を合わせた。「なら、しっかり身体を大事にしなさいね。みんなをがっかりさせないように」非の打ち所がない。思いやりに満ちた言葉で、誰にも文句を言わせない。田中葵は口元を引きつらせた。なぜだか、力が吸い込まれるような虚しさが胸に残った。「子安先生は本当に誠実ね。あんな親しげな呼び方ひとつ取っても、いい関係なのがよく分かる。今どき雇い主と雇われがこんなに仲良くしてるなんて、滅多に見ないわ」三井鈴は柔らかく微笑みながら言ったが、その言葉に田中葵は思わず身を強張らせた。「今どき子安先生みたいに誠実で献身的なプライベートドクターは本当に貴重よ。探してもなかなか見つからないわ。葵さん、大切にしなきゃね」三井鈴の輝く瞳が彼女をじっと見つめ、まるですべてを見透かしているようだった。その視線が。それを受けて、田中葵はなぜだか後ろめたさを覚えた。三井鈴の言葉には何か含みがある気がしても、表向きは完璧すぎて反論できなかった。仕方なく乾いた笑みを浮かべ、「もちろんよ」と口にした。隣の子安健はずっと無言を貫き、明らかに相当なメンタルの持ち主だった。このままではまずいと察した彼は慌てて口を挟んだ。「三井さん、ご安心ください。母子ともに私がしっかり守ります。絶対に問題は起こしませんから……」「もちろん、子安先生のことは信頼してるわ」子安健が口を開いた瞬間、田中葵は心臓が跳ねるほど驚き、もともと菅原麗に嫌味を言って優越感に浸るつもりだったのが、一気にそんな気も失せた。「そ