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6:偉そうな王様

last update Date de publication: 2026-03-25 18:25:31

(残業になってしまった。急がないと)

 都心のオフィスビルを飛び出した私は、駅までの道を小走りに進んでいた。

 冬の入り口の冷たい風が、汗ばんだ首筋を容赦なく冷やしていく。

 頭の中にあるのは、1分1秒を争う分刻みのスケジュールだけだ。

 この電車に乗れなければ、保育園の延長料金が発生する。

 それ以上に、お迎えが最後の1人になって寂しい思いをしているであろう陽菜の顔が浮かび、胸がちりちりと痛む。

 飛び乗った電車は満員だった。

 ぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られ、他人の肩に押しつぶされそうになりながら、私は必死にスマホで献立を検索していた。

 遅れてしまった以上、スーパーで買い物する時間の余裕はない。

 冷蔵庫にあるのは、豚肉の細切れとキャベツ、それに卵が数個。

 和也が「メインのおかずがない」と文句を言わない程度のボリュームで、かつ15分で作れるもの。

 夕暮れの中、お迎えの人もまばらになった保育園に駆け込む。

 先生に頭を下げ、脱いだ服やオムツのゴミが入った重いカバンを受け取った。

「ママぁ!」

 私を見つけた瞬間、陽菜の顔がパッと花が咲いたように明るくなる。

 その笑顔を見るだけで、仕事の疲れなんて全部吹き飛ぶ……なんてことはないけれど、少なくとも「また明日も頑張ろう」というエネルギー源にはなる。

「ごめんね、陽菜ちゃん。ちょっと残業になっちゃって」

「んー、いいよ。はやくかえろ」

 私は陽菜を抱き上げて、重いカバンを肩に食い込ませながら、暗くなった道を急いだ。

 我が家の玄関にたどり着く頃には、時刻は午後6時30分を回っていた。

「ママ、おなかすいたよー」

「もうちょっとだけ待ってね。すぐにご飯、作るから」

 廊下は暗いままだ。

 空腹でぐずる陽菜を抱きかかえて、暗闇の中を手探りで進む。

 突き当たりのリビングからはテレビの光と、スマホゲームの能天気な音が漏れ聞こえていた。

「ただいま……」

 ドアを閉めて言ってみたけれど、返事はない。

 ソファに寝そべったままの和也が、ちらりとこちらに視線を向けただけだ。

 光る画面に照らされた彼の横顔は、まるでお客様のように無責任で、気楽そうだった。

「遅い。俺の飯まだ? 腹減ったんだけど」

 開口一番、それだった。

 ねぎらいも、おかえりも、何もない。

 和也は私の顔を一度見ただけで、すぐに手元の画面に吸い込まれていく。

 私のことは家政婦、いや、まるでお金を入れてボタンを押せば飯が出てくる、便利な自動販売機か何かだと思われているらしい。

「……先に帰っていたなら、お米くらい炊いておいてほしかったな。陽菜も私も、もう限界なの」

 パンパンに膨らんだ保育園バッグを下ろし、肩に食い込んだストラップの跡をさすりながら、私は本音を漏らした。

 すると和也は鼻で笑い、画面を見たまま吐き捨てるように言った。

「は? そんなの女の仕事だろ。早くやれよ」

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