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1000キロ先のあなたを愛した私へ

1000キロ先のあなたを愛した私へ

Oleh:  フースーTamat
Bahasa: Japanese
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遠距離恋愛が3年目に入った頃、桐谷悠真(きりたに ゆうま)のそばに、ひとりの女性が現れた。 問い詰めると、悠真は画面の向こうで背筋をぴんと伸ばし、緊張した声で弁解した。 「紗月、誤解しないで。あの子は莉央。友達の直人の元カノなんだ。僕が2人を引き合わせたんだけど、直人に裏切られて、自分を傷つけるようになって……飛び降りようとしたことまである。僕が面倒を見てるのは、償いなんだよ」 私は、その言葉を信じた。 けれどそれから、悠真はまるで宮原莉央(みやはら りお)の恋人みたいになっていった。私が生理痛で気を失った時は、眠れないという莉央の話し相手になり、私の誕生日には、自分がお金を出して彼女を気晴らしの旅行に連れていった。 そしてあの日。私と一緒に実家へ挨拶に行くと約束していたのに、また莉央のうつ病の症状が悪くなったと言って、約束を破った。 もう我慢できなかった。なんとか自由席の切符を取り、彼に会うためすぐに向かった。それなのに、電話に出た悠真はこう言った。 「三崎紗月(みさき さつき)、束縛するにしても時と場合を考えてよ。僕のせいで死にかけた子にまで、張り合うつもり?」 スーツケースの持ち手を握りしめた。土砂降りの中、頬を伝うのが雨なのか涙なのか、もうわからなかった。 駅を出たところで、莉央の元恋人だという岡野直人(おかの なおと)に出くわした。声をかけて自己紹介をすると、直人はきょとんとした。 「莉央って誰?僕、大学の4年間、一度も付き合ったことないけど」

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ノンスケ
ノンスケ
3年間の遠距離恋愛に耐えられず、浮気していた彼。彼女に見つかったならさっさと認めて別れるか、浮気相手と離れるか、なぜ決めなかったんだろう。浮気相手を連れて帰国してくるとかありえないんだけど。いくら友人の元カノでかわいそうだったからと言っても、友人に聞けば知らないというし。初めからわかる嘘をつくな!彼女は強いからすぐにわかってくれる。別れるわけない。なんて夢物語。彼女が海外の会社に就職して彼の元を離れて2年、まだ付き合ってる気持ちでいたことの方が信じられないわ。クズ同士、結局別れて、彼女は出世して華々しく経済界で咲く。つまみ食いくらいならわかるけどこれはね…
2026-11-05 20:38:12
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Tomo Tomo
Tomo Tomo
浮気相手と同棲したままヒロインに「帰ってきて」は思わず失笑した。
2026-11-05 13:05:16
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ぴよぴよ
ぴよぴよ
浮気じゃ無いって言い張れるのが意味わからんくて????あと何年も離れてたのに数ヶ月で不在を感じ始めるのもわけわからん、破たんしてました残念
2026-11-05 09:14:24
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第1話
雨の中で立ち尽くしていた。頭の奥で、耳鳴りのような音がしていた。気づけば、悠真の大学へ向かって足を速めていた。歩いている間も、彼が莉央について話していたことが、次から次へと頭を駆け巡った。大学のそばにある、カップル向けのカフェ。その窓越しに、悠真が莉央の口元についたカプチーノの泡を、丁寧に拭っているのが見えた。胸の中で何かが崩れた。それでも信じたくなくて、ドアを開け、悠真の前まで歩み寄った。「悠真、病院で付き添ってるんじゃなかったの?」悠真は一瞬ぽかんとしたが、すぐに立ち上がり、私を引き寄せて隣に座らせた。なだめるように声を落とす。「紗月、どうしてここに?病院にこもってたら、うつ病だってよくならないだろ。莉央を気晴らしに連れ出したんだよ」莉央の前に置かれたカプチーノを見て、心の中で笑った。「そう。うつ病の人って、コーヒーを飲んでもいいんだ。知らなかった」悠真の目が冷たくなった。「紗月、何をそんなに嫌味を言ってるの?莉央の面倒を見てるのは、僕に責任感があるからだよ。そこまで束縛するなんておかしい。そんなの、誰だって耐えられない」私は黙って彼を見つめた。目の前の人が、急に遠く感じられた。母は父をひどく束縛していた。何をするにも報告させ、疑ってばかりいた。そのせいで父が仕事の会食に行けず、職を失ったことがあった。それをきっかけに、2人は離婚した。その傷を、悠真は知っていた。何度も私に言ってくれたはずだ。「紗月、心配しないで。僕たちは、お父さんとお母さんみたいにはならないよ。僕は、紗月に束縛されてもいいんだから」なのに今は、莉央のために約束を破るだけでなく、私の古傷までえぐる。雨に濡れた服に気づいたのか、悠真の表情がやわらいだ。「もう、紗月。機嫌直して。さっきは言いすぎたよ。いいから、先にホテルに行って着替えて、ちゃんと休んで。莉央を病院へ送ったら、僕も行くから」私が動かずにいると、莉央がゆっくり口を開いた。「初めまして。紗月さんですよね?この数年、悠真先輩が支えてくれたおかげで、私、こうして生きていられるんです。こんなに優しい恋人がいて、うらやましい。私なんて……」声はだんだん小さくなり、顔も伏せられていく。けれど、その綺麗な顔はほんのりと赤らんでいた。少なくとも私には、うつ病に苦しんでい
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第2話
母はまだ何か聞きたそうだったけれど、心配をかけたくなくて、適当な理由をつけて電話を切った。それから長い間、土砂降りの街をぼんやり歩いた。さっきの莉央の様子を何度も思い返し、うつ病だという話を信じられる何かを探した。けれど、もう自分をごまかせなかった。夜になり、疲れ果てた私は、タクシーでホテルへ行こうとして、スマホの電池がとっくに切れていることに気づいた。恥を忍んで通りがかりの人に携帯を借り、悠真に電話をかけた。電話の向こうは、バーにでもいるように騒がしかった。甘ったるい莉央の声が聞こえる。「悠真先輩」「ちょっと待ってね、電話だから。僕がいない間は、お酒飲まないで」莉央に優しい声でそう言うと、周りの音が少しずつ遠のき、悠真の声がはっきり聞こえるようになった。「紗月、午後にホテルへ行くように言ったよね。言うことを聞かなかったんだから、仕方ないだろ。莉央がまた不安定になってて、離れられないんだ。歩いて行ってよ」怒りが一気にこみ上げた。悠真、いつまで私を馬鹿にするつもりなの。私は1000キロ以上も離れたところから会いに来たのに、迎えに来てホテルまで送ることさえできないの!?――そう怒鳴ろうとした時には、もう一方的に電話を切られていた。雨の中に取り残され、心まで冷えきっていく。私は方向音痴だ。昔の悠真は、たった1000メートル歩くだけでも、私が迷わないか心配していた。「紗月、僕の後ろをついてきて。そのほうが安心だから」そう言っていた人が、今は私のことを少しも心配しない。それなら、もういい。これから先まで、彼の後ろをついていく影でいたくはなかった。チェックインできたのは、真夜中だった。体は限界まで疲れているのに、どうしても眠れない。どれくらい経っただろう。悠真が布団に潜り込んできた。甘ったるい香水と煙草のにおいが鼻をつき、私はそっと眉をひそめた。煙草のにおいが苦手なことは、知っているはずなのに。遠距離になったばかりの頃は、会いに来ても、においが消えるまで部屋に入らなかった。冷たい風が吹く冬の夜でさえ。今は、そんなことも気にしない。悠真は慣れた手つきでパジャマの中に手を滑り込ませ、気だるそうに囁いた。「まだ寝てないの?僕を待ってた?」その手を払い、体を向けて冷たく見据えた。「ずっと騙してた
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第3話
翌朝、悠真が朝食を持ってきた。パン2個と、牛乳1杯だった。後ろから莉央が顔をのぞかせ、挨拶した。「紗月さん、おはようございます。私たちはもう食べてきたんですけど、先輩が紗月さんにって、わざわざ買ってきたんですよ」「私たち」という言葉が、耳に刺さった。朝食を受け取らなかった。私が牛乳アレルギーだということを、悠真は忘れている。赤くなった私の目を見ると、悠真は私の額に触れようとした。私は一歩下がる。伸ばした手が止まり、悠真の目が険しくなった。「いったいどうしたの?」その目を、まっすぐ見返した。「まだわからないの?」莉央の目に、たちまち涙が浮かんだ。「紗月さん、私を責めてるんですか?悠真先輩は、私がかわいそうだから、少し気にかけてくれてるだけなんです。先輩が好きなのは紗月さんだけです。私のせいで、仲が悪くなったりしないでください」悠真は眉を寄せ、莉央を背にかばった。「莉央は何も求めず、ずっと僕のそばにいてくれたんだぞ。莉央が何か文句を言ったか?それなのに、どうして紗月はそんなに不満ばかりなんだよ」思わず鼻で笑った。「じゃあ莉央、悠真はあなたにあげるね」「紗月、どういう意味だよ!」悠真が声を荒らげたが、相手にせず部屋へ戻り、荷造りを始めた。この街には、もう1分だっていたくなかった。鍵をかけたところで、スマホに近くの端末から写真が送られてきた。莉央からだった。そこには、悠真との日々が収められていた。毎年、悠真は莉央を旅行に連れていっていた。雪に覆われた雪嶺山から、澄んだ海と白い砂浜が広がる澄波島まで。私には写真を撮るのが苦手だと言っていたのに。莉央を撮る時は、いつだっていちばん綺麗に見える角度を知っていた。胸の中で風が吹き荒れるようで、画面を見続けていられなかった。この4年間、私が一緒に旅行したいと言うたびに、悠真は断った。授業が多い、インターンがある、期末テストが近い……理由はいくらでもあった。いつ私の街に来てくれるのかと聞いても、返ってくるのは、【もうすぐ休みだから、地元で会おうよ】。それだけだった。人は、こんなにもあからさまに差をつけられるのだ。スマホを閉じようとした時、莉央からSNSの友達申請が届いた。承認すると、すぐにメッセージが送られてきた。【紗月さん、私、
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第4話
莉央は目を赤くして近づき、悠真の服の裾をつかんだ。私に向けた声は震えていた。「紗月さん、私が先輩と離れたくなくて、無理についてきたんです。嫌なら、今すぐ帰ります。迷惑はかけませんから」悠真は眉をひそめた。「莉央、そんなこと言わないで。先に部屋に行って、荷物を片づけておいで」莉央がいなくなると、今度は私を責めるような口調になった。「紗月、もう少し大目に見てあげられない?いつまでもその話を持ち出さないでよ。約束する。今日からは、莉央とちゃんと距離を置くから」私は何も言わなかった。折れたとでも思ったのだろう。悠真は当たり前のように部屋へ入り、荷物を広げ始めた。それでもいい。出国まで、もう数日しかない。これが最後のお別れだと思えばいい。部屋はあっという間に、悠真の物で埋まった。食卓に並んだおそろいのマグカップを見て、自分を笑いたくなった。遠距離が終わる日を、何度夢見ただろう。普通の恋人同士みたいに、ソファでくっついて動画を見たり、スーパーの袋を一緒に下げて帰り、ちょっと豪華な夕飯を作ったり。ようやく叶ったのに、もう心は動かなかった。皮肉なものだ。私はそっと、身の回りの物をスーツケースに詰めていった。悠真は何ひとつ気づかない。昼は仕事を探し、夜はエプロンをつけて私に料理を作った。莉央が一緒に夕飯を食べたいと訪ねてきても、きっぱり断った。「これは紗月のために作ったんだ。莉央の分はないよ」一時は、本当に変わったのかと思った。出発前夜までは。スーパーから戻ると、莉央の部屋のドアが少し開いていた。嫌な予感がした。それでも足が止まらず、中へ入ってしまった。一目見て、その場に凍りついた。悠真は莉央の首をつかんで口づけていた。噛まれた唇に、うっすら血がにじんでいる。息が触れるほどの距離で、悠真が莉央の頬を撫でた。「莉央、この2日間、芝居に付き合わせてごめんね。紗月が警戒しなくなったら、僕たちはずっと一緒にいられるから」莉央は不満そうな目をしながらも、甘い声で囁いた。「悠真先輩といられるなら、平気」言いながら、ドアのところで立ち尽くす私を、挑むように見た。そして悠真に尋ねた。「あの日、紗月さんと一緒に、紗月さんのお母さんに会いに行くはずだったでしょ。お母さん、一晩中待ってたって知ってた?」悠真はす
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第5話
スーツケースを押してヒースロー空港を出ると、夜風が顔に当たった。頭がずいぶんすっきりした。スマホを開くと、悠真から何十件も着信があった。すべて無視して、母にだけ無事に着いたと連絡した。ロンドンに来てからは、キャンパスに慣れるのも、授業に追いつくのも大変で、新しい部屋の掃除もあった。夜遅くまで勉強する毎日で、ベッドに入ればすぐ眠ってしまうほど、くたくただった。悠真との思い出に浸る暇などなく、彼に期待する気持ちも、とっくに消えていた。なのに、そんな頃になって、夜中に彼からメッセージが届くようになった。初めのうちは、責める言葉ばかりだった。【紗月、いったい何がしたいの?】【莉央とは、あの時ちょっと抑えが利かなかっただけだろ。何日も姿を消すほどのこと?】【紗月のために北陵市の仕事を捨てて、汐央市まで来たんだよ。それでもまだ、そんな態度を取るの?】数日経つと、文面が変わった。【わかったよ、紗月。僕が悪かった。それでいいだろ?】【紗月がまだ僕を好きなのは、わかってるから】【早く帰ってきて。会いたい】やがて毎日、作った料理の写真まで送られてくるようになった。待っている、と。画面の中には、かつて夢見ていた暮らしがあった。ただ、皮肉にしか思えなかった。1週間後、私は一度だけ返信した。【悠真、私たちはもう別れたの。これからは、それぞれ幸せになりましょう】そして、彼の連絡先をすべてブロックした。……画面の文字を見つめていた悠真は、怒りに任せて、おそろいのマグカップを床に叩きつけた。そばにいた莉央が悲鳴を上げた。それでもすぐに近づき、彼の頬にキスをして、甘い声でなだめた。「悠真先輩、そんなに怒らないで。私、心配になっちゃうよ。紗月さんは、私たちがキスしてたのがショックで、隠れてるだけ。あんなに悠真先輩が好きなんだもん。何日かしたら戻ってくるよ」悠真が顔を上げると、部屋にはまだ、高校で撮った2人の写真が飾られていた。制服姿の紗月は悠真の肩に寄り添い、幸せそうに笑っていた。そうだ。あの頃の紗月は、まっすぐに自分を好きでいてくれた。迷いのない声で、こう言っていた。「同じ大学に受からなくても、絶対、悠真の街に行くから。一緒にいたいから」思い出すと、悠真は莉央の髪を撫で、深く頷いた。あんなに自分を好きな紗
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第6話
悠真の仕事探しは難航したが、最終的にはある金融グループへの就職が決まった。莉央も彼に合わせ、同じ会社の受付で働き始めた。それでも、金銭的な負担はほとんど悠真の肩にかかっていた。「悠真先輩、紗月さん、まだしばらく拗ねてそうだよね。2部屋分の家賃まで払って、大変でしょ。私、そっちに引っ越してもいい?紗月さんが帰ってきたら、すぐ出ていくって約束するから」莉央に甘えられ、悠真は空っぽのベッドを見た。紗月が出ていって、もう1か月。会いたくて、どうにかなりそうだった。この家に残るわずかな気配まで、別の誰かに塗り替えられたくはない。それでも、寂しさには耐えられなかった。莉央にそばにいてほしかったし、預金残高にも余裕はなかった。迷っていると、莉央が喉元に唇を寄せた。首筋にかかる息がくすぐったくて、悠真は結局、頷いた。莉央は、桃ひとつ食べるにも、悠真が皮をむいてくれなければ口にしない。そんなお姫様気質だった。最初は、それも恋人同士の楽しみだと思っていた。甘えられるのも嬉しかった。けれど一緒に暮らしているうちに、煩わしさのほうが勝っていった。莉央は自分より仕事が楽で、帰りも早い。もう少し家事をしてくれてもいいのに。そう思って帰宅しても、彼女はいつもソファに寝転び、スマホを眺めていた。「悠真先輩、やっと帰ってきた。デリバリー、もう頼んだ?お腹すいた」苛立ちを押し殺し、悠真は袖をまくってキッチンに入った。「毎日、朝から晩までデリバリーばかりなんて嫌なんだよ!」声を荒らげると、莉央の目にすぐ涙が浮かんだ。「だって、作れないんだもん。怒鳴らなくてもいいでしょ?」そのたびに、悠真は諦めたように首を振り、ひとりで料理をした。ひとりきりのキッチンに立っていると、紗月の姿が浮かんだ。遠距離だった頃、彼女の家へ行けば、自分が料理をする時も、紗月は下ごしらえを手伝ってくれた。後ろから抱きついて、『ありがとう』と労ってくれることもあった。あの頃は莉央のことばかり考えていて、紗月と過ごす幸せには気づきもしなかった。当たり前だと、思っていたのだ。「莉央、そろそろ家事も覚えてくれないかな」感情を抑えて静かに言うと、莉央は面倒そうに口を尖らせた。「紗月さんには料理してあげてたんでしょ?なんで私だと、あれこれ要求するの?」紗月の名を聞いて、悠
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第7話
同居を始めて3か月目。悠真と莉央は、ますます頻繁に言い争うようになった。悠真に冷たくされ、疎まれるほど、莉央の束縛は強くなった。どうして毎日そんなに仕事があるのか、彼女には理解できない。そばにいないことが、許せなかった。しょっちゅう悠真の席まで様子を見に来て、女性の同僚と話していれば、必ず口を挟む。周りは皮肉交じりに、よくできた奥さんだね、と言っていた。ある夜、とうとう莉央が叫びながら、ローテーブルのカップを悠真の足元へ叩きつけた。「悠真!もう私が嫌になったの?まだ紗月さんのことを考えてるの!?」陶器の破片が足首を切り、血がにじんだ。そのカップは、紗月が大学1年生の時、1か月間アルバイトをして、自分で焼いて贈ってくれた物だった。2人の名前の頭文字が、不揃いな字で刻まれていた。YK&SM。床に散った破片を見つめていると、胸の一部までえぐり取られたようだった。悠真はようやく、自分が何を失ったのか、わかり始めた。震える手でスマホを取り出し、取りつかれたように紗月へ電話をかけた。けれど聞こえるのは、自動案内の冷たい女性の声ばかり。そのたびに打ちのめされた。いくつものSNSから、メッセージを送った。もう返事は来ないかもしれない。そう感じながらも、やめられなかった。【紗月、帰ってきてくれないかな。胃がひどく痛むんだ。紗月が作ってくれたうどんが食べたい。本当に、会いたいよ】【お願い。帰ってきてくれるなら、何でもするから。紗月……】日が過ぎるにつれ、悠真にもわかってきた。紗月は、もう帰ってこない。……その頃、ロンドンの空は晴れ渡っていた。日の差し込む図書館で、私の隣に座っていたのは、同じ研究室の先輩、瀬川怜司(せがわ れいじ)だった。きりっとした横顔に、すっきりとした顎の線。けれど、温かい紅茶を差し出す時の目元はやわらかかった。「紗月、この課題も片づいたし、今夜、食事に誘ってもいい?」顔を上げ、その目を見て微笑んだ。「いいですね。先輩のおごりなら、遠慮しませんよ」彼は無理に話題を探そうとはしなかった。それでも、その夕食ではたくさん話した。仕事のこと、暮らしのこと。そして、私の昔の恋のことも。わかってくれている。受け止めてくれている。私の痛みまで、気にかけてくれている。そう感じた。彼といる
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第8話
お手洗いの外の静かな廊下で、とうとう悠真に行く手を遮られた。「紗月……本当に紗月?帰ってきたの?」目を赤くした悠真が、震える声で言った。私の袖をつかもうと手を伸ばしてくる。私は一歩下がり、冷たく見返した。「失礼です。やめてください」「紗月、僕だよ、悠真だよ!本当にわからないの?2年間ずっと探してたんだ。もう、おかしくなりそうだった!」押し殺した声が苦しげに漏れ、ついに涙が頬を伝った。その惨めな姿を見ても、驚くほど何も感じなかった。「桐谷さん、私たちは2年前に終わっています」それでも悠真は諦めなかった。会社の住所を調べ上げ、毎日欠かさずビルの下で私を待つようになった。手には、昔、私がいちばん好きだった百合の花があった。私は目もくれず、いつもそのまま怜司の車に乗って帰った。ある日の午後、土砂降りになった。会社のロビーに出ると、回転ドアの向こうに悠真が立っていた。全身ずぶ濡れだった。彼が近づいてくるより先に、甲高い声が響いた。「悠真先輩!やっぱり紗月さんに会いに来てたんだ!」莉央だった。安っぽい服を着て、髪も乱れていた。この2年、悠真の冷たさと身勝手さにすり減らされてきたのだろう。以前とは別人のようで、学生だった頃の、あのはにかんだ様子は影もなかった。莉央は悠真の服をつかんで離さず、私の顔に指を突きつけて怒鳴った。「三崎紗月!恥ずかしくないの?私の男を取らないで!」ロビーの社員や警備員が振り返り、私たちを指さして囁き合った。悠真の顔が真っ青になった。次の瞬間、莉央の頬を強く叩いた。「黙ってくれ!どうかしてるよ!僕と紗月の間に割り込んできたのは莉央だろ!遠距離だと知ってて、僕を誘ったんじゃないか。恋人がいるとわかってて近づいたくせに、よく紗月を責められるね!」悠真は額に青筋を浮かべ、声を限りに怒鳴った。莉央は頬を押さえて床に座り込み、大声で笑い出した。笑いながら、涙まで流していた。「私が誘った?悠真先輩、今さら一途なふりしないでよ。私を抱きながら、電話であの人に嘘をついてたのは誰?『紗月はひとりで何でもできるから僕なんて必要ない。僕がいないと駄目なのは莉央だけだ』って、言ったのは誰よ!自分勝手で、嘘つきで、ただの臆病者じゃない。今さら被害者ぶらないで!」泥の中でもつれ合うように、
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第9話
大きな声ではなかった。それでも、騒がしかったロビーは一瞬で静まり返った。悠真が私の前に膝をついた。硬い大理石の床に膝が当たり、鈍い音がした。「紗月、本当に僕が悪かった。お願い、もう一度だけチャンスをくれないかな。愛してるのは、ずっと紗月だけなんだ!」スカートの裾をつかみ、すがるように泣く。もう、なりふり構っていなかった。その時、温かい大きな手に肩を抱かれた。いつの間にか、怜司がそばに来ていた。悠真に冷たい一瞥を向けたあと、私には優しく言った。「紗月、車は外だよ。行こう。夜の会議に遅れたらいけないから」私は素直にその胸に身を寄せ、頷いた。「うん」私の肩を抱く怜司の手を見た悠真が、目を見開いた。立ち上がろうともがく。「紗月!どうしてほかの人を好きになれるんだ!僕だけを愛してるって、言ったじゃないか!」怜司のアシスタントと警備員がすぐに駆け寄り、悠真と莉央を床に押さえ込んだ。足を止め、見下ろした。膝をついたまま惨めにうなだれる悠真。その横には、恨みに満ちた顔の莉央がいた。「悠真、恨んでないよ。責める気もない。私の中では、あなたはとっくに死んだ人だから。2人はね……」ほんの少しだけ口元をゆるめ、冷ややかに2人を見た。「本当にお似合いだと思う。絶対に別れないでね」怜司の腕を取り、振り返らずにビルを出た。外はまだ、激しい雨だった。それなのに、私の心はどこまでも晴れていた。その後、悠真の噂がぽつぽつと耳に入った。莉央と言い争ってつかみ合いになり、警察沙汰にまでなったという。結局、2人は別れた。悠真は抜け殻のようになり、私を失った後悔と恋しさで毎晩眠れず、痩せていったそうだ。その話を聞いた時、私は怜司と、ロンドンの花屋でウェディングブーケを選んでいた。「紗月、この白いバラの花束はどう?」怜司が後ろから私を抱き、顎をそっと肩に載せた。どこまでも優しい声だった。鏡に映る自分の、血色のいい幸せそうな顔を見つめた。私は笑って頷いた。「綺麗。すごく好き」母からビデオ通話がかかってきた。画面の向こうでにこにこしながら、地元で開く披露宴を張り切って準備してくれていた。「紗月、怜司くんって本当に気がつく子ね。お母さんの好きな食べ物まで、メモして覚えてくれてるの。今度こそ、安心したわ」母の嬉し
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