LOGIN「今後、お義母さんがうちに来るなら、食費と光熱費として毎月5万円を生活費に上乗せして払って」
和也はやっと顔を上げて、不機嫌に眉を寄せた。
「は? 家族が来てるのに金を取るのかよ。ケチくさいこと言うな」
「家族という言葉を盾にして、私の生活スペースを勝手に侵しているのはあなたよ。だいたい、お義母さんとお義姉さんはあなたの家族であって、私の家族ではない。ここはペアローンで私にも権利がある。管理責任を果たせない人をタダで入れるリスクは負えないわ。嫌なら、お義母さんから鍵を返してもらって」
「……チッ」
和也はそれ以上言い返せず、舌打ちをして黙り込んだ。
というか、ここまで言われても鍵を返してもらうと言わないのが驚きだった。◇
夕方、仕事を終えて保育園に陽菜を迎えに行き、帰宅する。
和也の車はなく、家の中は静まり返っていた。義母も今はいない。玄関の宅配ボック
「今後、お義母さんがうちに来るなら、食費と光熱費として毎月5万円を生活費に上乗せして払って」 和也はやっと顔を上げて、不機嫌に眉を寄せた。「は? 家族が来てるのに金を取るのかよ。ケチくさいこと言うな」「家族という言葉を盾にして、私の生活スペースを勝手に侵しているのはあなたよ。だいたい、お義母さんとお義姉さんはあなたの家族であって、私の家族ではない。ここはペアローンで私にも権利がある。管理責任を果たせない人をタダで入れるリスクは負えないわ。嫌なら、お義母さんから鍵を返してもらって」「……チッ」 和也はそれ以上言い返せず、舌打ちをして黙り込んだ。 というか、ここまで言われても鍵を返してもらうと言わないのが驚きだった。◇ 夕方、仕事を終えて保育園に陽菜を迎えに行き、帰宅する。 和也の車はなく、家の中は静まり返っていた。義母も今はいない。 玄関の宅配ボックスには、昨日注文しておいた監視カメラがもう届いていた。「ママ、それなあに?」 陽菜が不思議そうにカメラの箱を覗き込んでいる。「おうちを留守にしている時に、悪い人が入ってこないように、見張る道具よ」「へぇー!? どろぼうさんを、おいはらうんだね!」 陽菜は感心したように、監視カメラをぺたぺたと触った。「さあ、陽菜ちゃん。ママは着替えてくるから、遊んで待っていてね」「うん! 今日のごはん、なに?」「ロールキャベツよ。春のキャベツは美味しいからね」「わあ、やった! ひな、ロールキャベツ好き!」 陽菜はウキウキとスキップを始めた。うーん、可愛い。 部屋を一周した陽菜がブロック遊びを始めたので、着替えをするため自室に行った。(やれやれ、今日も疲れたわ。特に合鍵の件。和也には本気で愛想が尽きた) そんなことを考えながら、クローゼットを開ける。「……え?」
自室のドアを閉めて、内側から鍵をかけた。 ベッドで陽菜を寝かしつける。「ママ。ばあばとあきこおばちゃん、けんかしたの?」「大丈夫よ。喧嘩したわけじゃないからね」 陽菜は不安そうにしていたけれど、背中をトントンと叩いてやったらだんだん眠くなったようだ。 やがてスウスウと寝息が聞こえてきた。 リビングからは、まだ義母と和也の話し声が聞こえてくる。 何がそんなに楽しいのか知らないが、やけに盛り上がっている。 私は暗い部屋の中でスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開いた。 香奈さんに和也が私の許可なく合鍵を渡したこと、そして義母が我が物顔で居座っている事実を淡々と入力して送信する。 深夜になってから、香奈さんから返信があった。『お義姉さん、本当にごめんなさい。私の詰めが甘かったせいで……。兄が勝手に合鍵を渡したなんて、情けなくて涙が出ます。お義姉さんにまた辛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません』(香奈さんは悪くないのに。悪くない人が誠意をもって謝ってくれて、悪い人たちは無視している。間違っているわ) 画面越しにも伝わってくる謝罪の後に、具体的な提案が続いていた。『兄はもう、お義姉さんの敵です。勝手に合鍵を渡した事実は、管理責任の放棄として強力な離婚理由になります。これからは母が来た日の記録をつけてください。それと生活費として光熱費や食費を多めに請求して、経済的な負担を負わせるべきです』 メッセージは続く。『家庭用でいいので、監視カメラも買いましょう。勝手なことをしないように、目を光らせておかないと』「アドバイスありがとう。生活費を請求するのはいい案ですね。最近、和也さんは家計に入れる生活費を減らしがちなので、よく伝えてみます。監視カメラもさっそく、買っておきます」『生活費を減らしている? そんなことまで……』 香奈さんがショックを受けている。 そういえば和也の仕打ちに慣れきってしまっていたが、生活費
「あいつは関係ねえだろ。香奈がうるさく言うから、わざわざあいつがいない時間を狙って呼んだんだよ。それに、母さんたちには合鍵も渡しといたから。いちいち俺が開けなくても、いつでも遊びに来れるようにな」 和也の口から出たその言葉に、私は自分の耳を疑った。「合鍵!? 私の許可もなく勝手に渡したの? ここはペアローンで私の資金も入っている家よ」「ここは俺の家でもあるんだよ。親を自分の家から締め出すなんて、薄情なことできるわけないだろ。誰に鍵を渡そうが俺の自由だ」 和也は自分の行動を完全に正当化し、それどころか私を非難した。 彼の中には夫婦の共有財産という概念も、妻のプライバシーを尊重するという考えも最初から存在しないのだ。 するとソファに座っていた義母が、勝ち誇った顔で口を挟んできた。「そうよ真由美さん。家族なんだから水臭いこと言わないでちょうだい。それに先日壁の修理代、30万円も私が立て替えてあげたじゃない。私がお金を出してあげたんだから、いつ遊びに来ても文句はないはずよね。この家の一部は、私が買い取ったようなものよ」 30万円の肩代わりが、彼女の中ではこの家を自由に使える「権利」に完全に変換されていた。 自分の孫が他人の家を壊し、その修理代を払うのは親族としての責任であるはずなのに。 その時、晶子さんが私の手に持っているデパートの紙袋に目を留めた。「あら、それケーキじゃない? デパ地下の箱でしょ」 晶子さんはソファから立ち上がると、私の手から強引に紙袋を奪い取った。「ちょっと、晶子さん! 返してください」「いいじゃない、ケチケチしないでよ。ちょうどお茶にしようと思ってたのよ」 晶子さんは私の抗議を無視して、勝手に箱を開けた。 中に入っていた3つのイチゴのタルトを無造作に取り出し、テーブルの上に乗せていく。「わあ、美味しそう。お母さん、和也、ケーキあるわよ」 陽菜が私の足元に隠れるようにして、「ひなのケーキ……」と小さな声で呟いた。その声は明らかに怯えていた。
ある金曜日の夕方。私は仕事を終えた後、駅前のデパートの地下に立ち寄った。 ショーケースには、色とりどりのケーキが並んでいる。(どれも美味しそう。どれにしようかな。んー、やっぱり陽菜が好きなイチゴにしよう) 私は期間限定のイチゴのタルトを3つ注文した。 私と陽菜、それに一応、和也の分だ。 過酷な日々を乗り越えた自分へのささやかなご褒美であり、怖い思いをした陽菜を喜ばせるためのプレゼントだった。 保育園のお迎えに行くと、陽菜は私を見つけて駆け寄ってきた。「ママ、きょうはおみやげある?」「ええ、美味しいイチゴのケーキよ。お家に帰って、ご飯を食べたら一緒に食べようね」「やった! イチゴ!」 陽菜は嬉しそうに私の手を引く。 私たちは帰り道を歩いていく。 夕焼けの長い影が伸びる道路は、もうすっかり春になっている。 散りかけの桜の花びらが、少しだけ残って風に舞っていた。 この数日間、陽菜も落ち着いて眠れていた。 離婚に向けた準備は着々と進んでいる。 だからこそ、今はこの平穏な日常を少しだけ味わいたかったのだ。 自宅の前に到着し、私はバッグから鍵を取り出した。 ドアノブの鍵穴に差し込もうとしたその時、妙な違和感に気がついた。 ガチャリ。 鍵を回す前に、ドアノブが重たい音を立てて開いたのだ。 私は眉をひそめた。和也が帰っているのなら、鍵をかけ忘れるはずがない。 共働きで留守にする時間が長い我が家において、施錠は絶対のルールだ。 警戒しながらゆっくりとドアを開けると、玄関のタイルには見覚えのある2足の靴が脱ぎ捨てられていた。 ラメの入った派手な赤いパンプスと、かかとのすり減った茶色いローファー。 晶子さんと義母のものだ。廊下の奥にあるリビングの方から、テレビのバラエティ番組の大きな音と、聞き慣れた下品な笑い声が聞こえてくる。 香奈さんが実家で厳しく釘を刺してくれたばかりなのに、どうしてここにいるのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってよ香奈! 子供のやったことで、警察とか大げさすぎるでしょ!」 彼女は慌てて自分のスマートフォンを取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。 十数分後、血相を変えて我が家に飛び込んできたのは、近くに住む義母だった。「香奈、やめなさい! 身内のことで警察なんて呼んだら、ご近所に世間体が悪いじゃないの!」「大げさなことじゃないわ、お母さん。これは犯罪行為よ。お姉ちゃんに支払い能力がないなら、警察を呼ぶのは当然の手続きよ」 香奈さんの毅然とした態度に、義母は顔を真っ青にした。 孫が警察の世話になれば、自分の面子まで丸潰れになると計算したのだろう。「わ、私が払うわよ! 私の貯金から30万出すから、警察だけは勘弁してちょうだい!」 義母は必死の形相で香奈さんに頼み込んだ。 香奈さんは冷淡に義母を見つめ、持参した手帳を開いた。「お義姉さん、それでいいですか? 晶子お姉ちゃんではなく、お母さんの肩代わりで?」 私は少し考えた。 本当を言うと、あまり良くないやり方だ。 甥っ子たちがやったことは、親である晶子さんに責任を取ってもらいたい。 でも彼女はパチンコ狂いで、お金があるようには見えない。 ここであくまで晶子さんに払ってもらうよう詰め寄っても、踏み倒される可能性が高い。 本当に警察に通報してもいいのだが、警察は取り合ってくれるだろうか。 義理とはいえ兄弟の間のできごとで、しかもやったのは小学生の子供。 なあなあで済ませられてしまうかもしれない。(なら、確実にお金だけでも取り戻さないと) だから私は頷いてみせた。「ええ、それでお願いします」「わかりました。では、お母さんが全額を肩代わりするということで。今ここで30万円の支払いと、今後二度と子供たちだけでこの家に立ち入らせないという念書を書いてもらいます」 義母は手元を震わせながら、香奈さんに差し出されたペンを握る。言われるがままに念書にサインをした。 一応事の顛末
私と香奈さんが今後の対策について話し合いを終えてから、約1時間が経過した頃のこと。 ピンポーン。ピンポーン! 夕暮れが迫る我が家の玄関のチャイムが、乱暴に何度も鳴らされた。 私が急いで廊下へ向かい、内側から玄関の鍵を開けた途端、ドアが勢いよく引かれた。「あーあ、今日も新台全然出なかったわ! 最悪!」 言うなり、晶子さんは私を押しのけて強引に上がり込んでくる。 いい大人なのに靴を脱ぎ散らかしたままで、「お邪魔します」の一言もない。まあ、もう諦めているけれど。 彼女は玄関の隅で縮こまっている自分の息子たちには声をかけることもなく、目の前にいる私を小馬鹿にするように鼻で笑った。「ちょっと真由美さん、夕飯できてる? 負けちゃったから、今日はここで食べていくわよ。子供たちも腹ペコなんだから、早くしてよね」 自分のギャンブルの都合で子供を他人の家に押し付けておきながら、当たり前のように夕食の催促をする。 香奈さんの指摘通り、この人の無神経さは常軌を逸している。 私が呆れて言葉を失っていると、晶子さんは私を押しのけるようにして廊下を進み、リビングへと向かった。「ちょっと、聞いてるの? お腹空いてるって言ってるでしょ」 しかしリビングで晶子さんを待ち構えていたのは、一人掛けのソファに座った香奈さんだった。「お姉ちゃん、随分と遅かったわね。子供たちを放置して、さぞかしパチンコが楽しかったみたいだけど」「何よ香奈、来てたの?」 晶子さんは間の抜けた声を上げて、部屋の中を見回した。 私がその後ろからリビングに入ると、香奈さんは表情を一切変えず、ローテーブルの上に置いてあった私のスマートフォンを手に取った。「お義姉さんに文句を言う前に、これを見て」 香奈さんは再生ボタンを押し、スマートフォンの画面を晶子さんに向けた。 そこには、甥っ子たちがリビングの壁紙を面白半分に剥がし、陽菜を乱暴に突き飛ばす一部始終がはっきりと映し出されていた。 動画を見終わっても、晶子さんの顔に罪悪感の