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第2話

Author: フースー
母はまだ何か聞きたそうだったけれど、心配をかけたくなくて、適当な理由をつけて電話を切った。

それから長い間、土砂降りの街をぼんやり歩いた。さっきの莉央の様子を何度も思い返し、うつ病だという話を信じられる何かを探した。

けれど、もう自分をごまかせなかった。

夜になり、疲れ果てた私は、タクシーでホテルへ行こうとして、スマホの電池がとっくに切れていることに気づいた。恥を忍んで通りがかりの人に携帯を借り、悠真に電話をかけた。

電話の向こうは、バーにでもいるように騒がしかった。甘ったるい莉央の声が聞こえる。

「悠真先輩」

「ちょっと待ってね、電話だから。僕がいない間は、お酒飲まないで」

莉央に優しい声でそう言うと、周りの音が少しずつ遠のき、悠真の声がはっきり聞こえるようになった。

「紗月、午後にホテルへ行くように言ったよね。言うことを聞かなかったんだから、仕方ないだろ。莉央がまた不安定になってて、離れられないんだ。歩いて行ってよ」

怒りが一気にこみ上げた。

悠真、いつまで私を馬鹿にするつもりなの。私は1000キロ以上も離れたところから会いに来たのに、迎えに来てホテルまで送ることさえできないの!?

――そう怒鳴ろうとした時には、もう一方的に電話を切られていた。雨の中に取り残され、心まで冷えきっていく。

私は方向音痴だ。昔の悠真は、たった1000メートル歩くだけでも、私が迷わないか心配していた。

「紗月、僕の後ろをついてきて。そのほうが安心だから」

そう言っていた人が、今は私のことを少しも心配しない。

それなら、もういい。これから先まで、彼の後ろをついていく影でいたくはなかった。

チェックインできたのは、真夜中だった。体は限界まで疲れているのに、どうしても眠れない。

どれくらい経っただろう。悠真が布団に潜り込んできた。甘ったるい香水と煙草のにおいが鼻をつき、私はそっと眉をひそめた。

煙草のにおいが苦手なことは、知っているはずなのに。遠距離になったばかりの頃は、会いに来ても、においが消えるまで部屋に入らなかった。冷たい風が吹く冬の夜でさえ。

今は、そんなことも気にしない。

悠真は慣れた手つきでパジャマの中に手を滑り込ませ、気だるそうに囁いた。

「まだ寝てないの?僕を待ってた?」

その手を払い、体を向けて冷たく見据えた。

「ずっと騙してたのに、説明する気もないの?」

悠真は一瞬固まった。やがて気まずそうに目をそらし、鼻で笑う。

「紗月は相変わらず疑い深いね。人の病気を冗談にするわけないだろ」

私も冷たく笑った。

「そう。じゃあ今、あの直人くんに電話してみてよ」

悠真は信じられないという顔で私を見た。長い沈黙が落ちる。どんな言い訳を聞くよりも、惨めだった。

布団をめくり、出ていこうとしたところで、ようやく悠真が口を開いた。

「わかった。認めるよ。嘘をついてた。僕だって、こんなに長く離れてたら寂しくなるんだよ。少しはわかってくれてもいいだろ」

私を抱き寄せ、なだめるように声をやわらげる。

「でも、それと愛情は別なんだ。いちばん愛してるのは、ずっと紗月だよ」

あまりにも馬鹿げていて、笑うしかなかった。なのに、涙までこみ上げてきた。私は冷たく彼を押し返した。

「そんな安っぽい愛なんて、いらない。もう、うんざりなの」

私の目を見て本気だと悟ったのか、悠真の手が宙に止まった。

「紗月、ここまで列車で来て、もう1日1晩、一睡もしてないんだろ。疲れて、まともに考えられなくなってるだけだろう。そんなことを言っても、僕は責めないから」

吐き気をこらえ、言い返そうとした時、悠真のスマホが鳴った。さっきまで冷たかった目が、すぐにやわらぐ。

「ほら、紗月はゆっくり休んで。莉央がまた悪い夢を見たんだって。気晴らしに付き合ってくるよ。もう別れるなんて言わないで」

それでも、最後に言わずにはいられなかった。

「今行ったら、本当に終わりだから」

けれど悠真の目は、画面に釘づけになったままだった。私の言葉なんて、いつもどおり気にもしていない。

ドアが、ばたんと閉まった。

暗闇の中で、こらえていた涙が一気にあふれた。大学に進み、離れ離れになる前、悠真は言っていた。

「どんなに距離が離れてたって、僕たちの気持ちは絶対に離れないよ。大学の4年間だけ。卒業したらこっちで働いて、そうしたら、ずっと一緒にいられるから」

「ずっと一緒に」。その言葉を信じて、地図にある彼の街を何度も丸で囲んだ。1000キロを越えて彼に会いに行くことだけを支えに、どんなつらさにも耐えてきた。

生理痛の時は、温かい飲み物を差し出してくれる彼を想像した。病気で熱に浮かされ、意識がぼんやりしていても、彼からの返事を待っていた。

バイト帰りにタクシーがつかまらない日も、買い物の荷物が重くて持てない日も、自分で自分をなだめて、そのたびに、そばにいない彼を許してきた。

胸にぽっかり空いた穴を、風が吹き抜けていくようだった。

私はパソコンを開き、海外の大学から届いていた入学のオファーを受けた。

悠真。卒業しても、もうあなたの街には行かない。

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